大地の神殿
アレンと離れて半刻くらいが経っただろうか。結構馬を走らせたから、想定していたよりも早くアルトの町が見えてきた。さすがアレンの馬ね。飛ばしたつもりだけど、まだ疲れている様子は見られない。
それにしても、さっき聞こえてきた雷鳴は何だったのかしら。方角的には、霊峰セレーネの方だったけれど、アレンは大丈夫なの?
……今思えば、アレンと会ってまだ一週間も経ってないのね。波長は合うのか、けっこうすぐに打ち解けられたけど。
それに、彼は強い。精霊の力を使った能力、精霊力だっけ、それを扱う能力も高い。私が見たことのある能力は、身体能力を上昇させる『狼牙』、空中を蹴って移動できる『天狼』、空間転移を可能にする『瞬狼』ね。能力の名前は、発現したタイミングで頭にふっと浮かんでくるという。精霊が能力の名前をつけているらしい。
そういえば、私の精霊力って自分の時間を操る時間制御しか名前を知らないわね。ということは、あの四元素を操る力をまだ完璧に使いこなせていないってことになるのかしら。
考えていても仕方ないわね。
とりあえず、アルトの町に行っておっさん、アーロンのところにお邪魔することにしよう。
◇
さて、アルトの町は今朝ぶりね。
私は町並みを見渡すと、なんだかにぎわっているようだ。
「およ、ソフィーちゃんじゃないの。今朝、町を出たんじゃなかったっけ?」
商店が立ち並ぶ通りを歩いていると、何か串をくわえたアーロンに声をかけられた。ゆるい服装、ゆるい顔で近づいてくる。
「ええ、だけど、色々あって……」
アーロンはそれを聞くと、私の服をジロジロと見る。
「……キモっ! おっさん、なに見てんのよ!?」
「いや、決してソフィーちゃんの服が破れてないかなーとか思ってないからね?」
確かに、戦闘後だから少し汚れはついてるけど、傷とか服が破れてたりはしてないはず。
「きっしょいから」
「つれないなー。……それで、アレンは? 一緒じゃないの?」
「それが……、私を逃がすために敵を引き受けて……」
アレンなら大丈夫だと思うけれど、相手の能力はただならないものに感じた。さすがのアレンも苦戦するかもしれない。
「……そう。まあ、あいつなら大丈夫っしょ」
アーロンは、特に心配はしていない様子。
そういえば、おっさんとアレンはいつ知り合ったのだろうか。
「ねえ、おっさ……」
と、言いかけたときだった。
「よっ、っと。ふぅ、なんとかなるもんだなー」
空からアレンが降ってきた。というより、降りてきた?
「あ、あんた、どこから来てんのよ」
「いや、瞬狼で転移してもよかったんだけど、寝たきりになるのはごめんだからな」
どうやら天狼を使って空を駆けてきたらしい。
「アレン、もしかして、また王様関係?」
おっさんがアレンに焼き鳥を一本渡して、そんなことを聞いた。
「あれ、おっさんいたの? ま、そんなところ」
そんなアレンの反応におっさんは、いちゃ悪いか! なんて悪態をついてから、
「……青年も大変ね」
「ほんとな」
ため息をついて、焼き鳥を食べるアレン。……おいしそう。
「およ、ソフィーちゃんも欲しい?」
「そうね、少しおなかが空いたわ」
ずっと馬を走らせていたからおなかが空いた。
見たところ、屋台で売っている食べ物はこの辺ではあまり見かけないものばかり。焼き鳥だって、確か東の国の食べ物だったはず。
「ん? ああ、ここはね、東の大陸、アクアラルムから出てきた人が多いからね」
私の反応を見たのか、おっさんが説明をしてくれた。なるほど、職人の腕がいいのはアクアラルムから職人が出てきているからなのね。それに、おっさんの服装も東の国の情緒がある。
「あれ、おっさんは、アクアラルム出身だっけ?」
「いやあ、どこだっけかなー?」
「ほんとテキトーね」
おどけてるおっさんをよそに、私は屋台で焼き鳥を買った。つい欲張ってたれと塩と両方買ってしまったけど、まあよしとしよう。
「んで、お二人さんは、これからどうするの?」
おっさんは、今度はイカ串を食べている。……おいしそう。
って、そうじゃなくて! ほんとにこれからどうしようかしら。
アレンの方に目を向けると、少し伏し目がちだった。アレンもアレンで考えはなかったらしい。
「……ここにとどまるのは無理だしな」
「そうね、アルトの町を巻き込みたくはないわよね」
つまり、また根無し草な生活に逆戻りというわけね。仕方ないけど。
「って、旅するの?」
「そうだな、今までこの辺のドラゴンは狩ってきたけど、それ以外の場所には行ったことないな」
