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174 果ての大地④

 こいつの場合は、短期で終わらせるか。


 あまり泳がせる必要はない。

 先に、氷のダンジョンに行かれたら困るしな。


「やっぱり、素早さを出せる剣を選択しよう。攻撃力は下がるが仕方ない」

 羽根のような剣に変えて、低く構えていた。


「さぁ、魔王、と行きたいところだけど。魔法に敵わないなんてわかってる。じゃあ、俺の選択は」

「ん?」

 エヴァンのほうに走っていった。



 バチンッ


「っと・・・・」

 エヴァンが慌てて剣を受けていた。


「俺かよ。心身ともに弱い奴だな」

「ハハハハ、お前はガキだろ? 魔王でなくても魔王のパーティーを人質にして、アリエル王国に連れて行けば・・・」

「フン、何でお前が俺に勝てると思ったんだよ」


 ガンッ


「!!」

 エヴァンがクロザキの剣を蹴り上げる。

 くるくる回って、地面に落ちていった。


「な・・・・・」

 エヴァンが上から跨って、剣を突きつけた。


「アリエル王国にいるのに、俺のことを知らないのか? さすがに、下調べくらいして来いよ」

 薄い雪の上に、クロザキが無抵抗の状態で倒れていた。


「は? な・・・何を言ってる?」

「こいつはアリエル王国の元王国騎士団長だ」


「は? 嘘だろ。こ、こんな子供が?」

 クロザキの動揺が伝わってきた。


 こいつは、まだ自分の能力を使いこなせていないのか。 

 装備品やステータスの切り替えも、拍子抜けするほど遅かったし、何より、武器があっていない。

 聞いていた話とかけ離れている。


 サンドラのほうをちらっと見てから、魔王のデスソードを解いた。

 エルフ族は俺たちのことを少し離れたところから囲んで、硬直している。


「ねぇ、ヴィル、こいつは殺していいだろ? このままここに居させると、面倒なことになりそうだし」

「あぁ、殺せ」

 低い声で言う。


「りょーかい」

 クロザキがすぐに指を動かす。


「あ、アクセサリーを自動回復のものから変更して、一度だけの自動復活のあるアクセサリーが・・・」

 エヴァンがクロザキの指を掴んだ。


「うるさいな。どうせ、お前はアリエル王国に戻るんだろ?」

 コキっと骨が折れる音がした。

 人差し指が変なほうに曲がっている。


「お、俺の指に何かしたのか?」

「はぁ・・・痛覚が無いってそんなこともわからないのか。軽く折ったんだよ」

「!?」

「痛みが無いから、自分の置かれている状況もわからないのか」

 エヴァンが大きく剣を振り下ろす。


「哀れだね」

「ちょ・・待っ・・・・・」

「王の命令は絶対なんだ。悪いね」

「俺はまだここで・・・・!!」


 ザンッ


「うっ」

 クロザキが鈍い声を出した。


 しんとした雪の上で、剣が生命を奪う音だけが鳴り響く。

 エヴァンの剣が、男の胸を真っすぐに貫いた。


 クロザキが大きく目を見開いた後、ゆっくりと目を閉じた。

 心音が消えていく。


「なんだ、あれは・・・・?」

「・・・・・・」

 クロザキの足から徐々に光の粒になっていった。

 雪には血液一つ飛んでいない。


「うわっ、ヴィルの言ってた通りだな。血痕すら残っていない」

 地面に流れた血まで消えていた。


「エヴァンに付いた血は消えないのか」

「マジで最悪だな」

 エヴァンが剣を雪で洗ってから、戻していた。


「死体が・・・消えた?」

「今、確かにここに、異世界住人がいたはずなのに・・・」

 エルフ族がどよめいたいた。


 サンドラが近づいてくる。

「ヴィル・・・これはどうゆうことなの?」

「異世界住人は死んだらこうゆう風になるんだ。アリエル王国に戻って」

「え・・・・」

「蘇る仕組みになっている。あいつも1度死んだが、また戻ってくるだろう」

 サンドラがもう一度、死体のあった場所を見つめていた。


「そ・・・そんなことできるの?」

「まぁな。んなことより、あいつは予言の勇者だったのか? あまり力がないというか、アバターを使いこなせていた気はしないし、魔族を圧倒するわけないと思うんだが・・・」


