165 異世界住人対策会議
「異世界住人がダンジョンに来たという話は聞いておりません」
「はい。私の部下はダンジョンの中が快適だと言っていました。もちろん、外に見張りはつけています」
「そうか」
魔王の間に上位魔族だけを集めていた。
俺たちがいない間、特別何か起こったことはないようだ。
ダンジョンが崩落しているという連絡もない。
「魔族の中で異世界住人に遭遇した奴はいるか?」
「私のところの部下が遭遇したようです」
ザガンが手を挙げて、一歩前に出る。
「どんな様子だった?」
「会ったのはダンジョンより離れた場所。アリエル王国の方角から来た、4人が急に襲い掛かってきたと聞いています。まぁ、遭遇した魔族も強い者なので、やり返すとすぐに逃げていったようですけど」
「フン、他愛もないです」
「さすが人間。逃げ足だけは早いですね」
ププが尻尾をくるんとして得意げにしていた
「でも、異世界住人たちは力を付けるスピードが速い気がします。こんな短期間で、魔族から逃げられるほどの力を持つなんて」
シエルが口に手を当てながら話す。
「あぁ、お前らに見せたいものがある。サタニア、ユイナを連れてこい」
「わかったわ」
「?」
椅子から立ち上がって、マントを後ろにやった。
サタニアがユイナを連れてくると、魔族が驚いていた。
異世界住人の存在は一部の魔族にしか伝えていない。
動揺するのも無理ないな。
「魔王ヴィル様・・・そいつは・・・」
「異世界住人だ」
「!!」
「・・・・・・」
ユイナが緊張しながら立ち止まる。
― 魔王の剣―
「ヴィル様。な、何をすればいいのでしょうか?」
ユイナが壇の上で魔族をちらちら見ていた。
「俺が今からお前に剣を振り下ろす。全力で防御してみろ。死なない程度に、手加減はする」
「そ・・・そんな、魔王ヴィル様が自らが剣を使うなんて」
「そうです。手加減する必要はありません。こんな人間、さっさと殺したほうが」
上位魔族が近づいてきて主張してきた。
「黙れ。俺に、指図はするな」
低い声で言い、ざわつく魔族を睨みつける。
「っ・・・失礼しました」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
上位魔族が一気に静かになった。
場の緊張感が高まっていく。
「よく見ておけ。異世界住人の能力を見せてやる」
「能力・・・・・?」
剣を構えた。
「ユイナ、早くしろ」
「は、はい。すみません」
ユイナが震えながら空中で指を動かしていた。
「防御にステータスを全振り。会心、攻撃力などは全て0に近い状態に・・・装備品は、攻撃類は外し、盾にします。属性は闇属性にして、相殺し、無効化するように・・・」
ぶつぶつ言いながら、空中を見つめていた。
「あとは、念のため、盾の効果にも、一回分のバリアを付与します」
「!?」
上位魔族の緊張感が漂う。
ユイナの服、武器、アクセサリーなどの装備品が変わっていった。
「だ・・・大丈夫です。これでお願いします」
ユイナが大きな盾を出して体勢を低くしていた。
「装備品が・・・どんどん変わっていく。何も持っていないのに」
「装備だけじゃない。ステータスも属性も明らかに違う・・・こんなことができるなんて」
魔族の戸惑う声が聞こえた。
「行くぞ」
魔王の剣に魔力を溜めた。
地面を蹴って、ユイナに切りかかっていく。
ズンッ
「っ・・・・・」
重い感覚が手のひらにかかった。
沼に剣を突っ込んだような感触だ。
ズズズズズズズーッ
「・・・・・・・!!!!」
ユイナの盾が剣を止めていた。
やはり、俺の攻撃を止めるか。
「っ・・・・」
上位魔族が唖然としている。
「くっ・・・」
「やるな・・・」
ドンッ
一歩踏み出すと、ユイナが壁まで吹っ飛んだ。
「きゃっ・・・・・・」
サタニアがユイナをキャッチする。
魔王の剣を解いた。
ギルドの人間の中に、今の攻撃を受け止める者はいなかっただろう。
「ま、ここで死なれたら困るから」
「ありがとうございます。はぁっ・・はぁ・・・・はぁ・・・・ヴィル様、よ、よろしいでしょうか?」
ユイナがその場に座り込んだ。
手が、がくがく震えている。
「あぁ、上出来だ。サタニア、ユイナを手当てしてやれ」
「わかったわ。貴女、肉体感覚同期を取らなかったの?」
「はい・・・エヴァンから言われて、なるべく使わないようにしようと思ったんです。いたた・・・攻撃されると、痛いんですね・・・」
小声で聞こえないように話していた。
ユイナが脇腹を抑えながら、サタニアに連れられて、魔王の間から出ていった。
