126 アリエル城⑩
「ふぅ・・・・ちょっと、動揺しちゃったわ」
「・・・・・・・」
ちょっとどころじゃなかったけどな。
しばらくして、冷静になったアイリスが咳払いしていた。
「で、何しようとしてたんだ?」
「えっと、挨拶にって思ったけど、後でもいいかな?」
「ねぇ、アイリス様。ちょっといい?」
エヴァンがアイリスに近づいていく。
「どうして十戒軍といるの? 王国はいつ十戒軍を入れたの?」
「アリエル王国の兵士の一部は、最初から十戒軍。明かしてないだけ」
「じゃあ・・・・・・」
「もう命は狙われていない。心配しないで」
髪を耳にかけながら言う。
「私は今度こそ失敗するわけにはいかない」
「アイリス様・・・君は・・・」
「・・・・・・・・」
「とにかく話は後だ。俺と来い」
アイリスの手首をつかむ。
ドクン・・・
「!?」
手から右肘にかけて、うずくように、大きく脈を打った。
はっとしてアイリスから手を放す。
「魔王ヴィル様、どうしたの?」
「・・・・何でもない」
「?」
右腕を触りながら離れた。
今、確かに魔力が・・・。
「ヴィル、行きましょう」
サタニアがすっと前に入ってくる。
「じゃあ、私たち、先に聖堂に行ってるわ。聖女アイリス、またあとで」
「えぇ・・・うん・・・」
サタニアに押されるようにして、その場から離れていく。
「すぐ、デレデレするんだから。連れていくのか連れていかないのかはっきりしなさいよ」
「してないって」
「よりにもよって、私の前でイチャイチャするなんて。ずっと、入っていくの我慢してたんだからね」
サタニアが頬を膨らませながら、こちらを見上げてくる。
サタニアはアイリスとのことになると、特に機嫌が悪くなるな。
「・・・・・・・・・」
腕をさする。
あの、アイリスに触れたときに腕に感じたものはなんだったんだ?
得たいの知れない力が溢れ出るような感覚だ。
結界に触れた感覚とも違う・・・なんだ?
「んなことより、いいのか? アイリスにお前のことを明かさなくても」
「え・・・・・・」
「アイリスがこの世界のことを教えたんだろ?」
「いいわ。私はもう、サタニアなんだから。七海だった頃の私は、消えたの」
視線を逸らして、髪を後ろに流した。
聖堂に入ると、中は色とりどりの花が溢れていた。
天井のガラスからは、太陽光が降り注いでいる。
「いらした方から、前のほうに座ってください」
大勢の人に紛れて、俺たちが魔族だと疑う人間もいなかった。
初めて異世界住人が来たとき、眠っていた人たちが、てきぱきと働いている。
押されるがまま座った場所で、異世界住人が出てくるのを待っていた。
「ヴィルが魔王だってこと、知らない奴らばかりなんだろうな。それどころか、俺のことまで知らないようだし」
エヴァンが皿から果物を取って食べている。
「よく食べれるね。毒があるかもしれないのよ」
「フルステータス転生の俺には毒も効かないしね」
「あ、そ」
サタニアがツンとする。
「リョクは連れてこなくてよかったのか?」
「アエルといたほうが安全だしな。今もその辺にいるんだろう」
適当にひと気のない場所を指した。
「リョクは天使だと思うか?」
「・・・わからない・・・」
エヴァンがぼうっとしていた。
「ねぇ、見て。異世界住人ってなんで男ばっかなのかしら?」
「ん?」
「だって、見て、あの中央のあたりが異世界住人の席でしょ? 20席くらいあるのに、傍にいるのはエロい恰好した女の子ばかり」
サタニアが相当機嫌が悪かった。
言われてみれば、露出の高い服を着た少女が多い気がしたが・・・。
メイドの服を着た子もちらほらいた。
「どうなんだろうな? 異世界に来たがってるのが男ばかりとか? いや、ギャルゲーやエロゲじゃあるまいし」
「この世界はゲームなんかじゃないのに。なんだか腹が立つわ」
「サタニア、随分機嫌が悪いね」
エヴァンがブドウを食べながら言う。
「あまりカリカリしてると、ヴィルに嫌われるよ」
「そ・・・そんなの気にしてないもん。私は私よ」
「サタニアとアイリス様だったら、俺はサタニアを推しておくよ。立ち回り下手すぎて、気の毒になってきた」
「・・・・馬鹿にして・・・」
サタニアが急にしおらしくなって、椅子に深々と座り直していた。
右手を握ったり離したりしながら感触を確かめていた。
あの感覚は、もうどこにも残っていなかった。
考えすぎだろうか・・・?
