99 いびつな愛情
「十戒軍は神託に沿って動いてる」
「神託?」
「そう。私を召喚したのは十戒軍の、神の声を聞く者たち。私が話してきたのは、十戒軍『偶像の禁止』の本拠地がある、ミハイル王国のルークという男よ」
「ミハイル王国って?」
「サンフォルン王国と貿易関係にある、海に囲まれた国。魔族の居ない小さな島なんだけどね、彼らの一人と話してきたの」
サタニアが岩の上に足を組んで座った。
「もちろん、ヴィルの存在は知らなかった。魔王としてのヴィルの存在は無いことになっているの」
「ふん・・・」
「それだけじゃないわ。『隣人の財産』でアイリスが殺した人間たちは、存在すら消されている。あのとき、私もヴィルといなかったら、同じことになってたんでしょ?」
「そうだ、それがアイリスの能力だ」
「・・・・ルークからアイリスを連れてこいって言われてる。私には殺せないから」
「・・・・・」
サタニアにかすかな動揺が見られた。
「アイリス様が危険なことは確かだ。実際、俺たちは時間退行してるしね」
エヴァンが腕を組みながら言う。
「そうよね。やっぱり、十戒軍に・・・」
「いや、話は最後まで聞いてよ」
浮いたままの小石を突く。
「俺はアイリス様を守る立場だ。まずは、サタニア、君らの言う神はどんな姿をしている?」
「神・・・って、どうしてそんなことを聞くの?」
サタニアが戸惑いながら、下がった。
「だって私は・・・神・・・は神の声を聞く者しか・・・・」
「その神が何かを君は見たことあるのか?」
「えっと・・・・それは・・・」
目を背けた。
「怖くて入れないのよ。あの洞窟には・・・」
「どうゆうことだ?」
「ミハイル王国にただ一つだけあるダンジョンの最下層は、ある場所へと繋がってる。『偶像の禁止』が神と交信するための場所。ルークはそこに平気で行けるけど、私は行けない」
「なぜ、そこをそんなに怖がる?」
「わからないの! そこに行こうとすると、体が震えて進めない。絶対行けない。だから、神の声を聞く者は選ばれた人間なの」
「・・・・・・・」
「私は・・・できれば、ルークにも会いたくない。ミハイル王国は狂っていて・・・もう、関わりたくない・・・・」
顔を真っ青にしながら言った。
明らかに様子がおかしい。
サタニアがここまで怯えるとは・・・。
嘘を言っているいるわけではなさそうだが。
「どうする、ヴィル。ミハイル王国に行ってみる?」
「そうだな。その、胡散臭い神に興味がある・・・・」
「へぇ、ヴィルも神とか信じるんだ?」
「神の存在はどっちでもいい。ただ、人間が命を懸けるほど心酔していたものが、ガラクタだと気付いたとき、どんな顔をするのか見てみたいんだよ」
「ヴィル?」
心の底から黒い笑いが漏れた。
人間の精神が脆いことはよくわかっている。
盲目にアイリスを殺そうとした奴らへの復讐にはふさわしいな。
神が何だろうが、そいつの思い通りにはさせない。
「・・・相変わらず悪いことを考えるな」
「魔王だしな」
「待って待って、そこへは私が案内しなきゃいけないんでしょ。いやよ。怖いもの」
サタニアがふわっと岩を降りて、首を振った。
「サタニアは、力はあるんだけどな。臆病すぎるんだよ。魔族だろ?」
「え・・・」
「そうだよ、サタニアは魔族じゃん。まぁ、よくも悪くも、サタニアは魔王には向いてないんだよね」
「な、何よ。そこまで言うことないじゃない」
エヴァンと話していると、サタニアが頬を膨らませた。
「二人して言いたい放題・・・わかってる? 私が、その場所を知っているのよ。絶対、連れて行ってあげないんだからね」
「サタニアが魔王だからダンジョンをほとんど奪われて、魔族が大量に殺されることになったんだ」
「だ・・・・私だって・・・どうしてこんなふうになってるのか知らないもん」
サタニアに近づいていく。
「俺が魔王だと言って、魔族の前に出て、お前に決闘を挑むか? 俺より弱いことは知ってるだろう? お前から魔王の椅子を奪うことなんて簡単だ」
「っ・・・・・・・」
「お前が協力しない、というのなら、俺は魔王の椅子を取り戻しに行く。容赦なくな」
トンッ
「ヴィル・・・・あっ」
サタニアの腕を岩に押し付けて、首を撫でる。
「どうする? やるか?」
