表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

186/594

175 果ての大地⑤

 朝、レナが宿屋の部屋に入ってきた。


「失礼しま・・・あ、みなさん、もう準備ができてるんですね」

「あぁ」

 マントを羽織り直す。

 エヴァンがあくびをしながら剣を背負っていた。


「一応できてるよー。まだ寝てたいんだけどー」

「エヴァンの場合はいつもでしょ」

「日々疲れてるんだよ。リョクちゃんもいないしさ」

「ふうん。ヴィルは、やっぱり毛皮のマントが似合うわ」

 サタニアが髪を後ろにやって、隣に寄ってきた。


「では、ご案内します。ちゃんと、厚着をしていってくださいね。結界から出ると、凍えるような寒さになりますので」

「は、はい。そうなんですね。では、装備品を変更、と」

 ユイナが慌てて、指を動かして、着ているものを変更していた。


「ふむふむふむ」

 レナがドアから離れて、ユイナを覗き込む。


「な、なんでしょうか?」

「不思議ですね。そのアバターとやらは、何もないところから装備品を切り替えちゃったりできるんですね。体が2つあるってどうゆうことなんです? 2人とも同時に動いてるんですか?」

 怒涛のように質問していた。


「えっと・・・異世界にある私の体は機械に繋がれて眠っています。意識は全てこっちにあるんですよ」

「ふむふむ、キカイ? キカイに繋がれて?」

「えーっと、機械っていうのは、こっちの世界に転送する装置で、こちらの世界に用意されたアバターで・・・アバターは仮の肉体で・・・」

「なるほどなるほど。ソウチ?」

 レナが好奇心の満ちた目で、ユイナににじり寄っていく。


「んなこと、どうでもいいだろ。早く案内してくれ」

 エヴァンがレナを睨むと、レナがぴしゃっと姿勢を伸ばした。


「い、今、行こうと思ってたのです。早く。行きましょう」




 外に出るとエルフ族が笑顔で出迎えていた。

 深々と頭を下げて、こちらに手を振っている。


「いってらっしゃいませ。魔王ヴィル様」

「お気をつけて」

「・・・・・・」

 こうゆうのは苦手だ。

 ユイナを連れてきたせいで、異世界住人が入ってきたわけだしな。


「・・・エルフ族って単純なのね」

「エルフと魔族なんて、どの世界も犬猿の仲なのがデフォなのにな」

 エヴァンが適当に愛想振り撒きながら言った。


 レナのほうを向く。

「なぁ、レナ、あの異世界住人・・・クロザキは本当にサンドラが話していた者なのか? 何かを起こせる強さを持っているようには思えないが・・・」

「同感。刺殺したけど、全然手応えなかったよ」

 エヴァンが手袋をはめながら言う。


「んー・・・」

 あいつは、おそらくオーディンが指導しているわけない。


 クロザキに勝算なんてなかった。

 仲間がいるわけでもなく、単独で行動し、いつ死んでもいいような感覚だった。

 オーディンはクロザキみたいな奴を許さない人間だ。


 奴は、ここで死ぬことが目的だったのだろうか?


「でも、サンドラの予言は間違わないのです。あいつが、エルフ族を危険に陥れる、勇者です。昨日の夜、サンドラがもう一度やり直した予言にも、そのように出ていました」

 レナが膝丈まで積もった雪を歩きながら言う。

 結界を抜けると、一気に頬に雪が張り付いた。


 振り返ると、北の果てのエルフの村は見えなくなっていた。



「さっむ」

 エヴァンがぶるっと震えた。


「毛皮のベスト来てるから、別に寒くないでしょ?」

「気持ちの問題だよ。雪の積もり方が異常なんだよ。見てるだけで寒い」

「言っておくが、エヴァンが一番厚着してるからな」

「そうゆう問題じゃないって。うぅっ、さむ」


「・・・私、死ぬと、クロザキみたいに消えて、アリエル王国に戻っちゃうんですね。わかってたことですが・・・」

 急にユイナが呟いた。

 木から落ちてくる雪をマントで避ける。


「どうした? 急に」

「昨日の夜、ずっと考えてました。うまく死ねないのかなって・・・」

「ユイナは、万が一、死んで、アリエル王国に戻ったらどうなるのですか?」

 レナが首を傾げる。


「クロザキの話だと・・・まず、魔王城について聞かれるでしょうね。命の数があるから・・・簡単には戻れない。あとは、こちらの世界で、アバター同士で交尾し、子供を宿すことができるのか実験台にされます」

