137 追憶のダンジョン①
マリアの墓の後ろに現れた岩の前に立つ。
魔力を感じ取るに、ダンジョンのものとみて、間違いないだろう。
「変ね。動かないわ」
サタニアが突いたりしていたが、びくともしなかった。
「ダンジョンってどうやって入るの? 急にせりあがってきたから、この岩のどこかに隠し扉みたいなのがあるって思ってたんだけど」
「アイリスに聞いたのか?」
「ダンジョン攻略の常識よ」
サタニアが髪を耳にかけながら言う。
岩を手で押してみる。
全然動く気配すらない。
「押しても動かないな。入口が別にあるのか?」
「うーん、じゃあ、とりあえずこの岩砕いてみる?」
「いや、それはダンジョンの精霊から嫌われるから・・・」
アイリスといたときは自動的に開いてくれたんだけどな。
風に乗って、百合の花の香りがする。
「・・・・・?」
はっとする。
誰かに呼ばれた気がして振り返った。
嘘だろ・・・。
マリアの墓の前にピンク色の髪の・・・。
「マリア・・・・?」
「マリアって? え・・?」
何回か瞬きすると、マリアの影が消えていた。
「魔王ヴィル様?」
後ろを向くと、長いローブを着たアイリスが立っていた。
気配が全くなかった。
「あ・・・私・・・」
「どうして貴女がここにいるの?」
サタニアが一歩前に出る。
「さっきまで、アース族のタケシがこっちに向かうのを地図で見たんだけど・・・急に消えたみたいなの。どうしてかなって」
宙で指を動かしていた。
アイリスも異世界住人と同じモニターを持ってるのか?
「彼なら私が転移魔法で飛ばしたわ」
「えぇっ!? どこに?」
「知らない」
サタニアが冷たく言う。
「んー、転移魔法。じゃあ、時空の歪なら探せるかな。あれほど、単独行動は控えてって言ったのに」
「そんなことのために、わざわざここまで来たのか?」
「もちろん、アース族のみんなを導くのが、私の役目だから」
「へぇ・・・・」
あくまでダンジョンが目的じゃなく、異世界住人か。
すっかり導きの聖女だな。
「じゃ・・・じゃあ、私、用がなくなっちゃったから、これで・・・・あ」
「ん?」
アイリスがふと立ち止まる。
「リュウグウノハナがこんなに見られるなんて・・・ここは優しい人のお墓なのね」
「・・・・・・・」
「安らかに」
柔らかい風が吹く。
アイリスがマリアの墓の前で、十字を切ってから、一歩ずつ下がった。
ドンッ
「!?」
ダンジョンの魔力が急激に高まった。
「待て、アイリスっ」
「え? あ、わわっ」
スポッ
「きゃっ」
突然、草むらの底が抜けて、アイリスが穴に落ちていった。
「ヴィル。待って!」
「サタニアはここに居てくれ!」
止めようとするサタニアを振り切った。
「アイリス!!!」
アイリスの落ちた場所へ、真っ直ぐ突っ込んでいく。
柔らかい沼のようになっていて、すんなりと吸い込まれていった。
「・・・ヴィ・・・」
サタニアの声が遠くなっていく。
中は、岩に囲まれた筒のようになっていた。
地面までの距離が少し遠いな。
「っ・・・・」
俺は飛べるが、このままじゃ、アイリスが地面に叩きつけられてしまう。
「魔王ヴィル様、どうして・・」
― 黒水泡―
アイリスの前に大きなシャボン玉のようなものを出した。
普段、使うことのない魔法だけどな。
「うわあっ・・・柔らかい」
トンッ
アイリスがぽんぽんとバウンドしながら地面に着地した。
ぴんと手を伸ばしていた。
「ふぅ・・・・びっくりした」
胸を押さえて、深呼吸をする。
「ふぅ、じゃなくてさ」
「魔王ヴィル様、ありがとう」
黒水泡を消しながら、ゆっくりと地面に足を付ける。
マントを後ろにやった。
「何でよりにもよって一人でこんなところ来てるんだよ」
「導きの聖女だもの、一人で行動しても問題ない。それより、魔王ヴィル様、サタニアとの距離が近くなってる。なんかもやもやする。もやもや・・・」
アイリスがぐいぐい寄ってきた。
「わっ、近づくな」
下がりながら両手を上げる。
「近づいただけなら問題ないじゃん・・・」
こいつ、俺がアイリスに触れたらどうなるかわかってるのか?