「わ・・・わかったわ。でも、条件がある」
「なんだ?」
「アイリスは置いていくのよ。中途半端に十戒軍に近づけるなら、最初から近づけないで」
サタニアが訴えるように言う。
「お願い。ミハイル王国は、十戒軍の誕生の地って聞いてる。何が起こるかわからない」
「・・・・・・・」
エヴァンのほうを見ると、頷いていた。
こればかりは・・・仕方ないか。
「わかったよ。アイリスは連れて行かない」
「ふふ、交渉成立ね。彼女の場所は、魔王城に用意しておいてあげる。裏口から入って。あと・・・・」
「!!」
サタニアが首に手を回して唇を重ねてきた。
「今のはお遊びのキス。ちゃんと記憶を覗かないやつよ」
「お前な・・・」
「ちょっとー、いい? 俺、いるんだけど。イチャイチャされる前に時間解くよー」
エヴァンがイライラしながら大声を出す。
「ったく、どこまで、ハーレム築いてるんだよ」
「じゃあね、今日の深夜、魔王城で待ってるわ」
パチン
エヴァンが指を鳴らすと、滝の音が鳴り始めた。
サタニアは、雲に隠れた月のように姿を消していた。
「あ、あれ? 魔王ヴィル様どうして?」
アイリスが驚いた表情で駆け寄ってきた。
「さっきまで、女の子がいたのに」
「いや、あいつはいい。それより・・・」
「ん? なんか、服の紐の結び方が違う気がする。なんだ?」
「それは、き、気のせいじゃないかな?」
「んー、僕、こうゆうの間違えないんだけどな。おかしいな」
リョクが首をかしげていた。
エヴァンがドラゴンになるのも忘れて、あたふたしている。
「アイリス、行くぞ」
「え? だ、ダンジョンは?」
「別の用事ができた。このまま、魔王城にいく」
「えっと、うわっ」
アイリスを抱えて、飛び上がった。
滝の上から覗き込むと、エヴァンがすっとドラゴン化していくのが見えた。
リョクがエヴァンの頭を撫でている。
あいつらは、2人だとほのぼのしてるよな。
「魔王ヴィル様、少しだけ下ろしてほしいんだけどいい?」
「ん? トイレか?」
「違うってば」
草むらにアイリスを下ろす。
ぼふっ
「ん・・・?」
すぐにアイリスがしがみついてきた。
反動で一歩下がる。
「アイリス?」
「また、魔王ヴィル様が遠くに行った気がした。だから、魔王ヴィル様を確認したかった。大丈夫、魔王ヴィル様は私の傍にいる・・・・私は私・・・・」
アイリスが両腕にぎゅっと力を入れる。
「どうしたんだよ。おかしいぞ」
「おかしい?」
ゆっくりと体を離した。
「おかしくないよ。魔王ヴィル様を確認することは、私にとって重要なことだもの」
「・・・・・・・・」
時間軸を跨いで、アイリスは俺に依存するようになった気がした。
俺と会ったばかりのはずなのに・・・。
歯車が狂うように、何かがゆっくりと変わっている。
「俺たちはこれから魔王城に行く。サタニアがアイリスの部屋を用意してくれてるだろう」
「えっ・・・・・?」
「俺たちが十戒軍の拠地に行く間、そこで待ってろ。アイリスは連れていけない」
「・・・魔王ヴィル様・・・・・一緒じゃないの?」
「用が済んだら戻るって」
「どうして? 私が弱いから置いていくの?」
風が草原に波を立てていく。
「そうじゃない。アイリスの禁忌魔法が危険だからだ」
「・・・・私が・・・危険・・・?」
「正確には”名無し”がな」
「!?」
ピンクの髪を撫でる。
人魚の涙のピアスが光っていた。
「俺はアイリスを知らない。何者なのかも、どうして俺についてきたのか、今何を考えているのか、何も知らない。でも、アイリスが異常な力を持っているのは、この目で見た」
「私・・・・・・」
「・・・本当は、俺に話せない何かがあるんだろう?」
アイリスが黙ったまま、俯いていた。
「やっぱり、記憶が戻ってるのか」
「・・・・・・・・」
アイリスが何かを隠しているのは薄々気づいていた。
”名無し”の存在も、今のアイリスなら明確にわかるのだろう。
時空退行のことも・・・。
「魔王ヴィル様・・・私は・・・」
「だから連れていけないんだ。今回の場所は、特殊だ。今の俺じゃ、お前を守り切れない」
アイリスに背を向ける。
「・・・悪い。準備ができたら、呼んでくれ」
マントを後ろにやって、アイリスから離れていった。




