94 書き換えの時間軸
「魔王復活だと・・・?」
思わず広告に食いつく。
「はは、ヴィルだもんな。ビビるしかないよな」
「階級問わないで・・・・アリエル王国の規定?」
「すごいよな」
「僕も出られるな。一応B級だからさ」
小柄なアーチャーが背伸びしていた。
アリエル王国の規定に従うというのはS級以上のクエストの際に使われる言葉だ。
高額ということを意味する。
「俺もギルドに入ろうかな。要は城の奴らの後ろに隠れていればいいんだろ?」
「そうだな。経験値は、まぁ後方支援してたら自然と上がるだろう」
人間が興奮気味に話していた。
剣士、魔導士、武闘家、ランサー・・・多くの人間が集まっていたが、みんな力は弱い。
C級がほとんどだが、B級、A級もちらほらいるな。
ただただ、人数が欲しいのか。
民衆向けのパフォーマンスなのか。
「魔王はどんな姿をしている?」
近くにいた老人に声をかけた。
「美しい少女らしいぞ。紫色の髪、冷たい視線が妖艶で、わしもあんな美女に殺されたいのぉ・・・」
「見たことあるのか?」
「もちろんだ。アリエル王国の上空に現れただろう?魔王とはいえ、あんなに美しいとはな」
「・・・・・・」
「お前さんはかなり弱いんだろう? ギルドの討伐メンバーに入れば・・・・」
爺さんの声を聞き流す。
なるほどな。状況は大体掴めた。
俺は過去で自分が魔王にならなかった時間軸にいるようだ。
魔王とされているのはサタニアだろう。
奴の配下で魔族はどんな動きをしている?
特にシエルは俺でなければ上位魔族にはなれていないとは思うが・・・。
この状況では確認する術はないけどな。
”名無し”のオーバーライド(上書き)が上書きし、時空退行させた。
アイリスが、何かをやり直すために。
話しかけてくる人間たちを無視して、歩いていると、前から図体のでかい剣士が歩いてきた。
周りに魔導士、ランサーがいる。
クエスト用のパーティーか。
「おい!」
剣士の男に腕を引っ張られる。赤子のような力だ。
「落ちこぼれのヴィルだろ?」
「そうそう、早くギルドの中に入って。貴方の力も必要ってことよ」
「ククク、まだびびってるのか?」
馬鹿にするようにつっかかってきた。
相変わらずだな。久しぶりに至近距離で感じる嫌悪感だ。
自分より下の者がたくさん居なければ、不安なだけだろうが。
こいつらの話を聞いていると頭が痛くなる。
「逃げるのか? ハハ、落ちこぼれのヴィルだもんな」
「さすがに職業不詳じゃ無理か」
「もう、せっかくのチャンスなのにね」
「・・・・・・」
無視して、城下町の出口のほうへ向かった。
こうしてみると、俺の見た目は完全にあの頃のヴィルに戻っているようだ。
自分があんな奴らの中にいられたのが不思議なくらいだった。
怒りよりも虚しさがこみ上げた。
今の俺が違うということすら、気づかないとは。
俺にはやはり魔族が相応しい。
魔族の王が、な。
アリエル王国から一番近いダンジョン、花に囲まれた場所に座る。
オーディン・・・俺の父親を殺した場所だ。
特に、供え物などは置いていなかった。
新たな魔王サタニアが居て、今は生きているのかもな。
生きていたところで話すことはない。
俺は自分の心に従うまでだ。
木の根に腰を下ろす。
リュウグウノハナの花びらが風に舞って、蜂が近くを通過していくのが見えた。
穏やかな時間だな。城下町のざわめきも一切聞こえない。
数分前まではひねり潰された人間を見ていたというのに・・・。
アイリスに会うべきだろうか。
俺が人間だった頃は、ある程度の地位のあるギルドの人間しかアリエル城近くをうろつくことさえ許されなかった。
金持ちが魔族を殺して金を得ている一部のギルドの奴らを、野蛮だと立ち入り禁止にさせたからだ。
今、この格好で城の近くをうろつけば、確実に捕まるだろうな。
「・・・・・?」
リュウグウノハナが揺れる。
マリアが好きだった花か。
どうせ、時間が戻るならマリアのいる時間軸に・・・。
って、何を考えてるんだかな。
深呼吸をして気にもたれ掛かる。
森のざわめきに眠くなっていると、ふと人間の気配を感じた。
「ねぇ、貴方は?」