そう言うと、アレンは屋台の方に向かっていった。
アレンはこのフムスラルムから出たことがないのよね。それなら、良い機会なのかもしれないわね。
「……そういえば、ソフィーちゃんは、どこ出身なの?」
「私は、ゲイルラルムのモルゲン村出身よ」
「……あ、悪いこと、聞いちゃったかな……?」
珍しく申し訳なさそうに声のトーンを落としているおっさん。
「いえ、大丈夫よ」
「……そう?」
「それよりも、おっさんってどういう経緯でアレンと仲良くなったの?」
話を変えるためにも、さっき聞けなかったことを聞いてみた。
すると、アーロンはイカ串をたいらげてから、
「……それは、話すととてつもなあああく長くなるんだけどな?」
なんだろう、とてつもなくムカつく。
「いや、おっさんに飲み屋でウザ絡みされて、それからズルズルと……」
「あ、なるほど」
屋台から帰ってきたアレンが簡潔に答えてくれた。
「いやあ、そんな説明はないでしょう!! 俺と青年のあのアツいバトルを忘れちゃいけないでしょう!」
「アツいバトル!!」
いったい何があったというの!? すごく面白そうね。私は何気なくアレンの方に目を向ける。
「あー、あのどっちが多く女の子に言い寄られるかって勝負だろう? おっさんが惨敗してたじゃねえか!」
「くだらなっ!!」
つい声に出してしまった。というか、やっぱりアレンが勝っちゃうわよね。
「違いますうう! 俺の方に来た娘たちをアレンがかっさらっていっただけですう!」
おっさんは子供のように反論した。
「それにソフィーちゃん、くだらなくない! これは、生き残りを賭けた勝負なんだよ!」
「おっさん、それに負けてるんじゃない。生き残れてないじゃない」
「グサアアッ!」
おっさんは、私のツッコミに胸を痛めてしまったようだ。
「おっさん、もう諦めたらどうだよ」
アレンは焼き鳥を口に入れてそう言った。見ると、アレンの手には焼き鳥屋のお皿があった。気に入ったのね。
「くうっ、そんなに言うなら、ここで決着を着けようじゃないか!」
「いやおっさん、そんなに言ってる方はあんたの方でしょう! それにもう決着は着いてるでしょ!?」
「その決着を着ける方法は……」
って聞いてないし!!
「……ソフィーちゃんに決めてもらおう」
「は、はああああああああっ!?」
おっさんが変なことを言うから、つい大声を出してしまった。私は周囲から向けられる視線に縮こまる。
「よーし、ソフィーちゃん、おっさんと青年、どっちが男性として魅力的かな?」
おっさんがキメ顔している。キラキラしているはずなのに気持ち悪い。
「…………おっさんかアレンだったら、アレンでしょ」
その私の答えを聞いて、アレンは両腕を上げてガッツポーズをとった。あ、なんだかんだ嬉しいんだ。
「そ、そんなあああああっ」
「ってことでおっさん、勝負は俺の勝ちだな」
「まさか、二人はもうそういう関係だったりするの……?」
「ば、バカ言わないでよっ!!」
――――――――――――――――
ああ、これが普通の日常なのかもしれないわね。こうやって、知り合いとバカやって、騒いで……。私は……、いや、ドラゴンの被害を経験した人は、それを十年前に失った。今はドラゴンに対する守りを固めているから、街の中ではこうした日常がある。だから、元凶を叩いて、ドラゴンを殲滅しなければならない。多分、それがあの時私が生き残った理由なんだと思う。
――――――――――――――――
ふと、町をドラゴンから守る塀の上から視線を感じた。
あんな高いところからなんてありえない、とは思った。けれど、確認せずにはいられなかった。そうしなければ、死ぬ。
私は恐る恐るその塀の上を見る。やっぱり、いた。だけど、ここからじゃよく見えない。でも、向こうはこちらを認識している。
「アレン、あそこ、誰かいる」
私は、塀の上に立っているそいつに気取られないよう、動きを最小限にしてアレンに伝えた。
「ん、ああ、気づいてる。でも、こっちからは動かないようにしとけよ」
つまり、いつでも反撃できるようにしとけってことか。
「まあ、さすがに、周りの住民を巻き込んでまで攻撃はしてこないでしょうよ」
と、おっさん。……何か、知っている風だった。確かに、このアルトの町は、遺跡とか史料もあるし、武器職人が多いから、もし王都から差し向けられた敵だったら、この場で差し押さえることはしないだろう。
敵もヤツ一人だけに見える。……いや、すでにこの町に他の兵士が潜りこんでいるのだろうか?
