116 重い想い
アエルが網を解く。
噴水の水しぶきが、頬にかかった。
「さっきの導きの少女が、もし、アイリスだったら、ヴィルのことを歓迎するのではないですか? さぁ、城へ向かいましょう」
アエルが軽い口調で話してきた。
「・・・・・・」
アイリスがなぜ、自分を殺そうとしている十戒軍と組む必要がある?
城で何かされたのだろうか。
アエルの網で魔力が見えなかった。
直接見ればもっといろんな情報を・・・。
「異世界の人間は、今のような見え方をするのですよ」
「は?」
「顔と声、話し方しかわからない。魔力なんてもちろん、誰かに言われて無理やりされているのか、自発的にしているのかすらわからない状態で判断を迫られるのです」
「・・・・・・・」
「彼らは頭がいいんですよね」
ダンジョンから異世界に行ったときのことが過ぎる。
「このような魔法を持たずに、科学を発達させたのが異世界の人間です」
「それは・・・聞いてる」
サタニア・・・七海だった頃の、サタニアからな。
いや、アイリスからも聞いていたか・・・。
「魔族の王であるヴィルは、彼らの中でも正しい判断ができますか?」
「どうゆう意味だ?」
「もし、異世界から転移して人間がこの場所に住み着くようになったら、真っ先に魔法に飛びつくでしょう。結果、新しい魔法を生み出すかもしれないし、行き過ぎた能力を隠し持つかもしれない」
「・・・・・」
「でも、残念ながら魔王の目を以っていても、ステータスは見れないのです。先ほどの網の中のような状況で見極め戦わなきゃいけない」
アエルの瞳がエメラルドに光る。
「要は、そいつらが転移するのを阻止できればいいんだろ?」
「・・・まぁ、そうですね。それができれば、一番です」
長い瞬きをする。
「アエル・・・お前は味方なのか?」
「堕天使の立場からすると、中立ですよ。でも、個人的に異世界転移には反対しています。心底、ね」
低い声で言う。
「・・・・・・・・」
リョクが一歩引いたところから、こちらを見ていた。
アエルの瞳は、よく見るとリョクの瞳に似ているな。
「あぁ、回りくどくなってしまいました。もちろん、彼らが異世界転移させようとする限り、貴方たちの味方です。そうでなければ、こんなに親切な対応はとりませんよ」
「親切・・・・?」
サタニアが眉をぴくっと動かしていた。
「あははは、サタニアには特別な女の子ととし接しているつもりですが?」
「冗談じゃないわ!」
ツンとして、視線を逸らした。
「まず、アリエル城に行こう。ここで話していても、机上の空論だ」
アリエル城に視線を向ける。
城下町の人間は消えたが、アリエル城には人間が残っているのだろう。
目を凝らすと、窓にうっすら人影のようなものが感じられた。
「サタニア、歩くの疲れました? よかったらさっきの網で私がご案内しましょうか? 私に惚れてしまってもいいですよ。あ、天使と魔族じゃ結婚はできませんけど?」
「何も言ってないでしょ! 自惚れないで・・・」
「ははは、罵るサタニアも可愛いですね。ヴィル、やっぱり私にサタニアを譲りませんか?」
「やめて!」
言いながら、唇をわなわなさせている。
「うぅ・・・人間だったら殴り殺してるのに」
「サタニア、いちいち感情的になるなって。流せばいいじゃん。そんなの」
エヴァンが呆れたように言うと、サタニアが目を吊り上げた。
「私にそんなこと言っていいの?」
「なんだよ。勝負するなら、俺の方が強いことくらい・・・」
「これならどう?」
サタニアがリョクの後ろに回って、抱きしめる。
「ひゃあっ・・・」
「女魔族はもともとエロいのよ。リョクだってこうゆうのが好きでしょ?」
「サタニアっ!!」
後ろから小さな胸を揉んでいた。
エヴァンが硬直する。
「あっ・・・サタニア様」
「ひ、卑怯だ! リョクから離れろ!」
「女同士だからいいでしょ? それとも、エヴァンはもう手を出してる、とか?」
「出してないって!」
エヴァンが魔法を使えば一瞬で止められるのに。
思考能力が低下してるのか。
