171 果ての大地①
頭によぎる遠い昔の・・・。
「ねぇ、ヴィルは雪って見たことないでしょ? ほら、昨日マーリン様がくれた本の中にね、真っ白な雪の森の絵が描いてあってね」
「あるよ」
マリアは行ったことのない土地や、景色に興味を持つ。
体が弱くて、行けないところが多いからなのだという。
「嘘よ。ぜーったい嘘、だって、ヴィルがこーんな小さいときに、施設に来たでしょ? ここは、雪なんて降ったことないし」
「・・・・・・・」
「お、雪の話か」
「オーディン様、城からお戻りになられていたのですね」
「オーディン・・・」
「おう、せっかくだから、外で魔法教えてやるよ。ヴィル、本ばっか読んでないで行くぞ」
「いらない。まだ、いたのかよ。早くギルドかどこかに行けって」
逃げようとしても、オーディンはいつも俺を見つけた。
「可愛げのないガキだな。マリアが傍にいてどうしてこんなにひねくれるんだ」
「・・・・・」
「まぁまぁ。オーディン様、ヴィルが雪を見たことあるって話をしてたんですよ」
マリアはオーディンとの空気が悪くなると、すぐに割って入ってくる。
「こいつは、元々、遠い北のほうで過ごしていた。北の果てのエルフ族とな」
「えぇっ!? ヴィル、そうだったの?」
「・・・知らない」
「あれ? さっき知ってるって」
「ハッハハハハ、そうだよな。お前は、赤子だったんだから」
「・・・・・・」
本当はうっすらと覚えていた。
雪の降りしきる中、オーディンと共に、誰かが幼い俺を抱いて歩いていたことを・・・。
・・・誰だったのか知らない。
俺はなぜ、そこにいたのだろう。
どこまでも真っ白な、冷たい空気の場所に・・・。
「ヴィル、ヴィル」
サタニアに声をかけられて、はっとする。
祠の中にある、魔法陣の上に立っていた。
サタニアの転移魔法が、成功したのか。
「急にぼうっとして、どうしたの? 転移中に、何か変なところでもあった?」
「いや、何でもない」
どうして、あの時のことなんか。
ドアから入る冷気と、雪の匂いのせいだろうか。
「よかった。でも、ププウル、よく、こんなところにある魔法陣見つけたわね」
「寒すぎて暖を取るために入ったらしいな。偶然だ」
祠の中は小さい部屋一つ分くらいしかなかった。
おそらく祭儀的なものをする場所だろう。
壁に祭壇と、真ん中に小さなラピスラズリ、アメジスト、アクアマリンなどの魔法石が埋め込まれている。
「雪か・・・」
ドアの隙間からは、雪が見えた。
「はぁ、毛皮のマントを羽織っておいてよかった。まさか、こっちの世界で雪に遭遇するとは思わなかったけどさ。俺、寒いの苦手なんだよね」
「氷柱が下がっていますね」
「そこは水場だ。誰かちょくちょく来てるんだろ」
岩の桶には、ちょろちょろ水が流れ落ちていた。
「!!」
身構えた。
足音が微かに聞こえる。人間? 魔族ではないな。
「み、みなさん、急にどうしたんですか?」
ユイナがおどおどする。
「誰か、来る」
足音がどんどん大きく、早くなっていった。
エヴァンが剣を出して、ドアの前に立つ。
重そうな雪を避けて、開いた瞬間・・・。
「また、魔族ですね。ここは祈りの場です、すぐに立ち去って」
ダァン
「きゃっ」
エヴァンが少女を捕まえると、すぐに壁に押し付けて、剣を突きつけた。
「いきなり、いたた・・ら・・・乱暴ですね」
少し青みがかかった白銀の短い髪、白いまつげ、大きな瞳・・・尖った耳。
整った顔立ちをした、13,4歳くらいの少女だった。
「俺たちが来るのをわかってここに来たの? 何をする気?」
「ま、魔族がレナをさらってもいいことはないです。離してくださいっ。あれ、こ・・・子供?」
エヴァンを見て、きょとんとしていた。
「子供でも殺せる」
「うっ」
エヴァンが力を強めて、少女を睨んだ。
「お前は、エルフ族だな?」
少女に近づいていく。
「そうです。レナは北の果てに住むエルフ族です。荒っぽいことは、一番苦手です」
「エヴァン、離してやれ」
「でも・・・・」
「変な真似をすればすぐに殺す。こいつは、ここにいる4人よりも弱いだろ?」
「・・・・わかったよ・・・」
エヴァンが、警戒したまま、剣を戻していた。
「はぁ・・・びっくりした。最近の魔族は、荒々しいですね。この前ここに来た魔族の双子は、レナが話しかける前に去っていったのに・・・今のはびっくりしました」
レナが文句を言いながら、その場にしゃがみ込む。