「あれ、ユウスケじゃない?」
「本当だ。異世界住人か、随分集まってきたな」
異世界住人らしき人たちが、聖堂に入ってくる。
一見すると、異世界から来た者に、こっちの人間と大きな違いはなかった。
でも、発する魔力が違う。
この世界にはない、何かを感じた。
「へぇ・・・剣士に魔導士? あとは装備品がないからよくわからないけど」
「姿は、ほとんど、こっちの住人と変わらないみたいね。アバターだからか、かなり美形に作られてる」
「サタニアってそうゆうのが好みなの?」
「いちいち私にあてはめないでくれない?」
サタニアとエヴァンが前のめりになっていた。
中央の席が次々埋まっていく。
少女たちが頭を下げながら案内していた。
クーリエがこちらを見つけると、すっと駆け寄ってきた。
「魔王ご一行様、そちらでは様子が見にくいかと思いますので、もう少し前のほうにお願いします」
「・・・あぁ・・・」
言われるがまま、立ち上がった。
「なんでそんなに俺たちに構うんだよ」
「とても大事なお客様なので。アース族の方々にとって」
「お客様ねぇ」
サタニアがじとーっととした視線をクーリエに向けていた。
「クーリエって十戒軍でしょ?」
「はい。アース族とパーティーを組む場合は、後方支援に回るつもりです。こちらにお願いします。貴方たちの存在を、アース族に知ってもらいたいので」
クーリエが人をよけながら、前を歩く。
「アバターの調子はどう?」
「あぁ、かなりいいよ。食べ物の味もするし、おなかも膨れる。完全に転移してきたって感じだ」
「こっちの魚のパイ包みもとっても美味しいの。食べてみて」
「ありがとう」
異世界住人とこっちの人間の交流会のようになっていた。
明らかに、結婚式がメインじゃないな。
「ねぇ、ここにいる十戒軍って何してるの?」
「アース族のサポートですね。そのように、テラ様から言われてるので」
「テラねぇ」
「私は光栄ですよ。もともと捨てられた身、十戒軍に拾われなかったら今の私はないのですから」
「ふうん」
エヴァンが興味なさそうに足を伸ばしていた。
「なぁ、クーリエ、異世界転移とやらは上手くいってるの?」
「はい、もちろんです。異世界住人の方々も皆様、五感すべての感覚は確認済み。転移は順調だと、テラ様から聞いております」
「確認・・・って?」
サタニアが顔を真っ赤にして頬を仰いだ。
「確認は確認です。どんなふうにしたのかは、ご想像にお任せしますけど」
クーリエは何でもないそぶりをしている。
サタニアがからかわれているようにしか見えなかった。
「こちらが皆様の席です」
2列目に案内される。
「ピュイア様、聖女アイリス、アース族の方々もよく見えることでしょう」
「こんな前のほうの席で・・・何かいかがわしいことが起こったらどうしよう」
「いかがわしいって。一応結婚式なんだから、ありえないだろ」
「い、異世界住人なら、何を起こすかわからないわ。あいつら、みんなゲーム感覚で入ってきてるんだから。いつでもリセットできると思ってるんでしょ」
サタニアが頬を手で覆ったまま、異世界住人を監視してる。
「でも、私は、ヴィルがいるから大丈夫。平常心よ」
「俺だってリョクがいるからね」
「お前ら・・・・」
サタニアとエヴァンが、異世界住人の空気にやられている。
「おーい!!」
ユウスケがクーリエに手を振っていた。
「クーリエ、俺の近くにおいでよ。一緒に行動するだろ?」
「はい、ご主人様」
クーリエがユウスケのほうへ駆け寄っていった。
「ねぇ、クーリエって、誰かに操られてるんだと思う?」
「絶対自発的よ。あんなの」
「君の主観は聞いてないって」
サタニアが顔を覆って、プルプル首を振っていた。
「こ、こんなところではおやめください。駄目ですよ」
異世界住人の一人が、少女のスカートをめくろうとしていた。
「いいじゃん。さっき時間がなかったから、まだ感覚が確かじゃないんだよ」
「それは・・・そうなのですけど。ここでは恥ずかしいので」
「じゃあ、こうやって、少し場所を移動しよう。まだ、時間があるんだろう?」
「あっ・・・で、では、少しだけですよ」
少女を抱きかかえて、端のほうに行くのが見えた。
十戒軍のローブを羽織った少女が、異世界住人の相手をしていた。
「やりたい放題だね。無法地帯って感じだ。これだから、向こうの人間が来るのは嫌なんだよ」
「欲望のままって感じだな」
「魔族よりもね」
異世界住人は男しかいないようだ。
必ず、顔立ちの整った少女が2,3人ついて回っている。
俺の想像している十戒軍とは、だいぶかけ離れてるな。
戦闘要員は別にいるのか?
「あっちでもいちゃいちゃしてる・・・この世界をエロゲだと思ってない?」
「欲望のはけ口みたいなもんなんだろうね」
「最悪。こっちの人間なんて、あいつらにとってはゲームの登場人物くらいにしか思えないのよ。一応結婚式なのに、何やってるのかしら」
「肝心の結婚式は、いつ始まるんだろう。もう、なくてよくない?」
エヴァンが呆れたように言う。
「・・・・・・・・・」
異世界住人のいる空気は、違和感があった。
微妙なズレのようなものを感じる。
「アリエル王国はこれから皆さんと作り上げるんです。頑張りましょうね。この料理はアリエル王国の野菜を使用していて・・・」
少女たちが、異世界住人に一生懸命、この世界のことを説明していた。
真剣に聞いている者もいれば、きょろきょろしている者もいる。
アイリスの姿は・・・まだ見当たらないな。
異世界住人は集まってきているのに。
「はぁ・・・。人間もあんなのばかりだし・・・俺も魔族がいいような気がする。ヴィル、俺も魔族に入れてくれない?」
「好きにしろよ。今更」
「え、マジで? 俺、魔族でいいの?」
エヴァンが一瞬驚いたような顔をした。
「認めるよ。魔王が認めるならいいんじゃないか?」
「はは、そうだね。了解ー。俺もこれで堂々とリョクちゃんに魔族だって言えるよ」
軽い感じで言いながら、背もたれに寄りかかっていた。
 




