156 カルマ⑧
ポケットに入っていた、クロスペンダントを握りしめる。
脳裏に浮かんだのは・・・11年前の。
『マーリンでも無理なのかよ。死者蘇生の魔法は使わないのか?だって、マリアは・・・』
『もう、泣き止め』
『泣いてない。怒ってるんだ!』
マリアは死んでも、ずっと綺麗なままだった。
心臓は止まっていたが、どうして、起き上がらないのか不思議でしょうがないくらいだ。
『ヴィル、人は死ぬんだ』
『そんなの、わかってる」
『戦闘中の死亡なら、魂が微かにでも残っている可能性がある。だから、2分の1の確率で蘇る可能性はある。それが、死者蘇生だ。でも、病は肉体が停止してしまう。魂を戻そうとしても、戻らないんだ」
『でも・・・・』
『落ち着け。あまりここに長居すると、お前の父親が来てしまうぞ』
『っ・・・・・』
『オーディンには、今の姿、見られたくないのだろう?』
『・・・・・・』
マーリンは冷静だった。
死んだ仲間を何人も見てきたからなのだと言う。
『大事なものは失ってから初めて気づくのがほとんだ。存在していることが当たり前で、抜けたときに、自分がどれほど愛していたのかわかる。わかっただろう。今、あるものを大切にしておけ』
『・・・・んなこと言ったって、わかんねぇよ。大切にしたって、無くなるなら意味ないじゃないか』
『そうだな』
『もういらないよ。俺、もう大切なものなんか。どうせマリアみたいに、いなくなるんだろ』
『・・・・・・・』
どんなに悪態をついても、マリアは起き上がらなかった。
『マーリンは冷たいんだ。マリアがいなくなったって困らないから』
『・・・そんなことはない』
『え・・・・』
『マリアがお前を愛するように、私もマリアを我が子のように思っていた。子供のいない私にとって、短い時間でもかけがえなかった。今更、気づくな。もっと時間を取ってやれればよかった』
マーリンがマリアの頬を撫でていた。
『マーリン・・・』
『でも、よかったな。マリアには少々性格がひねくれてるが、愛する子に看取られて。私には、後にも先にも不可能なことだ』
『なんだよ、急に。マーリンは大人だろ?』
『大人でも、後悔はする。愚かなのには変わりないんだ』
『・・・・・!?』
『・・・・・・・・・』
勇者オーディンの仲間、冷徹で最強の魔法使いマーリンの涙を見たのは、最初で最後だったと思う。
俺とマリアしかいない、小さな部屋で・・・。
『マリア』
マリアの手を握りしめた。
花びらのようにひんやりした手は、俺よりも少し大きかった。
『・・・マリア、届いているか? いつか、お前を、冒険へ連れて行ってやりたかった。最愛の・・・』
「ヴィル! ヴィル!」
エヴァンが揺さぶってきた。
「大丈夫か?」
「あ・・・・・あぁ」
はっとして、地上を眺める。
兵士たちがうじゃうじゃ集まっていた。
「どうする? この規模なら時間を止められる。ヴィルは死者蘇生が使えるんだろ? 今すぐサタニアを連れ出して」
「・・・いや」
エヴァンの提案を止めた。
「行く」
「え・・・ちょっと・・・」
真っすぐ、十戒軍とミハイル王国の兵士の近くに降りて行った。
「ま・・・魔族! ジークたちはどうした?」
「・・・・・」
「近づくな!」
喚き散らす人間を無視して黒いローブを着た集団と向き合う。
サタニアの心臓には、水晶でできた小刀が刺さっていた。
白い服が、薔薇のように赤く染まっている。
「なぜ、魔族がここに?」
「ミハイル王国にいた魔族は、サタニアだけではなかったのか?」
「こいつ・・・な・・・なんだ? この力・・・」
「油断するな!!!」
十戒軍が武器を構えている。
後ろにいたミハイル王国の兵士たちが警戒するように訴えていた。
「・・・・」
呼吸を整えながら歩いていく。
「久しぶりだな。お前・・・魔王だな・・・? ヴィル、とか言ったっけ?」
ローブを着て、フードで顔を隠した人間が近づいてきた。
「魔王はサタニアじゃないのか?」
「そうだ。嘘に決まってる」
魔王という言葉に、十戒軍以外の人間がざわついている。
「やぁ」
男がフードを取る。
見覚えのある顔があった。
「ルークか」
「よく覚えていてくれたね」
嫌味な顔をしていた。
サタニアが死んだのに、平然としている。
「サタニアをなぜ、殺した?」
「ククク、冷酷な魔王でもサタニアのことは心配か?」
「・・・・・」
「サタニアは君の敵だったはずだけどな。まぁ、死んだら関係ないか」
何の動揺もない。悲しみすらない。
こいつの性根はどこまで腐ってるんだ。
「今だ!!!」
『合技ウィンドトルネ・・・・』
「黙れ!」
― 魔王の剣―
ザンッ
「!?」
遅いかかってきた剣士と魔導士に、剣を刺して魂を抜く。
きゃあぁぁぁぁ
ドサッ
「うわっ、危な。躓くところだった」
エヴァンが倒れた3人の死体を踏みそうになっていた。
人間たちの悲鳴は、エヴァンが剣を抜くと、すぐに収まった。
「待て待て、サタニアから死にに来たんだ」
「は?」
「本当だ。魔王である自分に罪を擦り付けて差し出せば、ミハイル王国の兵士もおさまるだろうって。けなげな妹だったよ。十戒軍が処刑されることを知ってたんだな」
「・・・・・・」
何言ってんだ? 頭おかしいのか?
