172 果ての大地②
「ふむふむ、貴女は異世界から来たのですね? 元いる人間と違うということですか?」
「はい」
レナがユイナの顔を覗き込んでいた。
ユイナが普通の人間じゃないと知って、ほっとしたようだ。
「は・・はい・・・」
「言われてみれば、ちょっと人間と違いますね。じゃあ、貴女のいたアリエル王国の他の人間はどうしたんですか? 一緒に暮らしてるんですか?」
「それは・・・・」
「元居た人間は消されたよ。みんな跡形もなくね。異世界住人をこっちの世界に呼んでる、テラって奴が」
エヴァンが低い声で言う。
「・・・・そうですか」
レナが大きく目を見開いてから、俯いた。
「でも、まさか・・・北の果てのエルフの村で、サンドラが予言した通りになりました。レナは半信半疑でしたが・・・本当に、そんなことが起こるとは」
「予言?」
「はい。案内しますね。エルフは魔族とは友好的です。その、異世界住人のことも、話さなければいけません。きっと、見ないと信じないでしょうから」
レナが祭壇に水を置いて、何かを唱えてからこちらを向く。
「いや、俺たち、ダンジョンに行きたいんだ」
「ダンジョンのある場所は知っています。案内しますよ」
「・・・・あぁ」
ドアを開けると、一面雪が降り積もっていた。
「うわっ、見るだけで寒くなる。てか、雪が膝埋まるくらいまであるんだけど」
「エヴァンの着てる装備品は温かいでしょ?」
「寒いのが苦手なんだって」
「私も寒いのは苦手。へっくしょん」
「大丈夫ですか? 温まる何かあるかもしれません・・・」
「ユイナってド〇えもんみたいだね」
「ド〇えもん?」
「げ、エヴァンってその時期に異世界にいたの? 私と被るんだけど」
3人ががやがや騒いでいた。
なぜか、緩い雰囲気になっている。
レナが近づいてきた。
「あの・・・なんだか騒がしいですね。ここは雪が深いので慣れていないと、みんな静かになるんですけど」
「本当にな」
「でも、レナはこうゆうほうが楽しいです」
積もった雪を踏みながら、森の中を歩いていった。
飛ぼうとすると、レナに止められた。
北の果てのエルフ村は徒歩でなければ入れないようになっているらしい。
「ねぇ、エルフ族と魔族ってどうしてこんなに仲いいの?」
エヴァンが駆け寄ってくる。
「別に仲いいわけじゃない。共通の敵が人間だってことだけだ。まぁ、エルフは戦闘を好まないから、こうやって他の種族のいないところにいるけどな」
「へぇ、ヴィルってエルフ族に詳しいね」
「常識だ」
「あ、あとの2人はちゃんとついてきてます?」
レナがフードを脱いで、後ろを見た。
「ついてきてるわ」
「あわっ・・・・」
ユイナが木の枝に躓いて、転んでいた。
「つめたっ・・・」
「もう、何やってるの・・・変なところ不器用なんだから」
少し離れたところで、サタニアが雪に埋もれたユイナを起こしていた。
「あはは、ゆっくりで大丈夫ですよ」
レナが広い雪野原まで出ると、立ち止まった。
「あれ? 何もないですけど・・・」
「結界で隠しているだけだ」
少し遅れてユイナが着くと、レナが両手を広げて、呪文を唱え始める。
エルフ族の言葉だな。
どこか聞いたことあるような・・・。
「北の果てのエルフ族の村へようこそ」
「え・・・?」
「何もないけど」
「入ってください」
レナが何もない場所を進んでいく。
一歩進むと、ぱっと明るくなり、目の前にエルフ族の村が広がっていた。
「うわぁ、すごいな。さっきまで、雪しかなかったのに」
ほんのりと温かかった。
子供たちは走り回り、大人たちは土に埋もれた農作物を引き抜いたりしている。
木の家には、少しだけ雪が積もっていた。
これが北の果てのエルフ族の村か・・・。
「綺麗なところね。おとぎ話の村みたい」
「やべ、毛皮のベスト脱がなきゃ、一気に暑くなってきた」
「私も、装備品を変えます」
「初めての村なのに、お前ら呑気だよな」
ユイナが指を動かしたときだった。
いきなり、エルフ族の視線が集まる。
「え・・・?」
「人間だ・・・人間?」
「嘘、どうして人間なんか、この地に? まさか・・・」
ざわめきが大きくなっていった。
レナがユイナの前に立つ。
「人間!? レナ、どうして人間なんか連れてきたんだ!?」
正面にいた男が大声で怒鳴って、剣を構えていた。
エヴァンが興味なさそうにあくびをしている。
こいつも、数か月前まで人間だったんだけどな。
「サンドラのところに連れて行きます。彼女は異世界から来た人間です。今までの人間とは少し違います」
「・・・・・・!?」
男の顔色が変わる。
空気が、一変した。
「異世界? じゃあ・・・・」
「サンドラが予言した通りのことが起こったみたいなのです。なので、予言の巫女に会わせるのが、掟ですから」
「でも・・・・」
「大丈夫なのか?」
「あの子は、異世界住人ですが、攻撃性はないので」
レナが武器を持ったエルフ族と話していた。
「ねぇ、ヴィル。さっきの緊張感、何だと思う?」
「さぁな」
エヴァンが声を潜めて聞いてきた。
レナが離れると、男がゆっくりと、剣を降ろした。
さっきまで話していたエルフ族たちが、一斉に静まり返っていた。
「行きましょう。こちらになります」
