164 帰還
「あ・・・アイリス様はい、いなくなりましたか?」
「俺の後ろに隠れないでくれない?」
ユイナがエヴァンの後ろにいてビクビクしていた。
「だって・・・アイリス様に見つかったら、戻されてしまいます。死んでも戻りたくありません」
しばらくすると、サタニアとユイナが駆け寄ってきた。
アイリスは異世界住人の動きが見れるようになっている。
ユイナがここにいることもわかっていただろうけどな。
「雨が降ってくるし、最悪ね。で、何話してたの?」
「話か・・・特に情報があったわけじゃない」
「アイリスには敵いませんね。心臓を貫いても死にませんから。何度でも、蘇るんです。何の魔法がかかっているのかは知りませんが、500年前もそうでした」
ミイルがアイリスのいた場所を見つめながら言った。
蘇るか・・・。
”名無し”に変わった様子を思い出していた。
「そうですね。さっきのではっきりと、思い出しましたよ。僕は、十戒軍を率いて、500年前戦いを挑みましたが、幼少のアイリスは強く、十戒軍は一瞬にして壊滅、彼女は兵器と呼ぶのに相応しかった」
「あ・・・あのアイリス様が?」
「何かの間違いじゃない? 私たちアイリスといたことあるけど、そこまでとは・・・」
サタニアが前のめりになった。
「いや、今、俺もアイリスの力を見た。信じられないが、ミイルの言う通りの力だった。見てただろ?」
「ヴィルは手を抜いたと思って・・・」
「本気だったよ」
地面にはアイリスとミイルの戦闘の跡が残っている。
「貴方たちがどんなアイリスを見ていたのかは知りませんが、間違いなく強いですよ。もし、貴方たちの敵になるなら、手ごわいことだけは覚えておいてください」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
沈黙が降り落ちた。
俺は剣を突きつけたあの一瞬、アイリスを恐れていた。
心の底から、な。
次会うときは、俺はどんな行動をするのだろう。
いきなり、ユイナが空中で指を動かす。
「あっ、話切ってすみません。私の双剣装備時のステータスが伸びていて、ダンジョンから出てからだと思いますが、アクセサリーが2つ装備できるようになりました・・・」
「ん? 君ら、異世界住人って装備に制限あるの?」
「一応・・・アバターのレベルが上がらないと、上限以上は装備できないんです。無理をすると、ステータスが急落するどころか、アバターの動きが鈍くなるとも聞いています」
空中の何かを見つめながら話していた。
「不便だな。まぁ、仮の肉体だし当然か」
「そうですね。ちょっと、動きを確認してきます」
ユイナが攻撃態勢を取ったりしながら、装備品を調整している。
「はははは、相変わらず、自由ですね。貴方たちは」
「まぁな。じゃあ、ここでの用は済んだし、収穫もあった。戻るか」
「やったー、私、早くお風呂に入りたかったの」
サタニアが弾みながら、腕を掴んでくる。
「もう、帰るのですか? ミハイル王国に寄って、食事でもしていったらいかがでしょう」
「魔王城の食べ物のほうが美味しいしな」
「私も、魔族の料理のほうがいい。マキアが上手なのよね」
「つれないですね」
ミイルがサタニアに寄っていって、一枚の紙を抜き取った。
「あっ」
「これは、僕がもらいますよ。僕の名前が載ってますし、他の天使たちに広めたくはないんですよね。それに、十戒軍の経典なんて、魔族が持っていたって仕方ないでしょう?」
「でも・・・それは・・・」
「ルークは死んだ。貴女をこちらの世界に召喚した十戒軍は、もう居ない。サタニア、貴女が執着することはないのですよ」
「・・・・・・・」
サタニアが何か言いたげにしながら、俯いていた。
「・・・わかったわ。別に、もう執着なんてしてないわよ」
腰に付けた狐の面を見てから、ユイナのほうへ寄っていった。
「執着を言うなら、ミイルも人のこと言えないだろうが」
「はははは、そうですね。まさか、自分でもあんなに感情的になると思いませんでした。アイリスを見ていると、沸々と怒りがこみ上げてきましてね」
黒い翼の羽根を一枚抜いて、くるくる回しながら言った。
「いてもたってもいられなくなりました。でも、アイリスのことはヴィルに任せましょう」
「勝手に頼るなよ」
「アイリスの全てを委ねますよ。魔族の王、ヴィル」