それに、あの高所にいるってことは、弓を扱える敵という可能性は高い。弓だけじゃない、遠距離から攻撃できる精霊力を持っている可能性だってある。
すると、敵に動きがあった。
「あの動き……、弓使いか」
三人の中を緊張が支配する。
敵がかなりの使い手だということは、この距離からでもわかる。
「来る……!!」
敵が弓を引き、矢が放たれた。
私は剣を抜き、矢を打ち落とす。
「ヒュー! すごいね、ソフィーちゃん! だけど、ちょっと周りやばい感じよー」
「今だ! 奴らを取り押さえろ!」
と、あらかじめ周囲に潜ませていたのだろう騎士たちが私たちを取り囲む。町を包んでいた祭りの喧騒が、民衆の悲鳴に変わる。
「チッ、町の人たちはお構いなしかよ!」
アレンは剣を抜いて、騎士の一人を無力化する。私もそれに合わせて、目の前の騎士に斬りかかる。
騎士からの攻撃をかいくぐり、もう一人を剣で斬り、アーロンの背後を狙う騎士にスカートの裾で隠していたナイフを投げて撃退する。
「…………ッ!!」
それにしても、騎士の数が多い。門の方からも続々と騎士が向かってくる。これは、アルトの町に私たちが来るって読まれていたってことかしら。
「ソフィー、おっさん、このまま門を突破するぞ!」
アレンの言葉を合図に私たちは、目の前の騎士を突破することに専念し、門まで走りだした。
「そろそろ門だ! 気ぃ引き締めていけよ!」
騎士たちの奥に門が見えてくる。そこに、長弓を持った女騎士がいた。
「さっきの弓兵ね」
私たちが視認したと同時に、彼女は弓を引く。
「ここは私に!!」
その弓兵の言葉に目の前の騎士が一斉に道を開ける。
瞬間、矢が放たれ、私の頬をかすめた。
「この門は通しませんよ!」
女騎士は弓を部下の騎士に渡し、剣を抜いて向かってくる。
キィィィンッ、と私の剣と女騎士の剣が重なり、そのままつばぜり合いになる。
そのとき、アレンとアーロンが突然発生した小さい竜巻に巻き込まれ、軽く飛ばされる。
「ぐぁっ!」「おっと!!」
「……精霊力ね」
私は女騎士の剣を流し、門を背にして立った。
……まだ戦わない方がいいわね。
「いつつ……、ソフィー、精霊力を使う敵とここで戦いたくない! 町を出るぞ!」
「おっさんもちょっと同行させてもらうわ」
体勢を立て直した二人が私に声をかけ、門を出る。私もそれに続く。
「……アーロン隊長!!」
女騎士が私たちを追おうとして、一歩を踏み出した瞬間、その足元にアーロンの放った矢が刺さる。
「ごめんね、シルヴィア隊長主席ちゃん、ちょっと通るわ」
おっさんは女騎士シルヴィアにそう言って、その辺にいた馬に乗る。
……おっさんの知り合い? それに隊長って……。
「ヴェントゥス!!」
アレンがそう呼ぶと、風のような速さで馬が駆け寄る。……ヴェントゥスって言うんだ。
「ソフィー、乗れ!!」
私はアレンが伸ばす手をとり、ヴェントゥスに乗った。
ふと後ろを振り返ると、悲しげな表情をしているシルヴィアが目に映った。やっぱり、おっさんと彼女は、何か関係があるみたいね。
しばらく馬を走らせていると、日が傾き始める頃合いになった。
さすがに、追手はもういないだろう。
「今日はこの辺で休もうぜ」
アレンは馬を休ませて、アルトの町の方角を見る。
「……それで、アレン、ここからどこに行くっていうの? どこか、あてはあるの?」
「そうだな、ここから南の街道を行くと港町がある。そこからこの大陸を出て、アクアラルムかフムスラルムに行こうと思ってるんだが……」
港町……、タンザ港ね。そういえば、ここに上陸したときはタンザ港じゃなくて浜辺に流れ着いたのよね……。幸い、財布は握りしめていたからなんとかなったけど、今思えば小舟で大陸に渡るなんて無茶だったわよね……。
なんて、苦い記憶を思い出していると、アーロンが口を開いた。
「いいや、さすがにこのタイミングで港に行くのはまずいと思うよ。厳重に警戒されてるはず」
「ま、そうだよな」
「そこで、だ」
アーロンは人差し指をピンと立てる。
「ここから西に行くと、古い神殿があるんだ。しばらくそこを使わせてもらおう」
「古い神殿、どれくらい古いのよ」
突然崩れたりしたら港で捕まるよりもやばいかもしれない。
「さあ、封印戦争の時代からあるって話よ」
「え、そんな昔から!?」
封印戦争なんて千年以上も昔の出来事だ。今は光暦635年。封印戦争は封印暦に起きたことということになる。
「なんでも、大地の大精霊を祀る神殿なんだってさ」
「大地の、大精霊……」
もしかしたら、私の精霊力を高めるいい機会になるかもしれないわね。
「アレン、そこに行きましょう」
「そうだな。確かに、今港に行くのはまずいか」
夜ご飯を済ませたあと、アレンは周囲の見回りに行くといってその場を離れた。必然的に私とおっさんの二人きりになる。
私はぼんやりと焚火を眺めながら、今日の出来事を思い返していた。
ふと気になることがあって、おっさんの方を見る。おっさんは、月を見ながらお酒を嗜んでいた。私はまだ飲めないから、どういう味がするのか少し気になる。なんて思っていたら、おっさんと目が合った。
「およ、どうしたの? お酒の味が気になる? ソフィーちゃんも一緒に飲む?」
「まだ十八だから」
「あら、意外と真面目」
「意外と、って何よ」
「旅してるし、結構その辺はゆるいのかと思ってたわ。ということは、男関係も普通ってことか」
「お、男関係って……っ、最低!」
何を言い出すんだ、このおっさんは……!! あいにく、旅生活が長かったから、そういう経験なんてないわよ!!
