150 カルマ②
ミハイル城の中は静かだった。
兵士は廃人のように廊下を歩いて回っているだけだ。
俺たちの気配は確実にわかっているはずだが、無視して何もしてこなかった。
「そうなんですか!? じゃあ、2人とも元は私と同じ世界に?」
「・・・ヴィル、黙っててほしかったんだけど」
「別に隠す必要もないだろ」
城の一室で、食事をしていた。
サタニアだけ、どこかへ行ったまま戻ってきていない。
客間らしいが、誰も来ることはなく、埃っぽかった。
「このパン不味いな」
「うん・・・お腹すいてるから食べるけどさ」
「どうゆう味覚してるんだよ。ここの住人は」
ミイルが持ってきた甘い木の実の載ったパンは、城でよく振舞われる食べ物らしい。
ぱさぱさしてるし、魔王城の食事のほうが断然美味いな。
「どうして、お2人はアバターじゃないんですか?」
「まぁ、簡単に言えば、死んでこっちに転生してきたってことだよ」
「へ?」
驚くユイナに、エヴァンが軽く返していた。
「死んで転生って・・・そんなこと可能なんですか?」
「運良くいったんだ。ちなみに俺はフルステータスで転生してる」
「フルステータスって・・・」
エヴァンがパンをちぎりながら言う。
「サタニアはどうか知らないよ。別ルートで来たから」
「そう・・・ですか・・・」
「皆さん、お代わり持ってきましたよ! せっかくなんで、たくさん食べて行ってください。僕は食べれないのが本当に残念です」
ミイルがパンの入った籠を振り回して入ってきた。
「もういいよ。全然美味しくないし」
「えっ、ミハイル王国の人間がおいしそうに食べてるから絶対おいしいと思ったのですが」
「俺も遠慮しておく」
椅子を引いて、立ち上がる。
「ヴィルまで・・・魔族って結構味にうるさいんですね」
「魔王城のご飯は美味しいからな」
「なるほど」
「これはかなり不味いよ。薬みたいな味がするし、堕天使は食べないの?」
「あぁ、僕らは食事が不要なんで」
エヴァンが舌を出してから、水を飲み干していた。
「その苦みが幸福の粉の代わりになるかもしれないって広まってるんですよ。あ、実際変な薬は入っていませんから。ただのパンなんですけどね」
「わかってるよ」
「はぁ・・・人間って、馬鹿なこと考えるよね。まだ幸福の粉とか言ってるのか」
「でも、そのパン食べた人間は幸せそうにしてるんですよ。3時間くらいは機嫌がいいですし」
「自己暗示だろ? あほらしい。でも、木の実だけ美味しいから、木の実だけ食べよう」
エヴァンが胸にしまっていた小型ナイフを取り出す。
「行儀悪いな」
「魔族の王が行儀とか言うなよ」
エヴァンが木の実の部分だけ綺麗に切り取っていた。
「ミイル、サタニアは見なかったか?」
「人間の死体の後始末に時間がかかってるのではないでしょうか? 最終的に5人くらい殺しましたし、捨てる場所、ないですからね」
「遅いな。少し見てくるか・・・」
マントを後ろにやる。
「大丈夫です。もうすぐ帰ってきますよ。そうゆう気配がします」
ミイルが窓を開ける。
夕日が沈みかけていた。
「綺麗ですね。誰かと夕日を見るのは久しぶりです。あ、アエルとか他の堕天使も暇を持て余して来るんですけどね、すぐ帰るんで」
「お前、アエルと仲がいいのか?」
「はははは、堕天使や天使同士って意外と交流あるんですよ。なんといっても、暇ですから」
「ふうん」
壁に寄り掛かって腕を組む。
「ミイル、願いを叶えるダンジョンって知ってるか?」
「あぁ、アエルが愚痴りに来たんで知ってますよ。大変なことに巻き込まれてしまったようで」
ミイルが手すりに腰を下ろして、翼を伸ばした。
「残念ながら私は知りません」
「そうか」
「最愛の人に触れられない魔法ですか。えぐいことしますよね。その体を治してもらうんですか?」
「いや・・・・・」
「ん? 違うの?」
エヴァンが水を取りながら聞いてくる。
「特に不自由はないしな」
「マジで?」
「あぁ。願うなら、異世界転移を防ぐことだ。これ以上、この世界に奴らはいらない」
「へぇ・・・・・」
腕を見つめる。
重荷が取れて空虚な感覚は何なんだろうな。
「やっぱりヴィルは魔王だね。自分のことよりも、周りへの影響のほうが大事か」
「そうゆうわけじゃないって」
「俺が同じ立場なら、たぶん同じ決断はできない・・・」
