131 11年前の記憶①
― 11年前 アリエル王国 ―
「いってー」
ぼろい部屋の端にうずくまった。
立てかけていた槍が倒れて、足にあたる。
「ヴィル、何度言ったらわかるんだ。盾を作れと言っただろうが。どうして自分の魔力もコントロールできない!?」
「仕方ねぇだろ。暴走するんだよ!」
オーディンが木の棒を思いっきり振り回してきた。
子供だからと言って容赦しないんだよ。こいつは。
「俺は別にギルドに入りたいわけじゃない」
「ギルドはお前に期待するだろう。人の期待に応えられる人間になれ」
「親父が勇者だからだろう!?」
槍を元に戻しながら言う。
「そうだ。お前は勇者の息子だ」
「・・・それが嫌なんだ!」
なりたくてなったわけじゃないのに。
「もうお前も6歳だ。俺がお前くらいのときには、基礎魔法はすべて使えてたぞ」
「知らねぇよ。んなこと」
靴の砂を出しながら、その場に座る。
「全然、帰ってこないくせに、帰ってくるなり魔法を使えだなんて意味わからねぇよ。俺はギルドなんてどうでもいいし、人の期待とかどうでもいい」
「お前な・・・・」
オーディンが何か言いかけると、ドアが開いた。
「勇者様、今日は年に一度の大きなお祭りに呼ばれてるんでしょ? マーリン様が探しておりましたよ」
シスターの服を着たマリアが近づいてきた。
咄嗟に、マリアの後ろに隠れる。
「ヴィル・・・そんな甘ったれだから弱いままなんだよ」
「なんでお前に説教されなきゃいけないんだ。たまにしか来ないくせに」
「はぁ・・・・」
オーディンが頭を掻く。
「まぁまぁ、勇者様も、ヴィルに厳しすぎますよ。ヴィルはまだ6歳、遊び盛りなんですから。ヴィルの場合は・・・本ばかり読んでますけど」
「・・・・・・」
マリアがちらちらこちらを見ながら言う。
「とはいってもな・・・」
「マーリン様に言いますよ。勇者様が全くシスターの話を聞かないって」
「・・わかったわかった・・・・」
マリアに言われると、オーディンが手を挙げていた。
「じゃあ、ヴィル、施設に戻りましょう」
「行かない・・・・まだここにいるよ。どうせ、まだ、魔法ごっこしてるんだろ? 戻りたくない。あ・・・・・」
俯くと、マリアがヒールを唱えてきた。
足の擦り傷がすっと消えていく。
「どうも・・・」
「どういたしまして。得意魔法だから」
「・・・・・」
短いピンクの髪をふんわり揺らして、微笑んだ。
マリアは俺よりも10歳くらい年上の少女だった。
「色気づきやがって。ガキが」
「まだいたのかよ。早く行けよ」
「また! 喧嘩するんだから!」
マリアが腕を組んで息をつく。
「じゃあ、そろそろ出ないとな。マリア、面倒だと思うけど、またそいつをよろしくな」
「もちろんです」
オーディンが家から出ていく。
木のドアがみしみし鳴っていた。
「・・・・・・」
「そんなに拗ねないで。ヴィル、さぁ、行きましょう」
「別に拗ねてない」
ソファーに座りながら、魔道眼鏡の金具をいじっていた。
この家はオーディンの家だが、俺も施設にいるから、ほぼ倉庫みたいになっている。
メリットは、魔法道具と本には不自由しないことだけだな。
「どうしてそんなに魔法が嫌いなの?」
「別に嫌いじゃない。みんなと魔法を使いたくないだけだ」
「どうして?」
「だって・・・俺にとって魔法は、遊びじゃない」
オーディンは、よく俺にそう言い聞かせた。
一人で生きていくための手段なのだと。
そんなこと言われたって、わからないし。
「俺は施設を出たら、ご飯食べれなくなるから、早めに自立しなきゃいけないって」
「施設の子も、みんな一緒でしょ? 一人じゃないわ」
「嫌だよ。あいつらとは馴染めないんだ」
実の母親は、俺を産み捨ててどこかに行った。
魔法の研究に狂って消えたらしい。どうでもいいけどな。
大人はこの話題を俺から遠ざけようとしていた。
「ここで、魔道具を錬金していたほうがいい」
「もう・・・・」
施設には両親が仕事で長らくいなくなっている子どもたちや、両親を亡くしている子供たちが共同で暮らしていた。
みんな、当たり前のように、ギルドに入りたいと思っている。
不思議でしょうがなかった。
ギルド内での馴れ合いの何が楽しいのか。
