第六十七条
ライリーはジンの手をじっと見つめて固まっている中、騎士達が出ていった方から先程よりも多くの足音が近づいてくる事にジンが気づいて一度手を引っ込める。
「空気に読めない連中だな」
「隊長、そこの青年が件のものです」
粗暴な騎士で無い方がジンを指で指してそう言うと、十数人の騎士の中から一人の青年が出てくる。
その青年にジンは目を丸くして驚く。
「お前は......」
騎士の中から現れたのが、アーサーであったことにジンは驚いたのだ。
「お前!?」
アーサーは驚くジンを見て、同じように驚く。だが、すぐに周りの視線を感じて取り繕うと、一歩前に出た。
「我々はこの地を不法占拠している浮浪者に上からの指示で退去を命じたまでだ。一貴族子息である貴様が口を出すことでは無いと思うが?」
ジンはそう言うアーサーに多くの疑問はあるが、一先ずは置いておいてそれに対して回答する。
「上からの指示でこんな子供から搾取しようってか?」
「これは法律に基づく物だ。ここに正規の命令書もある。今回は貴様の負けだ、下がれ」
アーサーは懐から一枚の紙をジンの前に突き出してそう言うと、若干ではあるが勝ち誇ったような顔をする。
別にお前が勝ったと言うわけでも無いだろうにと内心では呟くが、これからする話の前に一悶着起こすのも億劫だったジンはそれをスルーして懐に手を入れる。
「そうか、なら君たちはお役御免だ」
「なに?」
ジンは懐から一枚の紙を出してアーサーに突きつける。
「なんだそれは?」
「これは土地の管理書だ」
「土地の管理書だと?」
「察しが悪いな。今立ってるこの場所は俺が今朝買い上げた。つまりここは今国の管理する不動産のものではなく、俺が所有する俺の土地と言う事だ」
「なっ!?」
「お前の持っているそれには国の管理する土地に不法占拠している存在がいる。その者に対して法に基づく適切な処置をするようにと書いてあるように見えるが違うか?」
「......その通りだ」
「であるならその命令書はもう必要無いだろう。この土地は俺の土地になった。この子達は俺の客人だ。この子たちの処遇は俺が決める」
「......」
黙ってしまったアーサーに変わり先程の騎士が一歩踏み出して頭を下げる。
「恐れながらそれは出来ません。確かに今朝貴方がこの土地の管理者になったのはその書類を調べればわかる事でしょうし、その事についてすぐに露見するような嘘を仰っているとも思いません。ですが、それは今朝の話であり、それまで国のものとして有った所を不法占拠していたと言うその者達の罪が消えたわけではありません。つまりその者達には変わらず法に基づく裁きが必要であるはずです」
「っち」
ジンはアーサーであれば丸め込めたと思ったが飛んだ横槍に誰にも聞こえないほど小さく舌打ちをする。
「そう、その通りだ!」
援護射撃によって消沈していたアーサーが勢いを取り戻す。
「......なるほど、確かにその通りだ。だがこの子達になんの罪がある?」
「何?」
「国法、第六十七条、国の管理下にある土地を不法に占拠する者には、一度退去を命じ、それに応じない場合、実力を持って退去させた後、罰金或いは禁固刑に問われる。だろ?」
ジンの言葉が続くにつれてその場にいる何人かの騎士の顔色が悪くなる。
「この子達は今回初めて退去を命じられた。つまり法律に基づくならこの場を退去しようとしていたこの子達に罪は無いはずだが?」
「......ですが、この子供は違う地でも一度不法占拠を行っています」
「穴をついているようで気乗りはしないが、例え違う地で二度目の退去命令が出たとしてもなんら罪に問われる事はない。罪に問われるのは退去命令を同じ場所で一度無視した場合だけだ。それ以上の記載は国法には記載されていない。それとも貴方が言うようにどこかに記載されているのかな?」
「......いえ、私の確認不足でございました。アーサー隊長、恥をかかせてしまって申し訳ありませんでした」
「え?あ、いや」
「ここは一旦戻り、上に報告いたしましょう。我々にこれ以上事を大きくするメリットも権限もありません」
「......っく、ジン・オオトリ、あまりいい気になるなよ?」
アーサーはそう言うと身を翻してその場を後にする。
だが、裏門から出る直前に止まると、顔だけ此方に向けてジンを睨みつける。
「お前は敵に回した方を知れば後悔するだろう」
「......そーかよ」
それだけ言ってアーサー達はその場を後にした。
その場に残ったジンは、騎士達が見えなくなるまでその背から目を離さなかった。
騎士達が完璧に見えなくなると、手を思い切り叩く。
パンッという音にライリーとリーリアはビクッと反応してジンに顔を向ける。
「さて、邪魔者は退散したわけだし、さっきの続きだ。ライリー、君はどうする?世界は確かに甘く無い。こんな時代だ。人の命なんてその辺の石ころと大差ないのかもしれない。けれど石ころと変わらん俺たちにも守らなきゃいけないものがある、失っちゃいけないものがある」
ジンは再度手を差し出す。
「なら手段はなんだっていいはずだ。この手を信じる必要はない。君が選択するのは俺を利用するか、しないかだ」
ライリーはジンの言葉をじっと聞き、悩んだ末にジンを睨みつける。
「お前を信用したわけじゃない」
そう言うとライリーはジンの手を握る。
ジンはライリーの覚悟に笑みを見せると、そのままライリーの手を引っ張り抱き上げ、ついでに後ろにいるリーリアも抱き上げる。
リーリアは殆ど衝撃なく抱き上げられた事に、ふあ!と声を上げる。
「んじゃ、行くか」
ライリーは簡単に抱き上げられた事に固まり、正気を直ぐに取り戻し叫ぶ。
「おろせぇ!!!」
ジンはしばらくライリーに頭をポカポカと叩かれながら自宅に向かうのだった。