殺してしまうかもしれないのに・・・。
「アイリス、言っとくけど、あの呪いは継続中だからな」
「わかってる。魔王ヴィル様に触れなければいいんでしょ? 別に怖くないよ」
「あぁ、まぁな・・・」
頭を抱えて、出っ張った岩に腰を下ろす。
ここはダンジョンの中とみて、間違いないな。
魔法は使えるから、ダンジョンの精霊の力は弱い。
天井はうっすら明るく、微かに日の光が入っているようだった。
部屋の広さは魔王の間のちょうど3分の2といったところか。
天井からはさらさらと砂が落ちていたが、次第に収まっていった。
サタニアは、ここには入れなかったようだな。
どうして、俺とアイリスだけが入れたのかは・・・。
まぁ、ダンジョンの精霊に聞かないとわからないな。
「どうして異世界住人がここにいたってわかったんだ?」
「異世界の機能にGPS機能っていうのがあって、地図を見ながらアース族の誰がどこにいるか位置を把握できるの。聖女である私だけは、彼ら全員の動向を閲覧できるようになってる。こうやって」
異世界住人みたいに指を動かしていたが、何を見ているのかわからないな。
「それは、お前しか見れないんだろ?」
向かいの岩に腰を掛けながら言う。
「そっか、魔王ヴィル様には閲覧権限付与できないのか・・・」
「・・・・・・」
アイリスがぱっと手を開いた。
「閲覧できるのはアース族同士と私だけに限定されてる。テラは私にアース族の監視を依頼してるの」
「随分詳しいな。まさか、お前もアバターってオチじゃないだろうな」
「私はこの世界の人間だもの」
「わかってる。冗談だよ」
アイリスが少し不機嫌になりながらくるっと回って見せた。
「・・・・でも、半端なことには・・・変わりないんだけどね」
「アイリス・・・・」
「はい。この話は終わり! もう、何も話さないから」
髪を耳にかけて視線を逸らす。
記憶は、全てある状態・・・か。
後ろに手をついて、足を組んだ。
「一人見逃しちゃった・・・離れないように言ったのに」
「異世界住人が大事なんだな」
「私の目的にね」
人魚の涙のピアスがきらりと光る。
「それより、魔王ヴィル様は、何してたの?」
「俺は、この未発見のダンジョンの近くに来ただけだ」
「ダンジョン? そっか、やっぱりダンジョンなんだ。ここ・・・」
「今更かよ」
こうやって見ると、普段のアイリスなんだけどな。
「わぁっ・・・ダンジョン。でも、ここで気を取られちゃいけない。アース族のところに戻らないと。欲望より理性、秩序」
アイリスが頬をぺちぺち叩いて、ころっと表情を変えた。
「見てみろ。入口だった天井は塞がれている」
「えっ。あ、本当だ」
「アイリスと、このダンジョンを進まなきゃいけないってことだな」
右手を見ながら言う。
俺は魔法にかかっている以上、何かの拍子にアイリスを殺してしまうかもわからない。
アイリスを殺せばオーバーライド(上書き)が発動する・・・。
危険な状態なことは変わりない。
「へへへ、じゃあしょうがないね」
「・・・・何で嬉しそうなんだよ」
「だって、魔王ヴィル様とダンジョンを冒険したくて。もちろん、アース族の方々の元に帰らなきゃいけないけど、出る方法がないんだから仕方ないもの」
口調は凛としていたが、頬がにやけっぱなしだった。
「言っておくけど、俺はお前に触れられないんだからな。自分のことは自分で何とかしろよ」
「もちろん、そこは大丈夫、問題ないから」
アイリスが勢いよく立ち上がりながら頷いた。
アイリスの魔力が変わったように感じられた。
ポケットに入れた、マリアの十字架を握りしめる。
「・・・・・・・・」
マリア、お前がアイリスと俺をここへ連れてきたのか?
立ち上がって、部屋の端のほうにある手すりのほうへ歩いていく。
「あ、魔王ヴィル様」
「あまり、うろうろするなよ。誰も攻略したことのないダンジョンなんだからな」
「はーい」
にこにこしながら駆け寄ってくる。
「記憶はすべて思い出したのか?」
「100パーセントじゃない・・・私、思い出さなきゃいけないことがたくさんあって、一気に思い出すと壊れちゃうから・・・・でも、必要なことは覚えてるから問題ない」
髪を耳にかけてこちらを見上げる。
「それに、新しい記憶をこれから作っていけばいいでしょ?」
アイリスはすぐ理想論を言う。
マリアも似たようなことを言うんだろうな。
指先に明かりを灯す。
「忘れるなよ。表向きは、俺ら対立してるんだろ?」
「今はダンジョンの中だから大丈夫。行きましょ」
先が思いやられる・・・。
「ねぇねぇ、魔王ヴィル様」
「ん?」
「魔王ヴィル様たちがいなくなった後、お城は大変だったんだよ。ピュイアたちは上手く逃げて無事だったんだけど、十戒軍がパニック状態。でも、アース族の士気は高まってて・・・」
アイリスが嬉しそうにアリエル王国での出来事を話していた。




