162 カルマ⑭
俺がキサラギに話したことは、くだらない話だ。
物心ついたころには、俺を産んだ人間はいなくて、施設にいたこと。
父親は子供の父より、勇者であることを望んだ者だったこと。
施設では父親が有名である嫉妬や妬みから、周囲に無視されていたこと。
ギルドに入ってからも、信頼できる人間なんて現れなかったこと。
ただ1人、血の繋がらない母親がいたこと。
でも、病気であっけなく死んでしまったこと。
細かく言えばキリがないから、大分省略していたけどな。
「ハナはお前ほど、キサラギに思いはなかったんだろう。死ぬときも、キサラギの名前を出すことはなかった」
『そう・・・なのか・・・』
「仲間が欲しいなら、これから作ればいい。俺みたいにな」
『・・・・・・・』
キサラギが俯いていた。
落ち着いたのか、揺れは完全に収まっていた。
「へぇ、初めて聞いたよ。ヴィルってなかなかハードモードだったんだな」
「正直、お前らに話すつもりはなかったんだが」
「いいじゃん。俺が異世界から来たってことも知ってるんだからさ」
ユイナはどうでもいいとして、エヴァンとサタニアには話したくなかった。
「私はいいと思うけど、ヴィルの過去を聞けて嬉しい。暗い過去を持った魔王なんて、ますます素敵」
「あまり君の妄想押し付けるなよ」
「エヴァンは黙ってて」
サタニアが頬を覆って、ため息をついていた。
「他の魔族には言うなよ」
「わかってるわかってる。秘密って、もっと好き」
にこにこしながら頷いていた。
『・・・・・・』
キサラギがぼうっとしている。
「いいか。人の思いなんて、そんなものだ。あまり、依存するな」
『・・・・身も蓋もないことを言うな』
「私もてっきり慰めると思ったのですが・・・」
ユイナが装備品を一つ一つチェックしながら言う。
「これが現実だ。幻想を抱くほうが酷だろう」
「俺はその通りだと思うよ。誰かに依存するほうが馬鹿げている」
エヴァンが退屈そうに石を積み上げながら言った。
「エヴァン様まで・・・」
「信頼していた奴だって結局は裏切る。最初から期待しないほうがいい」
『じゃ、じゃあ・・・どうして、お前は魔王と一緒にいるんだ? 矛盾しているだろ』
キサラギがしっぽをこちらに向けてきた。
「ヴィルとは利害関係が一致してるし、別に敵対する必要もないからさ。な」
「まぁ、そうだな」
「俺はリョクといられればいいんだ。あ、リョクって、マジで可愛い天使の魔族の子ね。本当は一緒に行動したかったんだけどさ・・・」
エヴァンがリョクについて話し始めると、キサラギが無視していた。
「お前、さっき言ってたことと矛盾してるな」
「リョクは例外だ」
『キサラギは独りぼっちが嫌。ダンジョンにいると独りぼっち』
「他のダンジョンの精霊がいるだろ? あいつらならお前と同じ立場だし、利害関係一致するんだから」
『でも、今更・・・どう話せばいいのか』
もふもふの手を擦っていた。
「人見知りかよ。面倒くさいな」
『悪かったな。はじまりのダンジョンの精霊だから、どう接していいかわからないんだぞ』
「私も話するのは苦手ですけど、最初の一言ですよ。一言話せれば、意外と上手くいくんです」
ユイナが砂埃を払いながら、キサラギに近づく。
キサラギが尻尾を振っていた。
『一言、一言・・・何でもいいのか?』
「そうです。一言です。傷つけない言葉ならいいですよ。天気がいいですね、とか」
『うーん、そうか。一言話してみるか。一言くらい、何かされたら、キサラギのほうが強い』
ユイナに言われて、ころころ表情を変えていた。
「それより、キサラギ、願いを叶えるダンジョンの精霊を知ってるか?」
『・・・・・・』
「だよな」
話聞いてて薄々感じていた。
シナガワやシンジュクたちも、キサラギの存在を知っているのか微妙だ。
「じゃあ、帰るか。用は済んだし」
『待て・・・その役割を与えられたダンジョンの精霊はいる。四元素のダンジョンだな』
「!!」
キサラギが耳をぺたんとさせながら言う。
『北の果てに、500年前にできたダンジョンがある。氷の中にあって、精霊はほとんど出てこないという。誰の支配にもないダンジョンだ。魔王は、なぜかその空気と同じ匂いがする』
「・・・・・・・」
北の果てか・・・。
「・・・ヴィル・・・?」
サタニアがちらっとこちらを見る。
「ねぇ、氷って炎の魔法使いなら溶かすことくらい簡単じゃないの?」
