その男、女好き
翌日。私は、扉が開く音で目を覚ました。
そういえば、ドラゴンキラーの家に来たのよね。ドラゴンキラーも男だから、何かされるかと思ったけれど、何もなかったわね。意外と誠実なのかしら。
「ソフィー、そろそろ起きろよ」
外から帰ってきたアレンが呼びかける。
馬の調子を見てきたのだろう。
「……今日は、王都に行くのよね」
「ああ。……傷の方は大丈夫か。軽傷だとはいえ、ドラゴンの攻撃で負ったものだからな」
「ええ、大丈夫よ。痛みもないし、問題ないわ」
拳に力を入れたり抜いたりしながら確認する。
うん、大丈夫みたい。
でも、一度腕慣らしみたいなことはしたいわね。
「……どうした、さっそく体を動かしたいのか?」
アレンは、私の心を見透かしているようなことを言った。
「バレた……?」
「まあ、ソフィーの力量を測る意味でも、一戦やってみたかったんだ」
「昨日はドラゴンが相手だったから後れをとったけれど、対人戦だったら負けないわよ」
師匠に、武術は一通り叩きこまれているからそれなりに自信はある。
「よし、それじゃあ、外で待ってるから、準備ができたらきてくれ」
◇
私はすぐに着替え、机の上に置いてあった安っぽいパンを口に放り込んで、外に出た。
「……早かったな。女の子の朝の支度は時間がかかるものだと思っていたんだが」
アレンはそんなことを言いながら、私に木剣を渡した。
「普段俺が使ってるものだけど、いいよな」
握ってみて、特に違和感はない。傷が結構ついているのは、彼が普段から使い込んでいる証拠だ。家の中も小綺麗にされてたし、案外真面目なのかもね。
「ええ、特に問題はないわ」
そして、私は木剣を構える。
「やっぱり、武術の心得はあるみたいだけど、かなり我流が混ざってるな」
アレンもそれを見て構えた。
「型にはまったやり方は、私には窮屈なのよね」
風が吹き、森の木々が揺れる。
風が止んだことを合図に、私たちは剣を交えた。
アレンの一撃は、しなやかながらも重かった。
私はそれを受け流し、一度距離をとる。力ではさすがに敵わない。だったら、懐に飛び込んで決めるしかない。
「華奢なのに、よく受け流したな。力には自信はあったんだけどな」
「もうちょっと良いパンを食べてたら、弾き返せてたんだけどね」
「うっせ。こんな場所に住んでるんだ、金なんて持ってねえわ」
と、楽しげに会話をするアレンだが、いっさいの隙がない。
さすがにこんな手に乗るほど甘くないか。
「さてと、おしゃべりはこの辺で。そっちから来ないならこっちから行かせてもらう」
……速いッ!
とっさにその一撃を防ぐが、体勢を崩してしまう。
まずい、次が来る。
ドラゴンの時と同じだ。危険だと全身の細胞が告げている。
「ソフィーはどこまで防げるかな……?」
前後左右から、アレンの攻撃が飛んでくる。
私はそれをなんとか防いでいるが、アレンの攻撃が速すぎてカウンターの一手を繰り出せない。
これが、アレンの実力……。
でも、ここでドラゴンのときみたいな力が使えれば、逆転できるかもしれない。
アレンの攻撃ひとつひとつに集中する。
感覚を研ぎ澄まし、ドラゴン戦を思い出す。
これは模擬戦、弱点を突く必要はない。だから、相手の隙を見つけるだけでいい。
そのとき、アレンの攻撃、空気の流れ、木剣が交わる音、すべてが遅く感じた。
これなら、いける……ッ!
