屋上
屋上に吹く風が心地よく、ジンの目の前にいる人物、レイラの髪が風に靡く。
レイラの風に靡く髪を片手で抑えるその姿がなぜか神秘的に見えてベータルで秘宝と言われるリナリーにも引けを取らない美しさがあった。
レイラがジンに気づいて視線を向けるのでジンは片手を上げてその視線に答えるとレイラに歩み寄る。
「どうした?後一時間もしないで日輪祭が始まるぞ?」
レイラの言葉にジンはなんと言ったらいいかわからず後頭部を掻く。
「あー、ちょっと風にあたりに、かな?」
「そうか、私もだ」
「......」
レイラの態度にジンはセインが話た事をレイラは知っていると察する。
「聞いたのか?」
レイラの何を思っているかわからない瞳に吸い込まれそうになるが、すぐにジンは返事を返す。
「ああ......その、すまん」
「君が謝るのはお門違いさ。これは私とセインのことであり、延いてはこの国のことなのだからな」
「......」
ジンは言葉が出ない。そんなジンに態度にレイラは吹き出す用に笑う。
しばらくクツクツと笑うと目に滲んだ涙を指で拭き取る。
「君は少し優しすぎるな」
「......」
レイラはジンから視線を外すと背中を体ごと手すりに体重を預ける空を見上げる。
「仕方がないことさ」
「......」
「わかってはいたんだ」
レイラは空を見つめたまま喋り出す。
「幼少の頃、セインの婚約者になった時からそれに見合う女になろうと自分なりに努力はしてきたつもりだ。結果も付いてきたと自負してもいる。でも私は一番大事なセインの気持ちという物を無視して来たのだろう。それがこの結果を招いたと」
レイラはわかっているのだ、日輪祭でいい結果が出ようが出なかろうが、この後レイラとセインの関係は修復できない程の溝が出来る。
正直ジンはヴァーレンハイト達の考えていることがわからなかった。
「いつかわかってくれると思っていた私の怠惰だろう」
レイラはわかっている。政略的な結婚は、この世の中当たり前で、それは高度な政治的理由が関わってくる。第一王子であるレーダスは西端にある小国チーチェの第一姫であるクレリナとの婚約が決まっている。
そうなれば第二王子であるセインは国内の有力者の娘との婚約がホイル王家の今後の政権を盤石にする。その結果選ばれたのがアーデウス公爵家の娘であるレイラだ。
貴族なら誰でもわかる事だ。現にそう言った話に疎いジンすらも理解している。
当然レイラも理解している、この婚約に政治的に大きな意味がある事を、それもこの婚約はもう既に成立してからの話だ。
ドールとジン、リナリーの時の様にまだ成立していない場合とは訳が違うのだ。ジンは何を言うのが正解かわからなかったが、ひとまず口を開く。
「家は何も言わないのか」
「父は国境への視察中でな手紙が届くのは二週間後だろう」
日輪祭は急ピッチで進められ、長引いても一週間半で終わってしまう。つまりは手紙が届いてからではもう遅いのだ。
下手をすれば国を大きく二分しかねない問題なのだが、ヴァーレンハイトとアーデウスの関係が悪化するのは目に見えている。
それともセインが言葉巧みにヴァーレンハイトを欺いたのだろうか?
ジンは思考を巡らせるが、等々言葉を失い黙ってしまう。
そんなジンの横を抜けてレイラは屋上の出口に向かう。
「レイラ」
ジンが何故だかはわからないがレイラを呼び止める。レイラが振り返るとジンは少しだけ迷ってレイラを真っ直ぐ見つめる。
「俺が......何かあれば力になる」
「ははは、ありがとう。その言葉だけで十分さ」
「......」
「日輪祭は負けないからな!」
笑いながらそう言うレイラにジンも薄く笑って返す。
「ああ、望むところだ」
レイラは笑顔のまま振り返ると屋上を後にする。
ジンは一人屋上に残りレイラがあとにした扉を見続ける。
(くそ!)
ジンは心中で吐き捨てる。いつものジンならレイラのために何かしらの行動をしていただろう。だが、今回は流石のジンも友好国への留学生という立場が頭の隅にあり、それが邪魔をした。
自分を出汁にされた日輪祭、それも出汁に使う人間と同じチームだったとして自分は笑えるだろうか?
大切に思っていた人間にあんな仕打ちをされて笑えるだろうか?
ジンは扉を見つめ続けたがその扉よりも先ほどのレイラの笑顔が脳裏に焼き付いていた。
「畜生が」
泣くように笑うその顔が頭を離れなかった。




