141 追憶のダンジョン⑤
階段をしばらく降りていくと、行き止まりになった。
横に木の根が張った部屋が広がっている。
「これ全部木の根なの? コードみたい」
「コード?」
「ほら、なんだか不気味な部屋。さっきのドラゴンといい、このダンジョン、気が抜けないね」
「その割には楽しそうだな」
「へへ、バレた?」
アイリスが軽やかについてくる。
「こいつが邪魔で、どこに出口があるのか見えないな。いったん、焼き払うか」
「わ、な、何これ」
突然、木の根が動き出して、アイリスの足を捉えようした。
軽く飛びながら避けていく。
「なんで木の根がこんなに動くんだろう?」
「とりあえず、斬るか」
しゅるるるるるる
― 魔王の剣―
ズン
自分の足に絡みつこうとしてきた根に、剣を突き刺す。
「ん? なんだ?」
ゴムのように伸びるだけだった。
本当にこれは木の根なのか?
「きゃ、魔王ヴィル様」
アイリスが手足を縛られて、壁に押さえつけられる。
「足を取られた。ぬ、抜けない。なんだろう、この木の枝、私と相性が悪い?」
「アイリス!! クソッ」
近づくと、根が絡みつこうとしてくる。
「どうなってる? アイリス、その根から、魔力を吸い取られてる感覚は無いか?」
「だ、大丈夫。もがいても取れないけど、変な魔力を流しているわけじゃないみたいなの・・・身動きが取れないだけ」
飛び上がって、天井のほうの根を掴む。
動いているのは、床の方の木の根だけだった。
「燃やしてやる。アイリス、少し息を・・・」
「こんなもの・・・」
しゅううぅぅぅぅぅ
アイリスが足に魔力を集中させたときだった。
『落ち着いて、命を奪おうとしてるわけじゃないよ』
「!?」
どこからともなく声が聞こえてくる。
『えっと、ここでエンター・・・と。これで俺の姿も転送されたはず』
「なっ・・・」
アイリスの横に、3Dホログラムで映された人間が現れた。
異世界住人・・・? 10代後半くらいの男だ。
椅子に座っているのか?
正面には、遠隔投影同期のようなものも映っている。
「どうゆうこと? 異世界の?」
『メタルドラゴンを移動させて、そっちの世界の者の侵入を防いでたのに。あ、俺の姿見えてるよね?』
「見えてるけど・・・」
近くにあった小石を投げる。
カラン カラン・・・
男の体は透過されていた。
テラと同じか。
椅子を回して、こちらを振り返る。
『あ、俺には攻撃できないよ。そっちにアバターを持っていないから』
「っ・・・・」
アイリスを縛り付ける根が強くなった。
『ふむ、アイリスか・・・さすが異世界・・・』
「何するの!?」
『こうしてみると・・・?』
座ったままの異世界住人が何かを操作すると、根が動き出した。
「止めてってば!!!!」
ジジジジジジジジ ジジジジジジ・・・・
アイリスが高速で何かを唱えると、電流が走った。
周囲の木の根が焼き払われて、黒く焦げていく。
しゅぅぅぅぅぅ
『マジで?』
「私は導きの聖女だから。力がないと思わないで」
「導きの聖女・・・・・・?」
アイリスが男のほうに近づいていった。
『へぇ・・・なるほど、甘く見てたな・・・』
「次は、この部屋の何もかも焼き切って切断するから」
『ごめんごめん。異世界に行ったら、こうゆうこと一度はやってみたくてさ』
「もう、魔王ヴィル様の前で、またラッキースケベイベント起こすところだった。そうゆう属性があるから気を付けてたのに」
「・・んな属性、ないって・・・・」
アイリスが服を直しながら、怒っていた。
まぁ、これだけ力があれば、異世界住人に何かされることはないだろうな。
「お前、異世界の人間だろ? どうしてダンジョンにいる?」
『ん? 君は魔王?』
「そうだ」
男の動きがぴたっと止まった。
『そうか。魔王がダンジョンに来るとは・・・。正式に言うといるわけじゃないよ。俺は色々試行錯誤して、この世界に入ってるだけ』
「お前はテラの仲間じゃないのか?」
『違う違う。俺の名前はリュウジ、ただのゲーム開発者だ』
「ゲーム開発者?」
リュウジが指を動かして、ガラスに少女のアバターを映す。
『そう。こうやって、この世界に潜り込んで、異世界転移のメンバーに選ばれた女の子を探しているんだ。ユイナって名前だ』
「ユイナ? この子が?」
『そう・・・今回の異世界転移計画のメンバーだ』
ユイナという少女の静止画を拡大した。
『こっちの住人の現状は知ってるよね? テラから話を全て聞いてると思ってるんだけど』
「一応な」
『つい10年前なんて、ゲームはただの遊びだったのに、様々な媒体で人気動画配信者が拡散していくとゲームが中心の世界となった。特に、君たちのいる世界への異世界転移計画は、夢のような企画なんだよ』
「こっちは迷惑だけどな」
『だろうね』
リュウジが軽く笑った。
『・・・・ユイナは俺たちと一緒にゲームをプレイしてきた仲間だ。元々、身体が弱くて学校もあまり行けなかったみたいでね・・・今回、大人たちに異世界転移計画を勧められて、半ば強引にメンバーに入れられてしまったんだ』
