175 果ての大地⑤
朝、レナが宿屋の部屋に入ってきた。
「失礼しま・・・あ、みなさん、もう準備ができてるんですね」
「あぁ」
マントを羽織り直す。
エヴァンがあくびをしながら剣を背負っていた。
「一応できてるよー。まだ寝てたいんだけどー」
「エヴァンの場合はいつもでしょ」
「日々疲れてるんだよ。リョクちゃんもいないしさ」
「ふうん。ヴィルは、やっぱり毛皮のマントが似合うわ」
サタニアが髪を後ろにやって、隣に寄ってきた。
「では、ご案内します。ちゃんと、厚着をしていってくださいね。結界から出ると、凍えるような寒さになりますので」
「は、はい。そうなんですね。では、装備品を変更、と」
ユイナが慌てて、指を動かして、着ているものを変更していた。
「ふむふむふむ」
レナがドアから離れて、ユイナを覗き込む。
「な、なんでしょうか?」
「不思議ですね。そのアバターとやらは、何もないところから装備品を切り替えちゃったりできるんですね。体が2つあるってどうゆうことなんです? 2人とも同時に動いてるんですか?」
怒涛のように質問していた。
「えっと・・・異世界にある私の体は機械に繋がれて眠っています。意識は全てこっちにあるんですよ」
「ふむふむ、キカイ? キカイに繋がれて?」
「えーっと、機械っていうのは、こっちの世界に転送する装置で、こちらの世界に用意されたアバターで・・・アバターは仮の肉体で・・・」
「なるほどなるほど。ソウチ?」
レナが好奇心の満ちた目で、ユイナににじり寄っていく。
「んなこと、どうでもいいだろ。早く案内してくれ」
エヴァンがレナを睨むと、レナがぴしゃっと姿勢を伸ばした。
「い、今、行こうと思ってたのです。早く。行きましょう」
外に出るとエルフ族が笑顔で出迎えていた。
深々と頭を下げて、こちらに手を振っている。
「いってらっしゃいませ。魔王ヴィル様」
「お気をつけて」
「・・・・・・」
こうゆうのは苦手だ。
ユイナを連れてきたせいで、異世界住人が入ってきたわけだしな。
「・・・エルフ族って単純なのね」
「エルフと魔族なんて、どの世界も犬猿の仲なのがデフォなのにな」
エヴァンが適当に愛想振り撒きながら言った。
レナのほうを向く。
「なぁ、レナ、あの異世界住人・・・クロザキは本当にサンドラが話していた者なのか? 何かを起こせる強さを持っているようには思えないが・・・」
「同感。刺殺したけど、全然手応えなかったよ」
エヴァンが手袋をはめながら言う。
「んー・・・」
あいつは、おそらくオーディンが指導しているわけない。
クロザキに勝算なんてなかった。
仲間がいるわけでもなく、単独で行動し、いつ死んでもいいような感覚だった。
オーディンはクロザキみたいな奴を許さない人間だ。
奴は、ここで死ぬことが目的だったのだろうか?
「でも、サンドラの予言は間違わないのです。あいつが、エルフ族を危険に陥れる、勇者です。昨日の夜、サンドラがもう一度やり直した予言にも、そのように出ていました」
レナが膝丈まで積もった雪を歩きながら言う。
結界を抜けると、一気に頬に雪が張り付いた。
振り返ると、北の果てのエルフの村は見えなくなっていた。
「さっむ」
エヴァンがぶるっと震えた。
「毛皮のベスト来てるから、別に寒くないでしょ?」
「気持ちの問題だよ。雪の積もり方が異常なんだよ。見てるだけで寒い」
「言っておくが、エヴァンが一番厚着してるからな」
「そうゆう問題じゃないって。うぅっ、さむ」
「・・・私、死ぬと、クロザキみたいに消えて、アリエル王国に戻っちゃうんですね。わかってたことですが・・・」
急にユイナが呟いた。
木から落ちてくる雪をマントで避ける。
「どうした? 急に」
「昨日の夜、ずっと考えてました。うまく死ねないのかなって・・・」
「ユイナは、万が一、死んで、アリエル王国に戻ったらどうなるのですか?」
レナが首を傾げる。
「クロザキの話だと・・・まず、魔王城について聞かれるでしょうね。命の数があるから・・・簡単には戻れない。あとは、こちらの世界で、アバター同士で交尾し、子供を宿すことができるのか実験台にされます」
「交尾!?」
レナが歩きながら、びくっとした。
「あいつらは、まだエロゲの延長戦にいるのよ」
「つくづく、腐ってるな。異世界住人ってのは」
エヴァンが積もった雪をぱさっと蹴った。
「・・・アース族は病んでるんです。現実世界を捨てて・・・新しい世界で、1からやり直したい気持ちがあるので、そのためならなんだってするんです」
ユイナが気まずそうに言う。
「へぇ・・・外は新しい世界になってるのですね。レナも見てみたいのです」