私は、一息でアレンに接近し、攻撃を繰り出す。
しかし。
「……危ないな、もうちょっとでやられるところだった」
アレンに攻撃は届かなかった。
私が斬ろうとしたソレは、霧のように消えた。
アレンの声がしたのは、背後。気づいたときには、アレンの木剣はすでに私の首元にあてられていた。
次元が違う。
「……負けたわ」
精霊の力を使っても届かない。これが、ドラゴンを一瞬で落とした男の力……。
危なかったなんて、絶対ウソ。
「あんた、危ないとか言っておきながら、汗すらかいてないじゃない」
「……それより、今ソフィーが使った自身の時間に干渉する力は、身体への負、担がかなりある、らしいが、大丈、夫か?」
「え……?」
アレンの言葉がうまく聞き取れなくなったと思った途端、私の意識は途切れた。
「あ、おい、ソフィー……!」
◇
「……ん、あれ、私……」
目を覚ますと、私はベッドの上で横たわっていた。
アレンが運んでくれたのだろう。
「……起きたか。悪い、精霊の力には負担がかかりすぎるものが稀にあるということを伝えていなかった。ソフィーがそこまでの力を持っているなんて気づかなかった、すまない」
「いえ、そんな、私だってまさかあんな力が使えるなんて思っていなかったから」
確か、アレンは自身の時間に干渉する力って言ってたわね。
精霊の力、弱点を見抜く力だけじゃなかったのね。
「……どうやら、ソフィーの師匠だった精霊は、かなりの力を持っていたみたいだな。それも精霊の中でもトップクラスだ」
「精霊の力って言っても、種類はいくつかあるのね」
「ああ。自身の力を上げる能力、物質を司る能力……、他にもあるが多いのはこの二つだ。ソフィーが使った時間に干渉するみたいな特殊な能力は稀有で、負担が大きい」
アレンの話を聞いて、師匠があまり話してくれなかったのもなんとなくわかったような気がした。師匠の下で修業していた頃は、ドラゴンに対する復讐心に支配されていた。そこでアレンが言っていたようなことを聞いていたら、きっと私の身体はボロボロになっていただろう。
「……他にもソフィーには、負担が大きい特殊な精霊の力があるかもしれない。極力精霊の力の使用は避けた方がいいだろうな」
「……そうね。でも、自分にどういう能力があるのか知る必要があると思うの」
「そうだな、負担が大きい精霊の力の使用は、一日に一回にしよう。俺の目が届くところでのみ使うようにしてほしい」
「……わかったわ。ところで、今日は王都に行くのよね。時間は大丈夫なの?」
つい忘れてしまっていたが、重大な用事があるみたいだったし大丈夫なのだろうか。
「ん、ああ、大丈夫。今から行けば間に合うだろう」
「そう、今から行けば間に合うのね」
それならよかった。
……って。
「今から!? さっき動いたから、軽く汗を流しておきたいのだけど……」
確か、近くに水浴びができそうな川が流れていたはず。
「……ああ、それなら大丈夫だ。ソフィーが寝ている間に、汗が冷えて体調とか崩したらいけないと思って、身体はちゃんと拭いといたから」
「…………………………はい?」
まさかと思い、自分の服に目線を落とす。
紐の結び目が乱れていたり、寝ていたことを加味しても微妙に服が乱れている気がする。
「いや、人に服を着せるっていうのは、なかなか難しいものだよな」
などとアレンは言っている。
「……まさかとは思うけど、私の……」
「え? ああ、ソフィーは細かったから拭きやすかったな」
「そういうことじゃなぁいッ!!」
パシィンッ! という音が家に響いた。
◇
そんなことがあったが、なんとか王都にたどり着いた。
「……それで、ヘリオス王を殺すって言うのは?」
「ああ、それは最終目標だ。昨日話したことが本当だということを証明する」
別に信じていないってわけではないけど、ドラゴンを世に放った張本人、それがどんな奴なのか、どれほどの力があるのか見極める必要がある。
それに、昨日感じた違和感も払拭したい。
と、思考を巡らせていると、アレンが口を開けた。
「ヘリオス王は、ドラゴンが人間に転生した竜人という種族の末裔だ」
「ドラゴンが人間に……?!」
「ああ、王都ができるより遥か昔、竜人がこの世界に光を求めてきたらしい」
「この世界にきた、まるでこのルミナス以外に世界があるような言い方ね」
「……実際あるからな。ルミナスを光の世界とするなら、ドラゴンがいた世界はグルームっていう闇の世界だ。そのグルームとルミナスを繋ぐ門を監視していたのが精霊の里だった」
その精霊の里がドラゴンによって滅ぼされた。でも、竜人もその門を通ってきたのよね。
「待って、竜人がこの世界に来た時もその門を通ってきたんでしょ? その時に精霊の里を……」
「その当時の竜人は本当にこの世界に安寧を求めていた。悪行を働くような連中じゃなかった。むしろ、この世界の発展に大きく携わったらしい」
この王都がその最たる例だという。
「だけど、その竜人がこの世界を脅かしてる」
「ああ、今のヘリオス王、アルトリウス=ヘリオスは平和など望んでいなかったようだ。ドラゴンをこの世界に召喚する方法を編み出し……」
と、アレンがそこまで言いかけたときに、周りがやけに騒がしいことに気づいた。
いや、王都でもにぎわっている場所ではあるんだけど、異様な騒がしさだった。
「なに……?」
聞こえてきたのは、陛下だとか王様だとかいう言葉。
……って、ちょっと、どういうこと!?