被っていたケープのフードを取る。
流れるようなピンクの髪が見えた。
「アイリス!?」
マントの下に、水色のドレスを着たアイリスが覗き込んできた。
「あっ、私の名前、よく知ってるね。そっか王女なんだから当たり前か」
「俺のこと覚えてる・・・わけないよな?」
「ふふ、初対面だよね? 私、人の顔を記憶するのが得意だから、一度会ったら忘れない」
「・・・・・」
ふわっと隣に座った。
「あれ・・・でも、どこかで会ったことが気がするの。どうしてだろう・・・抜けたのかな。もう一度、記憶をたどって・・・・」
アイリスがこめかみを押えていた。
「気のせいだよ。初対面だ」
俺のことを知らないはずなのに、何の疑いもなく近づいてくるな。
「王女だろ? ・・・どうして、ここに?」
「私、今逃亡中。仕事しなきゃいけないんだけど、する気になれなくて」
「へぇ」
目を丸くしていた。
「嫌なのか?」
「私もっと何か特別なことがあった気がする。自由だった気がする。どうして城にいるのかわからなくなっちゃって・・・」
「そうか」
アイリスが土をいじりながら話す。
「ねぇ、貴方の名前はなんて言うの?」
「・・・・ヴィルだよ」
「ヴィル様ね。いい響き。やっぱり、ヴィルって名前どこかで聞いたことがある気がするよ」
「本か? 本ならヴィルって名前はよく出てくる」
「あ! そうかも」
花のように微笑んだ。
「アイリスは・・・魔王復活したって知ってるか?」
「もちろん。お城では大騒ぎ。でも、私にとってはよかった。騒動に便乗して、こうやって逃亡することができたから」
「じゃあ、俺と、逃亡するか?」
「え・・・・・?」
風がアイリスの髪を揺らす。
「お前の望みなんだろう? 俺が連れて去ってやる」
「でも・・・・」
髪を耳にかけながら少し戸惑っていた。
「それって、駆け落ちの誘いってことよね? 特に婚姻に関して双方の家族の承認を得られなかった場合に・・・」
「そうじゃなくてさ。つか、何の話だよ」
「駆け落ちの定義」
「・・・・・・・・」
俺の知ってるアイリスで間違いないようだ。
「いつ、アイリスと俺に婚姻関係ができたんだよ」
「そっか、できてなかった。これからってことね」
「・・・・・・・・・」
「私も一緒に行く。どこに行くの?」
「魔王城だ」
「え?」
― 魔王の剣―
「わっ」
右指で、空中をなぞって魔王の剣を出現させる。
「俺は、魔王だ。魔王の椅子は俺のものだ」
「え? だって、魔王は・・・」
剣を軽く振ると、紫の炎が広がった。魂を焼く炎だ。
この時間軸でも、力は十分だな。
「この世に魔王は二人いるんだ」
「魔王が・・・二人・・・」
「信じられないだろうけどな。魔王は俺だった」
剣を見つめる。闇の力は完全に使いこなせた。
ただ、サタニアに魔王の椅子を奪われたというだけだな。
「魔王? 魔王なら私・・・・でも、これは魔王の剣だし・・・あれ? どうして?」
「お前がこれを望んだんだろ? ったく、厄介なことを・・・」
「私が? どうして?」
キョトンとした表情で見つめてくる。
まぁ、今のこいつに何言っても無駄だな。
「行くぞ」
「あ、どこへ行くの?」
「ここはアリエル王国の敷地内だ。アイリスは見つかったら捕まるんだろう? ぐだぐだ話していると、その辺の兵士が来るぞ」
「はっ・・・そうだったね」
アイリスが土埃をはらって立ち上がる。
「マントを羽織っていようが、さすがにドレスじゃ目立つ。ちょっとこっちへ来い」
「はいっ・・・あっ」
アイリスの服に両手をかざした。
― 魔具錬金生成―
ドレスの丈を短くして、動きやすいよう体にフィットさせ、防御性のあるものに変形した。
まぁ、これで幾分か動きやすいし、楽になっただろう。
「ヴィル様・・・裾、短くないかな・・・とか」
「それくらい魔族では普通だ」
「魔族では・・・なるほど」
ちょっと短くしすぎたか?
まぁ、女魔族の服ばかり見ていたからな。
「行くぞ」
「はーい」
アイリスがフードをかぶって、楽しそうにしていた。
この時間軸でもアイリスはアイリスだな
魔王としての力は存分にある。アイリスとは合流した。
さぁ、ここからどうするか。




