154 カルマ⑥
「戦って、もし私が死んだら、問題はないんですよね?」
「あぁ。お前が死んでも、アリエル王国に戻るだけだけどな」
「・・・そのあと、魔法陣から元の世界に戻ります。戻れたら・・・ですけど」
腕を組んでユイナから離れる。
「手は抜くなよ」
「はい。やるからには全力でやります」
空中で指を動かす。
ユイナの顔つきが変わっていた。
「属性は雷に変更、あの人間の防具から、武器は大剣がいいわ。あとは、装備品を2つ装着して、会心の確率を上げて、必ず会心ダメージが出るように調整します・・・」
ぶつぶつ言うと、装備品が切り替わっていった。
「攻撃速度は最大。避けきれるでしょう。こっちの防御0にして、全部、攻撃力に・・・」
「・・・・・・」
指を動かすたびに、じりじりっと音を立てている。
ユイナの魔力攻撃力、ステータスが変わっていくのがわかった。
変化に気づいてるのは、俺とエヴァン、ミイルだけか。
人間は何も気づいていないようだ。
『風の槍よ、悪しきものを刺せ。ウィンドウランサー』
ブオォォォォォ
魔導士が突風を巻き起こしてきた。
時間をかけて詠唱していたか。人間の割には強いほうだな。
「!?」
ユイナが風に、飲み込まれていく。
「あっ、魔族が・・・」
地面を蹴って、空から人間とユイナの様子を眺めていた。
エヴァンが軽く飛んで、人間の近くに降りる。
「ねぇ、よそ見ばかりしてると、足元すくわれるよ」
「っ!? い、いつの間に?」
「手は出さない。あの異世界住人がやるらしいからさ」
エヴァンが両手をひらひらさせる。
「い、異世界住人がここにいるわけないだろ。ここは何もかも見捨てられた地だ!」
エヴァンの2倍以上ある大男が剣を構えていた。
頭からは血を流している。
「いるんだよなー。ほら、ちゃんと見てなよ」
「ば・・・バカにしやがって・・・」
剣を振り回す男を避けながら、ユイナのほうを見る。
「このガキっ・・・」
「本当のこと言ってるのに。ま、もうすぐ死ぬんだから関係ないか」
「は?」
「見てなよ。アレ」
ユイナが大剣を振り回して、突風をかわす。
「・・・・・・」
自分の身長よりはるかに長く、上位魔族サリーが持つような剣だ。
「あ、あ、あの子、気を付けて。すごい殺気よ」
魔導士が男の服を引っ張っていた。
「任せろ、ここは俺が行く。ガキのほうはダラスに任せた」
「おう。こんなところで、魔族なんかに負けてたまるか」
ダラスと言われた男が、エヴァンのほうを向いて、剣に魔力を溜めていた。
「魔法で援護するわ。竜巻を・・・」
魔導士が何かを唱えると、杖先から竜巻が巻き起こった。
ザザァァァ
草が浮き上がり、砂が舞う。
ユイナの姿が一瞬、見えなくなった。
「今だ!!」
男が剣を持って、ユイナに向かって走り出そうとしたときだった。
「っ・・・・・」
ユイナが傷だらけのまま、竜巻から飛び出てくる。
ザンッ
「え?」
「すみません・・・・死んでください」
ユイナの一振りで人間たちが一気にバタバタ倒れていった。
2人は即死だ。
上を向いたまま死んでいた。
「な・・・何が・・はぁ・・・起こった・・・んだ」
前の男だけが、まだ微かに息があるようで、草の上を這いつくばっていた。
「うっ・・・どうして、俺らが・・・・」
ユイナが大剣を持ち直す。
「ゲームは得意ですから。こうゆうの強いんです。今、楽にします」
ドンッ
「っ・・・」
ユイナが上にまたがって、男の心臓に大剣を突き刺していた。
「はぁっ・・・はぁ、はぁ・・・・ごめんなさい。ごめんなさい」
目を見開いたまま死んでいる男の瞼を閉じる。
「・・・あぁ・・・私が、手をかけてしまいました」
「これが、異世界の能力か」
思った以上だな。
異世界住人は今みたいに、あまり力のなかった者でもステータスを調整し、攻撃力に変換することも可能だということか。
ユイナが立ち上がって、指を動かす。
「ステータス、装備品を元に戻します。この大剣だと歩くのに不便なので・・・装備品も、防御力の高いものに・・・会心率は下げて・・・」
人間に刺さっていた大剣が無くなって、ユイナの魔力も元に戻っていった。
「どう? こっちの世界で人間を殺す感覚は」
エヴァンがユイナに近づいていく。