「サタニア様、僕・・・こうゆうのは・・・」
リョクが顔を赤くしながら、サタニアの方を見る。
「へぇ、女魔族なのに初心なのね・・・揉めば大きくなるって噂よ」
「そ、そうなんですか?」
「サタニア、リョクに悪影響なことを教えるなよ」
たしなめるように言う。
アエルが腹を抱えて笑っていた。
「魔族としての教育よ。ねぇ、エヴァン。貴方、何歳で死んだの?」
「いいだろ。過去のことなんてどうでも。リョクちゃんから離れろって」
サタニアとエヴァンが言い合っている。
よくも、まぁ似たような話題で盛り上がれるよな。
「サタニアって、なかなか積極的なんですね?」
「あれは、どちらかというと捨て身の行為だろうけどな」
「なるほど」
アエルがこそっと話しかけてきた。
「こうなると、止められないんだよな。こいつら・・・」
「あははははは、止めましょうか?」
「できるのか?」
「まぁ、堕天使なので、ね」
アエルが黒い羽根を一枚とって、ふっと3人の方へ吹き飛ばした。
3人がはっと我に返る。
「あれ? 私、何してたのかしら。あ、リョク、ごめんね」
「いえいえ。僕も、よくわからず」
「こんなことに気をとられてる場合じゃないな。早く、アリエル城に行かないと」
一番気をとられていたくせに。
サタニアとエヴァンがぱっと切り替えていた。
「何の魔法だ? 今の・・・」
アエルに近づく。
「ほら、人間がはっと自分を取り戻す瞬間があるでしょ? あのお手伝いです。天使はよくやるんですよ。堕天使はやりませんけどね」
「俺にはやるなよ」
「あはははは、なるべくそうします」
アエルがにやりと笑う。
「あの・・・リョクって子、いつから魔族なんですか?」
「ん? いつからって・・・」
「あー、わからないならいいです」
アエルが地面を蹴って、軽く飛ぶ。
「とにかく、アリエル城に行くんでしょう?」
サタニアが長い髪を耳にかけて、少し顔を赤らめていた。
「あぁ、アイリスを連れ出す。どうしてこうゆうふうになったのか、説明してもらわないとな」
「私は別に、会わなくてもいいんだけどね」
「そうも言ってられないでしょ? 異世界から来る人はアバターを使うんだろ? ゲーム感覚に決まってる・・・許せるかよ」
エヴァンが怒りを滲ませながら言う。
「わかってるわ。私の気持ちとは別」
― 魔女の剣―
「異世界転移計画は、確実に阻止するわ。十戒軍がアイリスを望むなら、アイリスは連れ出す。あいつらの思い通りにさせない」
魔女の剣を見つめていた。
「君は十戒軍に召喚されたんだろ? 戦闘に混ざって大丈夫なの?」
「私は異世界転移計画になんか同意していない・・・もう、十戒軍の言いなりになんてならないわ」
「そういや、サタニアはどうして、魔王になりたいって言いだしたんだ?」
エヴァンがマントを後ろにやりながら聞いていた。
「えっ?」
「だって、転生するときに職業って選択できるじゃん」
「っ・・・」
サタニアはわかりやすい。
あからさまに、動揺していた。
「職業って勝手に決められるんじゃないのか?」
「まぁ、俺のときは、望みを聞いてもらえたんだよ。どんなふうに転生したいかって。サタニアのときはそうゆうの・・・」
「べ、べ、別に、ヴィルが魔王だから、魔王になりたいって言ったんじゃないからね。魔王になったら近づけるかもとか、そうゆうのも考えたことないから」
「・・・・・・」
剣の刃先をこちらに向けてきた。
十戒軍に、無理やり魔王にされたと思っていたが・・・。
「まさか、自分で魔王になりたいって言ったのか?」
そんなに臆病なのに? って言葉を、とりあえず飲み込んだ。
「そうよ。か・・・勘違いしないでね。ヴィルは本当に関係ないんだから」
「わかってるよ」
サタニアがすたすたと前を歩いた。
「ねぇ」
頭を掻いていると、エヴァンが肘で突いてきた。
「サタニアって、結構重いよね」
「・・・・・・」
エヴァンが茶化すように言うと、すぐにリョクのほうへ駆け寄っていった。
アエルが宙に浮いて、笑いながらこちらを見下ろしている。