「いやあ、興味深い話をしているね、そこの二人」
人混みの中から出てきたのは、鎧をまとった兵士に囲まれた妙に偉そうな男とその側近っぽい女だった。
もしかしてとは思うけど……。
「……アルトリウスか」
やっぱり、アイツがヘリオス王か。
「久しぶりだね、アレン君。前に会ったのは確か、この王都にドラゴンが襲来したとき以来かな?」
アルトリウスは、周りの兵士に待機命令を出し、こちらに近づいてくる。
「……王様が、直々にだなんて恐縮ですね」
おどけているが、アレンに隙はなかった。私も、それに倣って構える。
ふとアルトリウスと目が合う。
「おや、そちらのお嬢さんはアレン君のガールフレンドかい?」
「そんなところですかね」
「まあ、アレン君についてるってことは、ドラゴンに恨みがあるんだろう?」
ジリジリと近づくアルトリウス。
明らかな挑発。この男がすべての元凶であると、直感した。
「その様子だと、知ってるみたいだね、ドラゴンがどうやって現れたか」
いつの間にか、騒がしかった大衆の姿がない。
これなら、暴れても問題はなさそうね。この男を、すべての元凶を断つチャンスだ。
「…………ッ!!」
私は、一息でアルトリウスの首元に斬りこんだ。
「おい、待て! ソフィー!」
アレンの静止が聞こえた気がするが、問題はない。
完全にヤツは油断している。これなら、こいつを殺れ、る……?
「太刀筋は悪くないけど、ボクをただの王様だって思わない方がいい」
「なッ!?」
気づいた時には、私の剣は宙に飛んでいた。
そして、アルトリウスの手には、かなりの業物に見える長剣が握られていた。
見えなかった、こいつの剣が……。
「もう、終わりかい? ボクは直接手を下したくはなかったんだけどね」
……来るッ!!
「ソフィー!」
「きゃっ!」
アレンが瞬時に私を突き飛ばし、アルトリウスと剣を交える。
「ふうん、アレン君、ちょっとは腕を上げたみたいだね」
しかし、アレンでも防戦一方になっている。
そんな、私が見誤ったせいだ。私の実力が足りなかった。最後の最後で復讐に心を持ってかれた。
「ソフィー、絶望は後にしろ! なんとかして隙を作る! その隙に逃げるぞ!」
無理だ。敵わない。アレンも私のせいで……。
「ソフィー!」
ごめんね、お母さん、お父さん。
「アレン君、よそ見はいけないな」
「あいにく、お前と違って周りも見なくちゃいけないもんでな」
金属と金属が交わる音が響く。二人の剣戟に割り込む隙はないだろう。
「ソフィー、早く立て!」
ダメだ、力が入らない。
アルトリウスからは、ドラゴンとは違う恐怖を感じる。
「アレン君、そろそろ終わりにしよう。退屈になってきた」
言うと、アルトリウスの長剣が光り始めた。
まさか、精霊の力!?
