161 カルマ⑬
『キサラギは信じない。そんなの、ありえない!』
事情を説明しても、キサラギは納得しなかった。
『ハナは生きてる。だって、キサラギはちゃんとハナを感じてる』
「だから・・・」
『嘘つきだ。お前ら全員嘘つきだ。本当はハナを隠してるんだろ』
ダンジョンの少し広い部屋で、キサラギが飛び回っていた。
「はぁ・・・」
エヴァンが部屋の端のほうの岩に座る。
「これだから、子供は苦手なんだよ。俺、寝てるから話がついたら起こして」
「あんただって子供でしょ」
「いつも言ってるだろ。俺は中身は子供じゃない」
「都合のいいときばっかり大人ぶるんだから」
サタニアが腕を組んでため息をついていた。
「ハナとお前はどんな契約をしたんだ?」
『キサラギがダンジョンを守ること。他のダンジョンの精霊もキサラギと同じように、ダンジョンが現れると精霊が召喚され、守るようになった。他の世界が侵食してこないように』
「だから、はじまりのダンジョンか・・・・」
『あれ、どうして? ハナの魔力・・・感じなくなってきた』
猫耳をぴんとさせていた。
「さっきから言ってるだろ。死んだんだ。魔力が残っていたのは、ダンジョンの傍に墓を建てたからだろう」
『ハナは永遠の命、与えられたはずなのに、どうして』
「永遠の命って言えば都合がいいわね」
サタニアが長い瞬きをする。
「石化は解けた。ハナの遺体はダンジョンの傍に埋まってる」
『キサラギはハナに会ってない。ハナを見捨てたのか?』
「理不尽ね。石化して永遠の命を与えられるなんて、残酷なことを」
『だって・・・ハナが・・・』
キサラギが首を振る。
『でも・・・ハナがいないってことは、死んだってことは、ハナを見捨てたことだ。そんなわけない!』
大きな目を潤ませながら、怒りに満ちていた。
見捨てた・・・か。
気持ちはわからないでもないが。
「駄々をこねるな。お前はこのダンジョンの精霊だろ?」
『精霊でもないのに、生意気な。お前にキサラギの気持ちなんてわからない!』
「わからるわけがないし、わかろうともしていない。俺は魔王だからな」
キサラギの横に座った。
ハナが死ぬとき、どこまでこいつのことを思っていたんだろうな。
死に際には、キサラギのことを口に出さなかった。
『嘘だ嘘だ!』
「静かにしなさい」
『・・・・・・・』
毛ををわしゃわしゃしながら否定していた。
『だって・・・ハナは? キサラギと一緒にいないの?』
「元々いないでしょ」
「サタニア様!」
「ちゃんと言ってあげなきゃわからないのよ」
「でも・・」
ユイナがおどおどしながら、ハナを見つめていた。
こいつが思っている以上に、ハナはこいつのことを思っていなかったのかもな。
想像でしかないが。
人の想いは、残酷だ。
「ハナがいなくなればお前らダンジョンの精霊はどうなるんだ?」
『ハナとキサラギの契約が切れてしまったから、全てのダンジョンが影響を受ける』
「どうゆうことだ?」
『元の役割が消えるから、よく言えば自由だ』
キサラギがしっぽを振って、空中に魔法陣を描く。
方位磁石のように、真ん中の文字が動いていた。
『キサラギは、魔力を自分で溜められる。強いから。でも、他のダンジョンの精霊は違う』
「どうゆうこと?」
『自分で魔力保てない精霊は存続できず、ダンジョンは眠りについてしまうかもしれないし、魔力を溜めてきたダンジョンは継続できる。どうするのかは、各々に委ねる。みんな自由になった』
真っ白な尻尾をふさふささせながら言う。
「それは本当なのか?」
『キサラギ、嘘、言わない。ハナと嘘つかない約束した』
「・・・・・」
口に手を当てる。
まずいな。
ダンジョンには魔族を入れている。
「ヴィル、どうする? 今すぐ魔王城に戻る?」
「そうだな」
『ダンジョンは、まだ異変に気づいた程度。すぐに崩落するわけじゃない。おそらく、全ダンジョンに影響するのは次に月が満ちる頃。ん?』
急に鼻をくんくんさせていた。
『お前、さっきから匂いがしないな。異世界の者か?』
キサラギがユイナを睨んだ。
「はい。この体はアバターです」
『フン、ハナが来る前はお前のような奴がキサラギのところに現れて、消えていった。ハナと契約してからは見なくなったけどな』
「ダンジョンに現れたってことか?」
『いても、通過していくだけだけだった。あの人間の形をした者たちも気づいていないだろう。まさか、体をもってこっちの世界に来るとは』
背中の毛を逆立てていた。
『最初に、この世界に気づいた異世界からの者がいた。あいつのせいだ。そのせいで、キサラギはダンジョンを守ることになった』
「エヴァンじゃないのか?」
「違うね。俺じゃない」
エヴァンが即答した。
「じゃあ、誰が・・・・」
最初に来た者・・・考えたこともなかったな。
テラなのか?
