158 カルマ⑩
気づいたら朝日が昇っていた。
「ヴィル、まだここにいたんですか」
ミイルが横に立つ。木の枝がバサッと落ちていった。
「寝てないんですか? もう、朝ですよ」
「あぁ、気持ちの整理がつかなくてな」
「泣いたりはしないんですか? 魔王って」
「するわけないだろ」
時間が経つのが早かった。
荒廃した地を見ながら、いろいろなことを考えていた。
「やるせない気持ち・・・少しはわかりますよ」
ぼんやりと、海のほうを見つめる。
「・・・納得いかないんだよ。どうして、サタニアが死ななければいけなかったんだろうな。あんなクズみたいな人間のために・・・」
面を取ってくるくる回した。
「僕もわかりますよ。大切な者を失う辛さは」
「へぇ・・・1000年経っても変わらないのか?」
「はい」
ミイルが低い声を出す。
「正直、ヴィルが羨ましかったですよ。大切な者を死に追いやった奴をその場で殺せるんですから。僕だってできるなら、あの場でアイリスを殺しておけばよかったって・・・何度も、何度も後悔しました」
「アイリスは殺させない」
「はははは、そうですか」
ミイルが軽く殺気を立って、収まっていった。
「もう遠い昔のことです。アイリスは僕でも敵わなかった。諦めていますよ」
「・・・・・・・・」
「時間が経って、記憶が薄れても、悲しみだけは残るものです。日に日に濃くなっている気もします。憎しみも・・・だから、堕天使なんですけどね」
「そうか・・・・」
「心のどこかでは、今でもチャンスを狙ってるのかもしれません」
青い瞳でこちらを見る。
「僕はいずれ貴方と、敵対するかもしれませんね」
「あぁ。だろうな」
朝焼けが眩しかった。虚無の中で、しばらく沈黙していた。
「!!」
ミイルが急に翼を広げる。
「どうした?」
「そんな、バカな・・・」
ずっと、遠くのほうを見て動揺していた。
変なものは感じなかったが・・・。
「ヴィルー、ねぇ、ヴィルー」
木の下からエヴァンの声が聞こえた。
「なんか変な女の子が来たんだけど、どうする? 人間で非戦闘員だし、どこから来たのかわからないんだけどさー」
「今行く」
俺が降りるよりも先にミイルが降りていった。
「うわっ、ミイル」
「・・・・・・」
エヴァンを吹っ飛ばしそうになっていた。
真っ先に洞窟の方角へ飛んでいく。
「ハナ・・・・」
少女がミイルの声に反応して顔を上げた。
「ん? あ、ミハイル、元気そうだね」
「ど・・・どうして・・・・」
「ハナ?」
ミイルが話していた、教会にあった石像の少女だった。
サタニアの遺体の隣にぺたんと座っている。
「どうして、石化が・・・・な、なぜここに?」
戸惑いながら話していた。
「ダンジョンにひびが入ったから、一時的に魔法が解けちゃったんだと思うよ」
「一時的にって・・・石化の魔法が完全に解けたんじゃないのか?」
「そんなわけないでしょう。禁忌の魔法なんだから」
いたずらっぽく言う。
ミイルがその場に座り込んだ。
見たこともないような表情をしていた。
「ここ、十戒軍の拠点でしょ? 誰もいないんだね」
「魔王ヴィルが殺したからね」
「そっか、だから血の匂いがしたのか」
納得するのが早かった。戦地にいた者だからか。
「・・・・・・・」
「ミハイル、私は、時間が経つとまた石化してしまうの。その前にやっておきたいことが・・・・」
「どうして、あんな魔法を使ったんだ。僕に何も言わず・・・・」
黒い翼がぱっと消えた。
「・・・・堕天使になったんだね、ミハイル」
ハナが黒い羽根を拾って、光にかざしていた。
「アイリスのこと、憎んでそうなったの?」
「・・・・・・」
「アイリスを覚えてるのか?」
口をはさむと、きょとんとして、こちらを見た。
「知り合いなの?」
「あぁ」
「・・・そっか」
ハナがサタニアの額を撫でる。
「まだ、生きてるなんて驚いた。あれからもう長い年月が経っていて、人間の寿命なんてとうに過ぎてるのに。もしかしたら、何かの代償を受けているのかな?」
「代償?」
「禁忌魔法には代償がつきものなの。この世にあってはいけない魔法だから」
ハナは透き通るような声で話す。
「アイリスが言ってた。私が会ったアイリスはまだ小さくて、ピンクの髪に黒い服を着た可愛らしい子だった。何でこんなに魔法を知っているのかわからなかったけど、たくさんいろんなことを知っていて教えてもらった」
