133 11年前の記憶③
「リュウグウノハナ、ありがとう。綺麗ね」
リュウグウノハナを花瓶に飾っていた。
マリアがベッドに横になったまま話していた。
オーディンから聞いた2日後、マリアはベッドから起きられなくなった。
「じゃあ、早く元気になれよ」
「あ・・・もし、11年後、魔王が復活したとしても、勇者様がいるから大丈夫よ。きっと、勇者様たちが魔王をやっつけてくれるわ」
「・・・・・・」
「あ、ヴィルが勇者になってたりして」
「何の話だよ」
「これからのことよ。それくらいヴィルは可能性があるの。まだまだ、たくさんの人に出会って、たくさんのことを知るんだから」
10歳しか変わらないのに、俺の前では、なぜか大人ぶってばかりだ。
「でも、マーリン様の予言では、11年後、アリエル城下町の人がみんないなくなっちゃうって言ってたわね? そんなことってあるのかな? マーリン様でも外すことがあるって言うから、ごほっ・・・ごほ・・」
「あまりしゃべるなよ」
「ごめ・・ごほっごほ・・・」
コップを傾けて、水を飲ませてやる。
マリアが元気に動けたのは、マーリンの薬があったからなのだという。
でも、もう効かないくらい、病が進行していたらしい。
マリアは一言も、自分から口に出したことはなかったけど。
今の状況を見ると、信じざるを得なかった。
「ふぅ、ありがとう・・・・少し楽になった」
コップを置いた。ほとんど飲んでいなかった。
「11年後、マリアはいないのか?」
カーテンを閉めて、ランプの明かりを灯した。
「・・・そうね。私はもうすぐ、遠くに行くの。この体は置いていくから、きっと楽になって、走り回るつもりよ」
冗談っぽく言った。
「もう、ヒールも効かないのか?」
「どんな魔法も効かない。病気だけど・・・寿命なのよ」
少し苦しそうな、弱弱しい声だった。
「じゃあ、蘇生魔法のフェニックスがあるだろ? 賢者を連れてくれば」
「フェニックスでも病気は無理なの。人間の体ってそうゆうふうにできてる」
「・・・・・・」
どうして、我慢ばかりしてきたマリアが、こんなところで死ななきゃいけないんだよ。
納得がいかなかった。
「・・・俺、一人になるのか?」
「大丈夫、みんないるでしょ? ちゃんと仲良くするのよ」
「いない。だって、マリアがこんなに苦しんでるのに、誰も見舞いに来ないじゃないか!」
声を荒げた。
「ヴィル・・・私はヴィルが傍にいるから平気よ」
「嘘つくなよ・・・こんな・・・」
施設の人間は薄情な奴らだ。
あれだけマリアを慕っていた子供たちも、みんな死を前にしたマリアには近づかなかった。
他のシスターは、悪魔の病気が移ると言って避けていた。
オーディンと、マーリン、デガン、グリースだけが何度も見舞いに来ていた。
冒険の話をして、マリアを笑わせたりしていた。
でも、シスターたちからすると、英雄4人がマリアのところに来ること自体不思議なようだ。
俺がオーディンに頼み込んでいるからだと勘違いして、愚痴をこぼしていた。
「ヴィル、ごめんね」
「・・・・なんで謝るんだよ」
奥歯を噛んだ。
「私、ヴィルのお母さんになりたかったの」
「!?」
「ずっとそう思ってた」
うつろな目でこちらを見上げる。
「でも、こんな弱い体じゃ無理ね」
「どうして・・・マリアだって子供じゃないか」
力なく笑った。
「だって、ヴィルはいつも一人だったから。お母さん、ほしかったでしょ?」
「・・・・・・・」
「私も、小さいころに両親と離れてるから、ずっと両親のいないヴィルの気持ちはわかるつもりよ。誰にも頼れないのは、寂しいもんね」
こんな時まで、どうして俺のことなんか・・・。
「泣かないで」
「泣いてないっ、これは、ちょっとぶつけて痛かったんだ」
視界がぼやけて、マリアが見えなかった。
目を逸らして俯く。
「痛いから、今から、自分にヒールをかけようと思ってたんだ。別に泣いてるわけじゃない」
「そっか」
「・・・・・・」
マリアが柔らかくほほ笑んでいた。
「じゃあ、この前の続きね」
すうっと息を吸って、力強く話した。
「もし大きくなって、私と同じような子と会ったら、きっとその子がヴィルの闇を明るく照らしてくれるから・・・これから、私、神様にそうゆうふうにお願いしに行くから・・・」