その時だった。
「火事だあああッ!!」
ここからそう遠くない場所から、男の声が聞こえてきた。
一瞬だけ、アルトリウスの攻撃の手が止まった。
「今だ!」
アレンはアルトリウスを突き飛ばし、私に向かって走り出す。
「ソフィー、そのままじっとしていろ」
私の手を取ると、アレンは目を閉じた。
すると、一瞬にして風景が変わった。いや、場所が変わった? でも、まだ王都の中みたいね。
「今のは、転移だ。精霊の力の中でも反動は大きい方だから、連発はできないけどな」
と、戸惑う私に説明をしてから、
「さすがに、勝てなかったか。本当は城に忍び込んで、少しちょっかいかけて帰るつもりだったんだけどな」
おどけているが、アレンの額には汗がびっしりとついていた。
「ごめんなさい、私、こんなことになるとは思わなくて……」
私は、ハンカチでアレンの汗を拭いて言った。
あのとき、火事が起きてなかったら、私たちはきっと……。
「……そうだな」
アレンの言葉が重く突き刺さるように感じた。
せっかくドラゴンキラーまで辿り着いたって言うのに、足手まといだ。
「でも、俺たちは生きてる。それでいいじゃねえか」
アレンは立ち上がり、私に手を差し伸べた。
「次はそうならないように、お互い力をどんどんつけていこうぜ」
「アレン……」
私はその手を取り、頷いた。
にっ、と笑うアレンに一瞬ときめいてしまったのは内緒だ。
「よし、反省会は終わりだ。追手が来る前に王都を出よう」
アルトリウスが最後に見せたあの技、あれは精霊の力なのだろうか。だとしたら、アルトリウスも精霊と接点があったということになる。アイツ自身、相当な実力を持っている。今まで以上に強くならなければいけないわね。
なんて、思案を巡らせていると、背後から声をかけられた。
「よ、そこのお二人さん、さっきは大変だったね」
「誰!?」
抜かった、背後を取られるなんて。
振り返ると、三十代くらいの少しだらしなさそうに見える男が立っていた。
「まあまあまあ! おじさん悪い人じゃないって!」
よく見ると、その男は弓を背負っていた。
弓の使い手がわざわざ接近してくるはずはない。いや、ブラフっていう可能性もあるか……。
「お嬢ちゃん、せっかく可愛い顔してるのに、そんな険しい顔してたら台無しよ?」
「険しい顔させてんのはおっさんだろう?」
アレンは特に警戒していないみたい。知り合いなのかしら。
「あら青年、いたの」
「知り合い……?」
意外と親しげな様子だ。
「ああ、このおっさんは……」
「アーロン=スミス、よろしくね、お嬢ちゃん」
鼻の下が伸びている下品な男は、そう名乗った。
なんか、全身の毛が逆立つような感覚がした。
「アレン、早く王都を出ましょう」
「いやいや、怖がらなくて大丈夫。君たちが追われてるのもわかってるし、さっき王様とやりあってたよね」
まあ、さっきの口ぶりから見られていたっていうのは予想がついていたけれど。
「しかも、久し振りに大声出したんだよ、おっさん」
頑張った、と自分で褒めてる。
……大声。もしかして。
「まさか、あの火事って叫んでたの……」
「そう、おじさん」
まさか、こんなおっさんに助けられていたなんて。
「それは、ありがとな、おっさん。それじゃ、俺たちはこれで」
アレンと私は、軽く会釈して早歩きでその場を後にしようとしたが、アーロンに肩を掴まれた。
「ちょ、ちょっと待ってよ、お二人さん」
「まだなんかあんの? おっさん」
「いや、青年にこの前のお礼をたいから、おじさんの町来てよー」
やっぱり、かなり親しいみたい。
なんでこんなおじさんと関わりがあるのかしら。
「……まあ、断る理由も特にないしな」
「よっし、決まりだな」
「そうと決まれば、早く行こうぜ」
決まってしまった。
◇
なんて、とんとん拍子に話が進んで、アーロンが住んでいるという町までやってきた。看板には、歴史と職人の町アルトと書いてあった。
ドラゴン対策の壁がしっかりしているのは王都と距離が近いからだろう。
「とりあえず、ごはんでも食べない? おじさん、もうお腹ペコペコ」
この辺は、飲食店が多いわね。おいしそうな匂いが鼻腔をくすぐる。今朝は安っぽいパンだったし、お昼は王都での一件で食べられなかったから、かなりおなかがすいている。
「そうだな。……あ、おっさん、今回はソフィーもいるからいつもの場所はダメだからな」
いつもの場所……、そういえばアレンは、お酒を飲めるんだから、居酒屋とかかしら。
「わかってるって。おじさんだってこんなかわいいお嬢ちゃんがいるのに、そんな場所なんて行けないよ」
