138 追憶のダンジョン②
ダンジョンの中は、ごつごつしていて歩きにくかった。
洞窟みたいだな。仕掛けは今のところないが・・・。
いつ何があってもおかしくない。
進んでいくと、ダンジョンが生きているように感じられる。
「魔王ヴィル様、さっきのお墓は、大切な人のお墓?」
「まぁな」
「そっか、じゃあちゃんとお祈りできてよかった」
アイリスがとぼとぼと付いて来る。
「ずっと同じ道が続いてるね。敵とか出てこないのかな?」
「人間も魔族も攻略してないからな。敵がいるとしたら、少なくとも魔族ではない」
「そっか。このまま何もなく進めればいいね。ここにもダンジョンの精霊がいるのかな?」
話を聞くに、異世界住人はまだ城下町でアバターの順応期間を過ごしているらしい。
すぐに、魔族を襲ってくることもなさそうだな。
「十戒軍も異世界住人も、今頃、アイリスのこと探してるかもな」
「そうね・・・戻ったら謝らないと。でも、魔王ヴィル様とこうやってダンジョンに入れたから、結果的によかった」
「・・・・・・・」
「あ、そうじゃなかった。そう、ダンジョンに入りたかったの。うん、入れてよかった」
アイリスが自分に言い聞かせるように話していた。
なんだか拍子抜けするな。
あまりに、アイリスが変わらな過ぎて。
「タケシのおかげだね。魔王ヴィル様がいなくなったときは、もうしばらく会えないのかなって思ってたのに・・・」
「そのタケシとやらは、サタニアがどこかに飛ばしたけどな」
「あ、そうだった。どこに行ったのかな?」
「今、完全に忘れてただろ?」
アイリスがびくっとしていた。
「これはヒューマンエラーなの。とっても心配だけど、ここで悩んでいても仕方ない。入ったからには、ダンジョンを攻略しなきゃ」
「まぁ、それはそうだけどな」
周囲をきょろきょろ見ながら言う。
最初の部屋以外、部屋らしきものは見当たらない。
脇道もなかった。
半径5メートルを照らしていたが、ずっと奥まで道が続いているだけだ。
行き止まりではないし、このまままっすぐ行けばいいだろう。
「異世界住人とは馴染めたのか?」
「・・・元居た人間とほとんど変わりないから」
岩を一段飛ばして降りていく。
「異世界で料理人をしていた人がいてね、作るもの全部、すごくおいしいの。特にオムライスっていうご飯を卵で包む食べ物があるんだけど、もう、美味しくて。んーマキアのほうが美味しいかもしれないけど、アリエル王国の中では美味しいほうだよ」
アイリスが食べ物の説明をしていた。
意外と楽しそうじゃねぇか。
「あ、魔王ヴィル様、これ軽食。肉を干して、ブラックペッパーをまぶしたものなんだけど。あと、じゃが芋を揚げた食べ物も美味しいから、悪くならないうちに食べましょ。ほら、美味しくてたくさんもらっちゃった」
「見たことないな」
斜めにかけた小さな鞄から、食べ物を出して渡してきた。
アイリスは異世界に馴染みやすい性格なんだろうか。
「アイリス・・・異世界住人に、変なことはされてないだろうな?」
「変なことって、どうゆう?」
「わからないならいいよ」
「・・・・?」
さすがに聖女には手を出さないか。
「導きの聖女の役目は楽しいのか?」
「楽しむ・・・というか、お仕事だから。アース族がみんな迷ったら大変でしょ?」
アイリスが干し肉をちぎって、口に放り込む。
「うん、美味しい!」
「いいな、呑気で」
「色々考えてるの。こう見えて。魔王ヴィル様も食べて食べて」
「あ、そ」
アイリスからもらった干し肉をかじる。
確かに、食べたことのない味だな。
「ダンジョンってやっぱりワクワクするね」
「アイリスはオーバーライド(上書き)で時間軸を書き換えたこと、覚えてるのか?」
「・・・そうね」
歩く速度を緩めて、前のほうを照らす。
段差から、石が落ちていく音がした。
「全部、覚えてるよ」
口をもぐもぐさせながら言う。
「でも、すべてを行うには先の記憶が足りないけど、問題ない」
「すべてを行う?」
「うん。でも・・・・今なら多少欠けてても問題ないの」
「・・・・・・・・・・」
答えが曖昧だ。
目をぼうっとさせながら、歩いていた。
