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95 変わるものと変わらないもの

 夜も更けてきて、月は雲に隠れている。

 アリエル王国から魔王城へ向かう途中の泉の傍で焚火をしていた。


「私、空を飛んだの初めて。体がふわってする感覚は、まだ肉体に慣れが必要かもしれない」


「王国には召喚士はいないのか?」

「えっと、幻獣ってあまり人間と契約しないから。アリエル王国はまだいないはずだよ。サンフォルン王国やラファエル王国にはいるって聞いたことがある」


「へぇ・・・・」

「他国が力を持つと、アリエル王国は貿易で不利になる。アリエル王国はダンジョンを多く攻略して、他国に戦力を見せつけてる状態だから、かなり優位な状態で交渉してるはず。他国が一気に力を持つことになれば・・・」

「・・・・・・」


「最終手段は、私を使うことなんだけどね」

「ふうん」


「詳しく聞かないの?」

「興味ないよ」

 今のアイリスのほうが、王国のことについて詳しかった。

 性格や仕草はアイリスのままだったけど、どこかが違った。


「魔王ヴィル様は、どうしてここにいるの?」

「・・・・・・・」

「まだ聞いてなかった。私が望んだってどうゆうこと?」

 火に木を入れる。


 ぼうっと燃えた。


「お前がオーバーライド(上書き)の能力を発動させたからだ」

「え?」


「俺はお前が禁忌魔法を使えることを知っている」

「っ!?」

 アイリスが目を丸くして、固まった。


「私のせい・・・」

 すべてを理解したような表情をしていた。


「いや、オーバーライド(上書き)が発動する状況になっただけだ。アイリスは悪くない。あのとき、俺が十戒軍を止められれば・・・」

「十戒軍?」

「・・・アイリスを殺した奴らだ。この世界ではどうなっているのかわからないけどな」

 指先に光を灯して、焚火を大きくする。


「アイリスが望んだ世界は何だったんだ?」

「えっと・・・」

「まぁ、今のアイリスに聞いてもわからないだろうけどな」

 アイリスが炎を見つめながら、少し沈黙した。


「わ、私が”名無し”に代わって、もう一回オーバーライド(上書き)を発動させれば、元の時間軸に書き換えて・・・」

「元の時間軸を知らないだろ?」

「・・・そうだね・・・仮定することも難しい・・・」

 火がパチパチ音を立てる。


「私のせいで魔王ヴィル様が、魔王じゃなくなっちゃったなんて・・・」

「別にいい。魔族の王の椅子は取り戻す。だから、あまり不安になるな」

「・・・うん・・」

 アイリスは不安がすぐ顔に出るな。


「元の時間軸で、アイリスは魔王城にいたんだ。強引についてきて、流れで居座ることになったよ」

「アリエル王国からは逃げられたの?」

「そうだな」

 ほっとしたような表情で、火を見つめる。


「そっか。私、いつもどんなことをしていたの?」

「部屋にいたり、ダンジョンに行ったり・・・料理なんかもしてたな。マキアという魔族と一緒に、マキアはお前と同い年くらいの吸血鬼族だ」


「ダンジョン? 私が?」

「まぁな。アイリスはダンジョンの精霊と仲良くなるんだ。異世界にも詳しくなってさ」

「ダンジョンか・・・行ってみたいな・・・」


「・・・・・」

 目がうつらうつらしている。結構歩いたからな。

 立ち上がって、周囲に簡単な結界を張っていく。


「ん? 魔王ヴィル様、何してるの?」

「結界張ってるんだよ。アイリスはもう寝てろ。その毛皮にくるまって、風邪ひかないようにな」

「ありがとう、魔王ヴィル様・・・・」

 こてっと横になって、目を閉じていた。


 魔王と聞いたら、普通の人間はもっと警戒するのにな。

 自分の強さを自覚してるからか?