レナが目をキラキラさせていた。
ユイナのほうを見て、何か聞きたそうにうずうずしている。
「レナ、早くしてくれ。急いでる」
「わ、わかってますよ。ちょっとだけ止まってみただけです」
レナが軽く咳ばらいをして、一面真っ白な雪道を歩いて行った。
しばらく歩くとダンジョンらしき岩の入り口が見えてきた。
氷は解けて水になり、周囲の雪を溶かしている。
「これが氷のダンジョン・・・ほぼ溶けているな」
「キサラギの言ってた、影響なのかしら?」
サタニアが氷柱に滴る水を見ながら言った。
「ダンジョンの精霊に会いに行・・・」
「待ってください!!」
パシャン
レナが水たまりに浸かって、入り口の前で手を広げた。
「なんだよ、急に」
「願いを叶えるダンジョンの精霊に何を願うつもりですか?」
両手を握りしめて、微かに震えている。
「も、もちろん信じています。レナたちは救ってもらいましたし、サンドラも、魔族は何もしないと断言していました。でも、もし願いが、異世界住人のテラのようなものだったら・・・?」
レナが白銀のまつ毛をばさばささせていた。
「俺は、異世界住人の転移を止めることを願うつもりだ。これ以上、増えないように」
「・・・本当ですか? レナは誤魔化せませんよ」
「お前が本当に、エルフ族の巫女なら、俺の心が読めるだろ?」
「し・・・知ってたのですか・・・」
「まぁな」
レナが一歩下がった。
「じゃあ、最初から言ってくれればいいのに。ヴィルは性格が悪いですね」
エルフ族の巫女の話は聞いたことがあった。
いつ、どこで聞いたのかは忘れてしまったけどな。
「ある程度打算的じゃないと、魔族を守れない」
「そうゆうことですか。では、納得です」
レナが腕を組んで、一人で頷いていた。
アリエル王国にある、あの魔法陣ごと封じ込めれば、異世界住人の転移が抑えられるだろう。
来てしまった人間は仕方ないが、これから来る人たちは絶対に止めなければいけない。
ユイナのようなシンクロ率を持つ異世界住人が、ごろごろ転移してくる可能性だってある。
「・・・・・・」
「ヴィル、それでいいの? テラがかけた呪いとかは? まぁ、ヴィルに任せるけどさ」
「まず、異世界住人を止めないとな」
薄く張った氷を割る。
テラの魔法は、別に愛などわからない俺には無駄だった。
むしろ、トリガーさえ掴めれば、利用できそうな力だ。
自ら手放すものではない。
「エルフ族だって、異世界住人がごろごろ来られたら困るだろう?」
「・・・・はい。ヴィルの言う通りです」
レナがゆっくりと手を下げた。
少し下を向いてから、扉のほうを向く。
「わかりました。扉を開けます。凍らされて、何年も経つので、中がどうなってるのかはわかりませんが」
一歩ずつ前に出て、扉に手をかざした。
ギィッ・・・
ダンジョンからふわっと冷気が吹き込んだ。
「じゃあ、行くか」
「うん」
ダンジョンの中は広々としていた。階
段は氷のように透き通っていたが、滑らないようになっているらしい。
エヴァンが何度か蹴っていたが、滑る様子はなかった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
ダンジョンの扉が閉まる。
「このダンジョン、なんだか時の祠に似ているわ。大きさは全然違うんだけど、空気が、どうしてかしら。魔法陣がどこかにあったりするのかしら?」
サタニアが手をかざしながら言う。
「そりゃそうですよ。時の祠は、このダンジョンと繋がっているのですから。あ、地下通路とかで繋がっているという意味じゃないですよ。魔力が通ってるんです。何がきっかけかは、レナにはわかりません」
「え?」
「やっぱり、ついてきちゃいました」
振り返ると、にこにこしたレナがいた。
「レナも行くのか?」
「はい。レナもこうゆう冒険してみたかったのです」
レナが頭に付いた雪を払いながら、体を弾ませる。
「防御魔法なら任せてください。得意なのです! 戦闘で使ったことはありませんが」
「それって得意っていうの?」
「レナの中では、得意なのです」
小さな体を目いっぱい伸ばしていた。
「防御とか、ヴィルのパーティーは必要ないって。俺もサタニアも強いし、ユイナもそこそこ対応できるからな」
「でも・・・でも・・・レナも役に立てるのです。道案内とか」
「大丈夫ですか? 他のエルフの方々が心配したりしませんか?」
「言わないで来ちゃいました。レナは冒険が好きって、みんな知ってるから大丈夫です。じゃ、行きましょ」
レナが嬉しそうに、隣に並んだ。
壁際の氷柱からぽたんと水が落ちていた。