「どんな場所よ」
「まあ、飯ならあそこでいいだろ」
若干、会話を遮られたような気がするけど、アレンは定食屋を指差した。
「そうね、そこがいいかもね、おじさんは何食べようかなー」
はぐらかされたわね。
店内はいたって普通の定食屋さんだった。とても落ち着く。
「おや、アーロンじゃないかい。うちの店にゃ、可愛い女の子はいないよ」
「おばちゃん、勘弁してよ。今日は連れがいるんだって」
定食屋のおばちゃんがアーロンに話しかける。
「へえー、アーロンって意外と顔広いんだ?」
「嬢ちゃん、意外とってなに? おっさん傷付いちゃう」
このおっさん、本当にノリがいいわね。胡散臭いけど。
「あら、見ない顔だね。アーロンは、この町の用心棒みたいなことしてるのよ。いつもはふらふらしてるけどね」
「むしろふらふらしてる方が多いんじゃねえの?」
「うるさいよ、それくらい平和ってことでいいじゃないの」
アレンの付け足しにツッコむアーロン。
いいなあ、こういうの。
……ドラゴンがいなかったら、私もこういう日常を送れていたのかしら。
「それで、なんでアーロンはあのとき私たちを庇ったりなんかしたの?」
ごはんを少し食べて落ち着いたころ、ふと聞いてみた。
「そりゃ、可愛い女の子がピンチだったら助けるに決まってるでしょ」
「…………」
なんか気にくわなかったから、睨んでみる。
「冗談冗談。……本当は、あの王様気にくわないんだよな、なんか裏がありそうでさ」
アーロンは、口の中にに残っているものを飲み込んでから続けた。
「あの王様、なんか怪しい実験をしてたみたいな噂もあるし、ドラゴンだって王様のせいだなんて言うヤツもいるんだ。火のないところになんとやらってね」
どこぞの陰謀論者が唱えた説なのかもしれないが、アレンが言っていたことと一致する部分はある。
「まあ、そんな固い話はやめようよ、嬢ちゃん。今は体を休めようや」
と、アーロンはアレンの方に目を向ける。私もそれに倣ってアレンの方を見る。
「……アレン」
アレンは、食事を途中にテーブルに突っ伏して眠っていた。
さっきから静かだと思っていたら、まさか眠っていたなんて。きっと、転移を使った反動だ。
「遠くから見てたけど、あの王様と結構やり合ってたからね、そりゃあ疲れるよ」
少しやさしい目を向けたアーロンだったが、一瞬でいやらしい目に変わる。
「……つまり、お嬢ちゃんと二人きりというわけだ」
「はい?」
「おじさんが夜の楽しみ方を教えてあげよう」
「ふんッ!」
変態には天罰を。私は、割と強めにアーロンを殴った。そのせいか、アーロンはすっかりのびてしまった。
「おばさん、お代はアーロンにツケといてください」
「わかったよ、またいらっしゃい」
おばさんの優しい声を背に、私は少し気が引けるけどアレンを起こし、伸びてるアーロンを引きずって店を後にした。
宿でアレンを休ませたのち、宿の外でまだ伸びたままのアーロンのところへ向かった。
「おっさん、いつまでそうしてるつもり?」
「およ、嬢ちゃん、俺たち、飯食ってなかった?」
「なに寝ぼけてるの。さっきおごるって言って、おばさんにツケといてもらったでしょ」
「そうだっけ?」
本当は私が押し付けただけなのだけど、記憶が曖昧なら黙っておくのがいいわね。
変態のおっさんが悪いからと、若干の罪悪感を押し殺した。
「そういえば、青年は?」
「宿で寝ているわ」
「あらそう、疲れてたものね」
たまにオネエっぽい口調になるのが、アーロンの胡散臭さに拍車をかけているようなきがする。
「それで、嬢ちゃんはこれからどうするの? 町ん中見て回る?」
「新しい剣が欲しいわね……、案内してくれるの?」
今まで使っていた剣は、アルトリウスに弾き飛ばされてどこかに行ってしまった。今までの旅生活とは違って、拠点ができたからもうちょっと武器は欲しいわね。
「…………」
歩きながら、アーロンの方に視線を送る。
そういえば、アーロンは弓を持ってるのよね。
「お、嬢ちゃんは、弓に興味があるのかな?」
視線に気づいたのか、アーロンは弓を取り出した。
「ええ、ドラゴンと戦うんだったら弓も使えるかもしれないって思って」
「ドラゴンねー。狙うんだったら、目を狙わなくちゃいけないんでしょ? あいつら、硬い鱗に覆われてるんだし」
確かに、目を狙うんだったら、かなり状況は限定されちゃうわね。
だとしても、アルトリウスみたいな竜人といずれは戦うことになるんだし色々な武器の知識はあって損しないだろう。
