135 ププウルの地図
「異世界住人は意外と早く力をつけると思うよ」
「ん?」
エヴァンが倉庫の棚に座りながら話す。
「どうしてそう思う?」
「奴らは、意外とギルドや魔法を使う世界って馴染みがあるんだ」
本を棚に戻しながら、エヴァンの話を聞いていた。
「異世界にはゲームっていうのがあるのは、もうわかってるよね?」
「何度も何度も聞いてるからな」
「だよね」
一つ隣の、まだ読んでない本に手を伸ばす。
「奴らは魔法のない世界から来たけど、アバターで敵を倒したり、パーティーを組んだり・・・・まぁ、冒険した経験があるといってもいいよ。ゲームを通して魔法のある世界を疑似体験してるんだ」
「へぇ・・・」
「こっちの人間と似ているようで、全然違うよ」
エヴァンが丸い天然石を転がしながら言う。
「ゲームというのは複数プレイできるんだ。何度死んでもよみがえる。そうだな・・・言い換えれば、複数の世界を体験できるってことだ」
「・・・複数の世界・・・?」
「そう、奴らが空中でいじっていたものは、おそらくゲームでもよく使うモニターだ。アバターなら装備品も属性変えも一瞬でできる。戦闘能力と経験値は、こっちの人間をはるかに上回るはず」
「なるほどな」
エヴァンの言ってることはなんとなく理解できた。
「エヴァンはどうなんだ? ゲームやってたのか?」
「かなりやりこんだよ。普通のゲームから、エロゲまで」
エヴァンが得意げに言う。
「懐かしいな。推しの配信もゲームが多くて、ホラーとか見るの面白いんだよな」
「エヴァンって、たまに元の世界に帰りたそうにするよな」
「勘弁してくれ。どうやったら、そう見えるんだよ」
エヴァンが心底嫌そうな表情を作る。
サタニアはともかく、エヴァンは未練があるように見えた。
本を持って、ソファーに座る。
湿った皮の匂いがした。
「でも、サタニアの場合、俺よりエロゲやってそう・・・。妄想がすごかったもん」
「・・・エヴァン、それ、サタニアに言うと殺されるぞ」
「わかってるって。男同士の会話だ」
エヴァンが声を低くした。
「あー厄介なことになったよ。マジで、知り合いとか転移してきたら戦慄するんだけど。いや、アバターじゃわからないだろうけどさ」
足をぶらぶらさせていた。
「ところで、ヴィルはなんかダンジョンに目的があるの?」
「ん?」
「ププウルに未開拓ダンジョン、探してもらってるんでしょ? ダンジョンはもう足りてるのに・・・」
こちらを見下ろす。
「・・・目的なら、ある」
「どんな?」
「・・・・・・」
右手でページをめくる。
俺とサタニア以外は、愛する者に触れるとドラゴン化していくことについて知らない。
サタニアには誰にも話さないよう、口留めしていた。
ドラゴン化してしまったら、隠しようがないけどな。
「・・・まぁ、言いたくないなら詮索しないよ」
「そのうち話すよ」
「了解」
靴がかたんと音を立てる。
「そういや、異世界住人の身体はアバターなんだろ?」
「何か引っかかることでも?」
「死んだらどうなるんだ?」
「・・・・残念だけど・・・死んだらゲームオーバー。この世界とどう繋がったのか知らないけど、いったん向こうの肉体に戻って、また同じアバターで転移してくる可能性が濃厚じゃないかな」
「・・・・・・」
『命の数』という言葉を思い出していた。
『命の数』の分だけ蘇ることが可能という意味なのだろうか。
カタン
倉庫のドアが開いた。
「失礼します」
ププウルが入ってきた。
一瞬で、エヴァンがドラゴンに化ける。
「あ、魔王ヴィル様、何かお探しですか?」
「いや、本を借りに来ただけだ」
本棚の隣のソファーに腰を下ろす。
「エヴァンもここにいたのか、リョクが探してたぞ」
「!?」
エヴァン(ドラゴン)がきょとんとする。
「毒抜きの薬の薬草が欲しいんだって」
「リョク一人じゃ、外出るの危ないからな」
「エヴァン、強いんだってね。リョクが自慢してたよ」
「!!」
牙を見せて、目を輝かせていた。
ドラゴン(エヴァン)が、しっぽを振りながら部屋から出ていった。
深刻なんだか、呑気なんだかわからない奴だ。
そもそも、リョクはもうエヴァンがドラゴンじゃないって気づいてるのに。
「魔王ヴィル様ー!!」
「っと・・・」
ププウルが両隣に座ってきた。
「ププ、魔王ヴィル様に近すぎだよ」
「ウルこそ」
「はぁ、魔王ヴィル様が来てくださって、なんだか楽しいのです」
上位魔族たちは、時間軸は違ったが、すぐに馴染んでくれた。
ププウルは特に、前よりも甘えてくるような気がする。
「魔族の様子はどうだ? ダンジョン内に入れたか?」
「はい、カマエルとジャヒーの管轄は、魔族が多いのもあって、一部魔族はまだ入れていませんが。明日には入るかと思います」
「私たちの管轄は、滞りなく配置されています」