「アイリス・・・寝たか?」

「・・・・・・・」

 すぅっと寝息を立てていた。


「・・・・・・」

 アイリスのオーバーライド(上書き)は想像以上だった。

 こうやって、実際何もかも変更された世界を目の当たりにすると身震いするな。


 エヴァンや十戒軍があんなに恐れていた理由はこれか。

 アイリスの望み通りになるとなれば、本当にこの世界ごと失くしてしまうことも可能だろう。

 望み・・・がどう影響するのかは、よくわからないが。


 この世界の中で、書き換わる前の世界を知っているのは、今のところ俺だけのようだ。

 アイリスが能力を発動する場にいたのが俺だけだからなのだろうか。


 ん? というと、サタニアも同じ場面にいたはずだ・・・前の世界を知っているのだろうか。


 まぁ、魔王城に行けば全てがわかる。


 今目の前にいるアイリスからは、想像できなかった。

 これだけの魔力を使って、アイリスの精神や肉体に影響は無いのだろうか。





「!」

 泉で水を汲んでいると、大きな岩の反対側から魔族の気配がした。


 強くはない。

 敵になるか、味方になるかはわからないが、探ってみるか。


 岩を飛び越えて、浅い水面に足を付ける。

「誰・・・?」


「え?」

 星の明かりに照らされる。

 銀色の長い髪、白い肌・・・妖精のように可愛い魔族の少女・・・。


「シエル!?」

「ど・・・どうして私の名前を?」

「あっ・・・・」

 思わず視線を逸らした。

 一糸まとわぬ裸の状態だった。


「服を洗ってたのです。ちょっと汚れちゃって」

「この辺に住んでる魔族なのか?」

 マントが付いて、水面が揺れていた。


「いえ、私は魔王城から偵察に来たのです。アリエル王国の人間が不穏な動きを見せているので」

「そうか」

「す、すぐ、着替えてきますね」

 上位魔族ほどの力は無いが、シエルはこの時間軸でも魔王城に仕えていたのか。

 サタニアがどんな考えで、魔族を統括しているのか読めないな。


「あの、貴方も魔族・・・ですよね?」

「ん? そう見えるか?」

「はい、もちろんです。人間のような服を着ていますが、魔族だってすぐわかります」

 人間とは見え方が違うのか。

 奴らは、俺を魔族だとは思っていなかったようだが。


「こ・・・こっち向いてもらってもいいですか?」

「ん?」

 振り返ると、布を一枚羽織ったシエルが嬉しそうに笑いかけてきた。


「なんてお名前ですか?」

「ヴィルだ」

「ヴィル様、というのですね? ヴィル様!」


 パシャン


 足元の水が跳ねる。

 急にシエルが抱きついてきた。


「シエルっ・・・」

「一目ぼれなのです。ヴィル様、私、ヴィル様とどこかで会ったことがするのです。初めてじゃない、不思議な感覚なのです」

 岩に抑えつけられる。

 白銀の髪がふわっと揺れていた。


「シエル・・ちょっ・・・」

「こんな気持ち、初めてです。ヴィル様・・・」

 いきなりか。

 シエルらしいと言えばそうなんだが・・・。


「あ、ヴィル様が強引な女性が嫌いでしたら、少ししおらしくすることもできますよ。私はヴィル様のお好みに合わせて臨機応変に対応できるので」

「・・・・・・・」

「どんな私なら、欲を満たしてもらえますか? ヴィル様」

 シエルが頬を撫でてくる。


「そうだな・・・・」

 アイリスの気配が近くにないことを確認する。

 魔族は本当に欲望に忠実な種族だな。




「すごい・・・力が漲ってくる」

「そうだろう。お前にはそうゆう特殊能力がある」

「ヴィル様との交わりで・・・・これが私の力・・・?」

 シエルはこの時間軸でも、俺と交わることによりステータスが上昇していった。

 服を整えながら、こちらを見上げる。


「じゃあ、ヴィル様は、本当は魔王なのですね?」

「そうだ・・・。今、魔王の席に座っているのはどんな奴だ?」

「サタニア様です。ほのぼのとした可愛い魔王様です」

「ほのぼの・・か・・・」

 だろうな。なんとなく、想像がつく。

 サタニアは強いが、魔王になるには荷が重いんだろう。


「あ、ヴィル様も魔王なら、魔王ヴィル様とお呼びしてもいいですか?」

「そう呼べ。そのほうがやりやすい」

「私も、なんだかそっちのほうがしっくりくるのです。不思議な感じなのです」

 シエルの頬に付いた、土を拭いてやる。


「魔王ヴィル様、優しいのですね」

「別に優しいわけじゃないよ」

「優しいですよ。本当に・・・優しい方」

 泉の水面に波紋が立つ。

 シエルの真っ白な肌に泥がつくと、魔族を失って泣いていた頃のシエルを思い出した。

 シエルに泥は似合わない。


「シエルが得た力は、上位魔族にふさわしい力だ。俺はそろそろ戻る」

「ま、待ってください」

 シエルがぎゅっとマントを掴んできた。


「あの・・・・」

「俺はちゃんと魔王城に帰るから。心配するな」


「も、もう少しだけ、お話しませんか?」

 シエルが川の近くにある、大きな岩を指した。


「現在の魔王城の状況を・・・と思いまして」

「そうだな。聞いておくか」

「はい」

 軽く地面を蹴って、場所を移動する。




「今、魔王城ではどんな暮らしをしてるんだ?」

「上位魔族は自分の管轄を守るので精いっぱいで・・・。人間たちに魔族が大量に殺されたので、私含め逃げて助かった者たちは、魔王城で仕えています・・・・」

「大量に?」

「そうなのです。ほとんどのダンジョンは人間のもの、魔族は弱い立場です」


「・・・・・・!?」

 聞く限り、サタニアは全然上手くやれてないじゃないか。


 怪しげな人間が召喚した魔王なのだから、当然と言えば当然だが。

 サタニア自身がそんなに弱いわけではないんだけどな。


「魔王ヴィル様」

 シエルが手を握りしめてくる。


「どうか、私を魔王ヴィル様のお役に立たせてください。私、魔王ヴィル様がいてくださるなら、どんな人間の軍をも殲滅できるような気がするのです」

「・・・・・・」

 実際、十戒軍を殲滅させたしな。


 魔族にとって、状況はかなり不利になっているようだ。

 でも、俺が魔王になれば巻き返せる。

 

 どんな時間軸だろうが関係ない。

 魔族の時代を、何度でも起こしてやる。


 必ずな。


「えっと・・・魔王ヴィル様? 私、ちょっと調子に乗りすぎましたか?」

「いや、ありがとうな。シエル」


「はい!」

 ツインテールをくるくる回しながら微笑んだ。

 シエルも変わっていなくて、どこかほっとしていた。

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