「……でも、弓を使うんだったら、弓を主体に戦う方がいいと思うよ? 弓って結構シビアなところあるし」
「そうかもしれないわね。でも、知識程度には身に着けておきたいのよ」
正直、弓は触ったことがない。教えてもらえるなら、教えてもらいたいとさえ思っている。
「えー、でも最初は地味だよ? 的を射ることは愚か、矢をまっすぐ飛ばすのだってコツがいるよ?」
「そこも含めて教えてもらいたいのだけど?」
「ま、今度ね」
アーロンは、諦めたように溜息を吐いた。
なんていう会話をしていたら、仕事を終えたのであろう職人たちの声でにぎわう通りに出た。
「……職人通りはこの辺からかな」
「武器屋はまだやってるかしら」
「まあ、まだ日没前だしやってるとは思うけど……って、ちょっと待ってよ」
そんなことをアーロンは言っていたような気がするが、私は無視して目についた店に駆け寄る。
「剣を見たいのだけどいいかしら?」
「お、女の子のお客さんたあ珍しい」
奥から槌を持った職人のおじさんが出てきた。
ここは、パッと見る感じ結構筋がいいところのようね。剣の種類も細剣から大剣まで完備されている。
店内にある剣を吟味していると、後ろからアーロンが話しかけてきた。
「……ソフィーちゃん、ちょっと急に行き過ぎだって」
「おお、アーロンじゃねえか。この嬢ちゃんはあんたの連れか」
「ま、そんなとこ」
軽く会釈するアーロン。
「というか、ソフィーちゃん、よく一発で町で一番の鍛冶屋を見抜いたね」
「あら、そうだったの?」
どおりで良い剣がそろってるわけね。
「そりゃあもう、軍の上層の兵士の武器はここの親方が打ったものなんだ」
アーロンのお墨付きを通り越して、軍のお墨付きというわけね。
そこで私は、奥の壁にかかっている年季の入った剣に目が留まった。
「……あそこにかかっている剣は売り物なの?」
「ん? ああ、あれは預かりものなんだけどよ……」
おじさんは説明をしようとしていたが、すぐに言い淀んだ。
「……曰くつきってやつなのかしら?」
「そういえば、結構前からあそこにかかってるよね」
特徴的鍔にくすんだ宝石がはめ込まれているが、不思議と傷みを感じさせない剣だった。
「まあ、なんだ、あの剣は人を選ぶみてえでよ。その持ち主だったやつからは、いつかその剣の真の担い手が現れるみてえな話はされたが、未だに現れてねえんだ」
おとぎ話みたいね。
でも、精霊が絡んでいる話だったら、ありえない話ではないのかもしれない。
「おじさん、その持ち主ってどんな人だったのかしら?」
「お、嬢ちゃんもそういう話にロマンを感じるのかい? ……確か、スメラギ、とか言ってたか、この辺の名前じゃなかったから覚えてるよ」
「スメラギ!?」
スメラギ、私の師匠だった人だ。まさか、こんなところでその名前を耳にするなんて。
「およ、ソフィーちゃん知ってんの?」
「知ってるもなにも、そのスメラギは、私の師匠よ」
なんで私の師匠は、この場所に来たのかしら。
「そういや、そのスメラギがここに来たのは、確か、前の王様のときだったかな」
「え、今の王が即位したのって十二年前だったっけ? それ以上前からここにあったんだ」
……もしかしたら、師匠が旅を始めたときにここに立ち寄ったのかもしれない。精霊の里が近いからっていう単純な予想でしかないけれど。
「しかし、まさかそのスメラギの弟子がここに来るなんてな。案外、運命みてえなモンはあるのかもな」
「おじさん、年甲斐もなくロマンティストだね」
店のおじさんは、アーロンにうるせえ、と少し頬を赤くしていた。
「まあ、なんだ、スメラギの弟子にあの剣を持って行って貰うってのが筋だよな」
そう言うと、おじさんは店の奥にかかっている剣を下ろし、私のもとに持ってきた。
「鞘は……、こっちな」
私は鞘と剣を受け取って、剣を構えてみた。
「あら、意外と様になってるじゃない」
なんて茶化すアーロン。
私自身としても悪くないと思っている。
「この剣、打ち直したりとかできるのかしら?」
と尋ねた瞬間だった。
その剣の鍔が翼のように展開された。心なしか、刀身も綺麗になったように見える。
「おじさん、どういうこと? まさか、それっぽい話をつけたパーティーグッズじゃないでしょうね」
「おいおい、こんなの初めて見たぞ。傷もない、打ち直す必要なんてねえよ。こりゃあ、剣が嬢ちゃんを選んだってことか?」
剣が、私を?
そういえば師匠は、剣術主体で教えてくれた。師匠が私を王都に行くよう勧めたのも、このときのためだったというの?
