108 サタニアの真実
「ただいまですっ、外の様子見てきました。今は大雨で地面もかなり緩んでいます。今日はここに泊まったほうがいいでしょう」
「ありがとう、リリシア」
「いえいえ」
「僕に敬語はいらないよ」
リリシアが濡れた体をぶるぶるっと震わせていた。
リョクがタオルを持って駆け寄っていく。
2人のステータスは同じくらいだ。
話も合うのか、楽しそうにしているのが見えた。
ダンジョンの最下層から2つ上がった大きな部屋で休息をとっていた。
十戒軍『偶像の禁止』の住処になっているだけあって、暖炉、毛布、回復の水などもあった。
柔らかい絨毯に腰を下ろす。
「本当ドレスじゃ歩きにくいわ。こんな人間の服着せられるなんて、ヴィルは着替えなくていいの?」
「俺はこの服、自分で錬金して調整したからな。案の定、魔力を抑え込むような効果がかけられてたよ。だから、ルークの奴、余計に驚いたんだろうな」
「そうだったの? 言ってくれればよかったのに」
サタニアがドレスの裾を裂いて、短く調整していた。
「君らがその恰好してると、仮装パーティーみたいだね」
「笑うなよ。つか、王国の連中っていつもあんなことしてるのか? ダンスとかさせられたんだぞ」
「アリエル王国もやってるよ。子供だからーとか言って避けたりすることもできるけどね」
「いい時だけ子供ぶるな」
「周囲と上手くやっていくコツだよ」
エヴァンがこちらを見ながらにやにやしていた。
「あの雨なら、人間が来ることもないでしょう。ふへ、へくっし」
「風邪引くぞ。体温も下がってるみたいだ。ほら、向こうの暖炉のほうへ」
「ふわぁ・・・あ、ありがとうございます」
リョクがリリシアの手を引いて、暖炉の傍まで連れて行った。
薪を入れて、タオルでリリシアの髪を拭いている。
「サタニア、アイリスのことがある。すぐにでも戻りたいんだが」
「魔法陣の場所まで行かないと、転移魔法は使えない」
「じゃあ、今からあの場所に・・・・・・」
「雨じゃ魔法陣が滲んじゃうの。雨が苦手なのもあって、うまくコントロールできないから」
サタニアが紫色の髪をとかしながら横に座ってきた。
「ごめんね」
「ヴィル、焦ってもいい判断はできないよ」
「わかってる」
エヴァンはリョクが近くにいないと、急に大人ぶる。
こんなところにいる時間も惜しいが。
飛んでいくなら、サタニアの転移魔法を待つ方が早い。
「なるほどね。君も異世界転移者だったってことか。どおりで、魔王としては上手くやれていないし、変だと思ったんだよね」
エヴァンがサタニアに向かってスパッと言う。
「ひどいっ、そんなふうに言わなくてもいいじゃない」
「ま、俺は成功例、そっちは失敗例ってとこだな」
「もう・・・・私も別に失敗してないもん。たまに自信がなくなるだけで」
「魔族のダンジョンがこれだけ減ってるんだ。失敗してるだろ」
「ヴィルまで・・・わ・・私はオーバーライド(上書き)で魔王になっていただけだし、どうすればいいかわからないの」
サタニアがむきになって言い返している。
「ヴィルは事実を言ってるだけだよ」
「・・・エヴァンにだけは異世界転移者だってバレたくなかったのに・・・」
こいつらが仲が悪いのは、同族嫌悪ってやつか。
「エヴァンはテラっていう奴にあったことあるか?」
「いや、誰だ? それ」
「奴が3Dホログラム? とかいう異世界の技術で、神として十戒軍を操ってる」
「3Dホログラムをこの世界で・・・。んなことできるの? てか、何の目的で?」
「異世界転移者を増やしたいらしい。死ななくても行けるよう、と言ってたな」
「なっ・・・・・!?」
エヴァンがばっと立ち上がった。
「そんなことあり得るのか?」
「さぁ、テラがそう言ってただけだ。だが、奴がサタニアを連れてきたことを考えると、絵空事にも思えない。このままにしておくと、お前の一億分の一の確率ってのも価値無くなるぞ」
「じょ、冗談じゃない。あの世界からごろごろ人間が入ってくるってことかよ」