何かを唱えて、祭壇のろうそくに火を灯していた。
サタニアとユイナが物珍しそうに近づいていく。
「エルフって初めて見たわ。私、南のほうにしか行ったことが無いから・・・」
「へぇ、可愛いですね。レナさんですね。私はユイナです」
「きゃっ、人間!?」
レナがユイナを見ると、口をわなわなさせていた。
「え、私ですか?」
「触らないでください!近づかないでください! レナは美味しくないです」
「すみません。な、何もしませんよ」
ザザザザザザー
「そんなの嘘です! 食べる気ですね!」
ユイナが両手を振って否定していたが、レナが壁のほうまで後ずさりしていった。
「どうして、魔族の俺らより、人間のほうに驚くんだよ」
「大昔、人間の間で、エルフの血肉を食べると長生きするという噂が流れて、エルフを捕えてたんだ。流行り病が流行ったらしいからな、何でも試したかったんだろう」
「うわっ、えげつないことするな」
「自分が正義だと思うのが、人間だからな」
レナのほうを見ながら話す。
俺もエルフを見るのは初めてか・・・いや、記憶がないだけか。
この地は、なぜか懐かしいような気がする。
「多くのエルフ族は人間に殺されたと聞いている。人間の住む場所には現れないと聞いていたが、北のほうにいるとはな。お前に聞きたいことが・・・」
「・・・うぅっ・・・人間・・・さ、触っちゃうところでした」
「俺の話・・・聞いてるか?」
「レナは魔族よりも人間のほうが怖いのです! 魔族はどうでもいいです」
「・・・・・」
レナが目をウルウルさせながら震えていた。
「うーん、基礎情報にもエルフのことは書いていませんね」
ユイナが指を動かしながら、真剣な表情で言う。
「それって、今、どうゆう画面が見えてるの?」
「えーっと、何て言えばいいんでしょう・・・ゲームと同じですよ。私の場合、場所を特定されないように自動更新を切ってますけど。本来、新しい情報が入れば、一番最初の画面に表示されるようになっています」
「・・・じゃあ、最後に更新されたのはどんなことなの?」
「そうですね。私たちにはアバター管理のためのコード番号が振られているんですけど、A1001とか・・・。A1001からA1020の人まで、アバターの装備品を修正しました、とか」
「なんだか、随分事務的ね」
「みんなが、私と全く同じ画面を見てるかは、わからないんですけどね。私のところにはそうゆう情報も流れてきていました」
ユイナがぱっと手を広げて、下ろした。
「ふうん。私たちも、その画面見れれば早いのに」
「現時点では、アバター同士も見れないようになってるんですよ。自分しか見れないんです。今後、仕様変更の可能性もありますが・・・」
ユイナの説明を、サタニアが前のめりになって聞いていた。
「な、何の話ですか? に、人間、怖いです・・・しかも、あの人間、なんか変です」
「ユイナはアバターなんだよ」
「あばたーって種族の人間ですか? ま、まさか、人間に新たな種族が・・・」
「んー、それに近いのか? 説明が難しいな」
レナがユイナの一挙一動に怯えていた。
短い髪に、溶けかかった雪が付いている。
「君さ、そんなに怯えてるのに逃げないの?」
「怖いもの見たさです。レナは好奇心旺盛なエルフ族なので」
「あ、そ」
エヴァンが呆れたように息をつく。
レナは、魔族なら攻撃してこないと、安心しきっていた。
まぁ、確かに魔族がエルフ族を襲うメリットはないけどな。
「・・・・・」
レナが壁に張り付きながら、ユイナとサタニアを交互に見ている。
時折、びくっと飛び上がっていた。
俺たちよりは確実に弱いが、そこまでステータスが低いわけでもなさそうなんだが・・・。
マントを後ろにやって、レナのほうへ歩いていく。
「ん?」
「何しにここに来た? ここは、エルフの縄張りなのか?」
「そうです。ここは、時の祠と呼ばれる場所、巫女のレナがお守りしている場所ですから、見回りに来るのは当然・・・って、あれ?」
レナが急に背伸びをして、こちらを見上げた。
「あれ? ん? レナは、貴方のことをどこかで見たことがある気がします」
「俺はないな。気のせいだろ」
「ま、待ってください。レナは顔を覚えるのが得意なのです。この地に来たことありますよね。レナは知ってるのです」
「俺は知らん」
手をひらひらさせて、近くの段差に寄り掛かった。
「んー、いつだろう。最近なのに・・・」
レナが雪の結晶のような瞳で、じーっとこちらを見てきた。




