100 亀裂
魔王城に着くと、すぐにサタニアから上位魔族の一室に案内された。
部屋自体は綺麗に整頓されていて、ベッドと枕、ソファーも置かれている。
サタニアは、まだ俺の存在をほかの魔族に説明していない。
中がどうなっているかくらいは、見て確認するつもりだけどな。
今はサタニアが魔王で、魔族がどうなっているのかが気になっていた。
「アイリスのために用意された部屋だ。好きに使うといい。何かあったらシエルを頼れ」
「魔王ヴィル様、どこに行くの?」
アイリスが部屋を見ずに、俺のほうを振り返った。
「出発前に、少し魔王城を見てくるだけだ」
「私も行く」
「アイリスは待ってろ。人間が魔王城に来たなんて言ったら大ごとだ」
「・・・・・・・・」
ぴったりとくっついて離れない。
「・・・今日の夜に出るんでしょ?」
腕を掴んで離さなかった。
「まぁな」
「戻ってくるの?」
「当たり前だ。ここは魔王の城だからな」
「私は魔王ヴィル様といたいのに・・・・」
アイリスが真っすぐにこちらを見つめる。
「何度も言ってるだろ。俺が今回行く場所は、アイリスにとって・・・」
「これから何が起こるかわからないって思わない?」
「ん?」
「例えば私が死んじゃったりとか」
こめかみに人差し指を当てた。
笑いながら目は真剣だった。
「縁起でもないこと言うなよ」
「私が怖い?」
「・・・・・」
「魔王ヴィル様から見て、私は怖い?」
「・・・・・・・」
確か、俺が同じことを昔言ったことがあったな。
「・・・・ちょっと口を開けろ」
「ん? こう・・・?」
あまりこの手だけは使いたくなかったが・・・時間がない。
リョクから貰った睡眠薬の粒をアイリスの口の中に入れる。
「?」
「眠れ」
手のひらからピリッとした魔力を流して、アイリスの額に触れる。
ふっと気を失ったところを抱きかかえた。
「・・・そうだ。俺はアイリスが怖いよ。いつか消えそうなお前が、な・・・」
「・・・・・・・」
サタニアは何もしていないと言っていたが・・・。
アイリスはエヴァンや魔族、魔王城のことは一切聞いてこなかった。
何か気に留めている様子もなかった。
魔王城に戻ってからも、周囲に興味を示さない。
俺以外のものが見えていないような依存の仕方だ。
オーバーライド(上書き)は、今のアイリスにも何らかの影響を与えてるのか?
アイリスをベッドの上に寝かせて、布団をかける。
大体、3日間くらいは熟睡する薬らしい。
このまま寝ていてもらうしかないな。
「・・・・・・」
部屋を出て、フードを被った。
魔王城の廊下は俺がいたときとほとんど変わりない。
窓の外を見ると、ププウルたちが飛んでいるのが見えた。
「魔王ヴィル様、あまり出ててはいけないのです」
「シエル」
「まだ、他の魔族は魔王ヴィル様のこと知らないので・・・」
シエルが俺を見つけると、ぱっと駆け寄ってきて手を握り締めた。
「わ・・・私の部屋でお休みください」
「え・・・いや・・・」
「ここは、魔王サタニア様が駄目って言われているので、仕方なくなのです。仕方なく、仕方なく、お連れしているのですよ」
誰もいないのに、周囲に説明しているような口調で言う。
半ば強引に手を引っ張って、シエルの部屋に連れていかれた。
バタン
「魔王ヴィル様ー!!!」
ドアが閉まった途端に、抱きついてこようとした。
「待て」
「むむ・・・・」
シエルを止めると、顔をしかめていた。
「悪いな。今は、迅速に魔王城の状況を知りたい」
「・・・わかりました。しょうがないですね」
ツインテールを後ろにやって、キッチンの方へ歩いていった。
「よく俺が魔王城に来たって気づいたな」