ププが少し吊り上がった目を真っすぐこちらに向ける
「カマエルとジャヒーは部下の扱いが上手いから問題ないだろう」
「はい! ご安心ください。明日には、ダンジョンが魔族で埋まる予定です」
「人間にダンジョンを奪われて、吹きさらしの中で生活してたので、みんな張り切っています」
「よかった。ありがとな、ププウル」
ププがにやける頬をぺしぺし叩いていた。
「ふわぁ、魔王ヴィル様いい匂いです」
ウルがぐぐっと近づいてきて、首の匂いを嗅いできた。
「シエルと魔王ヴィル様が同じ匂いの時があるのです」
「え・・・・」
「私も魔王ヴィル様と一緒に匂いになってみたいです」
「・・・・・・・」
目をキラキラさせながら言う。
意味はわからないで言ってるんだろうな。
「シエルとは・・・・同じ部屋で打ち合わせしていたからだろう。ププウルも同じ部屋に居れば、同じ匂いになるはずだ」
「なるほど!」
「あーウル、ずるい。私よりも魔王ヴィル様と近い気がする」
「気のせい、気のせい」
ププとウルが俺をはさんで、言い合いになっていた。
「ププ、この前の本、面白かったよ」
「はい、魔王ヴィル様。あれは、魔王城の倉庫に埋まっていたもの。現在と重なるような歴史ファンタジーなので、私もたまに読んでいました」
ププの頭をなでるとへらっと笑っていた。
2人とも、小動物みたいにくっついてくる。
「ププ、その地図はどうした?」
ププが右手に地図を握りしめていた。
「あ! すみません。あまりにくつろいでしまい、肝心な報告を忘れていました」
「魔王ヴィル様、ダンジョンこの地図を見てください」
「?」
ププとウルがすぐに体勢を直して、地図を広げた。
「ここに魔力の高い場所があるようです。未発見のダンジョンの可能性があります」
「私たちも把握してなかったのですが・・・」
「・・・・!」
その場所は・・・。
よく覚えている。何度も行ったからな。
「・・・そこは、ギルドの建物が無かったか?」
ププとウルが顔を見合わせて首を傾げていた。
「ここは、更地です」
「そうです。人間もほとんど立ち寄りませんし」
「魔族もいません。私たちでさえ、見逃すくらいですから本当に何もない場所です。部下から聞いて、ダンジョンの魔力と似ているのではないかと、記録していました」
「そうか・・・・・」
ププが地図に指を当てる。
「とても、珍しいことです。未発見のダンジョンがこんなところにあるなんて」
「私たちも400近いダンジョンは把握していますが、たまに新たなダンジョンを見つけることがあるんです。かなり久しぶりだったので、驚きましたが・・・」
「何か異世界住人と関係があるのでしょうか」
「ここは、魔族を入れていません。どうしますか?」
ププウルが交互に話す。
「俺が行こう」
ブーツを履き直して、立ち上がる。
「ま、魔王ヴィル様が自ら行くなんて」
「誰か、私たちの部下を行かせましょうか?」
「いや、いい」
手を挙げて断る。
場所はすぐにわかった。
俺が、よく、知る場所だ。
「すまない。また、魔王城を開けることになるが・・・」
「それは大丈夫です」
「二度と、前のようなヘマはしませんので」
ププとウルが両手を握りしめて言ってきた。
「ありがとう。じゃあ、頼むな」
「はい。お任せください!」
ウルの頭をなでてやると、ふにゃーっとしながら嬉しそうにしていた。
ププがちょっと頬を膨らませている。
「あら、ヴィルどこに行ってたの?」
部屋に入ると、シャワーを浴びて出てきたサタニアが、濡れた髪で出てきた。
「サタニア、どうしてここにいるんだよ。自分の部屋があるだろ?」
「だって、アイリスはずっとヴィルの部屋にいたんだしょ? じゃあ、私だっていいじゃない」
「どうゆう理屈だ」
頭を掻く。
俺の部屋はいつの間にか、サタニアとエヴァンが入ってくるようになっていた。
上位魔族は絶対にそんなことしないけどな。
「でも、何か用事でしょ? 私に」
サタニアがにんまりと笑う。
「・・・まぁな」
「だと思った。どうしたの? 私はヴィルの役に立ちたいから、ここにいるんだもの」
紫色の髪を、ふわっと魔法で乾かす。
「アリエル城のほうまで転移させてくれ。新しいダンジョンが見つかるかもしれない」
「新しいって・・・ちょっと待って。どうゆうこと?」
「詳しいことは、歩きながら話す」
棚にかけていたマントを羽織る。
サタニアがぱたぱたしながら駆け寄ってきた。
「場所はちゃんと聞いた? 未発見なら、しっかりと記載のある地図が無きゃ、私たちだけで行っても見つからないんじゃない?」
「場所は、俺が知ってる」
「え?」
「・・・・・・」
なぜ、あんなところがダンジョンに・・・。
ププの小さな指がさした場所は、マリアの墓のある場所だった。




