121 アリエル城⑤
「し、知らない、あそこにはテラ様しか行けない」
「その怯え方だと、ロバート、君の体は脆いみたいだね」
「・・・・っ・・・」
ロバートが十戒軍に目配せすると、エヴァンがロバートの腕を掴んだ。
「うっ・・・」
「痛い? このまま握りつぶすことも、殺すことも可能だ。王子は少し世間を知らなすぎるようだ。そこの、兵士が、俺たちに敵うわけないだろ?」
「・・・エヴァン王国騎士団長・・・・」
「元ね。ま、一応何もしないでおいてやるよ」
エヴァンがぱっと離すと、ロバートが腕を押さえて下がった。
「ロバート様!」
「国王、王妃はどうしたんだ?」
「国外に・・・いる」
「ふうん。この国を捨てたってことね。まぁ、十戒軍とか聞こえてきた時点で、逃げるのは得策だよね」
「違う! 俺に任せたんだ。この国を」
ロバートがむきになって言い返していた。
「お前が全て仕組んだのか?」
「違う、神だ。神が現れたから、指示に従ったんだ」
「神?」
エヴァンが不気味に微笑んだ。
「はは。この世界に本物の神がいるとしたら、気まぐれだからね。君らのところには現れないよ」
ドドドドーン
「!?」
いきなり稲妻が床に落ちる。
素早く飛び上がって避けていった。サタニアとエヴァンがくるっと回って、着地する。
寝ている人間たちは一切目を覚まさなかった。
「何?」
サタニアが髪を後ろに流して、魔女の剣を構える。
落雷の光が無くなると、テラが真ん中に立っていた。
『さっきは、いいところに来たね、ヴィル。異世界住人・・・アース族のみんなも、喜んでくれたよ。来週の本格転移前にもう一度来たいって人もいてね。どうしようか迷ってるくらいだ』
テラの姿は不思議だった。
長いローブを着ていて、角度によっては老人にも青年にも見える。
サタニアは異世界の技術なら、可能だと話していた。
こっちで神を演じるために、姿を変えているのだろう。
「アイリスをどうするつもりだ?」
「彼女は導きの聖女だ。魔王には関係ない」
「王女じゃなかったのか? いつから導きの聖女になったんだ?」
ロバートのほうを見る。
「へぇ・・・魔族の王がそんなに妹に入れ込むとは」
「違うわ。ヴィルはあくまで魔族の復興のためだから。勘違いしないで!」
サタニアが剣の先をロバートに向ける。
「!!」
「余計なこと言うと、首を落とすから」
「っ・・・・・」
『まぁまぁ、異世界住人に紹介したからには、ヴィルにも少し話しておいたほうが良さそうだね』
― 奪牙鎖―
カチャン
テラに鎖を伸ばしたが、するりと落ちた。
やはり効かないか。
『悪いね。見ての通り私の実体はここにないんだよ。この世界にもルールがあるらしい。でも、アバターを転移させるのは、もうすぐ可能だ』
手を翳かざして、近くの椅子に透かして見せた。
「・・・・・・・・」
『まずは、バグが・・・いや、アイリスが導きの聖女になったことから説明しようか。簡単だ。ヴィル、お前の飛び込んだ泉にアイリスを入れたんだよ』
「!?」
『君が人間から魔王になったように、アイリスも自分を取り戻したんだ。完全にね。あの泉はそうゆう泉、君の・・・あぁ、これはいいや』
テラがローブを後ろにやった。
『彼女は導きの聖女となり、アース族の案内人となる重要な役目を担っている。そうだな・・・彼女ならダンジョンも何度も通ってるし、ちょうどいいんだろう。君のおかげだね』
「お前・・・・・」
殺気立つ。
魔王の剣がバチバチ鳴っていた。
実体があれば、八つ裂きにしていたものを。
「ダンジョンは、ほとんど人間が支配してたはずよ。ダンジョン攻略なんてする必要ないんじゃないかしら?」
『元魔王のサタニア、アリエル王国の人間は消えたんだよ。ギルドも無くなったから当然、アリエル王国が制覇したダンジョンは全て魔族のものになっている。おめでとう』
「は?」
「・・・・・嬉しくない話だな」
こんな形で、ダンジョンが魔族のものになるとは。
『ん? 不満かな? まぁ、新しいアリエル王国の住人アース族がゆっくりと攻略するよ』
「随分、期待を持ってるんだな。あいつらに」
『期待? 彼らに期待を持っているというより、この世界に期待しているんだよ。この世界は希望そのものだ』
テラが両手を広げて、周りを見渡しながら言う。
「あれだけの人間を消しておいて、よく言えるわね」
『どの世界でも、大いなる変革に犠牲はつきものだ』
「・・・・・・・」