私は、剣をよく観察する。
新品みたいな剣に、翼のように展開された鍔。しかし、その鍔にはめ込まれた宝石はくすんだままだった。
そこで、私はあることに気づいてしまった。
「……これ、いくら?」
「あ? そんなのいらねえよ。もとはお嬢ちゃんの師匠のものだろ、嬢ちゃんが持っていきな」
「ありがとう」
私は鞘に剣を納め、軽く礼をした。
なんだかんだ目的は達成できたわね。
でも、まだアレンは眠っているかしら。
「嬢ちゃんはこの後どうするの? 剣はゲットできたわけだけど」
「そうね、もうちょっとこの町の中を見たいかな。案内してくれるかしら」
「はいはい、おっさんが案内しますよ」
アーロンは、がっくしといった感じで頷く。
「確か、ここが職人通りなのよね」
「え、ああ、そうだね。ここが職人通り、さっきの食堂とか宿屋があったのが門前通り、ここからちょっと行くと遺跡への道につながるルーインズ通りかな」
遺跡は、関係者以外立ち入り禁止らしい。ドラゴンが出る前までは、観光名所だったらしい。やっぱり、ドラゴンのせいで日常を奪われた人はどんなところにもいるんだ。ドラゴンは殺さないといけないということを再確認した。
「……そのルーインズ通り? 行ってみたいのだけど」
「ええ、行くのー? そんなとこより門前通り戻りたいんだけど」
「……アレンを誘ってどっか行くつもりでしょう? ダメだからね、アレンは怪我人も同然なんだから」
結構親しげな二人だ。二人でお酒を飲みに行くに違いない。
「なに? もしかして、お酒に憧れちゃってる感じ?」
おっさんは、無性に殴りたくなるような顔でそんなことを言った。……心が読めるのかしら。
「さすがに心の中は読めないけど、顔に書いてたよ?」
本当に読めるのかもしれない。
「まあ、でも、今のルーインズ通りにはいかない方がいいかもね」
「どうして?」
「ほら、ドラゴンが出てから、観光なんて廃れちゃったからさ、今のルーインズ通りはちょっと治安が悪くなっちゃってさ」
「ちょっと残念ね、少し気になっていたから」
この町の用心棒であるアーロンが言うのだから、本当に治安が悪いのだろう。
「きゃああああああっ!」
そんな矢先、通りの奥の方から女性の叫び声が聞こえてきた。
「ほら、言わんこっちゃない」
アーロンは呟き、声が聞こえた方向に走り出す。私もそれを追った。
「この先って、ルーインズ通りよね」
「そう。普段からあまりルーインズ通りには近づかないように言ってるのになあ」
ルーインズ通りに意図せず来てしまった私たちは、叫び声の主を探していた。
アーロンが言っていたように、少しさびれたような雰囲気がある。かつては賑わっていたのだろうというのが窺える。
「声が聞こえたのは、この辺よね」
「人の通りも少ないから、すぐに見つかると思っていたんだけどね……。となると、あそこかな」
「知ってるの?」
「ああ、ここを抜けたところに遺跡があるんだけどさ。そこが今じゃ不良たちのたまり場になっちゃってね」
これもドラゴンが出てルーインズ通りがさびれてしまった弊害だろう。
「……ほら、あそこ。あそこの遺跡が不良たちのたまり場なの」
アーロンが指さすところには、古い石で造られた建造物が建っていた。
案外近かったわね。
「なら、さっそく行きましょう」
「そうだね」
その遺跡に入ってみると、たいまつが設けられていて意外と明るかった。もとは観光資源として利用されていたらしいから、こういうところはしっかりしているのかもしれないわね。
「さてと、さっきのことだから、まだ奥には行ってないかな」
「かもね」
私たちは奥に進む。ところどころ、崩れていたり、落書きみたいなものがある。
すると、すぐ近くのフロアからさっきの女性の声が聞こえてきた。
「ビンゴ」
呟くと、アーロンは素早くその声が聞こえた方向に向かっていった。
たいまつの明かりを頼りに進むと、そこには男三人に囲まれた若い女性の姿があった。
それに、男の一人はなんか見覚えがある。
「お楽しみ中悪いね。その女の子、怖がってるじゃん」
アーロンはそんな挑発をする。
「げっ、アーロン。いつもふらふらしてる用心棒様がなんの用だ」
ボスっぽい男がアーロンを見てひるむ。
アーロン、やっぱり顔が広いみたいね。
「アニキ、あの女……」
そして見覚えのある男がボスになにやら耳打ちをしている。