「ごめんごめんっ!」
さっきの女騎士、シルヴィアについて、おっさんは知っている風だった。
彼女は、おっさんに隊長主席なんて呼ばれていた。
「……ねえ、アーロン、さっきのことだけど……」
「さっきって、青年とおっさんどっちがかっこいいってやつ? はっ、まさか、やっぱりおっさんの方がいいって?!」
おっさんがすごいキメ顔で寄ってくる。気持ち悪い。
「……そうじゃなくっ!! さっきのシルヴィアって騎士、なんなの?」
焚火の炎がパチパチと爆ぜる音がその場を支配した。一瞬、時が止まった気がした。
「……あいつ、シルヴィアは、ヘリオス王国騎士団隊長主席でかなり強いって感じ?」
その静寂を切り裂いて、アーロンははぐらかすようにおどけて言った。
「そういうことを聞きたいんじゃない。アーロン、あんた、シルヴィアとはどういう関係なの?」
「ええ、ソフィーちゃん、シルヴィアちゃんにおっさん取られるんじゃないかって嫉妬して……」
なおもはぐらかそうとするアーロンの言葉を私は遮る。
「こっちは真面目に聞いてるの。あんたはなんで騎士、それも隊長主席なんかと知り合いなの?」
私がそう言うと、アーロンは少し考えてから口を開いた。
「……シルヴィアは、俺の元部下なんだ」
「じゃあ、アーロンは、元騎士ってことか」
「まあ、そういうことになるね。色々あって、騎士はやめたけど」
「……あんた、王国と繋がってるスパイなんじゃないの? 私たちが襲われたタイミングからして、そう考えられても仕方ないわよ」
私は、剣の柄に手をかける。
「そんな、ないない。俺だって、アレンほどじゃないにしろ王国から追われてるんだ。その証拠に、シルヴィア以外の騎士は俺のことも攻撃してきただろう」
アーロンは、大げさに手を振って否定した。
確かに、アーロンが言っていることも一理あるか。私も少し感情的になっていた。
剣の柄から手を放す。
「わかってくれたみたいでよかったよ。ソフィーちゃんと戦いたくはないからね」
アーロンは、月を仰いでそう言った。どこか、含みを感じさせる言い方だった。
やっぱり、おっさんは何か隠していることがありそうね。
「そう、私もおっさんとは戦いたくはないわよ。なにされるか、わかったもんじゃないもの」
「なにされるか、わかればいいのかなあ?」
さっきまでの大人な雰囲気のおっさんはすぐに消え、いやらしい目で迫ってくる。
「うざいしきもい」
大人な雰囲気のおっさんに少しときめいていた私が恥ずかしい……。
「……まあでも、話してくれてありがとう。そのうち、なにをして騎士団を辞めたのか、話してくれたらありがたいんだけどね」
「まあ、そのうちね」
アーロンは、再び月を仰いだ。
「あー、やだね、夜は。おっさんはもう寝るわ。見張りのときは呼んでね」
「はいはい、おやすみ」
寝床に向かうおっさんの背中を見送る。
……元騎士、ね。シルヴィアの口ぶりからして、元隊長。シルヴィアが今の隊長主席なら、おっさんは元隊長主席ってところか……。そうだとしたら、おっさんの実力にも合点がいく。でも、そんな実力があるおっさんがどうして騎士団を辞めなくちゃいけなかったのかしら。
いや、王国を見限ったってところか……?
