142 追憶のダンジョン⑥
「魔王ヴィル様」
「なんだ? ネズミなら、自分でどうにかできるだろ?」
「そうじゃなくて・・・」
アイリスがマントを引っ張ってくる。
「リュウジに石化を解けないか、聞けばよかったかなって。メタルドラゴンが異世界のゲームのドラゴンなら、何か方法があるかもしれない。私、戻ったらテラに聞いてみる」
「・・・・いや、いいよ」
「でも・・・・」
アイリスが後ろを振り返りながら言う。
「あいつらの魂はここにない。ここにいさせてやれ。間抜けな死に様だが、あれでも英雄だ」
「そっか・・・」
「・・・・・・・」
最下層への通路を歩きながら言う。
途中小さな階段を下りながら、長い道がずっと奥まで続いていた。
「魔王ヴィル様は、勇者様のパーティーについて何か聞いたことあるの?」
「・・・・・・」
「例えば、こんな冒険したよとか。勇者様は英雄なのに謎に包まれているから、アース族のみんなも聞きたがってて・・・私も興味がある」
アイリスが顔を上げる。
「この世界には、マグマの地や凍てつく大地もある。勇者オーディンと、固い絆? で結ばれた仲間が、どんな冒険をしてきたのかなって思って」
「美化しすぎだ。固い絆ってなんだよ」
「私が見てきたのは、城で称賛される勇者様のパーティーだけだったから」
「そんなおとぎ話みたいな勇者なんかいない」
ふと、マリアに冒険の話をするオーディンが浮かんだ。
「・・・オーディンは俺にはあまり話さなかった。他の奴らも同じだ。でも、話しているのを聞いたことはある」
壁に埋め込まれたランプの明かりが揺れていた。
「友情とか、愛とか、絆とか、たいそうなことを並べるのは体裁を繕うためだ。勇者も役目以外は、商売だからな。好感度が必要だったんだろ」
「商売?」
「デガンが酒を飲みながらそう話してたんだ」
長い瞬きをする。
「デガンは寡黙な実力主義者とか言われていたけど、実際は、常に逃げ腰で、隙あらば逃げたがっていた。クエストで一人逃げようとしたときに、マーリンに火の首輪をつけられたって愚痴ってたよ。寡黙に見えたのは馬鹿がバレないようにするためだろう」
「え?」
マリアが楽しそうに聞いていたのを思い出しながら話す。
「そうなの? 全然、想像がつかないけど」
「グリースはものすごく怠け者だった。民衆からはオーディンの右腕と言われていたのにな。戦闘に参加しないで、バフばっかかけてるから、デガンとオーディンで敵の前に突き出したらしい」
「・・・面白いかも」
アイリスが噴き出しそうになっていた。
「じゃあ、勇者様は?」
「あいつは言うまでもなく、ろくでもない。別の国では、酔っぱらって酒代踏み倒して捕まったようだしな。マーリンは怪しげな薬を開発してたし、あぁ・・・そういや、マリアの周りはろくでもない奴らばかり来てたな・・・・」
ため息をつく。
マリアはどんな話でも褒めるから、オーディンの仲間がくだらない話ばかりしに来ていた。
思い返せば、どっちが子供だか、わからなかったな。
「私が知ってる勇者様のパーティーじゃないみたい。想定外で、変な感じ」
アリエル王国の勇者オーディン含む最強のメンバーは、人間が作り出した架空の人物だ。
英雄たちはただの人間だった。
「石化だって、3人がオーディンの身代わりになったわけじゃないだろう。きっと、たまたま、オーディンの逃げ足が速かっただけだ」
「そうかな・・・」
「夢が壊れたか? 現実はそんなもんだ」
「ううん。ますます興味を持ったよ。勇者様と仲間の話は夢があるんだって」
「ん? 夢?」
「そう。みんなをわくわくさせるような夢」
アイリスが一歩前に出て振り返った。
一瞬、マリアと重なる。
「4人にしかわからない物語を紡いでた。本に載らない物語」
「・・・・・」
「誰かにとって、勇者と、勇者の仲間、英雄である3人。マーリン、デガン、グリースだったことには変わりないよ。いい話を聞けて良かった。ありがとう、魔王ヴィル様」
