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二人目の超能力者-2

「それじゃ、雫チャンも話してくれたことだし、アタシも力の話をしなきゃいけないわね。雫チャンのと違って、あんまりいいものじゃないんだけど。——聞いてくれるかしら?」


「ええ、お願いします」


 私も星宮の隣で、黙ったまま首を縦に振る。——積年の謎が今まさに解けようとしているのだと思うと緊張してしまい、何と言っていいか分からなかったのだ。


「アタシの力はね――『命の期限が分かる』っていう、ただそれだけの力よ。ま、人の死期が分かっちゃう、ってやつね。安いSF小説みたいでアタシは全然気に入ってないんだけど。雫チャンのとは違って、誰かから貰ったものじゃない。アタシが十八の時の夏だったかしら、急に使えるようになったのよ――って、あらヤダ、アタシってば十七歳だったわ。失言失言」


 テヘペロ、とおどける叔母。——思いのほかシリアスなその能力に、私と星宮は何も言えない。


 それと同時に、私の中で急速に色々なことの合点がいっていた。叔母が結婚しない理由も。特定の人間とあまり親しくなりたがらない理由も。趣味に没頭する理由も。

 ——死期が分かる人間とずっと一緒になどいようものならどうなってしまうか。想像に難くないことだった。とりわけ結婚となると――愛する人との残り時間が毎日毎日徐々に減ってゆくのを見るくらいなら、一人でいた方が良かったのだろう。


「天チャン、勘違いしないで頂戴」


 そんな私の考えていることを見通したように、叔母が言う。


「確かにアタシが独り身貫いてるのはそういう理由もあるけど、アタシ全然寂しくなんかないのよ。天チャンがよく遊びにきてくれるし、この能力が使えるようになる前から人付き合いより趣味の方が楽しかったの。お母さんに聞いてごらんなさい」


「……お母さんは、叔母さんの能力を知ってるの?」


「知らないわよぉ。お母さんともともとそんなに仲良くないもの」


 そう言ってケタケタと笑う叔母。


「それに慣れてくるとただの数字なのよ、これ。どうせ人はいつか死ぬんだから。ふうん、あとこれくらかぁ、くらいにしか思わなくなってくるわ。——ま、老い先短いジジババよりキミたちみたいな未来ある若者といる方が気が楽なのは確かだけどねぇ」


 アタシの話はこんなところよ、と——叔母は、そう締め括った。


「……あ、ちなみにさ、雫チャン。雫チャンの力は――重複して使えるの?」


「重複ってどういうこと?」


 含みのある問いかけにそう尋ね返したのは、星宮ではなく私だった。


「いいのよ、雫チャンには分かるから。天チャンは黙ってて。——で、どうなの? 雫チャン」


 私のことを雑にあしらい、追って星宮に問う叔母。

 横目で星宮の方を見ると――明らかに狼狽えている彼がそこにいた。


「あー、えっと……まあ、出来ないことは……ないんじゃないでしょうか、ね。僕はやったことないので分かりませんが……祖父がそんなことを言っていた、気がします」


 星宮の返答は、いつになく歯切れが悪い。——こんな星宮は見たことがなかった。


 私の方はといえば、叔母と星宮の間にあるものが何なのかさっぱり理解できずにいた。ただ経験則から、こういう時の叔母はだいたい何かを察しているのだということだけが分かる。星宮の方も、叔母に察されているのを分かったからこそのこの態度なのだろう、などと想像するのが私には精一杯だった。


「……ごめんね、雫チャン。アタシ、ちょっとだけ分かっちゃた」


 深刻そうで、少しの憐憫を含んだような――陰のある、叔母の声。


「いえ。いいんです」


 そう言って微笑んだ星宮の顔は、酷く寂しそうだった。

 星宮が時たま見せるこの表情の意味を――私は、解れない。初対面の叔母には分かるのに。


 そのことが、何だか堪らなく悔しかった。


「さてさて、天チャンに通じない話しちゃったわね。あっ、ところで雫チャン。もし雫チャンさえよかったらなんだけど、アタシにもその力を貸してくれたりはしないかしら? 他の人の超能力がどんなもんなのかっていう興味半分、戻って見てみたい『別の選択をした未来』があるっていうのが半分なんだけど」


 切り替えるように、底抜けに明るい声で叔母が言う。

 星宮も星宮で、


「もちろんいいですよ」


 と既に営業スマイルに戻っている。——もちろんなのか。


 どうも星宮は、能力を知られるのはあまり好まないものの能力を使うことにはそんなに抵抗がないようだ。


「じゃあ、戻りたい場面を思い浮かべてください。できるだけ正確にお願いします。——あ、紺野さん一緒に来る?」


「そんなの選べんの?」


「選べる選べる。沙織さんの時はわざと連れて行ったんだよ、紺野さんも見といた方がいいかと思ってね」


 やけに使いこなしてんな。


「じゃあ一緒に行こうかな。叔母さん、いい?」


「いいわよぉ、アタシの過去なんかで良かったら幾らでも見てって頂戴。——じゃ、雫チャン、お願いするわ」


「分かりました。行きますね」


 せーの、という、最初の時と同じ、間延びした掛け声。あの時と比べて随分あっさりと力を使うようになったものだ。

 ——やがて、視界がいつものあの白い光に包まれた。







 今回辿り着いた場所は、どうやら学校の裏手らしい場所だった。


 桜の蕾が綻びかけているのを見るに、どうやら三月くらいであり――今日は卒業式なのだろう、ということは容易に想像がついた。


「しかしまあ、僕たち裏手に飛ばされがちだね。この間は廃工場の裏手だったし」


 横を見ると、いつも通り、陽だまりの猫のような笑みでそんなことを言う星宮がいた。確かに言われてみればそうだ。となると、叔母も誰かを待っているのかもしれない。

 ——私は正直なところ、さっきの叔母とのやり取りとあの寂し気な表情ばかりが気になって、叔母の過去どころではなかった。


 ねえ、さっきの叔母さんとの話、どういう意味?


 喉まで出かかった言葉を、飲み込む。

 きっと、廃工場で星宮が教えてくれなかった星宮の後悔の話と、何か関係があるのだろう――全くの勘だが、そう思う。あの時とさっきの星宮の表情——あの酷く寂し気な表情が、よく似ているような気がするのだ。

 そして、それなら――私には、そこまで踏み込ませてはくれないのだろう。

 

 何度も言うようだが、私と星宮は、ただの実験台と超能力者、それだけの関係なのだ。星宮がああして私をおちょくったりして遊んでくれるので気の置けない会話をできているが、正直なところ友達と呼んでいいのかすら怪しい。


 そんな私が、星宮の抱える後悔を知りたい、そんなふうに思うのは傲慢なことなのかもしれない。彼にあんな表情をさせるような後悔を知って力になりたい、そうまで思って――想ってしまうのは、もっと傲慢なことなのかもしれない。それに、私のせいで、沙織にも叔母にも超能力のことを知られてしまっているのだ。どう足掻いても私は信頼に足る人物ではないだろう。だいたい、まだ数えるほどしか会話していないではないか。そんな私がこうまで星宮を思うのは大概おかしなことだ。分かっている。分かっているのだ。


 それなのに。


「……紺野さん。聞いてる?」


「ごめん。微塵も聞いてない」


 星宮の声で我に返る。

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