「……ドラゴン以外にも、このヘリオス王国には何かある」
いまいち確信は持てないけれど。
とりあえず、今は大地の神殿ね。封印戦争の時代からある建造物……。
封印戦争……、師匠から聞いた話だと、闇竜グルームを闇の世界に封印したことから始まった戦争だったかしら。グルームの封印が解けたことを知った光の世界側がグルームを討伐して終結。……ドラゴンが襲来するまで、童話だと思っていたけれど。そういえば、師匠も封印戦争を経験したみたいなことを言ってたっけ。
「ソフィー、どうしたんだ、そんな難しそうな顔をして」
なんて考えていたら、見回りから帰ってきたアレンがそんな声をかける。
「あら、戻ったの?」
「ああ、火は俺が見ておく。ソフィーは寝とけ」
アレンは、少し弱くなった火に枝をくべる。
「……アレンは、アーロンのこと、どこまで知ってるの?」
「おっさん? ただの飲み友達ってとこだったからな、そこそこ戦えるっていうのは知ってたけど。それがどうかしたか?」
……アーロンについて、アレンは知らないのか? それに、アルトの町を出るときのシルヴィアの言葉を聞こえていなかったのかしら。
「……そう。それじゃ、私は寝るわ。見張り、交代するならおっさんに言って」
「はいよ、おやすみ」
おっさんのことは、まだ言わない方がいいかしら……? 話すんだったら、おっさんが自分で言うべきよね。
……明日もあるし、寝ておこう。
◇
翌日。私たちは夜明けとともに馬を西に走らせた。
アレンの後ろで、馬に揺られるのはなんだか心地がいい。
「そろそろ着くよ」
おっさんの言葉を受けて、アレンの背中から覗くと、古い神殿が見えてきた。
確かに古い建造物に見受けられるが、とても封印戦争の頃の遺物とは思えない。
「魔物はいそう?」
なんにせよ、古い神殿には変わりない。そういった建造物は魔物の巣になっていることが多い。
「まだなんとも言えないけど、入り口にはいないな。追手の方はどうだ?」
「いないわね。多分、追うよりも港に警備を置いてるんでしょうね」
まあ、一応私たちは、未遂とはいえ国家転覆を狙ったテロリスト、だものね。そうじゃなくても、アレンとアーロンは国から追われている。とっくに指名手配はされているだろう。
「……十年前のドラゴン襲来以降、この大地の神殿は封鎖されている。神殿の中にドラゴンが住み着いたっていう話だからな」
先頭を走るおっさんは、馬の速度を落として私たちと並走した。
「まあ、奥に行かなきゃドラゴンはいないし、多少魔物はいるだろうが倒しきれない数じゃない。ちょっとの間滞在するくらいなら大丈夫だって」
「ドラゴンか……。おっさん、俺たちはそいつを倒しに行く」
ドラゴンと聞いて、アレンは耳をぴくぴくと動かした。
「えー、青年、本気で言ってるの?」
「最近、パッとしない戦闘ばっかだから、肩慣らしにはちょうどいい。それに、ドラゴンを倒せる人間なんて、そういないんだ。できることはやらないと」
「おっと、そりゃそうだ」
アーロンはバツの悪そうな顔をして、前を向く。
「……ってことでいいよな、ソフィー」
「ええ、それに、大地の神殿は、少し調べてみたいと思っていたのよ」
「その剣のことか? 四元素を内包した剣なんて、見たことないしな。封印戦争時代の遺跡だし、何かわかるかもな」
「え、この剣、そんなにすごいの!?」
四元素を内包なんて、さすが精霊スメラギが持ってた剣ね。
「なんだよ、気づいてなかったのか。俺の見立てじゃ、四元素以外にも何かあるな。封印の痕がある」
「封印……」
私がこの剣を手にしたとき、私に反応して鍔が展開した。そのときに、封印の第一段階が解けたんでしょうけど、まだ封印は残っているということか。それに私の四元素を操る能力は、この剣のおかげで解放されたのかしら。
「ソフィー、着いたぞ」
「え、ええ」
考え事をしていたら、いつの間にか神殿に着いていたようだ。馬に乗ってるのは私だけ、ちょっと恥ずかしい。
私はいそいそと馬から降りる。
神殿を見ると、ところどころ朽ちて崩れている部分が見受けられる。そこにひと際大きい穴が見える。恐らくドラゴンがやったものだろう。
すると、中から人影が歩いてきた。
「うん、中は大丈夫そう」
神殿の中を見てきたのだろうおっさんが戻ってきた。
「……おっさんはどうする? 一緒にドラゴン討伐に向かうか?」
「うーん、一人でこんなところにいてもなあ。俺も一緒に行くよ」
おっさんはそう言いながら、あくびをしている。……大丈夫なのかしら。
グシャアアアアアアアッ!!