エヴァンが頬杖を突きながら言う。
「異世界転移を止める、ですか。僕には願いを叶えるダンジョンの精霊に、本当にそんなこと可能なのか疑問ですが・・・」
「でも、テラが言ってたんでしょ。異世界転移を可能にしたのは、願いを叶えるダンジョンの精霊が叶えたって、な、ヴィル」
「あぁ」
テラの持つ力は、この世界を根本から揺るがすものだった。
簡単に叶えられるようなものではない。
ダンジョンの精霊・・・か。
「まぁ、僕はテラが嫌いですから。条件反射的に否定したくなるんですよ。気にしないでください」
ミイルが夕日を見ながら笑う。
「あの・・・」
ユイナが声を絞り出す。
「エヴァン・・・は今、元の世界に未練とかないのですか? 私たちの世界にいた記憶があるんですよね?」
「俺はもう、その世界を捨ててきた。別にどうでもいい」
ユイナがパンを持ったまま何か言葉を選んでいた。
「その・・・同情を引こうとしているわけじゃないんですけど、きっとエヴァン様がいたときよりも大変な世界になっているんです」
「俺はお前らとは違う。こっちの世界で生きてるんだ」
エヴァンが睨みつけると、ユイナがたじろいでいた。
「・・・い、い、異世界住人を嫌う理由もわかるんです。でも、彼らも苦しくて、逃げ場がなくて、ここに新しい世界を求めてきてるから」
「しつこいよ」
吐き捨てるように言う。
「!?」
「肉体感覚同期を切って死のうとするやつらに何がわかる!?」
キィンッ
「!?」
エヴァンが剣を抜いて、ユイナの首に突きつける。
「偽善者ぶるな! ヴィルが許可すれば、いつでもお前なんか殺してやる。でも、俺がお前を殺すときは、お前が肉体感覚同期を切っていないときだからな」
「あ・・・・・」
「エヴァン、その辺にしておけ」
「わかってるよ。ちょっと苛々しただけだ」
エヴァンが剣を戻すと、ユイナがその場に座り込んだ。
気迫に押されたのか、しばらく立てずに震えていた。
エヴァンとユイナは相性悪いな。
エヴァンにどんな過去があるのか知らないが・・・。
ミイルが壁際でずっと楽しそうにしていた。
堕天使って全員性格悪いのか。
サァァァ
風が吹き込む。
「片づけてきたわ」
「おかえり」
「遅かったな」
サタニアがバルコニーから入ってきた。
髪を後ろにやって、魔女の剣を解く。
息をついて、仮面を外した。
「私だってバレなかったみたい。よかった」
「人間に見つからなかったか?」
「大丈夫よ。海のほうに捨ててきたから、しばらくは気づかれないと思うわ。ここでは人を殺すのも面倒ね。空間ごと切り取れる、シエルを連れてくるべきだった」
ミイルのいる窓際に近づいていく。
「はい」
一枚の紙を突き出す。
「ん?」
「十戒軍、『偶像の禁止』の拠点にあったノートの中に、天使に関する記述があったわ。それと、この紙が落ちてた。どうゆうこと?」
「十戒軍・・・・?」
「・・・なんて書いありました?」
平静を装っていたが、ミイルの動揺が伝わってきた。
「『十戒軍発祥の地、ミハイル王国。十戒軍の創始者、天使ミハイルに』って」
「・・・・・・・はははは」
ミハイルが少し沈黙した後、笑い出す。
「・・・・どうゆうことだ?」
「そうです。十戒軍という組織は、僕が作ったんですよ」
「??」
壁から離れて、窓のほうへ歩いていく。
「えっ、テラじゃないの?」
「僕です。創始者はね」
「どうゆうことだ?」
ミイルを睨みつける。
「遠い昔ですよ。十戒軍が今みたいにテラに依存していないとき・・・まだ10の拠点を持ち、力があった頃、確かに僕が指揮していました。とある、目的があってね」
「・・・じゃあ、本当のことなのね?」
「はい」
サタニアがボロボロの紙を見せる。
「これ、切れないようになってるの。ほら・・・」
破ろうとしても、びくともしなかった。
「剣で切ろうとしてもダメだった」
「その紙は経典の一部みたいなものですから、簡単には切れません。あぁ、まさか見つかると思わなかったなぁ。どこで見つけたんですか?」
「処刑台に挟まってたの」
「なるほどねぇ、その紙は誰かが捨てたと思ってました。処刑台で見つかるなんて・・・」
ミイルが手すりに座りなおして、膝を立てた。
「ちゃんと説明しますよ。少し長く・・・いえ、簡潔に説明します」
黒い翼を取って、くるくる回しながら話し始める。
 