ユイナがびくびくしながら、サタニアの後ろをくっついていた。
「ここです。どうぞ」
小さな家のドアを開ける。
白いじゅうたんで、エルフ族の少女が縫物をしていた。
姉妹なのか? 年齢は違ったが、なんとなく3人とも顔が似ている気がする。
「ヴィル、後ろ・・・」
「ん?」
振り返ると、エルフ族が数人、ドアからこちらを覗いていた。
「異世界住人に興味津々みたいだな」
「異世界住人のユイナより、魔族の王ヴィルをもっと気にしてもいいのにね」
「俺は別に目立ちたくて魔王やってるわけじゃないって」
エヴァンが茶化してきた。
「サンドラ、予言にあった異世界住人を連れてきました」
「魔族・・魔族・・・貴女が異世界から?」
レナがユイナを前に促す。
「はい・・・異世界から来たユイナって言います」
「・・・そう」
一番年上の女性が布を置いて立ち上がった。
肩下までの長い髪を揺らして、ゆっくりと近づいてくる。
「4人から話を聞きましたが・・・サンドラが言っていた通りのことが起こったようです。異世界住人が今までいた人間に代わって、アリエル王国に住んでいると」
「お前が予言したのか?」
「えぇ・・・ねぇ、レナ、この人は? なんか見覚えあるような」
「えーっと、名前、なんでしたっけ?」
レナがへらっと笑いながらこちらを見上げた。
そういや、名前名乗ってなかったな。
「魔王ヴィルだ」
「と、その仲間たちね。よろしく」
エヴァンが腕を組みながら言う。
「えっ、魔王だったんですか?」
「魔王? 魔族の王が果ての地まで来るなんて・・・あれ? ヴィルって、もしかしてあの・・・? ん?」
サンドラが俺の顔をじっと見てきた。
「氷のダンジョンを探してる。アリエル王国にいる異世界住人よりも早く、見つけなきゃいけなくてな。話を戻すが、予言とは何のことだ?」
「ちょっと待ってて。盗み聞きはダメ」
「あ」
バタン
サンドラが勢いよく、窓を閉めた。他のエルフたちが、しぶしぶ去っていく。
「もう、野次馬が多いんだから」
「来客は珍しいですから」
こちらを振り返る。
「えっと、予言ね。私がした予言は、1.花の多い王国で別の世界から多くの人間が入ってくる、2.今までいた人間は消える、3.氷のダンジョンの精霊の氷が溶けてしまう、4.ダンジョンの在り方が変わる・・・」
「すごい、全部当たってる」
サタニアが小さく呟く。
エヴァンが興味なさそうに、頬を搔いていた。
「5.勇者と呼ばれる者が現れる・・・1人は絶望、1人は希望、圧倒的な力を得る勇者。運命の歯車は逆方向に回る」
「5は知らん。そんな奴ら、見てないな」
「じゃあ、多分、これから現れる」
「・・・・・・・」
布をテーブルに広げて、水晶を三つ並べていた。
「気を付けて。偽物か本物か、どちらかはわからないんだけど・・・はっきり見えている。彼は正義のふりをしていて、周りも騙されているけど、中身はとても暴力的で残虐。私たちエルフが見つかれば、実験台にされてしまう・・・」
サンドラが水晶を転がしながら言う。
「この地に、現れる可能性もある。単独行動するのかもしれないわ。今、見たら確率は50パーセントになってた。前よりも上がってるってことは・・・」
「わ・・・私の後から転移してきたってことでしょうか?」
ユイナが少しびくびくながら話す。
「おそらく、そうよ。可能性が高まってしまった」
「サンドラの予言は、当たるのです。当たってほしくないのですが・・・」
レナが不安そうにサンドラのほうを見ていた。
「ヘレン、みんなにハーブティーを出して」
「うん。わかった」
少女が布を置いて、キッチンのほうへ走っていった。
「5つ目の予言の・・・・彼がこの地にきたら、村のエルフたちは全滅してしまう。もっと、詳しく調べないと」
「でも、新たな勇者とか現れたとして、どうして、わざわざこんな遠くまで来て、エルフ族を殺そうとするんだよ。雪も多いし、面倒じゃん」
エヴァンが目を擦りながら言う。
「まぁな、異世界住人がエルフ族を殺してもメリットはない」
「理由はわからないの・・・・。今までの人間たちと違って、長寿を必要とするわけないのに。ユイナ、異世界住人は歳をとらないのでしょう?」
サンドラがユイナのほうを見る。
「そうですね。この体はアバターですし、歳をとるってのは聞いてません。感覚ですが、そうゆう仕組みが備わってるようにも思えませんね」
「そうなの?」
「はい。後から付与されれば、話は別ですが・・・異世界住人にとって、こちらの世界での基盤を築くことのほうが急務だと思います」
ユイナが自分の手を眺めながら話した。
サンドラがふぅっと長いため息をつく。
「あと、ヴィル。今は魔王ヴィルね」
「なんだ?」
「貴方が生まれた場所はここよ。ついこの間、来てたでしょ? 大きくなったのね!」
サンドラが嬉しそうに言う。
「そうです! ヴィルです! 大きいので気づきませんでした」
レナが思い出したように言う。
「私はすぐわかったわ」
「レナはサンドラほどの巫女ではないのです」
「巫女だからじゃないわ。愛よ」
「愛? サンドラはすぐそうゆう話に持っていくのです」
「は?」
サンドラとレナが笑いながら話していた。




