123 アリエル城⑦
城の屋根に座って、誰もいない城下町を見下ろしていた。
月明かりに向かって、息をつく。
城下町から食料や水を取ってきて、6日間を過ごしていた。
十戒軍や城の者は城の聖堂付近の敷地内から出ていないらしい。
城の一室に泊まっていたが、人影一つ見当たらなかった。
異世界住人をもてなす準備をしているのだという。
「ヴィル、こんなところにいたのですね」
「少し夜風にあたってたんだ」
アエルがすっと横に立つ。
「サタニアがずっと探していましたよ」
「すぐ戻るよ」
「何か考え事ですか?」
「まぁな」
近くの小石を投げる。
確か、この屋根は、俺がアイリスをさらったときの場所だ。
あのときは、まだ俺も魔王になったばかりで・・・。
確か本当は王女をさらいたくて来たんじゃないんだよな。
回復魔法を使える者を探しに来たんだ。
アイリスが勝手についてきたんだったな。
考えてみれば、アイリスはあの時からどこか普通の人間と違っていた。
「私の勝手な思い込みですが・・・」
「ん?」
「アイリスはヴィルのことを愛してると思いますよ」
「は・・・?」
靴を滑り落としそうになった。
「わかりませんか?」
「・・・俺には愛がわからないからな」
後ろに手を付いた。
さらさらと砂が落ちていく。
「アエルはわかるのか?」
「わかりますよ。誰かのために、手を伸ばしたい気持ちを押し込める。そうゆうのを愛というんじゃないですか? 」
アエルが黒い羽根を伸ばして、さっと消した。
羽根がひらひらと落ちてくる。
「こうすれば、私だって表面的には人間みたいでしょう?」
「魔力が違うからな。人間じゃないだろ」
「あはは、そうでした」
アエルが遠くを見つめる。
「・・・じゃあ、どうして、アイリスは俺についてこなかったんだ?」
「ヴィルは、貴方が思っている以上に、幸せそうに見えるんですよ。そうゆうの、女性は悟りますよ。覚えておいたほうがいいです」
「・・・・・・・・」
小石を遠くのほうまで投げる。
池にぽちゃんと落ちる音が聞こえた。
「つか、お前、堕天使だろ? よく、愛なんて口にするな」
「これでも、私、元天使ですから。愛については・・・そうですね。少なくともテラよりは知っていると自負しております」
抜け殻のようになったアリエル城下町を見下ろして、軽く笑い飛ばしていた。
「ヴィル」
部屋に戻ると、窓辺にいたサタニアが近づいてきた。
「エヴァンとリョクはどうした?」
「リョクはもう寝てるわ。ほら」
リョクが端のほうのベッドで、毛皮にくるまって寝ていた。
「エヴァンは今日もどこかに行ったのか」
「そうね。エヴァンはアリエル王国騎士団長だし、何かあるんじゃない?」
エヴァンは時々姿を消すことがあった。
詮索はしないけどな。
「ヴィルと二人きりの夜ね」
「リョクがいるだろうが」
「でも、寝てるから大丈夫」
背伸びをして、唇を重ねてくる。
舌を入れてくると、一瞬毒が入って、脳がふわっとなった。
「ふふ、最近は誰ともエッチしてない」
「記憶を読むなって」
「チェックしてるだけよ」
サタニアが少し頬を上げる。
「そうだ。お前が異世界のゲームでやったシチュってのはどうゆうのなんだ?」
「えっ!?」
急に体を後ろにやった。
「な・・・どうして、そんなこと・・・」
「エヴァンとお前がよく話してただろ? ゲームとか、エロゲとかアニメとか、深夜配信とか、何のことだよ。異世界の用語の意味がさっぱりわからないな」
「でも、ヴィルもゲームならしたことあるんでしょ?」
「シブヤクエストでな。ただ棒を振り回すだけで、何が楽しいのかわからないゲームだったよ。お前らがそんなに反応するようなものじゃない」
「は、反応って」
「戸惑ってるだろ? 今・・・」
赤い唇をふるふるさせながら、椅子に座った。
「じゃあ・・・真似するだけだからね」
「あぁ」
「あくまで、ヴィルに教えるためだから」
「わかったって」
ちょっと咳ばらいをして、髪を後ろに流した。
「・・・魔王ヴィル様・・・こちらにいらしてください」
「・・・・・」
「さぁ・・・・」
別人のような仕草と声で話す。
控え目なところは、どこか七海と重なるようで・・・。