「・・・・・・・」
魔族があっけにとられている。
堰を切ったように少しざわついてから、こちらを見上げていた。
「今のが異世界住人の能力だ。ちゃんと見たか?」
「・・・はい。しかと、目に焼き付けました」
カマエルが頭を下げながら言う。
「でも、信じがたくて混乱しています。魔王ヴィル様のあの力を受け止めるなんて・・」
「ま、魔王ヴィル様・・・こんなことができる人間がいるのですか? 装備を変更していき、自分の属性まで変えて対処するなんて、初めて見ました」
シエルがツインテールを揺らして、ユイナのいた場所を見ていた。
「私の部下が会った異世界住人は、あんなことできるなどという情報は話しておりませんでしたが・・・」
ザガンが腕を組みながら言う。
「ユイナは異世界住人の中でもトップクラスで、こちらの世界へのシンクロ率が高いらしい。ゲームで異世界にも慣れている。異世界住人全員が、あんなに素早くステータスを切り替えられるわけじゃない」
「ゲーム?」
「・・・そうだな。お前らにはちゃんと説明しないとな」
マントを後ろにやって、呟く。
ユイナを押し付けた壁が、ぽろぽろと砂を落としていた。
異世界住人には、相変わらず驚かされる。
「魔王ヴィル様、異世界住人とは何者なんですか?」
「そうです。わからないことだらけです。もちろん、私たちが負けるはずありませんが・・・わからないことばかりで、頭が」
ププが頭を振って、ウルが顔をしかめていた。
「異世界住人は仮の体を持って、こちらに存在しているらしい。あの体のことをアバターと呼んでいる」
「アバター・・・仮の体とは?」
「二つの世界に体があるということだ。こちらの世界における体は、アバターで、さっきみたいに、ステータスを戦闘中でも自由に変更できるようになっている」
「え・・・・」
魔王の椅子に座る。
下位魔族が、ぶどうジュースを注いでいた。
「あの・・・異世界は、こちらと似たような世界なのですか?」
シエルが首を傾げた。
「いや、あっちの世界に魔法はない」
「じゃあ、どうして・・・・」
「異世界には、ゲームというのがある。複数の世界を疑似体験できるらしい。だから、あいつらがこちらの世界に来たのは最近でも、かなりの経験を積んでいると思え」
ユイナの世界には魔法もなければ、戦闘はない。
でも、ユイナの戦いぶりは、かなり戦闘を経験してきた者に近いものがある。
冷静な判断、的確な能力コントロール・・・。
おそらく本気を出せば、中級クラスの魔族なら簡単に倒せるだろうな。
「まだ・・・イメージが・・・・・・」
「ユイナの元のステータスは低い。ただ、あんなふうに、防御にステータス値を全て寄せることで、一度でも俺の剣を受け止めるほどの力を持っただろ?」
「・・・はい・・・確かに、ちゃんと見ました」
ジャヒーが混乱しながら、頷いていた。
「異世界住人と遭遇したときは、決してステータスに惑わされるな。異世界住人は、今はまだ力をつけていないが、確実に強くなる」
手を組んで正面を見る。
「で・・・でも、我ら魔族の力があれば・・・」
「カマエル、あまり己を過信するな。命取りになるぞ」
「は、はい」
鋭く言うと、カマエルが後ずさりしていた。
「そうですわ。せっかく魔王ヴィル様が、調べてくださったんだもの。あの能力をしっかり分析して対策を打たなければ」
「・・・・・」
ジャヒーがくるんとした角を触りながらカマエルのほうを見る。
カマエルが俯いてから、胸に手を当てた。
「失礼しました。おっしゃる通り、私は自分の力を過信するところがあります。気を付けるようにします・・・」
「魔族の力の底上げも必要だな。力だけではなく、分析する能力」
イベルゼが斧を床に下ろしながら言った。
ガラスに入ったジュースに口を付ける。
上位魔族たちが、さっきのユイナの動きについて話していた。
「いいか、ユイナは絶対に殺すなよ。あいつは、俺のサンプルだ」
「もちろんでございます。他の魔族にもそのようにお伝えします」
カマエルがメガネを触りながら前に出た。
「あれが、異世界の力。私も負けてはいられない」
シエルがユイナのいた場所を見ながら呟く。
「魔王ヴィル様・・・いえ、魔族のために」
「そうね。私もステータスをさらに強化できるように鍛錬しないと」
サリーが今までにない焦りを見せていた。
異世界住人は勇者オーディンの元で力をつけている。
奴がどんな手を使ってくるかはわからないが・・・。
向こうにはアイリスもいる。
魔族のほうが全体的なステータスが高いとはいえ、正直、油断ができない状況だ。