テラはこっちの世界の人間の味方でも、魔族の味方でもないのか。
何なんだ。この得体のしれない感覚は。
これが異世界がねじりこんでくる感覚なのか。
「ヴィル、あれ、さっきの子でしょ?」
「?」
サタニアが耳打ちしてくる。
一人の少女がテラに近づいて行った。
「あの・・テラ様、私、異世界の方たちともっとお話ししたくて・・・」
少女が祈るように手を組む。
なぜか恐怖は無くなっているようだった。
目をキラキラさせながら、手を組んでいる。
「異世界・・・なんて刺激的な時間だったのでしょう・・・」
『よかったね。彼らにも伝えておくよ』
「テラ様。い、異世界の方々はいついらっしゃるのでしょうか? 早くお会いしたいのです」
『1週間後だよ。それまでに、色々と準備しておくようにね』
「はい。ぜひこの世界に興味を持ってもらえるよう、頑張ります」
ゆっくりとお辞儀をしてから、十戒軍に連れられて離れていった。
十戒軍と何か楽しそうに話しているのが見える。
「あんなエロい目で見られてたのに。はっ、もしかして何か飲まされてたとか?」
「エロゲの見過ぎだ」
「うるさいわね。どうしてエヴァンはそんな冷静なの?」
「俺はエロゲもアニメも制覇してきたし、こうゆうシチュも飽きてるんだよ。リョクがいる今の状況のほうが理想だからね」
エヴァンとサタニアがまた、わけわからないことを話している。
こいつらが、異世界から来たって広まるのも時間の問題かもな。
『後は何か質問はあるかな?』
「俺から一つ。お前は異世界の人間? こっちの世界の人間? それとも・・・・」
エヴァンが急に大声を出す。
「人工知能か・・・?」
「人工知能?」
聞きなれない言葉だった。
「・・・・・」
サタニアは知っているようだった。
『ははは、人工知能か。よく知ってるね・・・そっちのほうがよかったってことかな?』
「個人的にはね」
『残念だけど、人工知能ではないな。まぁ、こっちの世界では、人間の方がまだ上だ』
「・・・・・・」
『まだ、ね』
テラが意味深に言う。
『そうだ! 重要なことを教えてあげよう。異世界住人が君たちと違うところは、異世界で肉体を失った、エヴァンやサタニアと違い、私には向こうに肉体があるといことだよ。これから来るアース族もね』
「知ってるわ・・・・」
「見てればわかるでしょ」
『でも、アバターは完全に感覚を同期させる。ここで衣食住ができるってことだ。異世界転移と変わらないだろ?』
エヴァンとサタニアが表情を曇らせる。
「それは・・・」
聞き返そうとしたとき、黒い翼がばさっと現れた。
「!!」
「貴方、私の姿が見えますか?」
堕天使アエルが一番近くにいた兵士に話しかけていた。
「あ・・・」
「見えますか? 見えませんか」
「見え・・ます」
兵士がおどおどしながら答える。
「そうですか、よかったよかった。大勢の前に顔を出すのは久しぶりで、緊張してしまいましたよ。あ、寝てましたね」
『天使アリエルか・・・?』
「堕天使アエルですよ。残念でした」
アエルを見ると、明らかにテラの表情が変わった。
「お話を聞く限り、異世界住人が来るのは1週間後の結婚式なんですよね? えっと、サンフォルン王国の方とピュイア? あぁ、ピュイア、お会いしたことありませんでしたね」
『・・・いつからいたんだ?』
眉をぴくっと上げていた。
「楽しい異世界転移の練習を見ていました。では、この者たちは連れていきますね」
『アエル・・・何しに来た?』
「彼らは、貴方のおもちゃにされたくないので」
アエルの翼が俺とエヴァンとサタニアを包み込んだ。
「うわっ」
視界が真っ黒に覆われる。
『堕天使が』
「得体のしれない神よりマシです。何を企んでいるのかは知りませんけどね」
アエルの翼の中は温かかった。身動きは・・・取れないな。
網で捕らえられたときのような感覚だ。
「逃がすな、攻撃しろ」
ロバートの叫ぶ声がした。
「奴は、堕天使だ。何の加護もない、恐れるな。早く」
十戒軍の兵士たちが撃ってくる魔法を、翼が全て吸収していた。
「くくく、貴方たちのせいで堕天したのです。アリエル王国に住む貴方たちがそんな馬鹿だから」
アエルがため息混じりに言うと、ぶわっと風を起こしていた。
目を覚ました人間たちの声が聞こえる。
「また、お会いしましょう。結婚式には参列させていただきますから」
「っ・・・・」
ふわっと浮き上がる。
「きゃっ」
サタニアが暗闇の中で、しがみついてきた。