突如、神殿の奥から狼型の魔物が襲い掛かってきた。
しかし、おっさんはその魔物を一瞥もしないで蹴り飛ばし、いつの間に出したのか、矢が空気を裂いた。
その早業に、私の目はおそらく丸くなっていただろう。
「ソフィーちゃん、これで申し分ないでしょ」
やっぱり、おっさんは心が読めるのかしらね。
「だから、そんなんじゃないって。経験の差ってやつよ」
笑うおっさん。……そういうことにしておこう。
「……やっぱりな。おっさんって騎士団にいたんだ」
おっさんの一連の動作を観察していたのか、しばらく黙っていたアレンが口を開いた。
「その弓の引き方は、騎士団でも上層の隊でしか見ないからな。そういえば、昨日の女騎士も同じような引き方だったな」
鎌をかけるように、アレンは言った。
「……さすが青年、昨夜ソフィーちゃんには話したんだけど、俺、騎士団にいたんだ」
隠すつもりはないのだろう、おっさんはすぐに口を割った。
「まさか、弓の引き方でバレるとは。……騎士団で俺みたいな戦い方をするのは、団長の隊と昨日の女騎士、シルヴィアの隊くらいなのに」
「……まあ、子供の頃に、弓と剣を切り替えて戦う変な騎士が入団したっていう噂を聞いてたからな。それがおっさんだとは思ってなかったけど」
「ふーん、そう……」
アレンの言葉に引っかかる点があるのか、おっさんはそんな返事をする。
そういえば、アレンの子供の頃の話とか聞いたことないわね。精霊の里出身だし、ちょっと気になるわね。
「まあ、とりあえず中に入ってみようぜ」
アレンの一言で私たちは中に入ることにした。
中に入ると、朽ちてところどころ崩れていたところがあったにしてはきれいだった。やはり大精霊を祀る神殿だけあって、なにか神聖な力が働いているのだろうか。
そんな道を進んでいくと、ひと際明るく開けた場所に出た。
天井を見上げると、外から見えた大きな穴が開いていて、日が差していた。……目が痛い。
私が目をこすっている間に、アレンはその広間を調べていた。
「……なるほど、大地の神殿だけあって地下に広がっている感じか。それに結界が張られていた痕跡がある。……形式は精霊の里に似てるな」
アレンが見ている方向を見ると、地下に続く階段が見えた。その壁には、等間隔に淡く光る石がはめ込まれていた。
「さすが、神殿だけあって地霊石がふんだんに使われてるなあ」
「地霊石?」
私は首をかしげて、おっさんの方を見る。
「……なんでも、地属性の精霊が特殊な術を施した石なんだって。こういう遺跡で見かけるな」
「ふーん、便利なものね。……ってちょっと置いてかないでよ」
おっさんは、物おじもせずに階段を降りていく。どうやらアレンはすでに進んでしまっているようだ。私もそれについていく。
地霊石の明かりがあるとはいえ、階段を降りれば降りるほど暗くなっていく。
私は地霊石と前を行くおっさんを目印に進む。
それにしても、この地霊石、ひとつくらい持ってってもバレないよね。
「ソフィー、地霊石を壁から外したら使えなくなるからな?」
おっさんの前を行くはずのアレンから静止の声がかかった。
「そ、そんなことするわけないでしょう」
私は、地霊石に伸びかけた手をとっさに体の後ろに隠した。
アレン、背中に目でもついてるのかしら?
「目以外にもついてるぞ」
「化け物か! それと、当然のように心を読まないで!」
そんなやりとりを聞いて、おっさんは腹を抑えて笑っている。踏み外しそうで怖い。
……おっさんだけじゃなく、アレンにも心を読まれるなんて。私ってそんなにわかりやすいのかしら。
少し長い階段が終わると、複数の居住スペースとみられる部屋が通路から分かれている。察するに、ここもかつては精霊が住んでいた場所なのだろう。
「それにしても、なんか息苦しくないかしら?」
なんというか、空気が重く感じる。
「地下だから、っていうわけでもなさそうだな」
「そうだね、ちょっとやな感じ?」
アレンもおっさんもそれを感じているようだった。
……魔物が襲ってきたら、ちゃんと戦えるのかしら。幸い、小さい部屋の方にはいないみたいだけど、奥に見える広間からはわずかだけど獣の足音が聞こえる。
「おっさん、あんま無理すんなよ」
「青年も、ね」
アレンが珍しくおっさんを気にかけている。これは、本当に気を引き締めていかないと……。
広間に近づくにつれて、獣の臭いが強くなっていく。
グルルルルルルッ!!