『決して溶けない氷・・・呪いの氷。四元素のダンジョンの精霊も、この世界の要となっている存在だ。祈りを実現し、世界を変える力を持つ』
「どうしてキサラギがそれを?」
『交流はなくても、ダンジョンの精霊は把握している。お前らこそ、どうして願いを叶えるダンジョンの存在を知っているのかは知らないがな。彼らは秘密とされているはずだ』
「まぁ、色々あってな・・・・」
『悪魔にでもあったか?』
キサラギがじっとこちらを見つめる。
「悪魔?」
『・・・まぁいい。でも、今回、ハナとキサラギの契約が切れたことによって、少なくとも、北の果てのダンジョンの氷も解けるだろう。あそこは、少し弱い・・・』
「思わぬチャンスということか・・・」
『そうだ』
キサラギが尻尾をふわっとさせた。
『ダンジョンの精霊も魔力が薄れれば、変わっていくはずだ。もし、急いでいるのなら、まだダンジョンの精霊の魔力があるうちに行動しておけ』
「ヴィル・・・・」
「あぁ、いい話を聞けた。帰ったらププウルに聞いてみるか」
「うん」
立ち上がって、ブーツの砂を払った。
『お前らが出たら、このダンジョンは人間を入れないようにする。もういい。また見捨てられるのやだ』
「それがいいよ。ダンジョンの精霊と仲良くしな」
『・・・そうする』
キサラギが俺たちの真ん中に立った。
両手を広げる。
『もう帰るのだろう? ここから出してやる』
「へ、あ、ちょっとお待ちを・・・」
ユイナが広げていた四角い何かをを斜め掛けのバッグに仕舞っていた。
ユイナの装備品には充電が必要なものがあるらしい。
『じゃあな、お前らも二度と来るなよ』
「あぁ、わかってる」
『さようなら。魔族、人間・・・そして・・・』
ユイナが駆け寄ってくると、キサラギが何かを唱えた。
シュンッ
瞬きする間もなく、ダンジョンの外に出ていた。
「おわっ、本当に閉まってるな」
「もう二度と開けないつもりね。まぁ、中の子があんな子供なら、人間や魔族との交渉なんて無理でしょ。ダンジョンの精霊だけと交流してればいいのよ」
サタニアが髪をふわっと流して、ダンジョンの入り口を見つめていた。
崩れた岩は無くなり、入り口は固く閉ざされていた。
「収穫があってよかったね」
「そうだな」
サタニアが軽やかに跳んで、隣に並ぶ。
「ん、そういえば、ミイルの姿が見えないな」
「どこにいったのかしら。こんなにすぐいなくなるとは・・・ハナのお墓に何か備える物を持ってきているのかしら」
「ミハイル王国のまずい食事とかな。虫がたかるから止めたほうがいいのに」
「それはないだろ。まだ、この辺にいるんじゃないのか?」
ハナの墓の木の上で待っていると思ったんだけどな。
ぱっと見たところ、誰もいなかった。
「ミイル! おーい、戻ったんだけど」
「無視して帰りましょ。堕天使って、あまり関わりたくないわ」
「私も・・・特にミイル様に用事は・・・」
ユイナがスカートを抑えながら言った。
「・・・・・」
腕を組んで木を眺めていた。
おかしい。ミイルがすんなりとここから離れるとは思えないんだが。
「!!」
― 魔王の剣―
剣を下に向ける。
「ヴィル、どうした? ミハイル王国の戦闘員は全滅したって言ってたし、ここに来るなんて思えないんだけど」
「急にどうしたの? 敵の気配なんて・・・」
「・・・・・・」
サタニアがきょろきょろ周囲を見渡していた。
間違いない。
「アイリスだ」
「え?」
「・・・・・・・」
ハナの墓から離れて、木々を抜けていく。
しばらくすると、荒廃した地から人が歩いてくるのが見えた。
ピンクの髪をなびかせて、聖女の服を着て、白い剣を持っている。
アイリスだった。
他に人間はいなかった。たった一人で、この地に来たのか。
「ここで待ってろ」
「待っ、ヴィル!」
地面を蹴って、アイリスのほうへ飛んでいく。
巻き上がる砂埃をマントで抑えた。
「あ・・・・」
アイリスが驚いて、足を止めた。
「アイリス、なぜ、お前がここにいる?」
ザッと、砂の上に立つ。口に付いた砂埃を、腕で拭う。
「ま、魔王ヴィル様、どうして・・・・?」
「異世界住人はどうした? 聖女の役目はどうした?」
「・・・・・・・」
「お前が、どうしてここにいる?」
アイリスと向かい合う。
ピンクの髪を耳にかけて、こちらを見ていた。
魔王の剣の魔力を途切れないようにしていた。




