163 本性を隠す
「この地で大量に人が死んだって聞いたから」
「どうしてお前が来る必要がある?」
「テラに、言われたから・・・もし、アース族に害を与えるようなものだったら、止めなきゃいけない」
また、テラかよ。
アイリスが周囲を確認しながら言った。
「・・・魔王ヴィル様がここにいるってことは・・・」
「そうだ、俺だ。大量に人間を消したのは」
アイリスがホーリーソードに魔力を込める。
「そうだったのね・・・島の戦闘員は全員死んだって聞いたの」
「俺がやったからな」
「うん」
アイリスは驚いている割に、冷静だった。
「俺と戦うか? アイリス、テラに止めろって言われたんだろ?」
「ううん、様子を見に来ただけだから」
後ずさりしていた。
「戦うつもりはないよ。帰るね」
「待て!」
まだ、何かを隠すつもりか?
剣を両手で持つ。
地面を蹴って、アイリスに突っ込んでいった。
キィンッ
「なぜ、ここへ来た? お前は何者だ?」
「私はアイリスだよ。ただの、アイリス」
「!!」
アイリスが魔王の剣を軽く受け流した。
別に手を抜いたつもりはなかったが・・・。
「魔王ヴィル様と戦闘しに来たわけじゃない」
「お前の記憶はどこまで戻っている? 王女だったときの記憶も、”名無し”になった記憶も、過去も全て覚えてるのか?」
「それは・・・」
ブワッ
「!?」
アイリスが言いかけた瞬間、砂埃が上がった。
マントを掴んで避ける。地面がざざっと音を立てて、小石が転がっていった。
「お久しぶりです。アイリス」
黒い翼を広げたミイルが、笑いながら現れる。
「ミイル!」
「ミハイル!」
俺をアイリスが同時に叫ぶ。
ミイルが翼をぱっと消した。
黒曜石のような剣を持っていた。
「・・・なるほど。やっぱり、僕の名前を憶えてるんですね」
「私に何か用?」
「ハハハハ、全て思い出したのでしょうか? どうでした? 1000年以上の旅路は、あ、時々、時間を戻してたんでした? はははは、貴女は何年存在してるのか、わかりませんね」
ミイルがおちょくるように言った。
「・・・・・どうしてミハイルがここに?」
「天使が守護する王国の傍にいるのは当たり前じゃないですか。あ、僕、堕天使ですけど。ミハイルという名前の”ハ”は落としてしまったんですよ」
「知ってる」
アイリスが剣を構えたまま、ミイルのほうを見ていた。
「貴女こそ、よくここへ来ましたね? はじまりのダンジョンがあると知りながら」
ミイルがアイリスに剣を振り下ろす。
ザンッ
空気を切る音が響いた。
アイリスが咄嗟に避けて、切れた数センチの髪が宙を舞っていた。
「私にはやることがある。でも、ミハイルと戦う理由は無い」
「僕にはあるんですよ。なぜ、力を隠そうとしているんですか?」
「私は・・・・」
キィン カンカンカン
ブワッ
砂埃が巻き上がる。
「へぇ、強いじゃないですか。少しも衰えないんですね」
「何が言いたいの?」
「貴女が人間か、怪しいなと思いまして」
ミイルが途切れることなく攻撃していた。
アイリスがホーリーソードで弾いていく。
ゴンッ ゴゴゴゴゴゴゴ
「!!」
地面が割けた。
アイリスが詠唱なしに、魔法陣を展開して一瞬で収める。
これが・・・あのアイリスなんて・・・。
「ミハイル、いい加減にして。貴方は私に敵わない!」
「聞きましたよ。アリエル王国の王女だったんですよね? あ、今は聖女でしたか? どっちでもいいです。記憶を失くして、城に入ったんですか? それとも、何も知らないふりをして、また、人を裏切るつもりだったんですか?」
「知りたいって言ったのは彼女のほう・・・私は運命の歯車を回しただけ」
こちらをちらちらと気にしていた。
「か弱いフリしないでくださいよ。こうやって、戦闘するのは500年ぶりじゃないですか。あの時はあっさり負けてしまいましたけどね。今はどうでしょう?」
「・・・・・」
アイリスが人差し指を動かして、空中に魔法陣を描く。
見えないくらいの速さで、ミイルの剣に魔法陣が絡みついていた。
「!?」
光の縄で、ミイルを縛り上げる。
「ミハイル・・・天使は、地上のことに干渉しないんじゃなかったの?」
「いいんですよ。僕は堕天したんでね」
ミイルが縄を切ろうと、手を動かしていた。
「はははは、やっぱり強いですね。化け物です」
「・・・ハナのことは・・・覚えてる。申し訳なかったと思うわ。あの頃の私はまだ自分を知らなかった。命の重みも価値も、わからなかった」
「責任逃れですか・・・あんな、残酷な魔法を教えておいて」
