117 アリエル城①
城門まで来ても、人間らしき姿は見当たらない。
さっきの集団も含めて、全員、城の中にいるってことだな。
「エヴァン、フードを被らなくていいのか?」
「いいよ。この感じだと、俺の部下だった者たちもほとんど消されただろうし」
アリエル王国の紋章の入った剣を抜いていた。
「さすがに、ここまでやられると穏やかではないよね。一部の人間以外はごみ扱いされたってことだろ? 残った人間は、何の力を使ったのか知らないけど、どれだけえらいんだろうな」
「人間ってそうゆうものじゃない? 今更でしょ?」
「あぁ、だからいい。そんな判断する奴らに、何も隠す必要はないよ。正面から切り込むつもりだ」
エヴァンがサタニアの言葉に、土を蹴る。
魔力の高まりを押さえられなくなっていた。
「エヴァン・・・・? どうしたんだ?」
リョクが不思議そうに首を傾げていた。
「・・・リョクはアエルと居てくれ」
「え? でも、エヴァンが行くなら僕も・・・」
「アエル、頼むよ」
「いいですよ。私はサタニアといたいのですが、リョクは同族に近いですしね。私の代わりに、人間たちとの戯れ、楽しんできてくださいね。期待していますから」
アエルがリョクの肩に手をやった。
「リョクに何もするなよ」
「この子に興味はありません」
きっぱりと言うと、エヴァンが少し複雑そうな表情を浮かべて、剣を持ち直していた。
― 魔王の剣―
剣を握り締める。
アリエル城に来たのは、アイリスをさらって以来だな。
噴水のある庭園に薔薇の花。
城の壁には、細やかな装飾が施されている。
人間がほぼいない王国には、不気味すぎる城だ。
「えっ? ちょっと、正面から行くの?」
サタニアが城を目の前にして、怖気づいていた。
「怖かったら、リョクと一緒にいろよ」
「怖いなんて、一言も言ってないでしょ。人間ごときで、私が怖がるわけないじゃない。少しだけ心配しただけよ」
サタニアがちょっと震えながら一歩下がっていた。
どうしてこんなに臆病なんだか。
バァンッ
木の扉を蹴破った。
「誰だ!?」
いかつい兵士が太い声を上げた。見張りか。
エヴァンが素早く後ろに回って、男に剣を突き付ける。
「くっ・・・」
「久しぶりじゃん。ジン、どうしたの? 出世したの?」
「・・・・・団長エヴァン」
「ジン様!!」
「危ないっ」
近づこうとしてきた人間3人に手を向ける。
― 奪牙鎖―
「うわっ・・・」
奪牙鎖で空中に縛り上げた。
「こ、これは?」
「力が入らない・・・ま、魔力が、吸われて・・・」
しゃべれる程度の力は残していた。
後で、情報を吐いてもらうつもりだ。
「お前はもしかして、ま・・・魔王サタニアなの? どうして、ここに?」
「私は魔王じゃない。今は、魔王の椅子をヴィルに譲ってるの。あと気安く名前を呼ばないで」
サタニアが魔女の剣の刃先を、女剣士の頬に突き付ける。
「どうして人間はサタニアが魔王だって知ってるんだ?」
「私もこの時間軸の過去に、自分が何をしたのかなんて知らないわ。気味悪いことに、たまに知っている人間がいるのよね」
「遊びに来た感じじゃなさそうだね」
「何していたのかしら。自分でも怖いわ」
サタニアが言いながら、剣の先まで魔力を込めていた。
少しでも触れれば、死ぬだろう。
「さ・・・サタニア・・・・」
女剣士が恐怖に顔を歪ませていた。
「王国騎士団長エヴァン・・・魔族に寝返ったのか? 裏切ったな? 所詮、子供・・・少し魔力があるくらいで過大評価されて、調子に乗ってたんだろ」
「は?」
「ずっと思ってたのに黙ってたんだよ。こんなガキに指示されるなんて、みんな嫌だったに決まってるだろ。部下ともども、消えればよかったのに」
「頭おかしいの? よくこの状況で、そんなことを言えるね」
エヴァンがジンの胸に刃を付けた。
「余計なこと言うと、殺すから。俺の実力、わかってるだろ?」
「っ・・・・・・・」
「まず、俺の部下はどうした?」
「・・・さっき言っただろ? 全員、消された。お前も消されたものだと思っていた」
「へぇ・・・・」
「お、俺は王国の兵士だ。王国の指示に従って、選ばれた住民を残したまでだ。なんだよその目は。人間を裏切って、魔族に付いたのはお前のほうだろ・・・? お前に俺を責める権利なんて」
「権利なんていらないだろ、クズを殺すのに。俺の前で何を裁こうとしてんの?」
エヴァンが指を動かす。
― 黒雷帝―
パァン
エヴァンが唱えると、剣に稲妻が走った。
ジンの肉体を一瞬にして焼ききっていた。
「確かに俺は人間が嫌いだけどさ・・・」
唖然としていた、人間たちが歯をカタカタさせながら、エヴァンのほうを見る。
「え・・エヴァン様・・・・」
「部下を消されたことを正当化されるってなると、穏やかじゃないよな。別にそんな思い入れなくてもさ。お前らだって、こいつと同じことを考えて、動いてたんだろ?」
「・・・・・」
「何も言えないか。そりゃそうだよな」