「マリアは戻ってていいよ。夕食の支度があるだろ?」
「それは、ほかのシスターに頼んでいるから・・・あ・・・」
「ん?」
ネジを回して、魔道眼鏡を起動する。
「一緒に城下町に行きましょうか。さっき、勇者様も行ったでしょ? 今日は勇者様ご一行が国王のもとを訪れるから、城下町も賑わってるのよ」
「ますます行きたくない。わっ」
「そんな子供っぽいことばかり言わないの」
マリアが手を握ってきた。
「子供なんだって」
「そうだったね。行きましょ」
「・・・・・」
強引に引っ張られて、しぶしぶ魔道眼鏡を置いた。
マリアも幼いころ、施設で育ったらしい。
両親ともに、魔物討伐の帰り道、崖から転落して無くなったのだと言う。
ギルドに入ることを希望していたけど、病弱なマリアは旅に出ること自体難しい。
すぐに諦めなければいけなかった。
今は、シスターとして、身寄りのない施設の子供たちの世話をしていた。
「ほら、ここからならよく見えるでしょ?」
教会を囲む塀に座って、人だかりを眺める。
「・・・あんなに集まって何が楽しいんだろう」
「勇者様は希望だもの。この国にとって・・・数多くのダンジョンを攻略して、アークエル地方、アリエル王国の」
「わかってるよ。領土を広げたんだろ?」
退屈な話だった。
「誇らしいことなのよ。城のほうを見ている人たちも、みんな勇者様たちを見るために集まってるんだから」
「その、名誉のために親父は俺を捨てたんだ」
「違うわ」
マリアがぴしゃりと言う。
「勇者様はヴィルのことをちゃんと思ってる」
「どうしてそう思うんだ?」
「そう思ったほうが楽でしょ?」
「は?」
からかうように、笑いかけてくる。
「ほら、子供は難しいこと考えないの。まだ機嫌が悪いの? あ、わかった。他に痛いところがあるんでしょ? やせ我慢しないで、治してあげるから」
「ないって。子ども扱いするな」
「だって子供でしょ。大丈夫、大丈夫」
マリアが髪をぐしゃぐしゃ撫でてきた。
「ごほっ・・ごほっ・・」
「大丈夫か!?」
急に、苦しそうに胸に手を当てていた。
「はぁ・・・ごめん、ごめん。ちょっと咽ただけだから」
「もう、いいよ。王国にも勇者にも興味ないし、早く帰ろう。施設まで送っていってやる」
「問題ないわ。落ち着いた・・・から」
深呼吸して、自分にヒールをかけていた。
マリアにとって回復魔法は、自分の体調を維持する魔法でもあった。
『ヒール』
マリアの背中に回復魔法をあてる。
「誰かにやってもらうよりいいだろ?」
「え? ヴィル、魔法を使えたの?」
「これだけ覚えた。よくマリアが使ってるからな」
「っ・・・・・」
「な、なんだよ」
口をむずむず動かしていた。
「ヴィルー。可愛い」
「わー、抱きつくな」
抱きついてこようとするマリアを避ける。
「あわわ・・・」
「危ない」
勢いあまって落ちそうになっていたから、慌てて引き上げた。
「ありがと。意外と力あるんだね」
「何やってるんだよ。どっちが年上かわからないじゃん」
「はは、ごめんごめん。あ、勇者様が出てきたよ」
「・・・・・・・」
マリアが指さす先に・・・。
青いマントを羽織ったオーディンが、城門の前に立っていた。
歓声は遠く離れたこちらまで聞こえてくる。
「あいつ、何してんの?」
「お城の方が出てくるのを待っているの。今回も、難攻不落なダンジョン、えっと、なんとかってダンジョンを攻略してきたのよ。功績を称えて、あんなふうに・・・」
「わかった。もういい」
「そっか。もう少しだけ、見ていきましょ。ヴィルと外に出るの久しぶりだもの」
「しょうがないな」
あの姿をするオーディンが一番嫌いだ。
俺がこの世にいないかのように振舞っている。
あいつにとって、俺はいないも同然なんだろうがな。
「マリアは親父が勇者だから、こんなに俺に構うのか?」
「ふふ、変なこと言うんだから。神様に誓って、そんなことはないわ」
「・・・・・神様って・・・」
マリアが楽しそうに遠くのほうを見つめていた。
マリアは花のように笑う。
雪と見間違えるほど、真っ白で美しい、リュウグウノハナのように・・・・。
「ん? どうしたの?」
「そんな見えないものに誓うなよ」
後ろに手をついて座り直す。
騒がしい城の方を、ぼうっと眺めていた。