魔物の群れの中の一頭と目が合ってしまった。
「……この狭い通路での戦闘は不利だ! 広間まで走るぞ!」
「りょーかい!」
アレンの声掛けと同時に、おっさんは矢を放ち魔物に的中させる。
私たちはそれを合図に広間まで駆け抜ける。
広間に入ると、魔物の群れが待ち受けていた。中には傷を負っている魔物もいるようだった。
「まとめてかかってきな!」
アレンは魔物たちに言い放つ。魔物たちが一斉に襲い掛かってくる。
アレン、やっぱり戦闘になるとテンション上がるのね。
襲い来る狼たちを一頭、また一頭と斬り伏せていく。
ふとおっさんを見ると、やはり弓と剣を素早く切り替えて戦っている。それに急所を捉えているのか、すべて一撃で仕留めている。
……器用ね。
「……奥からも来てるね。いや、逃げてきてる感じ?」
「やっぱり、奥にドラゴンがいるみたいだな。大方、こいつらはこの神殿の霊力に釣られてやってきたみたいだが、思わぬ先客がいたみたいだけどな!」
アレンは言いながら、狼を斬り伏せる。
負けてられないわね……。
私は、ナイフを数本手に取り、狼の群れに斬り込み、ナイフを投じる。そのナイフは狼の首を確実に捉え、狼たちが次々と倒れていき、ほかの狼たちはそれを見て私たちを通り越して逃げていく。
「やっぱやるねー、ソフィーちゃん!」
「あんなの相手にしていたところでキリがないでしょう」
私が倒れた狼たちからナイフを回収すると、その亡骸は光の粒子となって霧散した。
魔物といった霊力の高い動物はその命を終えると、霊力を構成する霊子になって世界に還元される。それはドラゴンも例外ではないし、おそらく私やアレンみたいな精霊力を扱える人間も死んだら消滅してしまうだろう。
「……おいおい、外にはヴェントゥスがいるんだぞ。狼が外に出たら、食われちまうだろう」
「あら、ドラゴンキラー様の愛馬は、あんな手負いの魔物にやられるような馬じゃないでしょう」
「そりゃそうだ」
私はナイフの最後の一本を回収すると、スカートの裾を少し上げてナイフを納める。
「…………」
「おっさん、見すぎ」
伸びきった鼻の下をさらしているおっさんに剣をちらつかせて少しにらんだ。
「いや、そんな魅惑的な太ももがちらちらしてるんだ、見なかったら無作法でしょ」
「最低!」
「おお、そのスカートを押さえる仕草ッ! んんー、そそるね」
「あの狼たちの餌になる?」
「ソフィーさん? 笑顔なのに目が笑ってないよー」
「なんででしょうね?」
「すみませんでした」
力なく謝るおっさん。
こういうちゃらんぽらんな感じのおっさんからは、元騎士団隊長主席なんていう大それた肩書は見えない。
「ほら、バカなこと言ってないで、さっさと行こうぜ」
「そうね、行くわよ、おっさん」
「へーい」
少し進むと、仰々しい階段があった。おそらくこの下が最下層だろう。
「……空気がまた一段と重くなったな」
この感じ、なんなの? 息苦しい。
「これじゃあ、下の方はもっとひどいかもしれないな」
「……そうね」
なんて言う割に、おっさんとアレンはそこまで苦しそうではなかった。私なんて、少し歩いただけで、肩で息をしているっていうのに。
「ソフィー、大丈夫か。降りるぞ」
アレンの声で、少しぼーっとしていた頭に鞭が打たれる。
「え、ええ、そうね」
私たちは階段を降りていき、最下層へ向かう。
心なしか、地霊石の明かりが強くなってきている気がする。それほど精霊の力が強まっているのだろう。地下だというのに、昼間と同じくらいの明るさだ。
「この気配、やっぱりいるな」
アレンがドラゴンの気配を感じ取ったらしい。
最下層まで降りると、一段と仰々しい扉が目の前にあった。
そういえば、地下に入ってから目立った傷がない。天井の穴から察するに違う場所からここまで入ってきたのか。
「入るぞ」
古びた扉は重々しく開き、目の前にはこれまであったどの部屋よりも広い部屋だった。その奥にはひと際大きな穴が開いていて、その穴の前に大きなドラゴンが鎮座していた。
「貫禄あるね」
「あいつ、かなり手強いぞ」
「そう、みたいね」
私たちは武器を構え、戦闘に備える。
グアアアアアアアッ!!
ドラゴンは立ち上がり咆哮する。
昨日襲ってきたドラゴンとはわけが違うわね。肌がビリビリしてる。
「こいつ、やっぱり精霊を喰らったか」
「どういうこと!?」
「話はあとだ! 今はこいつを倒すの先だ!」
アレンは言うと、ドラゴンに斬り込んでいく。
ドラゴンもそれに合わせてその強靭な脚を振り下ろす。
アレンはそれをひらりと躱し、胴部に一撃を与えるが、ドラゴンは怯みもしない。
噓でしょ……。アレンの攻撃は確実に精霊力で捉えた弱点に当たった。それなのに怯みもしないなんて……!