「あんた、王都の酒場にいたチンピラ?」
ドラゴンキラーの話題を出しただけで襲い掛かってきたチンピラだ。
「やっぱりだ。アニキぃ、早く逃げましょう?」
「バカか!! 女とおっさんの二人だぞ! こっちは三人、数は勝ってる」
言うと、ボスは懐からナイフを取り出し構える。あとの二人もそれに倣ってナイフを構える。
……話し合いが通用する相手じゃないわね。仕方ない、素手で無力化するしかないか。
構えると、今まで後ろにいたはずのおっさんがいつの間にか私の前に立っていた。
「はい、終わったよ」
「はい?」
今から戦闘が始まろうとしているのに、なんかのんきなおっさんに呆れていると、不良たちの履いているズボンがずり落ち、三人はパンツ姿になってしまった。
「は? なん、で!?」
「ボス!! だから言ったじゃないっすか!! 帰りましょうって!!」
「うるせえ!! お前ら、ずらかるぞ!!」
なんていうお決まりの捨て台詞を吐いて、不良三人がずり落ちたズボンを持ち上げながら走っていった。
私は呆気にとられ、それを見送ることしかできなかった。
「まさか、あれ、おっさんが?」
「どう? おっさんもやるでしょ?」
おっさん、腰に差してる短刀で不良たちのズボンを一瞬で斬った、ということなのかしら。
「……おっさん、胡散臭いだけじゃなかったのね」
「でしょでしょ? じゃあ、今度二人でご飯とか行こうね」
「嫌だし、うざい」
私はおっさんを突っぱねると、不良に襲われてたお姉さんのところへ行った。
「お姉さんは、ケガとかしてない?」
「あ、はい。私は大丈夫です。……ありがとうございました、アーロンさんと……」
「ソフィーよ」
「ソフィーさん。はい、ありがとうございます」
なんかお姉さんに気の毒そうな目を向けられている気がする。
「それじゃ、とりあえずでよっか」
逃げた不良たちが若干気になるが、私たちは遺跡を後にした。
そして、アーロンとお姉さんと別れた私はアレンが寝ている宿に帰ってきた。
助けたお姉さんは、別れ際にアーロンさんは女好きで有名だから気をつけてね、と忠告を受けた。
「アレン、起きてる?」
部屋の扉を開けて、声をかける。見ると、まだ眠っている様子だった。
心地よさそうに寝息を立てているアレンを起こさないように、そっと窓際に腰かけた。
ふとアレンの寝顔に目を向ける。
月明かりに照らされ、整った顔立ちがくっきりと見える。少し長めな黒い髪、ちょっと長い睫毛、首筋は細いがしっかりと男っぽさがある。アレンも、ドラゴンがいなかったら、きっと今頃は人から恐れられることなく楽しい日常を送っていたのだろうか。……モテそうだしね。
師匠との旅生活は、あまり人と関わっていなかったから、ここ最近はすこし疲れがたまっている気がする。
……特に今日は色々なことがあった。アレンとの模擬戦、アルトリウスとの戦闘、さっきの遺跡での騒動。それに師匠が遺した剣も手に入れた。私自身、そんなに動いてなかったから身体的な疲労はあまりないけど、さすがに色々起こりすぎた。
でも、ドラゴンを倒すっていう私の目標、復讐に必要なピースは揃ってきている。もっとも、一番重要な私自身の実力が足りないんだけどね。今日はそれを痛感した。
「……はあ」
そろそろ自分の部屋に戻りましょうか。
「ソフィー……」
アレンの部屋を出ようと、扉の方へ行くとアレンの声に引き止められた。
「ごめんなさい、起こしちゃったかしら」
「いや、いいよ」
アレンは上体を起こし、窓から外を見る。
「俺、結構寝てたんだな。せっかくおっさんと飲みに行こうと思ってたのに」
「何言ってんの、アルトリウスとの戦闘の後なのよ?」
「それもそうか」
寝起きだからか、力なく笑うアレン。
「…………」
「どうした? 俺の顔になんかついてるか?」
「い、いえ、別に何でもないわよっ」
……師匠と旅をしてた間、男とかそういう浮いた話には無縁だったから、アレンに少しときめいてしまった。これだから顔のいい男は……。
「そ、それじゃあ、私は寝るわね。おやすみなさい」
「はいよ、俺ももう一回寝るわ」
私は逃げるようにアレンの部屋を出た。
明日、アレンにアルトリウスのこととか、色々訊かないといけないわね。
今回は、前回より長めでした。不定期の更新になるので次がいつになるかは未定です。読んでくださりありがとうございました。