「アース族に女性はいなかったよ。まだ、そっちにいるんじゃないかな?」
『これから来るよ。というか、もう行ってるかもしれない』
「でも、私が見逃すはずないと思うんだけどなぁ・・・・」
アイリスがユイナの画像を見ながら首を傾げた。
『ユイナはゲームが得意だから。ほかの異世界住人と合流しないように、うまく逃げてるのかも』
「お前は異世界転移に反対なのか?」
『もちろん、大反対だ。せめてユイナを返してほしい・・・何より本人が異世界転移計画なんか望んでいなかった。ゲームは好きだけど、転移したいとは言っていない。友達だって多いし』
「へぇ・・・」
『・・・こっちの大人は汚いんだ。言葉巧みに、罠にはめようとする』
リュウジが悔しそうに言う。
異世界住人はみんなこちらに来たくて来ているものだと思っていたが。
テラの話と違うな。
『ユイナはテスト的に実施したそっちへの世界のシンクロ率が異常に高かったんだ。女ではかなりレアケースらしい』
口に手を当てる。
考えてみたら、異世界から転移してくるのは男ばかり・・・。
何か理由があるのだろうか。
『ユイナを探してるんだ。今のところ、目星はついてないけど』
異世界の言葉は所々わからなかったが、雰囲気は伝わった。
病弱だったマリアが過ぎる。
「ねぇ」
アイリスが前に出た。
「リュウジはどうやってこの世界と繋がったの?」
『んと、独自ルートっていうのかな? この木の根は配線コードみたいなもので・・・。テラが構築していた異世界とのコードを一本奪って、こっちで再接続した。アバターは持てないけど、少しくらいなら介入できるみたいだ』
リュウジが手を動かすと、ユイナの画像が消えた。
『ここからはユイナの居場所を地道に探るしかないんだけど・・・詰まっててね』
「お前がこのダンジョンを作ったのか?」
『まさか、元々あったダンジョンの最下層手前に俺が入っただけ。この部屋から一歩も出られないんだ。どうゆう仕様なんだ?』
リュウジがため息をついて、椅子を回す。
『ずーっとここにいるだけじゃ、異世界のことが全く分からない。ぶっちゃけ、配線コードをうねうね動かすくらいしかやることないし・・・次の手が思い浮かばない』
指を動かすと、壁際の木の根が左右に揺れた。
「あのドラゴンはリュウジが出したの?」
『こいつだろ? メタルドラゴンは俺が来たときには、なぜかもういたよ』
正面にさっきのドラゴンの画像を映して、指でなぞる。
『別の者が転移させたんだろう。きっと、この世界は昔から異世界と繋がってたんだよ』
「・・・・そう・・・なのかな・・・」
アイリスが焦げた木の枝をつまむ。
『メタルドラゴンって、とにかくものすごく強いんだよ。まさか、倒しちゃう者が現れるなんて思わなかった。アレがいるから、俺がここにいてもバレなかったのもあったと思うけどね・・・』
首を押さえながら言う。
こいつの言うことは、どこまで信用できるかわからないな。
『さすが、魔王と聖女だね・・・』
「ねぇ、リュウジ」
『ん?』
アイリスがリュウジに近づいていく。
「さっきのユイナって女の子を探せばいいの?」
『・・・そうだよ。俺は彼女を取り戻したい。そのために、ここにパイプを作ったんだ』
「私、こちらに来る異世界住人とは全員会うことになってる。もし、ユイナって子に会ったらリュウジのこと話してみるよ」
『本当?』
「うん。リュウジが戻ってきてほしいって言ってたって伝えておく。ここのことも」
アイリスが焼けていないほうの木の根を見つめる。
「こっちに来た人たちは、そっちとの連絡手段がないんでしょ?」
『そうなんだよ。全く連絡が取れないんだ』
「・・・・」
アイリスは異世界の事情をよく知ってるな。
当然か。
今は異世界住人といるんだから。
『よかった。どうしたらいいか煮詰まってたんだ。ユイナに会ったら、俺の居場所を伝えておいて』
「うん」
ピンポーン
リュウジの後ろから聞きなれない音がした。
『うわ、こんな時に、宅配か。じゃあ、危ないから接続を切るよ。ユイナに何かあったら、なんでも言ってくれ』
「うん」
シュンッ
リュウジが消えていった。
木の根の動きは止まったまま、動く様子もない。
「・・・ここにも異世界とのルートがあったんだね。もちろん、テラは気づいてないけど」
「それより、なんかあったら言うって・・・リュウジとの連絡手段はあるのか?」
「あ、無い! どうしよう・・・当たり前のようにある気がしてた」
「アイリス・・・・・・」
「あれ? ここに、戻ってくる・・・よね」
アイリスがはっとして、リュウジのいた場所をうろうろしていた。
頭を掻く。
「そうだな。とりあえず、このダンジョンに来たら何とかなるんじゃないのか?」
「んー・・・でも、これ4分の1くらい燃やしちゃったけど大丈夫かな」
近くにあった木の根を掴みながら言う。
「やりすぎちゃった・・・」
「さぁな。アイリス、置いていくぞ」
「待って、私も行く! でもどうしよう。これはしょうがない、よね。うん。切り替えは大事。エラーが起きたら、リカバリが大事だから」
アイリスがわたわたしながらついてきた。