「サタニア様から聞いていましたので、ずっとお待ちしていました。あの、魔王ヴィル様の言われた通り強くなりまして。魔王城の周りの気配を察知できるように気を張ってたのです」
シエルがハーブティーを用意していた。
ラベンダーとミントを混ぜたような香りがする。
「さっき、ププウルたちを見たが、何をしていたんだ?」
「定期的に、魔王城に人間が立ち入ろうとするのです。森までで止めていますけど、10回ほど、魔王城まで侵入を許してしまい、サタニア様が直接手を下したことがあります」
「・・・・・・」
10回って・・・。
まぁ、サタニアだしな。
「残っている1つのダンジョンには魔族がいるのか?」
「はい。カマエルが徹底的に守っているので、絶対に人間が来ることはありません」
「なるほどな」
ハーブティーを飲んで、外を眺めていた。
シエルが、髪をぴんと伸ばしてから近づいてくる。
「魔王ヴィル様、大好きです」
ソファーの横に座って、寄りかかってきた。
「シエルが俺を好きなのは十分わかったよ」
「でも、たぶん魔王ヴィル様が思っているより何倍も好きです。何度言っても、足りないのです。魔王ヴィル様、大好きです・・・大好き、大好き。えっと、何回言ったかな?」
「さぁな」
シエルが指を折って、話していた。
「シエルの、匂いは何の匂いなんだ? 甘い果実みたいだ」
「んー、魔王ヴィル様を誘惑する香りなのですよ。ずっとここにいると、魔王ヴィル様は私から離れられなくなってしまうのです」
「へぇ・・・」
シエルがにやりと言う。
時間軸が変わっても、シエルはシエルだな。
「俺はこれから魔王城を離れる。魔族とアイリスを頼むな」
「お任せください。私、強くなりましたから。ギルドの連中は一瞬で消し去ることも可能かと。なので、ご安心くださいね」
凛としながらほほ笑む。
「あ、魔王ヴィル様、お戻りになったら、また・・・えっと・・・その・・・魔力が足りないと思うので、お願いしたいのです。よろしいでしょうか?」
「あぁ」
「ふふ。では、お待ちしておりますね。魔王ヴィル様」
満足そうに頷いていた。
サタニアが指定した場所は魔王城の回復の湯の上にある煙突の近くだ。
降り立つと、既にサタニアが待っていた。
「遅かったわね、ヴィル」
「まぁな。エヴァンは?」
「ここにいるよ」
エヴァンが隣の屋根から飛び降りてきた。
「ん? リョクと一緒じゃなくていいのか?」
「いや、ここに置いて行ってほしい」
「まぁ、構わないけど・・・」
「私は、別にリョクは連れて行ってもいいと思うけど。貴重な魔法を持っているし、知識もある。行けば何か収穫があると思うわ」
サタニアが髪を流しながら言うと、エヴァンが首を振った。
「いいんだ。正直、リョクをあまり十戒軍に近づけたくない。俺が見たあの苦しみ方は・・・・」
「あー見つけたぞ。エヴァン」
リョクが煙突から小さな翼をぱたぱたさせながら近づいてくる。
「リョク!?」
「部屋にいるって言ったのに、すぐ逃げ出すんだ。悪い子だな」
「えっ」
エヴァンに近づいていくと、おでこを指で弾いていた。
少し垂れた大きな目で、エヴァンをじっと見つめる。
「っ・・・」
「エヴァンの保護者は僕だからな」
サタニアと顔を見合わせてため息を付く。
「リョク、その辺にしておいてやれ」
「え? はい・・魔王ヴィル様」
エヴァンが、顔を真っ赤にして俯いたまま、静かにドラゴンに変化していった。
背中を丸くして視線を逸らす。
「調子いいんだから・・・」
サタニアが小さく呟いた。
エヴァンはリョクがいると、頭の切れが無くなるのが難点だな。