時折、アイリスがアイリスじゃないような感覚になる。
アイリスの記憶のパターンが読めないな。
何を覚えていて、何を覚えていないのか。
俺が知る必要ないのか・・・。
何となく、今は、この話題を避けたほうがよさそうな気がした。
勘だけどな。
「魔王ヴィル様、ごめんね」
「何で急に謝るんだよ」
「いろいろと。でも、私、絶対に魔王ヴィル様を守るって・・・・おわっ」
ガタン
アイリスが躓いて、手を付いた場所の岩が音を立てて引っ込んだ。
嫌な予感がする。
「・・・今、なんか押したよな」
「押しちゃった・・・」
ゴッゴゴゴゴッゴゴゴゴ・・・
どこからともなく、音が聞こえてくる。
壁や地面が振動して、ぱらぱらと砂が落ちてきた。
「嘘だろ」
「えーっ」
音のするほうに耳を向ける。空間が振動していた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「向こうからだな」
階段上から勢いよく、巨大な丸い岩の塊が転がってきた。
― 魔王の剣―
「魔王ヴィル様」
「下がってろ・・・・」
剣を構えて、一呼吸置いてから、岩に向かって走る。
ザンッ ザッザッ
三回岩を切ると、砕けてその場で止まった。
腕を鼻に当てて、砂埃を避ける。
「はぁ・・・・」
軽く振ってから、魔王の剣を解いた。
「余計なものに触るなって、アイリスひとりじゃ死んでた」
「魔王ヴィル様、危ないっ」
アイリスがこちらに向かって走ってくる。
― ホーリーソード ―
アイリスが光り輝く剣を出した。
真っ白な、天使の翼のような刃だった。
「アイリス・・・?」
後ろから巨大な岩が、音もなく迫っていた。
一瞬だ。アイリスが素早く飛び上がって、砕いた岩の裏側に回る。
スンッ ドドドドド
岩が砕ける音がした。
「!?」
俺が切った岩の後ろにあった、同じくらいの大きさの岩が真っ二つに割れていた。
少しすると、ごろんと音を立てて倒れる。
「ふぅ・・・・」
「え・・・? アイリス、お前・・・・」
驚きのあまり、言葉が出てこなかった。
剣の切り口が残る岩の上に、アイリスが堂々と立っていた。
特に何か痛めた様子はない。
「びっくりした? 私、強いでしょ?」
「・・・・・・」
「これが本来の私」
剣の刃先を下に向けて、得意げにほほ笑んでいた。
魔法で瞬時に剣を出せるって、上位魔族レベルだろ。
異世界住人ならわかるが、元々こっちの世界の人間がいきなりこんな力を持つなんて・・・。
「信じられないんだが・・・・」
「魔王ヴィル様」
すたっと、目の前に降りてくる。
剣をふわっと解いていた。
「私、守ってもらわなくても大丈夫なくらい強いの」
「は・・・・どうして急に・・・」
「”名無し”がいなくても禁忌魔法も使いこなせる。バックアップから必要な力は復旧済。”名無し”の判断なの」
「・・・・・・」
右手をかざしていた。
「だから、安心して。魔王ヴィル様に何かあっても、必ず私が守るから」
指先に光を灯して、マントを後ろにやる。
まさか、ここまで強くなるとは・・・。
ヒールもろくに使えなかったのに。
「言っておくけど、魔王である俺がお前に守られる必要なんてないからな」
「それもそうか。魔王ヴィル様、強いものね」
「それに、魔王を守るっていう聖女もおかしいからな。異世界住人の前では話すなよ」
「なるほど。忘れてた」
はっとして、ホーリーソードを解いていた。
やっぱり、どこか抜けている。
でも、さっきの剣技は見事だった。
無駄な動きが一つもない。
「とりあえず、これなら問題なさそうだな。アイリスに触れない状態で、守り切るのは難しい」
「うん」
「・・・もし、俺がドラゴン化して、歯止めが利かなくなったら、アイリスは自分の身を守れよ。絶対に、前みたいに、掴まるな。必ず逃げろ」
「大丈夫。私が魔王ヴィル様を止めるから」
真っすぐにこちらを見て、頷いていた。
近くに転がっていた石を蹴る。
「・・・わかってないような気がするけど・・・まぁいいよ」
頭を掻いて、マントを後ろにやる。
「進むぞ」
「はーい」
壁の出っ張った部分に触らないようにしながら歩いていった。




