140 追憶のダンジョン④
「魔王ヴィル様!」
マントを翻して、煙を避ける。
ゴオォォォォ
― ヘスティアの盾―
アイリスが炎の盾を出して、煙の軌道を逸らす。
タンッ
床に足をつけると、アイリスが駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「あぁ。こんな攻撃初めて見るな。あのシールドは?」
「煙の威力を相殺させてるの。でも、一時的なものだから」
「・・・・・・」
ドラゴンが煙の中で、気配を探っているのがわかった。
異世界のドラゴンか?
「アイリス、随分変わったな」
「うん。魔王ヴィル様の足手まといにはならないから」
「そうか」
アイリスがホーリーソードを回して、ドラゴンを見つめる。
アイリスは戦闘慣れしているような戦い方だった。
サタニアよりも、な。
どんな過去を持っているんだろう。
こいつは・・・。
― 牙奪鎖―
地面から牙奪鎖を出して、ドラゴンの体を縛り付ける。
ドラゴンが翼を刃物のように広げた。
パァンッ
すぐに弾けてしまった。
俺の魔法を簡単に弾くか。
カンッ キィンッ
「こっちは任せて!」
アイリスが暴れている尻尾を押さえつけようとしていた。
「っ・・・魔王ヴィル様、物理攻撃は効くみたい。傷はつけられないけど、属性を変えてみる」
「あぁ」
ドラゴンが歩くたびに、地面が揺らいでいた。
部屋は、ドラゴンが飛び回れる広さはあったが・・・。
このままだと、ダンジョンが崩れてもおかしくないな。
「それに、一撃がかなり重い・・・っ・・・」
ドラゴンが顔を振って、牙を剝いていた。
「アイリス、無理するなよ!」
「うん」
周囲の岩が崩れていく。
アイリスが軽やかに壁を蹴っていた。
飛びながら、空を切り裂く爪を避けていく。
ドドドッドドドドドドド
― 瞬雷―
剣に魔力をまとわせて、勢いよくドラゴンの鱗に突き立てる。
ガンッ
「駄目か。俺の力でさえ、通さない・・・」
角度を変えて、何回かやっても同じだ。
皮膚は剣を弾くばかりで、傷をつけることすらできない。
「魔王ヴィル様! 弱点があるはず! 弱点がない者はいないから!」
アイリスがホーリーソードを持ち直して、爪を弾いた。
「そうだな・・・目・・・首・・・胸、どこだ?」
魔王の目に、全神経を集中させる。
今、見たいのはステータスではない。
異世界から来た者であっても、この世界に存在するなら、何か弱点があるはずだ。
奴の弱点・・・・。
「!!」
腹にある赤く光った心臓か。
そこだけは、こちらの世界の者と同じものを感じられる。
キィン キィン
ドラゴンの爪を弾く。
石化の息は連発できないようだな。
「魔王ヴィル様っ」
「アイリス、おそらく、あの心臓が弱点だ。それ以外は、効かない」
「あんなに小さいのに?」
石像の前まで来て、汗をぬぐう。
「あぁ、間違いない。俺が討つ。できるだけ後方から援護しろ」
「わかった」
アイリスの横に行って、剣を構え直していた。
石化の毒がいつ来るかわからないし、ここでぐだぐだやっていても仕方ない。
一瞬で、あの心臓を狙うしかないな。
アイリスになるべく危険が及ばないように・・・。
グルアアアアァァァァァァ
天井に向かって咆哮を上げていた。
ビリビリとした魔力で、壁が崩れていく。
ドラゴンが翼を畳んで、体勢を低くしてこちらを睨んでいた。
「いい度胸だ・・・・・・」
手がビリビリとした。
こんな感覚になるのは久しぶりだな。
これなら、たとえ最強と呼ばれた魔導士のマーリンでも負けるだろう。
心臓が弱点だとわかっていても、隙が無い。
「・・・アイリス、もし、危ないと思ったら逃げろよ」
深く息を吐いて、魔王の剣に力を入れた。
「待って、魔王ヴィル様」
「!?」
アイリスがホーリーソードを解いていた。
「あのドラゴンの動き、一瞬なら止められるかもしれない」
「どうやって?」
「何度か剣で当たってみて、異世界と同じ感覚がした。魔王ヴィル様もそう思ったでしょ?」
「あ・・・あぁ・・・」
ドラゴンが口に力を溜めている。
「私は、異世界から来た者の時間を3秒間、止める力を持っているの」
「え?」
アイリスが胸の十字架を握りしめながら話していた。
「どうしてそんな・・・」
「禁忌魔法じゃない。導きの聖女の能力・・・異世界の・・・させる力」
小さな声で聴きとりにくかった。
「そう。多分、メタルドラゴンにも効くと思う。だから・・・・」
「わかった。とりあえず、お前を信じる」
額の汗を拭う。
石化の煙を吐く前に、戦闘不能にしなければ。
「頼む」
「うん。でも、3秒だから」
「3秒もあれば十分だ」
アイリスが、指を動かしながら、声を小さくして詠唱し始めた。
