107 神との再会
「城の中から行くのか?」
「そうよ、この城は地下通路でダンジョンまで繋がっているの」
奪牙鎖でルークの両手を後ろに縛って、案内させていた。
城は消火が追い付かず、火の海になっていた。
悲鳴や混乱の声が、しばらく聞こえていた。
城には優秀な魔導士が一人もいなかったらしいな。
十戒軍なら、どうにでもできるはずだが・・・。
「本来は外からも行けるんだけど、雨が怖いっていう、サタニアに配慮してね」
「っ・・・早く歩きなさい」
「わかったわかった。これから連れて行くから」
ルークがくくくっと笑いながら地下通路を歩いていく。
なぜか余裕だな。
ネズミが排水溝の近くを走っていくのが見えた。
雨か・・・。
ぼんやりと、サタニアとどこかで会ったことのある気がしていた。
ゴロゴロゴロゴロ
「きゃっ・・・・」
サタニアがしがみついてくる。
「雷も苦手なのか?」
「か・・・雷が鳴ると、雨が降ってくるから・・・」
「ここ、地下だぞ。そんなビビることないだろ」
「他の魔族には内緒よ」
「わかってるって」
魔王が雷を恐れるなんて、前代未聞の珍事だな。
不安そうな表情を浮かべて、服を引っ張ってきた。
ルークがこちらの会話を気に留めることなく、淡々と突き進んでいく。
「ここは、ダンジョンか?」
「そうだね。地下から繋がっているんだ」
「・・・・・・・」
さっきから、ダンジョンの精霊の気配すらない。
完全に乗っ取られた、ということか。
初めてのケースだな。
行きどまりのところまで来ると、ルークが振り返った。
「ここだ。この扉を開ければ十戒軍『偶像の禁止』の本拠地がある」
「本当だな?」
「はは・・・手首を縛ってるこれは、嘘をつけないんだろ?」
「フン」
「しかし、魔族が召喚した魔王は容赦ない。やはり、我々にとって魔族の王はサタニアが相応しいね」
「・・・・・・・」
ルークが額に汗をにじませながら言う。
サタニアが視線をそらした。
ダアンッ
岩でできた扉を思いっきり蹴り破る。
ドドドドドドドッドと砂埃を上げて、壁の一部が崩落していった。
「うわっ・・・なんだ?」
「誰だ? ルーク・・・? お、お前は・・・」
「魔王サタニア、と誰だ? 横の男は」
人間たちがわらわらとこちらを振り向いた。
長机を囲んで、何かをしていたようだ。
魔導書や薬品などがそこら中に散らばっている。
ガタン
「ルーク!?」
「こ・・こいつは、強い。今すぐ戦闘態勢へ」
ルークが扉に寄りかかって息を切らしながら言う。
力を奪い過ぎたか。
壁に顔を押し付けながら必死に立ち上がろうとしていた。
「お・・・俺たちは十戒軍だ」
「そうだ、魔族の一人くらい・・・何といってもここは神の前だ」
「神は我々の味方をしている」
動揺しているところを見ると、ここの人間は粉を吸わされていないらしい。
魔導士、賢者、魔導士、魔導士、アーチャーの5人ってところだが、あまり強くはないな。
一応、縛っておくか。
― 奪牙鎖 ―
手をかざす。
「うぐ・・ぐあっ・・・」
「力が・・・・」
部屋にいた全員を縛り上げて、宙に浮かせた。
人差し指を動かして、魔力を調整すると、汗を流しながら苦しんでいた。
「い・・・・今は、神聖な儀式中だ。神と話すための」
項垂れた女が、息を切らしながら言う。
近づくと、魔族の翼が積み重なっているのを見つけた。
「言え、お前らは何を目的としている」
「ヴィル、待って・・・・あれを見て」
「?」
サタニアが近づいてきて、魔女の剣で壁を指した。
ダンジョンの精霊が求めた異世界の宝を供える祭壇があった。
しばらくすると、火がぼうっと燃え上がり、壁に人の姿のようなものが浮かび上がる。
「なんだ・・・あれは・・・」
「神・・・と呼ばれてる者」
「は?」
サタニアが言うと、長いローブを羽織った男が出てきた。
「!?」
透けている・・・だと?
『なんだなんだ。呼び出されて来てみれば、『偶像の禁止』が捕まってしまったか。ヴィル、久しぶりだね・・・随分、元気そうで何よりだ』
「誰だ? 俺はお前に会った記憶などない」
― 魔王の剣―
剣を構える。
『無駄だよ。このように透けている。触れることはできないだろう。これは異世界の言葉で3Dホログラムという。私はここにはいないんだよ』
「テラ・・・」
サタニアが小さく呟く。
「テラ?」
聞き覚えのある響きだった。
『アイリスもアリエル王国が捕まえたようだし、バグを修正すれば、いよいよ計画が始まる』
「アイリスがってどうゆうことだ? お前はアリエル王国の者か?」
『そうか、度重なる転職でヴィルとは何度も会っていたけど、あの泉から魔王になってからは記憶を失くしたんだったね』
ゆっくりと部屋を歩きながら言う。
捕まった人間どもには、何も触れずに無視していた。
『もうすぐ、お前の母親の望みも叶うぞ』
「わけわからないことを言うな。俺に母親など・・・」
ふと、マリアの顔が過る。
いや、マリアがこんなやつと関わっているはずがない。
十戒軍の奴らは、テラのほうを見ることはなく、苦しいだの、神への祈りなどを呟いていた。
こいつらには、見えていないのか?