「ぐはっ!!」
カウンターを貰ったアレンが後方の壁まで吹き飛ぶ。
「アレン!」
私は吹き飛ばされたアレンに駆け寄る。見る限り、かろうじて受け身はとったようだが、しばらくアレンは動けないだろう。
アレンでも一撃を喰らったら致命傷なんだ、私が喰らったら……。
そう考えると、足がすくむ。剣を持つ手は震え、今すぐここから逃げ出したいとさえ思う。
グアアアアアアアッ!!!!
ドラゴンは再び咆哮する。
その迫力に、思わず目を閉じてしまった。
「ソフィーちゃん! 構えて!」
「……ッ!!」
おっさんの言葉で我に返った。
目の前に迫るドラゴンは床を蹴り、地面が少し揺れる。
心を落ち着かせて剣を構えなおす。
集中しろ、集中しろ、集中しろ。
自分に言い聞かせ、ドラゴンの弱点を探る。光る部分が見えてくるのと同時に、身体の中から力が湧き上がってくる。
ドラゴンが前脚を振り上げ、鋭い爪を私に振り下ろす。
「……!!」
私は直感的にその爪に剣を合わせる。
ギイインッ!! と音が響く。私は弾かれた剣に引っ張られるように体勢を崩した。
「ぐッ!!」
私は、すぐに次に来るであろう攻撃に備える。
だがその攻撃は来なかった。
ドラゴンに視線を戻すと、ドラゴンは私とぶつかった瞬間の状態で静止していた。それはまるで時が止まったかのようだった。
「今しかない……ッ!」
なにがどうなったかはわからないけど、これは好機だ。
私は、昨日の四元素が湧き上がる感覚を思い出す。
深呼吸をする。
私の周りに蛍の光のようなものが浮き上がってくる。
それと同時に、身体に四元素の力が入り込んでくるような感覚がした。
「ソフィーちゃん! ドラゴンが動き出しそうだ!」
アーロンがドラゴンの目に矢を的中させて言った。
ドラゴンが震え始め、今にもその前脚を振り下ろしそうになった瞬間、私はその四元素の力を解放し、剣に乗せて放った。
「はああああああああッ!!」
剣を振り下ろすと、光の柱が立ち、ドラゴンが蒸発するように消滅した。
「うっ! はあ、はあ、倒したわね」
ドラゴンが完全に消滅したことを確認すると、膝をついた。
この戦闘で使った精霊力がふと頭に浮かんだ。
ドラゴンを静止させた精霊力は『空間固定』、ドラゴンにとどめを刺したのは『四元斬』という名前らしい。
どうやら、私は精霊力を使いこなせるようなったようだ。
「ほえ~、すごいね、ソフィーちゃん!」
「直感的にやっただけよ」
私は息を整えると、アレンのもとに駆け寄った。
「アレン、大丈夫?」
「あ、ああ、悪いな、ソフィー。だけど、お前の見せ場はちゃんと見ててやったぜ」
「もう、ケガしてるんだから、その口、閉じてたら?」
どんな状況でも変わらないアレンをアーロンに任せ、私は周辺をを調べる。
今の戦闘で、ところどころ崩れていて、パラパラと天井から破片が落ちている。
「ちょっと、派手にやりすぎたようね」
ため息混じりに呟き、私はなんとなく部屋の奥に視線を向けた。
「……ッ!」
年老いた男がこちらを見ていた。
人間じゃない、と直感した。
私は剣に手をかけ、臨戦態勢に入る。
「その剣、スメラギの力を感じる」
老人が口を開いた。師匠のことを知っているのだろうか。
「やはり、封印術が施されているな」
気が付くと、老人は私の目の前に立ち、私の剣を観察している。
「……大丈夫、敵意はないさ。あのやかましいドラゴンを倒してくれたんだ。そんな恩人を無碍に扱うわけもなかろう」
私の視線に気づいたのか、剣から視線を動かさずに老人は言った。
「敵意はないにしても、恩人に対して少し失礼じゃない?」
おっさんが私の肩に手を置いて、老人から私を遠ざけた。
「そろそろ、正体を明かしてくれない? うちのMVPが怖がってるだろ」
「は、怖がってないし!」
私は、ついいつもの調子でおっさんにツッコんでしまった。
そのやりとりを見てか、老人が目を丸くしていた。
「かっかっかっ、人間と関わるのはいつぶりだったか」
「その口ぶり、いかにも人間じゃねえみてえだな」
アレンが服に着いた土埃を払いながら起き上がってきた。
「アレン、大丈夫なの?」
「今は俺よりこいつだろ」
……アレンの傷がもう治っていた。これも、精霊力か。
「……儂は、地の大精霊、テッラだ。その剣を作った精霊の一人だ。もっとも儂の知っている形とはちと違うようだがの」
この老精霊が、地の大精霊……?
遅筆故、更新は遅いです。気ままにお待ちください。