「・・・・・・・」
「これは十戒軍創始者、元天使ミハイルとしてです」
ミイルが翼を畳んで、胸に手を当てていた。
「ねぇねぇ、早く戻ろうよ。リョクちゃんが心配になってきた。倒れてはいないと思うけどさ」
「あぁ、天使の血を引く子ですか」
エヴァンが頷くと、ミイルが指を弾いた。
「ん?」
空中にエメラルドの原石が現れて、エヴァンの前に降りていく。
「この石を、枕元に置いて、一晩寝かせてください。体調の変化は大分緩和するはずです」
「そうなのか? ありがとう! へぇ、リョクの瞳みたいな石だな」
エメラルドを透かして眺めていた。
「たまには、魔王城に遊びに行きますよ。アエルだって行ってるんでしょう? 僕も気晴らしくらいしたいです。堕天使は暇ですから」
「あぁ。ミイルはこれからどうするんだ?」
「力のないミハイル王国を見守りますよ。もちろん、助けることはありませんけどね。もし、どこかの国に攻め込まれて、国が無くなってしまえばその時です」
ミイルはハナのことはあまり話さなかった。
「あ、お待ちください」
帰ろうとすると、思い出したように、俺らに自分の翼を一枚ずつ配りだした。
いつでも来てほしいとのことだ。
ダンジョンも閉ざされ、戦力も無くなったこの島に来ることなんて考え難いけどな。
「異世界住人は特別ですよ」
ユイナだけは、なぜか2枚渡されていた。
「えっ・・・・」
「ハナは異世界住人を入れたくなかったんでしょ? どうしてユイナを特別視するの?」
サタニアがユイナの前に立って警戒していた。
「さぁ、自分でもよくわかりません」
ミイルが自分の羽根をくるっと回して、軽く息をついていた。
「ふわぁ・・・やっぱり、魔王城だな。ずっと緊張状態だし、落ち着くよ」
「お前が緊張してたときなんて無いだろ」
「これでも、リョクちゃんの傍を離れるときは、気を引き締めてるんだからな」
魔王城の屋根に着くと、エヴァンが伸びをしていた。
「あ、俺、リョクちゃんのところ行ってくるから」
「待っ、まだ、魔法陣切ってないのに・・・」
魔法陣が光っているのに、エヴァンが飛び出していった。
「もう・・・本当、人の言うこと聞かないんだから」
「ま、魔王城に帰ってきちゃいました。装備品を・・・えっと、今、ダンジョン用の服を着てしまっているので、魔族っぽい服のほうがいいですよね?」
ユイナが咄嗟に指を動かして、服装を切り替えていた。
途中、下着みたいな服になっていた。
サタニアがあっと声を出して、俺とユイナの間に割り込む。
「そ、それ、アバターなんでしょ? もっと、胸の大きさとか変えられないの? ただでさえ服の露出が高いのに、大きすぎるわ」
胸の谷間を指しながら言う。
「んな、無茶苦茶な・・・」
「だって・・・こうゆう気の抜けたときのエロさって一番ダメでしょ」
「ゲームなどのアバターならできますが、この体はデフォです。私の場合、自分の元の肉体に近い状態のアバターで・・・変更できるのは、魔法の性質、装備品くらいですね」
「ふ、ふうん・・・元からその体型なら仕方ないけど・・・」
ユイナがサタニアの要求に真面目に答えていた。
異世界住人の戦闘は、ユイナを見て掴めた感覚はあったが、やはりアバターは謎だな。
もう少し注視する必要があるか。
「ふぁっ、魔王ヴィル様」
「お帰りになったのですね。おかえりなさいませ」
ププウルがこちらを見て飛んできた。
嬉しそうにしながら、くっついてくる。
「あれ? その者は?」
「あ・・・私・・・・えっと・・・」
ユイナが身を固くして緊張していた。
「異世界住人だ。こいつらは自分たちのことアース族って言うけどな」
「サンプルとして連れてきてるの。人間だけど、あまり手荒にしないでね。壊れちゃったら、調査もできなくなっちゃうから」
「はいっ。もちろんです」
「興味はありますが、手は出しません」
サタニアが髪を耳にかけて、ププウルにユイナの紹介をする。
装備品を変えるところを見せると、きょとんとしていた。
ププウルに俺たちが居なかった間の出来事について聞きながら、魔王城の中へ入っていく。
屋根から転げ落ちそうになっていたユイナの手を、サタニアが引っ張り上げているのが見えた。
キサラギが言っていたことを思い出す。
魔族が持つダンジョンの様子は・・・魔王の間でじっくり聞くか。