黙ったまま、体を震わせていた。
「ヴィルのこの魔法の前では嘘つけないんだっけ? 便利だね、ちょっと借りるよ」
「あぁ」
牙奪鎖を握って、雷を流していた。
ボウッ
悲鳴を上げる間もなく、3人が焼かれていく。
「いつの間に魔族の魔法なんて覚えたんだよ」
「まぁ、リョクちゃんと倉庫掃除してたときに、ちらっと見たんだ。まさか、こんなに軽く使えるとは思わなかったけど」
剣に触れながら言う。
「・・・こいつは、違う時間軸では、俺の部下だった男だ」
焦げた死体を蹴った。
「この時間軸になって、裏でこそこそやってたのは知っていたが、ここまで醜いとはな。俺の前では、いつも従順で、気味が悪くなるほど媚びてきたのに」
「ふうん、裏の顔は違ったのね」
「この、アリエル王国の紋章の入った剣で殺したくなかった。こいつら、国民をなんだと思ってたんだ? 消されたのは、非戦闘員ばかりだ」
エヴァンが悔しそうにしていた。
非戦闘員か・・・。
ミゲルも消えたのだろうか。
せめて、どこかの魔族に拾われていればいいが。
「んなことで落ち込んでたら、先に進めないぞ」
マントを後ろにやる。
「落ち込んでないさ。心底、軽蔑しただけだ。俺は自分が正しい選択ができる人間だとは思っていないけど、今、魔族側にいることだけは正しいと思ったよ」
冷たい視線で、4体の死体を眺めていた。
「アリエル城って広いんでしょ? 一人くらい、案内役として殺さなくてもよかったのに」
「あ・・・・」
「はぁ・・・感情的になるなっていったのはどの口?」
サタニアが周囲を見ながらぼやいた。
「ま、まぁ、俺が案内できるからさ。どこ行きたい?」
「どこって言われても・・・」
ぱっと見た感じ、人間の気配はないし。
高い天井と、煌びやかな装飾品が廊下や階段まで続いていた。
「お前ら、何をしている?」
階段の上から、青年の声が聞こえた。
真新しい剣を腰に差して、精悍な顔つきをして、どこか、アイリスに似ている・・・。
「ロバートだ」
エヴァンが小さく呟く。
「・・・・・」
「え? それって・・・」
サタニアが意味深に視線を上げた。
「アイリスの兄ってこと?」
「そうだ。実質、国王のいない、この国のトップでもある」
「ロバート様、皆さまがお集まりです。早く聖堂へ」
「今、行くよ」
メイドの少女がロバートに近づいて話していた。
ロバートの目が動かないことに気づいて、やっと俺たちを捉えた。
「あ・・・その、黒焦げの者は・・・・」
手すりに掴まって震えていた。
「ろ、ろ、ロバート様、いかがいたしましょう? 誰に、言えば・・・」
「十戒軍に侵入者のことを伝えろ」
「かしこまりました」
睨んでから、離れていった。
メイドがぱたぱた走っていくのが見える。
「ヴィル、今はロバートには手を出さないほうがいい。こいつの先にいる奴が、俺らの敵だ。こいつを失うと・・・」
「わかってる」
― ミラーシールド ―
ロバートの横にいた魔導士が、シールドを張った。
「ロバート様、早く」
「あぁ」
すぐに背を向けて、階段の手すりから見えなくなった。
「逃げた、というよりは、相手にしないって感じだな」
「どうするの? せっかくだし、ここで、十戒軍が来るの待ってから行く?」
「俺はそれでもいいけど」
エヴァンが剣をくるくる回した。
「今すぐ、聖堂に行こう。ロバートがいるってことは、そこにアイリスがいる可能性が高い」
「もう、ちょっとくらい寄り道したっていいじゃない」
「ん?」
「アイリスアイリスって、ヴィルはアイリスばっかなんだから」
サタニアが不機嫌になって、魔女の剣を勢いよく振りまわす。
「え!?」
ドッドドドドドドッドドドドドドド
魔導士の張ったシールドはあっさり消えた。
サタニアが軽やかに移動しながら、柱や壁、装飾品を壊していく。
ガシャン ガシャン
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・
次から次へと落ちてくる、岩を避ける。
天井の壁が崩れて、2階のカーペットが見えそうになっていた。
「ちょ、ちょっ・・・・」
落ちてくるシャンデリアや、崩れる柱を飛びながら避ける。
城の入口がぐちゃぐちゃになっていた。
「ふぅ・・・こんなところね」
「サタニア、何するんだよ。いきなり」
「十戒軍の足止めよ。ここまですれば大丈夫でしょ。さ、行きましょ」
「足止めって・・・」
八つ当たりにしか見えなかったが・・・。
「うわー、修繕費やばそう」
「崩れちゃえばいいのよ。住人のいない国の城なんて」
「そりゃそうだけどさ・・・あ、ヴィル、待って」
地面を蹴って、ロバートのいた階段の手すりに降り立つ。
きつい香水のような匂いが残っていた。思わず、咽そうになる。
「行くぞ」
10秒後に人間たちの集まってくる音が聞こえてきた。
崩れている柱や装飾品、焦げた死体に混乱して、俺らを追いかけてくる様子はなかった。




