136 十字架のネックレス
「本当、人使いが荒いんだから」
「サタニアにしか頼めないからな」
「じゃ、じゃあいいけど」
サタニアが文句を言いながら、魔王城の屋根に転移魔法を展開させていた。
紫のローブがふわっと風に揺れている。
「今回は私たちだけでいいの?」
「あぁ、新しいダンジョンの偵察だからな」
「ふうん。そう。ヴィルと2人きりで、ダンジョンか、楽しみ・・・」
ちょっとにやけるのを、押さえているようだった。
「じゃあ、落ちないようにね」
目をつぶって何か唱えると光が強くなっていった。
シュンッ
アリエル城下町の近くまで瞬時に移動した。
「ふぅ、これでいいでしょ?」
「あぁ、ありがとう」
「あ、ちょっと待ってってば」
サタニアが駆け寄ってくる。
マリアの墓はここから北西に行ったところだ。
小さな林を一つ越えた、アリエル城下町からも、遠く離れた場所。
サタニアが小走りで駆け寄ってくる。
「飛ばなくていいの?」
「まぁ、たまには歩いたほうがいいしな」
「へぇ、いいけど。珍しいのね」
「ここは、あまり人気のないところだ。どこにダンジョンにかかわるものがあるか、実際に歩きながら探してみたほうがいいだろう」
草と土の感触は新鮮だった。
草原を、ずっと歩いていく。
ゴミだと思っていた記憶でも、こうやって辿っていくと懐かしいものだな。
子供の頃はかなり遠く感じられたけど、今は思った以上に近かった。
「綺麗な花・・・いい香りね」
丘を越えたら、真っ白な花が見えてきた。
ギルドが建つと言われていた場所に、ぽつんと十字の木がある。
誰も墓だとは思わないだろう。
ボロボロになっていたが、かろうじて形だけは保っていた。
マリアはなぜか、ここに墓を作ってほしいと言った。
静かで、遠くから城が見渡せる、リュウウグウノハナの咲く場所だ。
「ん? こんなところに、お墓? ヴィルの知り合い?」
「まぁな」
「へぇ、親族か誰か?」
「・・・・母親だ」
屈んで十字のネックレスを手に取る。
紐は切れかかっていた。
「へぇ、ヴィルのお母さん・・・きっと美しい人なのね」
「・・・そうだな」
こんな吹きさらしの場所にあっても、綺麗だとは。
誰かが・・・いや、まさかな。
「っ・・・」
すっと飛び上がって構えた。
「急に何?」
サタニアと顔を見合わせる。
うねるように魔力の高まる瞬間があった。肌がびりびりするほどだ。
「新しいダンジョンなのか?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
地面が小刻みに揺れていた。
「ヴィル、見て。草むらから岩が出てきてる」
サタニアが指さす先に四角い2メートルほどの岩がせりあがってきていた。
「!?」
未発見のダンジョンは初めてだが・・・。
魔族のダンジョン、人間が攻略したダンジョンとも違う、変な感覚だった。
「どうして急に・・・?」
「さぁ」
十字架のネックレスを墓に戻そうとしたとき・・・。
「誰かいるな」
「え?」
人間の気配がした。
― 風来刃―
サタニアが両手を挙げて唱えると、突風が吹く。
結界魔法が解けて、目の前に人間が現れる。
「うわっ」
「ご、ごめんなさい、タケシ様」
短髪で背の高い異世界住人と、魔法使いの少女が2人立っていた。
少女が大きな杖を持って震えている。
戦闘経験は浅いな。
「はは、まさか、いきなり魔王が出てくるとは」
「何の用かしら?」
サタニアが腕を組んで前に出る。
「アークエル地方の散策だよ。えっと、地図を見てっと。うん、ここにダンジョンがあるって書いてあるんだよな。わかりにくいけど」
タケシが指を動かして、何かを見ていた。
あれが、エヴァンの言っていた、異世界ゲームで使われるものだな。
モニターと呼んでいた。
未発見のダンジョンの位置まで把握しているのか。
「タケシ様、逃げましょう」
「そうです。私たちでは魔王に敵いません」
少女2人がタケシのマントを引っ張っていた。
「大丈夫大丈夫、せっかくだし、ちょっとやってみたいんだ。装備品は、弓矢に切り替えてみるか。試しに、魔法スキルも付与して・・・と。あとは、これを解除しておくか。さすがに魔王は危ないもんな」
タケシが持っていた装備品が変わっていった。
「あれがエヴァンの言っていたやつか・・・」
今までどのギルドでも、王国兵士ですら見たことない。
「やっぱり、異世界住人はゲームみたいに、瞬時に装備も属性も変えられるのね」
「他にアバターが持ってそうな能力は?」
「一定の数、道具を所持できること。私たちの能力は見れないけど、地図や、おそらく仲間の位置とかもわかると思うわ。ゲームのデフォだから」
サタニアが口に手を当てて説明する。
「装備品はあまり強くないみたいだけどね」
「魔王の目が使えないのは厄介だな。おそらく、ステータスは変わってないと思うんだが」
「私たちに攻撃するつもり。いい度胸ね」
タケシが弓矢を引いていた。
『氷の雨矢』
― 魔王の剣―
ズン・・・
剣で降り注ぐ矢を真っ二つに切って、地面を蹴る。
勢いをつけて、タケシに突っ込んでいった。
ガンッ
「うぐっ」
タケシの胸倉をつかんで、地面に押し倒した。
剣を突きつける。想像通り、力は弱いな。
「タケシ様っ」
「貴女たちは動かないで!」
「あぅっ、体が」
「動かない・・・どうして・・・見えなかった」
「当然よ」
サタニアが少女たちの動きを止めていた。
「強いな、さすが魔王は・・・」
「行く道を邪魔する人間は容赦しない」
「はははは、これならミナが止めてた理由もわかる」
確実に、こいつの力を封じているのに、なんだ? この余裕の表情は。
「たった今、肉体感覚同期システムを解除した。だから、俺のことは気にしなくていいよ」
「は?」
「痛覚を切ったんだ。死んだら待機部屋に戻るって聞いてるから、装備品とか経験値とか振り出しに戻るかもしれないけど、まぁ、ただ自由に散策していただけだしな」
何を言ってる? 痛覚を感じない、だと?