ミイルの声が怒りに満ちていた。
「やっぱり、貴女は兵器ですよ。いなくなるべき、人間です」
「あの頃は命は魔法と対等だと思っていたから。今は少し変わったと思うよ」
「白々しい。500年前の冷酷な貴女を見ている私には、全てが嘘に聞こえます。僕の率いる十戒軍を、たった一人で壊滅まで追い込んだくせに」
「・・・・・・・」
ミイルがアイリスを睨みつけていた。
黒い雲が日光を遮り、ぽつぽつと雨が降り出す。
「何を言われても、気にしない。私には役目があるから」
「へぇ、随分と余裕ですね。僕は仮にも堕天使です。人間よりは力を持っていると自負していますけどね。それに今のほうが強い」
パリンッ
「ほら」
ミイルが光の縄を破って、剣を持ち直していた。
「ミハイルに私は殺せない」
「なぜ、そんなこと言い切れるんです?」
「わかるでしょ?私は不死だから。死ねない」
ひんやりとした視線を、ミイルに向けていた。
「アイリス・・・」
「魔王ヴィル様」
真っすぐアイリスに剣を向ける。
「これがお前の本来の姿か?」
「うん。でも、魔王ヴィル様と居たときも、ちゃんと私だったよ」
アイリスは雨に濡れたまま、ミイルに剣を向けていた。
魔王の剣の刃先が自分に向いているにも関わらず、俺のほうを一切、見なかった。
「長い時間振り返っても、記憶を失くして、魔王ヴィル様の傍にいたときが一番楽しかった。ほんの一時だったのに。楽しかったな」
「・・・・・・」
どこまでが本音なのかわからなかった。
今、目の前にいるアイリスは、別人で・・・。
「でも、今はやるべきことがある。今度こそ、間違えるわけにはいかない」
目つきを鋭くする。
「ミハイル、十戒軍は変わったの。元の目的は、私を抹消することかもしれない。でも、今は聖女である私のサポートする役目を担ってる」
「聖女・・・よく、貴女が聖女なんかになれますね。過去やってきたこと全て、悪魔のほうが近いでしょうが」
「そう。でも、この世界では、人間のほうが悪に近いんでしょ? だから、私は強い」
「・・・・・・・」
「ミイル、貴方が邪魔をするなら、この場で殺す」
アイリスが動き出す。
「なっ・・・」
ミイルの剣を避けて、正面からミイルを刺そうとした瞬間・・・・。
ぴたりと動きが止まった。
「!!」
アイリスが後ろを見て、一瞬、驚いたような表情をしていた。
「こんなところで、情けですか? ホーリーソードなら堕天使である僕を殺せるでしょう。ミハイル王国は失墜しますが、まぁ、もう無いような国です」
「・・・ねぇ、ハナは昨日死んだの?」
ミイルが目を丸くしていた。
「ど・・・どうしてそれを・・・?」
「今、雨の音に交じって聞こえた。貴方を殺さないでほしいって」
ホーリーソードを解いて、ミイルから離れる。
細糸のように降り注ぐ雨音が大きくなっていった。
「え・・・・? ははは、嘘を・・・」
「ハナの前では、殺さない。約束は契約だから」
「死者の声が、聞こえるのか?」
「私が伝えた禁忌魔法で死んだ人だけ、残った魂の声が聞こえる。すぐに聞こえなくなる」
「嘘を・・・・・・そんな・・・ハナが?」
ミイルが周囲をきょろきょろ見渡していた。
アイリスが俯き加減に、こちらを見た。
ガン
アイリスの肩を掴み、押し倒す。
木の葉のように軽かった。
「魔王ヴィル様」
胸に剣を突きつける。
アイリスはミイルとの戦闘と違って、全く抵抗しなかった。
「俺に対しては何もないのか。お前が不死だろうが関係ない。異世界住人をこれ以上集めるというなら、もう一度”名無し”を呼び起こして今のお前を・・・」
「魔王ヴィル様、会えてよかった」
「は・・・・?」
アイリスがころっと表情を変えて、ほほ笑んだ。
「運命は変わってきてる。だからもう少し待ってて」
「ねぇ、アイリス様、それってどうゆう意味?」
エヴァンが近づいてくる。
「君は、どこまで・・・」
「エヴァン、魔王ヴィル様のこと、お願いね」
「・・・・・・・」
警戒心はなく、いつもと変わらない、花のような笑顔だった。
どうして・・・。
拍子抜けして、剣を握る手が緩んでしまった。
一体、何を考えてるんだ? こいつは・・・。
ザアァァァァァ
「バイバイ」
「アイリス!」
地面に魔法陣が浮き上がり、剣に雨が落ちる時には、アイリスが居なくなっていた。
「・・・・・」
転移魔法か。
まぁ、アイリスの能力を聞く限り使えてもおかしくないな。
アイリスが居なくなると、雨脚が弱まっていった。