「うん、おそらくクロザキという男よ。私の視た勇者の1人・・・同じ顔だったもの」

 サンドラが思いつめたような表情をした。


「きっと、まだ、どこかのタイミングでこの地に来るはず。こんな予言、当たってほしくないけど・・・・」

 サンドラが視線を逸らして、小さく呟く。


「異世界住人に命の数という仕組みがある限り、可能性はゼロではないな」

「つくづく嫌な仕組みだよ」

 エヴァンが剣を納める。


「ん?」

 エルフ族がわらわら近づいてきた。


「なぁなぁ、今日はここに泊って行けよ!」

「そうだ、魔族が来るなんて何年ぶりだろうな」

 男たちが俺とエヴァンに話しかけてくる。


 敵意は全くなく、英雄でもたたえるような雰囲気だ。


「うわっ・・・・」


「種族は違うが、お前は恩人だ。さぁ、俺の宿の空き室を用意しよう」

「えっ、どうする? ヴィル」

 エヴァンが戸惑いながら、こちらを見上げてきた。


「見たいものもある。今日はエルフ族に泊めてもらおう」

「わかった。とりあえず寒いし、温かい布団に入りたいな」

「暖かい布団も温泉もあるぞ」

「温泉か。いいなぁ、寒いの苦手なんだ」

「じゃあ、こちらへ」

 エルフの一人が、エヴァンを無理やり引っ張っていった。


「わぁ・・・」

「エヴァン様、大人気ですね」

 エヴァンの周りには、いつの間にか人だかりができていた。


「エルフ族は子供が好きですから。でも、レナにはわかります。エヴァンは大人ですよね。結構、大人の空気を感じます・・・あとは、どこか懐かしい」

 レナが瞼を重くして、エヴァンを見つめていた。


「ちやほやされて、まんざらでもなさそうです」

「本当、いい時だけ子供になるんだから」

 サタニアがため息をつく。


 早くダンジョンに行きたいが・・・。

 この地にいると、なぜか積極的に戦闘する気分になれなかった。





 宿屋では、丁重なもてなしを受けた。

 食べきれないほどの料理を持ってこられたが、どれも美味しくてすぐに無くなってしまった。


 異世界住人のクロザキを倒したことで、村のみんなから、感謝されるようになっていた。


 まぁ、あいつはおそらく・・・。

 ユイナが居たから、ピンポイントで上から結界を破って降りてきたんだろうけどな。


「私が魔王城にいたこと、アース族には筒抜けだったなんて・・・すみません。全く気付くことができませんでした」

 ユイナがベッドに座りながら、指を動かしていた。


「別に奴らがこうやって来たところで、死んで命の数を減らすだけだ。別に、構わない」

「でも・・・」

「ユイナのステータス表示画面のどこかに、位置情報を消す方法ないの?」

 サタニアがユイナの隣に座る。


「私のほうからは、異世界住人の位置情報が書かれた表示になっていないんです。後から追加された機能だと思うのですが・・・」 

「じゃあ、アップデートすれば、チャット機能まで備わるってこと?」

「そうですね」

 ユイナが自分の腕を眺めていた。


「でも、私のアバターに関する情報の接続はすべて切ったので、今度こそ大丈夫かと思います。もう、こんなヘマはしません」

 ユイナが指を下ろした。


「お前らの言う、SNSとかチャット機能とか、どうゆう意味なんだ?」

「異世界の便利な機能よ。私は好きじゃないけどね」

 エヴァンとサタニアは知っているようだ。


「離れていてもメッセージを送ることができるんです。例えばサタニア様が、離れている魔王城の誰かとお話しするとか。情報をグループ内で共有するとか」

「へぇ・・・・」

「人数がいる場合は、この機能があったほうが強いのよね」

「はい・・・情報は戦力ですから」


「・・・・・・・・・・・」

 エヴァンが窓のほうを見て、珍しく話に入ってこなかった。


「おじゃましまーす」

 レナが勢いよく部屋に入ってきた。


「お風呂の用意が整いました。エルフ族のお風呂は、回復の湯と呼ばれています。また、ほんの少しですが寒さへのバリアも張ってくれます。明日、ダンジョンに行くなら、ちゃんと入っておいたほうがいいですよ」

 バスタオルをぽんとベッドの上に置いた。


「レナ、サンドラの能力って何なんだ? エルフ族では当たり前なのか?」

「違います。未来予知は、サンドラだけの力です。巫女の力ですよ」

「巫女・・・」

「はい」

 レナが短い髪をふわっとさせて、暖炉の火をつけなおしていた。


「レナもサンドラも北の果てのエルフ族の巫女です。サンドラは予知能力、セレナは結界を維持する能力、リンは透視能力・・・といろいろありまして、レナは回復の巫女なのです。といっても、この地は平和なので、レナの出番はないのですけどね」

「へぇ・・・」

「おとぎ話みたいですね」

 ユイナが興味深そうに聞いていた。


「生まれたときに、能力を授かるのです。なぜなのかはわかりません。村のもっと偉い人とかなら知ってるのかもしれませんが、レナは知らなくても問題ないのです」

 レナが火が安定したのを確認すると、ドアの方へ歩いていった。


「では、レナはまだ仕事がありますので失礼します。皆さん、ゆっくりしていってください」

「あぁ、ありがとう」

 軽くほほ笑んで、部屋を出ていった。



「ねぇねぇ、ヴィル、一緒に入りましょ」

 サタニアがにじり寄ってくる。


「えっ!?」

「だって、久しぶりじゃない」

 サタニアがうきうきしながら覗き込んでくる。


「一緒にお風呂・・・久しぶりにお風呂・・・」

 ユイナが両手で頬を抑えて、赤面していた。


「お前はユイナと先に入ってろ。俺は少し、ここにある本を読みたい」

「えー、せっかくヴィルを独り占めできるチャンスなのに」

 ぷくーっと、膨れていた。

 

「ユイナを一人にするのは、さすがに危険だ。サタニア、よろしくな」

「・・・・わかったわ。今度は絶対だからね」

 ちょっと強い口調で言って、バスタオルを取っていた。


「ユイナ、行きましょう」

「は・・・はい」

 ユイナが慌てて立ち上がって、バスタオルを手に取った。

 バタンとドアを閉めて、部屋を出ていく。


「・・・・・・・・」

 エヴァンは何があったのか、さっきから沈黙したままだ。


 窓からエルフ族の村を眺める。

 うっすらと雪の積もった家々には、オレンジ色の光が灯っていた。


 勇者か・・・。

 クロザキが勇者という予言は本当なのだろうか。


 いや、勇者になるには条件があったはずだ。

 オーディンは頑なに言わなかった何かが・・・。


 信じがたいな。



 サァァァァァァ


 隙間風が窓を揺らす。

 俺は、この地に来て、色々な記憶を思い出していた。

 暖炉の匂いも、火の音も、懐かしかった。


 こんなこと考えても、意味がないのにな。

 マリアに話すことができないなら、何も面白くない、くだらないことばかりだ。

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