「交尾!?」

 レナが歩きながら、びくっとした。


「あいつらは、まだエロゲの延長戦にいるのよ」

「つくづく、腐ってるな。異世界住人ってのは」

 エヴァンが積もった雪をぱさっと蹴った。


「・・・アース族は病んでるんです。現実世界を捨てて・・・新しい世界で、1からやり直したい気持ちがあるので、そのためならなんだってするんです」

 ユイナが気まずそうに言う。


「へぇ・・・外は新しい世界になってるのですね。レナも見てみたいのです」

 レナが目をキラキラさせていた。

 ユイナのほうを見て、何か聞きたそうにうずうずしている。


「レナ、早くしてくれ。急いでる」

「わ、わかってますよ。ちょっとだけ止まってみただけです」

 レナが軽く咳ばらいをして、一面真っ白な雪道を歩いて行った。





 しばらく歩くとダンジョンらしき岩の入り口が見えてきた。

 氷は解けて水になり、周囲の雪を溶かしている。


「これが氷のダンジョン・・・ほぼ溶けているな」

「キサラギの言ってた、影響なのかしら?」

 サタニアが氷柱に滴る水を見ながら言った。


「ダンジョンの精霊に会いに行・・・」


「待ってください!!」


 パシャン


 レナが水たまりに浸かって、入り口の前で手を広げた。


「なんだよ、急に」

「願いを叶えるダンジョンの精霊に何を願うつもりですか?」

 両手を握りしめて、微かに震えている。


「も、もちろん信じています。レナたちは救ってもらいましたし、サンドラも、魔族は何もしないと断言していました。でも、もし願いが、異世界住人のテラのようなものだったら・・・?」

 レナが白銀のまつ毛をばさばささせていた。


「俺は、異世界住人の転移を止めることを願うつもりだ。これ以上、増えないように」


「・・・本当ですか? レナは誤魔化せませんよ」

「お前が本当に、エルフ族の巫女なら、俺の心が読めるだろ?」


「し・・・知ってたのですか・・・」

「まぁな」

 レナが一歩下がった。


「じゃあ、最初から言ってくれればいいのに。ヴィルは性格が悪いですね」

 エルフ族の巫女の話は聞いたことがあった。


 いつ、どこで聞いたのかは忘れてしまったけどな。


「ある程度打算的じゃないと、魔族を守れない」

「そうゆうことですか。では、納得です」

 レナが腕を組んで、一人で頷いていた。


 アリエル王国にある、あの魔法陣ごと封じ込めれば、異世界住人の転移が抑えられるだろう。

 来てしまった人間は仕方ないが、これから来る人たちは絶対に止めなければいけない。


 ユイナのようなシンクロ率を持つ異世界住人が、ごろごろ転移してくる可能性だってある。


「・・・・・・」

「ヴィル、それでいいの? テラがかけた呪いとかは? まぁ、ヴィルに任せるけどさ」

「まず、異世界住人を止めないとな」

 薄く張った氷を割る。


 テラの魔法は、別に愛などわからない俺には無駄だった。

 むしろ、トリガーさえ掴めれば、利用できそうな力だ。

 自ら手放すものではない。


「エルフ族だって、異世界住人がごろごろ来られたら困るだろう?」

「・・・・はい。ヴィルの言う通りです」

 レナがゆっくりと手を下げた。

 少し下を向いてから、扉のほうを向く。


「わかりました。扉を開けます。凍らされて、何年も経つので、中がどうなってるのかはわかりませんが」

 一歩ずつ前に出て、扉に手をかざした。


 ギィッ・・・


 ダンジョンからふわっと冷気が吹き込んだ。


「じゃあ、行くか」

「うん」

 ダンジョンの中は広々としていた。階

 段は氷のように透き通っていたが、滑らないようになっているらしい。

 エヴァンが何度か蹴っていたが、滑る様子はなかった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ


 ダンジョンの扉が閉まる。


「このダンジョン、なんだか時の祠に似ているわ。大きさは全然違うんだけど、空気が、どうしてかしら。魔法陣がどこかにあったりするのかしら?」

 サタニアが手をかざしながら言う。


「そりゃそうですよ。時の祠は、このダンジョンと繋がっているのですから。あ、地下通路とかで繋がっているという意味じゃないですよ。魔力が通ってるんです。何がきっかけかは、レナにはわかりません」

「え?」

「やっぱり、ついてきちゃいました」

 振り返ると、にこにこしたレナがいた。


「レナも行くのか?」

「はい。レナもこうゆう冒険してみたかったのです」

 レナが頭に付いた雪を払いながら、体を弾ませる。


「防御魔法なら任せてください。得意なのです! 戦闘で使ったことはありませんが」

「それって得意っていうの?」

「レナの中では、得意なのです」

 小さな体を目いっぱい伸ばしていた。


「防御とか、ヴィルのパーティーは必要ないって。俺もサタニアも強いし、ユイナもそこそこ対応できるからな」

「でも・・・でも・・・レナも役に立てるのです。道案内とか」

「大丈夫ですか? 他のエルフの方々が心配したりしませんか?」


「言わないで来ちゃいました。レナは冒険が好きって、みんな知ってるから大丈夫です。じゃ、行きましょ」

 レナが嬉しそうに、隣に並んだ。


 壁際の氷柱からぽたんと水が落ちていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