「さぁ、刺してくれ。ここで、いったん死んで、アリエル城からやり直す」
「止めてくださいっ」
「タケシ様、そんなこと」
「・・・・・」
ザザザッー
「うわっ」
剣から手を離して、タケシを吹っ飛ばした。
右手に巻いたマリアのネックレスが揺れている。
「タケシ様」
「サタニア、そいつらの魔法を解け」
「ヴィル・・・でも」
「痛覚のない人間をここで殺しても意味がない」
「・・・・わかったわよ」
サタニアが魔法を解くと、少女たちがタケシのほうへ駆け寄っていった。
「タケシ様っ」
「おわっと・・・メイ、ミナ・・・」
「そんな簡単に死なないでください。怒りますからね。タケシ様がやられる姿なんて見たくありませんから」
「心配するなって」
ミナと呼ばれた金髪の少女が、タケシに抱きつきながら文句を言っていた。
「ごめんごめん。せっかく異世界に来たから、無茶してみたかっただけだよ。だって、目の前に魔王がいるからさ」
「もう、二度と止めてくださいね」
サタニアが髪を後ろにやって近づいてきた。
魔王の剣を解く。
「殺さなかったのは、そのネックレスと関係があるのかしら?」
「・・・・・」
「そ・・・母親・・・私には経験のないことね」
マリアのネックレスを見つめる。
さすがにこの場所では、誰かを殺したくなかった。
別に、何かを引きずっているわけじゃないけどな。
「あ、タケシ様、先ほど肉体感覚同期を解除したんですよね?」
「ん? あぁ、今、えっと、こうか。これで多分戻ったよ」
空中で指を動かしながら話した。
「では・・・その・・・」
「早急に確かめたいのですが、いいですか?」
「え?」
タケシが何か言う前に、ミナが手を胸に当てる。
「ちゃんと感覚はありますか? 私の体温が」
「あ・・・あぁ・・・」
「ミナずるいわ。私も、タケシ様と。えい!」
「2人とも、待ってくれ。って・・・・すごいな、この世界。未成年にも・・・いいのか?」
草むらに寝転がって、2人とべたべたし始めた。
「あいつら、好き放題やるよな。欲に忠実な魔族よりも・・・ってサタニア?」
「・・・・・・・」
サタニアがわなわなと震えている。
「・・・どうした?」
「こいつら、吹っ飛ばすわ」
「ん? 飛ばす?」
サタニアが髪を逆立てて、彼らの下に簡易転移魔法を展開していた。
ブオン
「なんだ? これは・・・」
「どこかに行きなさいっ」
足を鳴らす。
「え?」
シュンッ
3人が光に包まれて、すっとその場から消えていった。
「はぁ、はぁ・・・はぁ・・・・」
「どこに転移させたんだ?」
「知らないわ。不完全な転移魔法陣よ」
「ふ、不完全・・・とかあるのか?」
ぞくっとした。
「当然、今のは適当な転移魔法陣。失敗すれば、時空の歪にでも落ちる可能性だってあるんじゃないかしら。知らない!」
「うわ・・・・・・」
えげつない。
「私とヴィルの前で、変なことしようとした罰よ」
サタニアが髪を後ろにやる。
「異世界住人と組むのは、やたら戦闘能力が低い少女が多いな。男が多いからか?」
「ゲームはそうゆうのが定番なの。そっちの方が抵抗ないからでしょ。この世界は、ゲームじゃないのに、汚らわしいわ」
息を切らしながら、ツンとしていた。