「そんな、神様なんて・・・」
― 優しくしてあげてね ―
「・・・・・」
マリアの最期の言葉だった。
初めてマリアを見たとき、本に出てくる女神なんじゃないかって思ったんだ。
無表情だった俺にまで、綺麗で優しい笑顔を向けてくるから。
夕暮れのアリエル城を眺めていた。
マリアはここに来るのが好きだったな。
こんなにあっけないんだな。人の死って。
マリアの言っていた神様ってどんな奴なんだろう。
綺麗な心の人間の命を容赦なくむしり取っていくんだから、きっとろくでもない奴なんだろうな。
「葬儀をバックレたのか」
「オーディンか・・・」
教会の塀に上っていると、黒い服を着たオーディンが近づいてきた。
「シスターたちが、お前を探してたぞ」
「そ」
「相変わらず可愛げのないガキだな」
「オーディンも、もうこの街出るんだろ?」
「あぁ。出発日を1日伸ばしておいてよかった。マリアにも会えたし、最期まで看取ることもできた。ここへもしばらく帰ってこれなくなるからな」
木の枝を投げながら息をつく。
「父親のいない日が続くけど・・・」
「どうでもいいよ。親父だと思ってないから」
「ははは、そうか」
オーディンが父親ぶるときは、ろくなことがない。
「マリアがお前の母親だったらよかったのにな」
「何もわからないくせに、わかったような口を聞きやがって」
「そうだな・・・・」
オーディンが背を向ける。
「ベラが失くしたものは、マリアが持っていた。どんなに、魔法を研究しても見つからないものだ。あいつが気づくことは、二度とないんだろうな」
「昔の女の名前なんか口にするなよ」
「・・・悪かったよ・・・」
小さく呟いた。
「ヴィル、風邪ひくなよ」
「・・・・・」
オーディンがマントを羽織って、城下町のギルドのほうへ歩いていった。
こちらを振り向くことはなかった。
後で、施設のシスターから、SS級クエストに向かったのだと聞いた。
「マリアが本当にいなくなっちゃうとはね」
「でも、あの子、掃除以外は何もできなかったじゃない。勉強も見てあげられないし、魔法だって回復魔法しか使えない」
「マーリン様があんなに付き添ってたのも、病気があったからなのね。納得したわ。じゃなきゃ、何の力も持たないマリアなんて」
「ほら、子供たちに聞こえちゃうわ。あとは私たちだけで、頑張りましょう」
オーディンがしばらく帰ってこなくなると知ると、シスターたちも急に冷たくなった。
マリアがいないと、同い年の子たちも、ますます露骨に俺を避けた。
本だけだな。裏切らないのは。
マリアの墓は、城下町からかなり離れた、人のいない場所にあった。
リュウグウノハナの近くに、墓標を立てた、質素なものだ。
きっとこうゆう場所のほうが、マリアも眠りやすいだろう。
マリアを失った喪失感は数日たっても消えなかった。むしろ、日に日に増していく。
両親のいなくなった俺にとっては、とても脆く儚い拠り所だった。
施設にいても話しかけてこない、医務室に行ってもいない・・・どこを探してもマリアがいない景色ばかりだ。
現実を突きつけられる。
「マリア・・・どうしていきなりいなくなったんだよ。俺にだって心の準備が必要だった。まだ、話したいことがあったのに・・・」
墓の花瓶にリュウグウノハナを挿しながら言う。
墓標の木にはマリアの付けていた十字架のネックレスが下げられていた。
子供たちからの、おもちゃや、寄せ書きのようなものもある。
みんな、マリアの最期に立ち会わなかったのにな。
「・・・・俺が子供だったから、ずっと黙っていたのか?」
蝶々が木の傍を回ってから飛んでいく。
マリアのことはなるべく思い出さないようにしていた。
コツを掴めば簡単なことだ。
心を閉じ込めれば、苦しくなることもない。
マリアは俺に仲間ができることを望んでいたが・・・。
ギルドに入ったって、俺は勇者の息子としてしか見られないだろう。
マリアが俺の代わりに、生きられればよかったのに。
あんなに、冒険に行きたがっていたからさ。
「じゃあな。また来るよ」
木にぶら下がった十字架にキスをして、墓から離れていく。
誰かを思う心なんて、無いほうが楽だ。きっと、この先も。
どんなに大切にしてたって、いつか、無くなるものなんだから。