「目を閉じて。少しお待ちくださいね」
言われたとおりに目をつぶる。しゅるっと服のこすれるような音がした。
「準備が整いましたので、目を開けてください」
「え・・・?」
サタニアがつぶらな瞳を、潤ませる。
「魔王ヴィル様、私は元魔王のサタニアです。貴方にお仕えする身、どうかお好きなようにしてください。私も、それが一番の喜びです」
アメジストのような瞳が星のようにきらきらしていた。
「あ・・・もっと触れてください。魔王ヴィル様、大好きです」
「ゲームのシチュとやらか?」
「そ、そうよ・・・あ・・・」
サタニアを抱きかかえてベッドに運ぶ。
手首を掴んで、押さえつけた。
「ヴィル!」
「続けろ」
「でも、これじゃ・・・・・」
「命令だ。続けろ」
「・・・・・・・」
紫の髪が、シーツに広がっている。
「あ・・・はしたない私をお許しください。魔王ヴィル様」
首筋に唇を押し付けると、ぴくっと動いていた。
「・・・魔王ヴィル様、そんなにたくさん・・・」
「何もしてないだろ」
「異世界のゲームではそう言うから言ってみたの」
いたずらっぽく笑って、頬を撫でてくる。少しだけ震えていた。
「じゃあ、まだ続けてろよ」
「っ・・・・・魔王ヴィル様・・・好き・・・」
サタニアの体は小さくて熱かった。
下手な演技を聞いていたら、夜が更けていった。
「俺たちは聖堂内での結婚式に真っすぐ向かえばいいってことか」
「そうです。異世界住人がいるでしょうが、彼らの動向を見つつ、慎重にアイリスを連れ出すのです。成功するかはわかりませんがね」
アエルがぱぱっと周囲を見る。
「で、今度はどうしたんでしょうか?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
サタニアはあからさまにアエルから離れたところにいた。
エヴァンとリョクにも、少し距離がある気がした。
リョクに近づいていく。
「リョク、どうした? エヴァンと喧嘩でもしたのか?」
「あ、魔王ヴィル様。いえ、僕は何でもないです。でも、エヴァンが・・・・」
言いながらエヴァンのほうを見る。
エヴァンは寝不足なのか、集中力が切れているのか、ぼうっとしていた。
「エヴァンが人間だって思ったわけじゃないですよ。エヴァンはちゃんと、ドラゴンなので!」
「そうか・・・」
リョクは嘘はつけないよな。
でも、悪いように思っているわけではないようだし、いいか。
「僕、どこかでエヴァンを・・・」
「ん?」
「ねぇ、これから、聖堂に向かえばいいんでしょ? 結婚式・・・があるから」
サタニアが割り込んできて、エヴァンとリョクに話しかける。
「そんな感じだね」
「僕は、アエルと待っている予定です。一応・・・」
「ちょっと、散策しながら行きたいから、各々で向かいましょ。聖堂に行くまでに危険なところはない、と思うし」
「オーケー。じゃあ、俺もそれに賛成。ふわぁ・・・ねむ」
「ぼぼ、僕も賛成です。僕は歩くのゆっくりなのですけど。あ、僕、アエルと待ってるのか。忘れてました」
「・・・・・・」
3人そろってふわふわした感じだ。
大丈夫なのか?
「はははは、実に愉快なパーティーですね」
「・・・・だよな、俺も常日頃からそう思ってるよ」
頭を掻く。
「ところで、サタニアは非処女になったんですね」
「!!」
アエルがこそっと話しかけてきた。
「どこでそれを・・・」
「香りが変わったのですよ。いいなぁ、ヴィルは」
「サタニアが好きなのか?」
「好きですよ。でも、サタニアの幸せが一番ですから。アイリスばかりじゃなく、ちゃんとサタニアも大切にしてくださいね」
「?」
アエルが長い瞬きをして体を伸ばした。
「はい、この話は終わりです」
サタニアと目が合った。
「・・・・えっと・・・私はこっちから行くから。じゃ!」
逃げるように反対側を指して、軽く飛んで行った。
「・・・・・・・」
「はははは、魔王業も大変そうですね」
サタニアとは、しばらくまともに話せなかった。
話しかけても、ずっと、髪で顔を隠しているし。
どうも、恥ずかしいらしい。
異世界のエロゲのシチュか・・・。
でも、エヴァンとサタニアが話していた言葉も内容も、なんとなく理解できた。