「フン・・・」
視線を逸らす。
マリアも同じことを話していた。
マリアも、どんなにオーディンがくだらない話をしても、マーリンが酒に酔いつぶれても、デガン、グリースが・・・。
なんであんなに楽しそうに聞いていたのかはわからなかったけどな。
「オーディンの話なんて、どうでもいい。それより、最下層に着いたぞ」
「これがダンジョンの最下層・・・?」
最下層の部屋は、地面も壁も天井も、真っ白だった。
「不思議な場所・・・」
祭壇のような場所に、ひし形の宝石が浮いていた。
海を溶かしたような深い青い色だった。
「あれがダンジョンの宝か。初めて見るな」
「うん・・・」
床は岩なのに、ガラスのようだった。
「まだ、魔族のものでも、人間のものでもないというダンジョン。このダンジョンが最初だ」
「そうね」
「・・・とりあえずダンジョンは魔族のもの、でいいか?」
「うん。どうぞ、どうぞ」
アイリスが一歩下がった。
「私、ダンジョン攻略に来たわけじゃないから」
「だろうな・・・・」
譲られるのは、むず痒いが・・・。
この宝を取れば、ここは魔族のダンジョンになる。
魔族の今後のためだ。
手を伸ばそうとしたときだった。
『ちょっと待って』
「っと・・・」
壁からにゅっと丸っこいダンジョンの精霊が出てきた。
手のひらサイズに縮んでいく。
「きゃっ、な、なにこれ。あっ」
アイリスが俺の腕を掴みそうになって、ぱっと離した。
いちいち、危ないな。
『我はこのダンジョンの精霊、フチュウという』
「ふうん、俺は魔王だ。こっちは導きの聖女アイリス」
『導きの聖女? そんなものあるのか?』
「はい。異世界から来るアース族の、ダンジョン攻略をお手伝いしています」
フチュウがふよふよ浮きながら、アイリスのほうを見る。
『異世界住人・・・地上に住み着こうとしていた奴らか』
「そうだ。アリエル王国の住人が消された。テラという神を名乗る奴が、異世界住人を転移させている」
『なるほどなるほど。風の噂で聞いてるぞ』
「・・・・・・・」
『随分、地上が変化していってるな』
フチュウが天井に顔を向ける。
『私はかなり前から気づいていたんだ。ダンジョンに異世界住人の侵入があったからな』
「知っていて追い出そうとしなかったのか? リュウジのこと」
『異世界の力と、ダンジョンの精霊の力は相性が悪いらしい。どうやっても追い出せなかったのだ』
フチュウが顔を伸ばしたり引っ張ったりしながら話していた。
『お前らはダンジョンの精霊が求める異世界の宝を取ってきていたらしいな』
「そうだ」
「・・・・」
アイリスがぼうっと宝玉を見つめている。
『我は別に望まない。このダンジョンは、魔族、人間どちらかのものになったら、永久的にずっとそのままにしようと思っている』
「え? どうしてですか?」
「そんなことできるのか?」
『もう、異世界に憧れがないんだよ』
フチュウがふわっと近づいてくる。
『昔、ついこの間か、時間の感覚はよくわからないが、シナガワがもらったものなんかは最高に羨ましかった。でも、不思議と今はダンジョンの精霊誰一人として、異世界の宝を欲しがるものなどいない』
フチュウがアイリスのほうを見ながら言う。
『異世界から人間が転移したくなるほど、荒れた世界なんだろう? ダンジョンの精霊にとっては、ずっと憧れと未知の世界だったんだが・・・もう、なんとも思わない』
「賢明だな」
『もしかしたら、我々は・・・いや、何でもない』
「・・・・・・?」
アイリスが首を傾げた。
『だから、人間のものにするか、魔族のものにするかはこの場で決めろ。この場での決定は永久とする。さぁ、どちらのダンジョンにする?』
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
アイリスと目が合った。
「・・・まぁ、当然、魔族のダンジョンだよな?」