『あぁ、魔王はサタニアだったね。正直、あのときヴィルが魔王になるなんて想定外だったんだよ。これが運命か・・・彼女が仕込んだのか・・・』
「お前・・・何が目的だ?」
『ダンジョンは異世界のものを宝として集めている・・・って言うのは知ってるな?』
「だから何だ?」
『異世界とこちらの世界は、もう繋がってるんだよ。僕・・・いや、私がいい例だろ?』
にやりと笑って、こちらを見下ろす。
俺が話す前に、サタニアに声をかけた。
『彼女・・・魔王サタニアに見覚えはないかい?』
「サタニア?」
「っ・・・・・・」
サタニアが明らかに顔色を変えた。
「テラ、それは言わないって・・・・」
「サタニア、どうゆうことだ?」
『ハハハ、何も言っていなかったのか。ここまで連れてきておいて』
「・・・・・ヴィルは知らなくてもいいことよ」
『彼女は特別な魔王だ。特別な、ね。君が言わないなら私から言おうか?』
「いい・・・やめて・・・・あんたの口から言われたくない。私から話すわ」
テラが言うと、サタニアが俯いてから、こちらを見た。
「ヴィル、私がわからない?」
近づいてきて、顔を上げる。
「言われてみれば、見たことあるような・・・覚えはあるが・・・どこでかは・・・」
「私は七海よ。異世界で会ったでしょ?」
「え・・・・・・?」
アメジストのような瞳でじっと見る。
「だって、お前は異世界の人間でこっちに来れるはずは・・・」
「あの後、事故にあって死んだの。異世界転移でヴィルとアイリスの居る世界に来た」
「・・・・・・・」
驚きのあまり、言葉を失くしてしまった。
言われてみれば、どこか七海に似ているような。
紫の髪をかき上げながら、テーブルに寄りかかる。
「羨ましかった・・・アイリスが楽しそうに魔王ヴィル様、魔王ヴィル様って話をするから。私も、もっともっとヴィルといたかった。あんなくだらない世界から飛び出して、異世界に来たかった」
祭壇のほうを見てから、訴えるように言ってきた。
手が微かに震えていた。
「後悔はない」
『彼女はね、ここで召喚したんだ。この島を、異世界から来たものたちの足慣らし場のようにしたかったんだけどね。あの粉が効きすぎて、あまりよくない状態になってしまった』
男がゆっくりと周囲を見渡す。
『・・・さっきの騒動を見る限り、ヴィルが派手にやったんだろう? まぁ、アイリスがいるなら、アリエル王国でいいだろう』
「アイリスが・・・なんだと?」
『アイリスは私たちのものだ。これから、異世界の人間が転移して来て、アイリスは彼らを導く者となる。リセットかけたほうが扱いやすいと思ってたんだけど、上手く言うことを聞いてくれてるようだ。異世界の人間のことは・・・そうだな、アース族と呼んでくれ』
「は?」
『計画は順調に進んでるよ』
「っ・・・・!!」
アイリスが捕まったのか?
サタニアが視線を逸らした。
『これから、転生なしの異世界転移を実現させるんだ』
テラが両手を広げながら言う。
高笑いしていた。
『ここは、魔法も使えるしダンジョンもある。冒険もできるし、魔王を倒すことを目的としてもいい。ゲームとは違う、リアルな異世界だ』
「・・・・・・」
『誰もが特別になれる夢のような場所だ』
何を言っているのか、理解できなかった。
異世界転移、だと?
『サタニアのように・・・ね』
「わ、私と一緒にしないで! 私はちゃんとここへ肉体を・・・」
『そうだったね。まぁ、彼らはアバターだから、サタニアとは違うか』
サタニアが後ずさりしていた。
『おっと、部外者が来たようだ。ここにいる十戒軍の連中は、もうどうでもいいんだ。存在しない神に忠誠を誓ったまま、安らかに眠ってもらうよ。私は今、アリエル王国に注力したい』
「まだ、話は終わって・・」
『いずれ、また会う』
テラが言うと、祭壇のロウソクを消して、壁の中に消えていった。
「!?」
いつの間にか、捕まえていた人間どもの心音も止まっていた。
「ルーク?」
サタニアが後ろを見て、小さく呟く。
「ヴィル、サタニア、ったく、俺たちを置いてどこに行ってたんだよ。かなり探したんだぞ」
ダンジョンから地上に上がる途中、エヴァンと会った。
後ろからひょこっとリョクが顔を出す。
「途中で、リリシアって子に会ったからよかったけどさ。な、リリシア」
「はい、魔族のリョクを見つけまして、十戒軍の本拠地へ案内すれば、ヴィル様にお会いできると・・・」
リリシアがリボンを直しながら入ってくる。
「あわわ、十戒軍、全滅ですか。さすが魔王ヴィル様ですね」
「いや、やったのは俺じゃないけどな」
「?」
牙奪鎖を解くと、ドサっと魂を抜かれた人間が落ちた。
ルークは・・・うまく逃げたようだな。
扉付近から、忽然と姿を消していた。
「アイリスが捕まったと聞いている」
「え!?」
「魔王城で状況を確認次第、アリエル王国へ向かう」
アイリスが捕まったとなると、すぐにでも戻らなければいけない。
事実かどうかは、まだわからないが。
「サタニア・・・・」
サタニアが下を向いたまま、魔女の剣を解いていた。
七海・・・か。なるほどな。
力はあるのに自信がない理由がわかった気がした。