「・・・・できれば、もう味わいたくないですね。こんなこと平然とする貴方たちは、やっぱり人間じゃありません」
「俺たちは魔族だからな」
「・・・・・・」
ユイナの隣に降りる。
「戦場に人間も魔族も関係ない。殺さなければ殺されていた。戦場に立つ者は、自分も刺される覚悟を持った奴だ。こいつらの場合は知らないけどな」
転がってる人間を見ながら言う。
「随分、よくできたアバターだね。正直、アバターがこっちの世界に干渉するなんて半信半疑だったけど。今ので証明された」
「あぁ、異世界住人が持つ能力とやらもな」
俺やエヴァンやサタニアはステータス的に問題ないだろうが、下位魔族と異世界住人が衝突したときは危ないな。
上位魔族にも、ユイナの戦闘の様子は伝えておかなければ。
「・・・・私、ちゃんと殺せるようですね。もし、この方たちが強ければ、私はここで死ねたのに・・・」
ユイナが息を整えながら、人間を見つめていた。
「随分、上手かったね。ステータス調整」
「私は元々、ゲームに詳しいんです。いろんなゲームをプレイしましたから、アバターに合わせて、ステータスを変更するのは得意です」
「そうか」
死んだ人間の持ち物を見る限り、こいつらは強いとされてきたんだろうな。
比較的手に入りにくい防具やアクセサリーを装備していた。
「値の変更も加減もよくわかります。会心率を上げたのは、このアバターは元々、会心に頼るところがあって、攻撃力が格段高いわけじゃないから。痛っ・・・・」
擦り傷を抑えていた。
「なるほどね。異世界住人、みんなそんな判断できるの?」
「そんなことないと思いますよ。ゲーム未経験者だっていると思います。といっても、私もすぐに逃げ出したので、アース族のみんながどれほどの能力を持っているかとかわかりません」
ユイナが空中で指を動かすと、瓶に入った水が現れた。
片手で取って蓋を開ける。
「貴重な回復薬ですが、治しておかないとこの先の戦いに行けないので使っておきます。このアバターは、回復魔法を覚えていない」
腕にかけて、受けた傷を癒していた。
「やぁ、すごかったですね」
ミイルが黒い翼を広げて降りてきた。
「まさか、異世界住人である、君が3人一気に倒しちゃうなんて。いいものが見れました。アエルにも報告しておきますね」
わざとらしく拍手する。
「私は・・・あ・・・」
「どうした?」
ユイナを抱きかかえる。気を失っていた。
「ユイナ?」
「エヴァンが蹴ったことと、人間を殺したことに対する心労でしょう。傷自体は回復していますが、精神面に対する自己回復能力が落ちて、アバターが休止状態になったと思います」
「・・・・悪かったよ。後悔はしてないけどさ」
エヴァンが呟く。
「こいつを抱えて洞窟に入るのは難しいな」
「んー、寝ている姿を見ると、いたずらしたくなりますね・・・逆さづりとかどうでしょう」
「お前、天使だったんだよな?」
「今は堕天使です」
ミイルがぱっと離れる。
「今のは軽い冗談ですよ。空気がピリピリしてたんで和らげようとしただけです」
「お前らの場合、冗談に聞こえないんだって」
ユイナの体は熱かった。
これがアバターなのか。
見た目はこっちの人間や魔族と変わらないのに、やはり多少の違和感はあるな。
「どうしますか? 残りの人間たちはみんな洞窟に向かいましたが」
「うーん・・・そうだな・・・」
ユイナをここに置いて行って、他の人間に拾われたらややこしくなるからな。
だからと言って、この状態で連れていくわけにもいかない。
「俺がここに残って見てようか?」
「・・・エヴァンの場合、気に食わなかったら殺すかもしれないだろ」
「失礼な。一応、ヴィルの言うことに従う方針だって。まぁ、衝動的に・・・はあるかもしれないけど。だって、異世界住人って死なないからさ」
エヴァンが腕を伸ばしながら言う。
「ほんの数分で目を覚ますだろう。その辺の木陰で軽く休息を取る」
「りょーかい」
サタニアは心配だが・・・。
この程度の力の人間と遭遇したところで、何も起こらないだろう。
「ユイナが目を覚ましたら、洞窟へ向かうぞ」
「わかりました。はははは、やっぱりこうゆうのは楽しいなー」
ミイルがユイナを覗き込んで笑う。
ユイナを抱えたまま、飛び上がって、人間の死体から離れていった。