エヴァンが頭を抱える。
「世の中の仕組みが変わるのかもね」
「うわっ・・・鳥肌立ってきた。異世界が関わっていることは想定していたけど、まさか転移してくるなんて・・・悪夢じゃん」
テラの言葉は、ひとつひとつが引っかかる。
思い出すほど、奴の手の内にいるようで、腹が立った。
「私だって、異世界転移者なんて増やしたくない。せっかくこっちの世界で魔族になったのに・・・あれじゃ、どうなるのかわからないわ」
「十戒軍の目的もわかったが、状況は最悪ってことだな」
「そもそも十戒軍がどうして異世界から人を呼ぶんだよ。あー、腹が立っていた」
「知らないわ。私に聞かないでよ」
「君は元十戒軍だろ?」
「私はただ、魔王として召喚されただけよ。目的なんか聞いてない」
サタニアとエヴァンが言い合っていた。
「・・・・・・・」
テラはアイリスを殺そうとしているわけではないらしいな。
異世界住人を導く? どうゆう意味だろう。
暖炉の前で本を読んでいた。
エヴァンとリョクは、端のほうでよく寝ていた。
皆、疲れたのだろうな。
「魔王ヴィル様」
「ん?」
リリシアがメイド服のスカートを直しながら近づいてくる。
「私、最下層に転がった人間の死体を処理してまいります。何か重要そうな資料があったら集めてきますね」
「あぁ、色々任せてすまない」
「とんでもありません。にっくき、十戒軍を倒してくださったんですから。では、失礼します」
丁寧に頭を下げると、部屋から出てゆっくりとドア閉めた。
「また、本を読んでるの?」
「まぁな」
「私も昔は好きだった・・・」
サタニアが本の表紙を見つめながら言う。
「まさか、お前が七海だったとはな・・・なんか、実感ないというか」
「ヴィルが雨の日に私を置いて行ったから、雨が嫌いなのよ」
サタニアがつんとしながら言う。
「・・・まぁ、そのときは悪かったよ。でも、あのまま関わってしまったら、お前が異世界に依存する気がしたんだ」
「・・・・・・・実際にそうだったわね」
「俺たちと会わなければ、死ななかっただろ」
「そんなことない。事故だったもの・・・転生できなくたって、防げなかった。きっとそこで寿命だったから、未練はないの」
今にも死にたそうな顔をしていたのを思い出していた。
「七海だった頃の私は忘れて」
サタニアが髪を後ろに流す。
「今は、異世界転生した魔王サタニアよ。あのころとは全然違うんだから」
「わかってるよ。でも・・・お前がルークから離れられない理由も、異世界のことが関係あるのか?」
「ルークは・・・どこか、私のお兄ちゃんに似てたから。こっちの世界に来たら、もう関係ないことなのに・・・どうして思い出すのかしら」
エヴァンのほうを見ながら言う。
「エヴァンもきっと・・・」
「そうだな。でも、あまり詮索するな。触れられたくないことの一つや二つ、あるだろ?」
「・・・そうね。もう、口にしない」
長い瞬きをする。
「どうして、七海だって言わなかったんだ? 俺が避けるとでも思ったか?」
「だって、私が・・・七海だって言ったら、ヴィルに嫌われると思ったんだもん。あのときの私は弱かったから。今は違うけどね」
暖炉の火がぼうっと揺れる。
「でも・・・ヴィルには敵わないね。せっかく転生したのに」
「俺が魔王として魔族の上に立つ。いいな?」
「わかってる・・・やっぱり魔王は、ヴィルしかいないわ」
ふっと、柔らかくほほ笑む。
「ねぇ、異世界の話をしてあげる」
「ん?」
「本はいつでも読めるわ。それに、異世界のこと、知らないよりは知っていた方がいいでしょ? 私が眠くなるまで、ね?」
「そうだな」
サタニアが炎を見つめながら話す。
学校生活で楽しかったこと、ゲームや本、漫画が大好きだったこと・・・。
ゲームを見ると、なぜか異世界の風景に懐かしさを覚えていたこと。
他愛もない話ばかりだったが、焦る気持ちを抑えるにはちょうど良かった。