異世界住人に近い魔力か・・・。
「・・・・・・・」
― 時空歪の幽獄―
ドラゴンが白い光に包まれる。
突然、こちらに襲い掛かろうとしてきたドラゴンの動きが止まった。
アイリスが両手を組んだまま、目を瞑っていた。
ここから、三秒だ。
地面を蹴って、ドラゴンの腹に潜り込む。勢いよく心臓を突き刺した。
2、1、0。
パリンッ
柄からびりびりとした魔力が走る。
一瞬間をおいて、ドラゴンの心臓に剣を突き刺さした。
10センチ程度の心臓に亀裂が入る。
ガラスのような音を立てて砕けていった。
ドーン
天井を仰いだまま、その場に倒れる。
ドラゴンがホログラムのように透けていた。
足、手、尻尾・・・最後にぎろりとこちらを睨んでから消滅していった。
サアァァァ
「・・・消滅していくのに、声一つ上げないか・・・・」
これが異世界のドラゴン・・・。
硬い皮膚は貫くことはできなかった。
この狭い空間で、俺一人では、あいつら同様石化されていただろう。
導きの聖女アイリスの魔法が無ければ・・・。
「アイリス、終わったぞ」
「え? うん・・・」
軽く飛んで、マーリンの石像の前に立つ。
「あ・・・・・」
アイリスがふらっとしながら力尽きて、その場に膝をついていた。
「!?」
ドンッ
天井から降ってきた岩を切り裂いて、蹴とばす。
「大丈夫か?」
「うん・・・ありがとう。こうゆう戦闘久しぶりで、気が抜けちゃった」
「・・・・・」
腕を引っ張りそうになって止めた。
剣を解いて、自分の手を見つめる。触れられないってのは、本当に不便だな。
アイリスが、ゆっくりと立ち上がって石像の台座に寄り掛かっていた。
「ドラゴン・・・あっけなかったね」
「残ったのは、心臓の部分だけだ」
「本当・・・・・」
赤く散らばった破片を指す。
「あの部分だけ、異世界のものじゃなかったようだな」
「そっか」
巨大なドラゴンの姿は跡形もなく、消えていた。
よく見ると、心臓となっていた部分だけが、ガラスの破片のように散らばっている。
「やっぱり、異世界から・・・だったのね。でも、よかった・・・魔法が効いて」
「ん? まさか異世界住人も剣が効かないなんてことはないよな?」
「それはないよ。私も、こんなドラゴンの初めて見たもの」
一瞬、焦ってしまった。
異世界住人とは、剣を交えているし、弱いことはわかってるのにな。
「強いでしょ? 私」
「あぁ」
「へへへ・・・世界を守るためだよ」
髪を触りながら、嬉しそうに笑っていた。
「まさか、あのアイリスがこんなに強いなんてな」
「あの、は余計」
十字架から手を放しながら言う。
「ねぇ、魔王ヴィル様」
「ん?」
「これが私なの。びっくりした?」
アイリスが視線を逸らしながら言った。
「ちょっと強くなっただけで、調子に乗るなよ。俺は魔族の王だからな」
「うん、知ってる」
にこっと笑う。
「ドラゴンを倒しても石化の魔法は解けないね?」
アイリスが石像の足元に手を触れる。
「そう簡単に解ける魔法ではない。まぁ、最強と言われた4人でも異世界のドラゴンには敵わなかったんだろう」
石像を見上げながら言う。
よく見ると、どこかマーリンの面影がある気がした。
「そういえば、どうして、台座に乗ってるのかな?」
「さぁな」
マントに付いた砂埃を払う。
「行くぞ」
「はーい、あ・・・どうか安らかに、アリエル王国の英雄に感謝します」
アイリスが3人の石像の前で十字を切っていた。
「きっと、3人は勇者様を守ったのね。国民を不安にさせないために」
「フン、その思いは、オーディンには重すぎたようだけどな」
オーディンはマリアが死んでから、数か月後、SS級クエストから一人で帰ってきた。
仲間はいなかった。
いつからか、国民の目から逃れるようにクエストをこなしていたのを思い出していた。
俺にはどうでもいい記憶だけどな。
「勇者様は、魔王ヴィル様のお父様なんでしょ?」
「あいつを父親だと思ったことはないし、この先も思うことはない」
「・・・そっか」
アイリスが、タタッと踏み出して近づいて来る。
消えたメタルドラゴンの部屋の先に、道が続いていた。
「本当に、心臓の部分だけしかない。やっぱり、成分が異世界っぽい・・・」
「一応、拾っておくか」
魔力がないことを確認して、心臓の破片を拾い上げた。
明かりに照らすと透き通っていて、血も通っていない。
倒してみると、生命が宿っていたとは思えなかった。
「魔王ヴィル様、見て。階段がずっと続いてるよ」
「あぁ」
「ネズミがいそうで怖いな・・・」
アイリスが肩をすくめる。
「・・・・・・」
動かない石像を見つめた。
誰がここにドラゴンを連れてきたんだろうな。