「いいところに来てくれた。テラ様はいなくなった。失態を犯した十戒軍は力をなくし、どうしようもないところだったのに。あと一日遅ければ、俺たちは全員処刑されていただろう」
「んなバカなこと、サタニアが言うはずないだろ!」
怒鳴りつけると、ルークがびくっとしていた。
ミイルがすっと降りてきて、ルークの横に並んだ。
「ヴィル、この男の言うことは本当のことのようですよ」
「!?」
「嘘みたいですけどね。偽りの匂いはしません。サタニアは、自ら死んだようですね」
「・・・・・・・」
「では、僕は失礼します」
ミイルが言うと、ふわっと飛んで、離れて行った。
「魔族よ、我々は敵対するつもりはない」
白馬に乗っていた人間が2人、降りてこちらに歩いてきた。
ミハイル王国でも位の高い兵士だ。
「元は、魔王であるサタニアが我々の国を没落へ導いたのですから。こちらは、魔族と友好な関係を築きたかったのですが」
「元凶であるサタニアが居なくなれば、この国も収まる」
「十戒軍を討ち取る必要はありません。我々も、無意味な戦闘はしたくない」
ルークがにやりと笑っていた。
「俺たちが召喚した魔王サタニアは死んだ。お前も魔族の王として上手くやっているんだろ? ここは島国、お前らが来ても得るものなんてない。互いに干渉せずに」
「ヴィル、こいつら殺していいか?」
「・・・・・・」
「クズどもが」
エヴァンが剣を構えてこちらを見上げた。
こめかみに血管が浮き上がっている。
「いや、お前はサタニアを連れて退避しててくれ」
「え?」
「俺がやる」
「・・・・わかったよ」
状況を察知して、剣を戻していた。
一瞬で、エヴァンがサタニアの遺体を担いでいた人間の中に回りんだ。
「なっ・・・・・」
「魔族の姫を返してもらうよ。王の命令だからさ」
ドンッ
4人を蹴り飛ばして、サタニアを抱きかかえる。
エヴァンがふわっと飛んで、近づいてきた。
「何をする!」
「遠距離部隊、魔導士はバリアを張れ。アーチャーは合図を待て。近距離部隊は指示を待て。みんな、今すぐ戦闘態勢に入る」
「逃げられるな。サタニアの死体を持ち帰られるぞ」
人間ががたがた騒いでいた。
「準備ができ次第撃て。ただし、死体には傷をつけるな」
時折、攻撃魔法を放ってきたが、かすりもしない。
エヴァンは詠唱無しにシールドを張って、弾いていた。
「煩いな、あいつら。じゃあ、俺は空から見物してるから」
「あぁ・・・」
「遺体が綺麗でよかったよ」
エヴァンが目に涙を浮かべる。
サタニアは俺が渡したペンダントをつけていた。
「・・・・・・」
どうして、あの夜、俺に何も言わなかったんだろうな。
どんな時間を過ごしても、消えるときは一瞬だ。
マリアを看取ったとき、理解したはずなのにな。
俺は、真っ白な雪の中に、何も持たずに捨てられた。
大切なものなんて、元々無い。
無いと思っていたのに、どうして、こんな・・・。
「サタニア・・・敵は討ってやるよ。借りだからな」
紫色の髪を撫でる。
指に触れる、頬が夜風のように冷たい。
本当に、死んだのか。
「ヴィル・・・その目! まさか!?」
「早く行け」
「わかった。無理はするなよ」
「・・・・・・」
怒りが身を焦がしていくのを感じた。
エヴァンが居なくなったのを確認して、力を抜く。
「なんだ!? その姿・・・」
体が変貌していく。内側から渦巻くような、禍々しい力を感じた。
漆黒の魔力。闇そのものだ。
「化け物が!!」
「ここは俺たちが食い止める! お前らはあのガキからサタニアを取り戻せ!」
「必ず、魔王を殺したことを国民に・・・」
「黙れ。俺が魔王だ」
ズンッ
地面が微かに揺れる。
人間たちが硬直した。
「城を焼き払ったのも、十戒軍を壊滅に導いたのも、俺だ」
マリアのクロスペンダントが手から落ちていく。
グルルルルルゥゥゥゥゥゥゥ
「!?」
深く息を吐く。
右腕がドラゴンのようになっていった。