「うん。どうぞ。私はさっきも言った通り、ダンジョン攻略に来たわけじゃないから」
「あぁ」
アイリスがすんなりと体を避けた。
「じゃあ・・・・・」
手を伸ばそうとして、止める。
『ん? どうした? 取れないのか?』
「いや・・・やっぱりこのダンジョンは人間にやるよ」
「えっ?」
アイリスが目を丸くしていた。
「どうして? だって、魔族には住む場所が・・・」
「アリエル王国の住人が消えたから、魔族が住むダンジョンは足りてる。そもそも、リュウジがここに居座ってるんだろ? 魔族を入れるなら説明が面倒だ。あの石像も邪魔だしな」
段差を降りて、宝玉から離れる。
「でも、魔王ヴィル様・・・このダンジョンは大切な方のお墓の近くにあった特別なダンジョンじゃ・・・」
「マリアは人間が好きだったんだ。俺から見ると、クソみたいな人間でもな」
マリアの墓を、魔族と人間の戦闘で荒らされたくなかった。
アイリスが導きの聖女として守っていれば、安全だろう。
一歩ずつ下がって、ポケットの上から十字架に触れた。
「魔王が攻略したというより、マーリンたちが攻略して、導きの聖女が宝玉を取ったというほうが、マリアも喜ぶはずだ。マリアは信心深かったんだ」
「魔王ヴィル様・・・」
「大切にしろよ。このダンジョン」
「・・・わかった。必ず守る」
アイリスが頷いて、宝玉に手を伸ばした。
サアァァァァァ
ゆっくりと握りしめて、胸のあたりに持ってくる。
一気に、ダンジョンの魔力に色がつくのを感じた。
『認めよう。このダンジョンはこれから人間のものだ』
フチュウが力強く言った。
「ふぅ・・・ありがとう。魔王ヴィル様」
「・・・・・・・」
右腕を見つめる。
新しいダンジョンに、願いを叶えるダンジョンに関する何かがないかと思っていたが・・・。
とんだ、無駄足だったな。
「フチュウ様、誰かここを見張らないといけないんですか?」
『いや、そんなことはない。綺麗にしながら好きに使ってくれ』
アイリスがにこっと微笑んだ。
「好きに使っていいなら、このダンジョンは人を入れないようにします」
「ん?」
宝石を手のひらに載せて眺める。
「だから、魔王ヴィル様、たまに遊びに来てね。ここなら、2人で色々話せるよ」
アイリスが嬉しそうにこちらを見た。
「そうゆうダンジョンにするの。だから、アース族のみんなにも内緒ね」
「内緒って・・・・」
「・・・だって、私、ここを出たら魔王ヴィル様と対立しなきゃいけない。異世界転移計画はもう止められないし、止めるつもりもないから」
「ふうん」
アイリスからは確固たる意志を感じた。
アイリスがそのつもりなら、俺も対立するしかない。
「あくまでも俺には何も話さないんだな?」
「今は、ね」
「・・・・・」
アイリスの意図は、全然読めなかった。
異世界住人を集めて何をしたいのか、一切口にしない。
『決まったようだな』
ぴりついた空気を割くように、フチュウが間に入る。
『このダンジョンは魔王と聖女の密会場所ということか』
「密会!?」
アイリスと声が被る。
「密会とは? ・・・密に会うこと、また、その際に行う行為、行為? え?」
「いや、なんの話してるんだよ」
アイリスが一人でわたわたしていた。
『ははははは、悪くない。そうゆうことなら、綺麗に使ってもらえそうだしな』
「違います! そんなラッキースケベイベントというか、18禁イベントしないです。魔王ヴィル様にはそうゆう属性がありますが」
「落ち着けって」
『全く面白いやつらだ』
からかうフチュウに、アイリスが一歩ずつ下がりながら両手を振っていた。
「・・・・」
なんか、拍子抜けするな。
立場上は、敵じゃなきゃいけないはずなのに・・・。
「相談場所だよ。そう、相談場所になります」
「どうでもいいだろ・・・んなこと」
「よくない!!!」
アイリスが顔を真っ赤にして言う。
フチュウの笑い声が響いていた。
アイリスの手の中で、宝玉が静かな光を放っている。




