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111 焦る夜

「エヴァン、ここにいたのか」

 魔王城の屋根まで来ると、エヴァンが人間の姿に戻って座っていた。

 夜風がひんやりとしている。


「ヴィルか。これからアリエル王国に行くんだろう?」

「あぁ、魔族も落ち着いたしな。お前も王国騎士団長の仕事があるんだろ? 戻らなくていいのか?」


「もう、どうでもいいよ。リョクちゃんと一緒にいたほうがいい」

 小石を弾丸のように真っすぐ弾きながら言う。


「それに、この時間軸の人間は強いんだろう? 別に俺が居なくなったところで、迷惑は掛からないさ」

「さすがに、そうはいかないだろ」


「リョクちゃんは損得無しに、いつも俺に優しいんだ。天使みたいに可愛いしさ。俺のいた世界の・・・いや、なんでもない。とにかく可愛いんだ」

「へぇ・・・・・・」


 リョクに入れ込むのはいいが・・・なんか、面倒なんだよな。


「魔族から見ると、人間ってこんなに醜かったんだな」

「そうだな。俺は人間だったころから、人間が嫌いだったよ」

 マントを後ろにやって、腰を下ろす。


「エヴァンの居た世界はそんなに苦痛だったのか?」

「ん?」


「サタニアもエヴァンも元の世界が嫌いだったんだろ? 俺もダンジョンから異世界には行ったことあるけど、殺し合いとかは無いし、そこまで追い込まれる要素が無いように思えたよ」

 あぁ、と低い声を出す。


「・・・・いろんな人間がいるが、俺の周りは特に最悪だったよ。こっちの人間と本質は同じだな。ただ向こうには肉体的な死以外にも、死はある」

「ふうん・・・・」


「こっちは、いろんなことが明確だから楽なんだよ。強いとか弱いとかさ。向こうは社会的な死ってのがあるんだ。肉体の強さも弱さも関係ない、社会のレールから外れた者が味わう死だ。インターネットが発達してから、簡単に人は社会的な死に直面するようになったんだ。俺も・・・」


「インターネット・・・・・」

「異世界の通信技術のこと。説明すると長くなるから流していいよ」

 遠くを眺めながら呟く。


 サタニアから異世界の話は聞いていた。

 本の中の世界の話を聞くような感覚で、な。


「テラが異世界転移を楽に、とか言ってたな」

「そんな、ぽんぽん向こうの人間がこっちの世界に来るなんて勘弁してくれよ」

 エヴァンが、あからさまな嫌悪感を示していた。


「ヴィルがテラを止めるなら、俺も協力するよ。王国騎士団長とかより、ずっと重要なことだ」


 異世界転移計画か。

 エヴァンのような、フルステータスの人間がゴロゴロ現れるのは魔族としても脅威だな。

 全員が味方とも限らない。


 何としてでも、阻止しなければ。



「それに、アイリス様は死なないよ」

 立ち上がろうとすると、エヴァンがこちらを見て言う。


「ヴィルだって、死なないってわかってるだろ?」

「・・・まぁな・・・・」


「今日は新月だ。サタニアが弱くなってる。行くなら明日のほうがいい」


「じゃあ、俺一人で先に行く。お前らは後で・・・」

「ヴィル、相手は異世界が関わってるんだ。これまでの敵とは違う。アリエル王国で何が起こってるのかわからないし、君に万が一のことがあったら、魔族は滅びるよ」

「・・・・・・・」


「異世界について知識のある、俺とサタニアは必須だ」


 弱体化された、魔族たちが過ぎる。

 あと一歩遅ければ、魔王の間で魔族が死んでいたかもしれない。


 俺に何かあったら代わりは・・・。


「わかったよ。明日行く」

「それがいい。俺も準備しておくよ」

 サタニアは月の満ち欠けによって魔力が変わる。

 エヴァンの言ってることはわかったが、どうしようもないのがもどかしかった。




 部屋に戻るとサタニアがソファーに寝転がってくつろいでいた。


「なんでお前が部屋にいるの?」

「ここは元々私の部屋なんだから、いいじゃない」

「はぁ・・・・・・」

 異世界から来た奴はどうしてこう、色々と自由なんだよ。


 サタニアが妖艶な目を窓の外に向ける。


「すぐにアリエル王国行かなくていいの? アイリスがさらわれたのに」

「もちろん行く。でも、お前は新月が苦手だろ」


「!?」

「そんなに驚かなくてもわかる。安心しろ、俺とエヴァンしか知らない」

「そ・・・そう・・・」

 棚を眺めると、ガラクタの入った箱があった。

 整理されていたが、中身は俺がいたときと同じものだな。


「アイリスのところに、私も連れて行く気?」

「あぁ、俺とエヴァン、お前とリョクの4人で行くつもりだ」

「私は嫌、ここで待ってる」

 膝を抱えて、いじいじしていた。


「魔王の命令だ」

「むぅ・・・・やだ、行きたくない」

 ぷいっと顔を背けていた。


「どうしてそんなに嫌がるんだよ。アイリスが嫌いだからか?」

「そ、そこまで嫌ってないわ。ただ、十戒軍と関わりたくないの。ヴィル、私を弱いなって思ってるでしょ?」

「ん?」

「臆病だし・・・」

 髪で顔を隠しながら言う。

 

 そんなくだらないこと気にしてたのか。


「思わないって」

「嘘よ・・・・本当は、弱いって馬鹿にしてるくせに・・・」

「・・・・・・・・」

 ネガティブになると止まらないからな。

 俺がすんなりと魔王として魔族に受け入れられたことも、気にしているのか。



 ガラクタの中から、サファイアと鎖とドラゴンの鱗を取り出す。

 両手で握り締めて集中した。


 ― 魔具錬金生成バラス― 


 サファイアの埋め込まれたネックレスを生成した。

 サタニアの首にかけてやる。


「これは・・・?」

「やるよ。一度だけシールドを張る効果があるが、お前には必要無いだろうがな」

 アイリスに作ったのは、ラピスラズリだったな。

 すぐに壊れてしまったが。


「綺麗・・・・」

 部屋の明かりに透かして、眺めていた。


「お守りみたいなものだ。お前は弱くない。いいな、自信を持て」

「・・・あ・・・・ありがとう」

 サファイアのネックレスは、サタニアの美しさを引き立てる。

 波間に輝く月明かりを眺めているようだった。


「少し一人にさせて」

「いや・・・ここ、俺の部屋なんだけど」

「アイリスが過ごしていた部屋なんでしょ? アリエル王国には、ちゃんと行くから」


「・・・わかったよ。本を探してる間だけだからな」

 息をついて、背を向ける。


「ヴィルは本当に本が好きなのね」

「まぁ、昔からの癖だ」


「ふうん。いつか、私にもヴィルの昔の話、聞かせてね」

「・・・いつかな・・・・」

 ドアを開けて、部屋を出ていく。

 風で木々が大きく揺れると、ランプの灯がふっと小さくなっていた。

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