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気になるアイツと超能力-1

 放課後の教室、男子と二人きり。


 ──そう聞いて、あなたはどんな光景を思い浮かべるだろうか?


 窓から差す斜陽に、橙に染まる室内。掃除や学級日誌の記入なんかをする音だけが響く、妙に静かな空間。互いが互いを意識しているのは分かるのに、「それ以上」へ進むきっかけがどうしても見つからないというジレンマと緊張感、そして少しの背徳感。


 そんな、いかにも青春真っ只中なワンシーン――普通は、そういうのが思い浮かぶんじゃないだろうか。


 少なくとも私はそうだ。もしかすると、やたらフィクションを好むという私の趣味――小説やアニメ、果ては女性向け恋愛シミュレーションゲーム(所謂乙女ゲー)まで――も影響しているのかもしれないが、それでも、多くの女子高生は似たような光景を思い浮かべるに違いない。



 だが、いま私が置かれている現状は――そんな状況とは、あまりにもかけ離れたものだった。


「ねぇ紺野さん。もうちょっと作業早くならない? 僕、用事があるから帰りたいんだけど」


「あ、あんたねぇ! あんたが雑な掃除するから先生にやり直しって言われてんだし、そもそも罰掃させられるようなことしなきゃいいんじゃない!」


 やる気なさげに箒を動かすこの少年は、星宮雫という名のクラスメイトだ。中性的な名前と見た目、ふわふわした雰囲気を持っているが、その実「斟酌」や「忖度」といった言葉から最も遠く離れたところに住まい、遠慮というものを一切知らない奴である。学年内には「そのギャップがいいのよ」と一定数ファンがいるようではあるが、彼女はいない。告白は全て断っているらしい。


「僕はほら、この間じっちゃんが死んで忌引きだったから、その分の提出物遅れの罰掃だよ。紺野さんみたいに授業中に本読んでたわけじゃないの」


「え、忌引き……? って、なんで知ってんのよ」


「だって僕、紺野さんより席後ろだから見えてたし。あ、何読んでたかも知ってるよ? 確かタイトルは『ワンナイトラヴ~もっと君色に染め」


「やめてぇぇぇぇぇっ!?」


 星宮の声を遮る私の絶叫が、人の少ない校舎内に響き渡る。


 何ということでしょう。先程まで僅かながらも青春らしき空気の要素くらいは存在していた教室が、一瞬にして社会的な死と隣り合わせの空間に──!


 ああ、私としたことが。授業中なら誰もこちらに注意を払うまいと完全に油断して悠々自適に行っていた内職が、よもやさして親しいわけでもない、星宮雫とかいうよく分からない奴に目撃されていようとは。

 ……私は手に持っていたちりとりで顔を隠しながら、縋るように星宮を見た。


「あのぅ、このことは全てオフレコに……」


「え、なんで? ネットで調べたけど、凄く面白そうな本だったよ。折角だからクラスの皆にオススメしようよ、紺野さんが読んでたよって」


「悪魔なの!?」


「痛っ」


 悲愴な声でまたも叫びながら、先程のちりとり(金属製)で星宮を思い切りはたく。まずい、非常にまずい。主に社会的に。カースト中位を常に維持する私の快適高校ライフが星宮一人の手によって破壊されるなんて、まっぴら御免だ。


「何するのさ、紺野さん。暴力的な女性はどうかと思うよ」


「お願い……! 私はまだ死にたくないの!」


「何の話してる? ていうか、掃除終わったから帰っていい? 僕、用事があるんだ」


「ちょ、ちょっと! このこと誰にも言わないって約束するまで帰さないからね!?」


「紺野さん、ものの頼み方って知ってる?」


 一人でさっさと教室を後にする星宮を、鞄を背負って慌てて追いかける。


 ふと見ると、色素の薄い星宮の髪が廊下に差し込む西日に透けて──何だかとても、綺麗だった。





 ――外に出ると冷たい空気が肌を刺すのを感じ、思わず身震いをする。夜はもっと冷えそうだ。もうすっかり冬が近づいている。秋の日は釣瓶落としと言うし、早く帰ろう――そう思って歩調を早めると、後ろから星宮の声が追いかけてきた。


「ねぇ、待ってよ紺野さん」


 呼ばれて振り返ると、いつの間に装着したのか、手袋・マフラー・ダッフルコートと冬の三大防寒具をばっちり装備した星宮が陽だまりの猫のような微笑みを浮かべていた。


 ちなみに手袋は、五本指ではなくミトンである。女子か。


「なに? 用事があるんじゃなかったの?」


「いや、僕まだ紺野さんが読んでた本を言いふらさない約束してないなぁー、と思って」


「ほ、本気で言いふらす気だったの!?」


 思わずかじかむ手で拳を固めて気色ばむと、星宮は「冗談だよ」おどけて両手を肩の上まで上げる。


「だいたいそんな約束したって、僕が守るわけないんだから」


「さては最低か……!」


 はてさて学年の女子達は、一体この男の何がいいと言うのだろう。私にはこの整った顔立ちの裏側に、人をおちょくって楽しむ根性の曲がった男の姿しか見えないのだが。


「──それにね、僕の用事って、紺野さんと話をすることなんだ」


「………………、え?」


 予想だにしない言葉に、思わず振り上げた拳を下ろす。星宮は相変わらずニコニコと穏やかな笑みを浮かべていた。


「紺野さん。ちょっとだけ付き合ってくれるかな? 奢るからそこのファミレスでさ」


 私たちの間を、一陣の風が通り抜ける。その中に、微かな『青春』の気配を確かに感じて、少しだけ心が浮き足立つ。


 私は星宮に言われるがまま、近くのファミレスへと向かったのだった。

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