『異世界住人が憎いな。お前みたいな・・・』
「!!」
ユイナが少し身を固くする。
『で、でも、何もしないぞ。耳くしゃってやるのはナシだからな。ただ、異世界の者が嫌いなだけだからなっ』
「はぁ・・・・・」
ユイナが指を動かそうとして、止まっていた。
「キサラギはテラを知ってるか?」
『テラ? 誰だ? キサラギは外のことは知らないぞ』
「・・・そうか」
キサラギが首を傾げていた。
テラのことを知らないのか。
「ふと、思い出したんだけどさ、きさらぎって、異世界では幻の駅名とされてるの、知ってる?」
エヴァンが寝転がりながら言う。
「あ! 思い出したわ。電車で寝ていると通過してたりする、オカルト的な駅名のことよね?」
「都市伝説だったけどな。あれが、この世界と繋がっていたのか」
「なるほど。そうだとしたら、通過するだけってのも辻褄が合うわ」
エヴァンとサタニアで勝手に納得していた。
「わ・・・私は聞いたことありませんでした・・・きさらぎですか・・・」
ユイナが2人の会話に混ざる。
異世界の言葉で話されると、付いていけなくなるんだよな。
わかったのは、はじまりのダンジョンは、テラと関わっていないってことだけだ。
『ハナとアイリスしか、キサラギのことを呼べなかった』
「アイリスを知ってるのか?」
『もちろん知ってるぞ。こんな小さい子だろ? 嫌いだけどな』
尻尾の先をくるっと丸めた。
『子供なのに魔力はハナよりもずーっとずーっと、高かった。知識もアイリスのほうが格段に上だった。でも、ハナがキサラギと契約して石化すると、姿を消してしまった。ハナを見捨てたんだ』
「・・・・・・」
『もう会ってない。どこかにいるような感覚はあるけど、感覚だけだ。別にいい。アイリスには興味ない』
ぐしゅぐしゅ目を擦っていた。
『ふ・・・・ハナに会いたい。キサラギは独りぼっちだ。異世界住人が来ないように見張っていたのに、来てしまうし、ハナはいなくなるし、めちゃくちゃだ。約束守ってたのに、こんな、こんなことって』
ふぇっと鳴き声を出す。
ガタガタガタガタ・・・
「何!?」
「崩落まで1か月あるんじゃなかったのか!?」
エヴァンが飛び起きて、マントを後ろにやる。
『うぅっ・・・うっ・・・』
「ユイナ! 逃げなさい」
「あっ・・・」
ドドドドドドドドド
壁が落ちていった。
サタニアがユイナの体を掴んで飛び上がる。
「遅いわ。これくらい自分で避けなさい」
「ご、ごめんなさいっ」
2人が崩落した壁の上に立つ。
「どうして急に・・・? 崩落するような要素はどこにもなかったのに」
「ヴィル、こんなよくわからないところ、早く逃げたほうがいいわ」
この感覚は経験がある。
泣いているハナに近づいていった。
「キサラギ、お前が原因だろ?」
『・・・・・・・』
岩にぽたぽた涙が落ちている。
「え・・・どうゆうこと?」
「ダンジョンの魔力は、ダンジョンの精霊の心理状態も影響するんだよ。テンションが高まれば魔力が増大するし、落ち込めば今みたいになる。今、こいつは絶望してるから、ダンジョンが崩落しかかってるんだろ」
「マジか。厄介だな。おっと・・・」
エヴァンが崩落していく岩を避けながら言う。
「入り口がふさがると面倒だし、サタニアの言う通り出たほうがいいだろ」
「まぁ・・・ちょっと待ってろ」
「ん? 何か方法があるのか?」
「・・・・・」
あまり乗り気はしないが・・・。
まだ、こいつに願いを叶えるダンジョンについて聞けていない。
岩を飛び越えて、キサラギの傍に降りていく。
『な・・・なんだ? 何したってキサラギにはどうにもできないぞ。悲しくて仕方ないんだからな。お前なんかにわからないだろ』
「違うよ。俺の昔話してやる」
『へ?』
キサラギの意表を突いたからか、ダンジョンの揺れが一瞬収まった。
「俺も子供の頃、お前と同じように独りになったことがあった」
『・・・・魔王なのに?』
「そうだ。俺は元々捨て子だからな」
『・・・・・・』
「聞きたいか?」
『うん』
キサラギがこくんとうなずく。
ダンジョンが静かになっていった。
キサラギが泣くのを止めて、こちらをじっと見つめていた。