「・・・・・・」
「ふふふ、アイリスは何者なのかな?」
こちらを見て、ほほ笑んだ。
「僕は許してない。君にこんな魔法を教えたアイリスを、必ず殺してやるって十戒軍を率いた・・・強すぎて、殺せなかったけど」
「アイリスのせいじゃない。私はリスクも全部聞いて、魔法を使った」
ハナがユイナのほうを見る。
「貴女のような異世界住人が、この世界の均衡を揺るがすんじゃないかって。アイリスに相談したら、この魔法を教えてくれたの」
「・・・でも・・・」
「ダンジョンの精霊を召喚して止めてたけど、結局、来てしまったんだね。貴女は悪い人には見えないけど、残念・・・」
金色の髪がふわっと揺れる。
「アイリスは悪くない。ミハイル」
「・・・・・・」
ハナがミイルの隣に寄ると、頬に軽いキスをした。
「石化している間、意識はずっといろんなところにあったけど、ずっと動けなくて辛かった。いつまでも、行きたいところに行けなくて、だから・・・次は確実に死にたいと思う」
「確実に死ぬって・・・また、いなくなるのか?」
「楽しかった思い出はずっと残ってる。この肉体が消えてしまっても」
「ハナ、腕がっ!?」
「まだ、話していたいけど、もう時間がない。私はダンジョンが壊れて、魔力が薄れたことによって、一時的に契約不履行になって石化が解けただけ」
「一時的にって・・・」
「早くしないと、また石化してしまう。こんなチャンス、二度とこないわ」
腕が石化しかかっているのを、必死に止めているようだった。
「私、アイリスに教わった禁忌の魔法はもう一つあるの」
急激にハナの魔力が高まった。
「な、何をするんですか?」
「死者蘇生は効かない。もう一つ、代償蘇生っていうのが、ある。魂の交換と呼ばれる、魔術」
「!?」
「きゃっ・・・・」
ユイナが目を背ける。
ドクン ドクン
ハナが自分の胸に手を当てて、脈打つ心臓を抜き出していた。
両手に心臓を載せて、空を見る。
「ハナ!」
「ミイル、わかって。きっと、この子は誰かのために死んだのでしょう? きっと、この魔法が効くはず」
目を閉じて、何かを呟く。
空中に魔法陣が浮かび上がり中から黒猫が出てきた。
「・・・死神召喚だ・・・」
エヴァンが驚きながら呟く。
「死神召喚?」
「俺も・・・向こうの本でしか見たことがない。まさか、できる人間がいるなんて・・・」
猫はミイルをちらっと睨んでから、ハナの近くに寄っていった。
『久しいな。ハナ、死んだと思っていたが』
「これから死ぬの。よろしくね」
黒猫に、軽く笑いかけていた。
『承知した』
「・・・・・」
猫が脈打つ心臓を舐めて、サタニアの頬を舐めた。
ミイルが黒猫とハナの間に入る。
「どうして、君はこんなに我儘なんだ。僕は、この先もずっと」
「死んだら、傍にいる。約束したじゃん。やっと死ねるんだから。ミハイル、許して」
「許せ・・だなんて・・・」
バタン
ハナが黄金に光る魔法陣の中でほほ笑んで、その場に倒れた。
『取引は無事完了した』
黒猫が魔法陣の中に戻っていく。
「『偶像の禁止』か・・・偶像崇拝はするなって、書いたもんな・・・依存するから、僕みたいに。それに、ハナに伝え忘れましたけど、僕はミイルです。ハは落としたんです」
ミイルが一人で呟いていた。
しばらくすると、サタニアがむくっと起き上がった。
「サタニア!」
髪を抑えながら、きょろきょろしていた。
「あれ? 私、どうして? ここは・・・?」
「サタニア様っ」
「わっ・・・」
ユイナがサタニアに抱きついた。
「私、びっくりして・・・サタニア様が死んでしまって」
「え?」
「よくも無断で行動して、死んでくれたな。事情は後で聞くからな」
「ヴィル・・・」
「まぁ、俺はサタニアは性格悪いし、簡単に死ぬような奴じゃないと思っていたけどね。ここまでバカだとは思ってなかったけどさ」
エヴァンが目を擦りながら強がっていた。
「ど・・・どうして・・・私が。確実に死んだはずなのに」
「・・・・・・・」
ミイルがハナの遺体を抱えていた。
右腕が石化していたが、他は綺麗なままだった。
「僕は彼女を弔ってきます。やっと死ねたので。ここで待っていてください」
光の差すほうへ歩いていった。




