疫病退治の最強神、鍾馗様が出陣されたようです
疫病が蔓延する世界に、疫病退治最強の神がついに降臨する。
はずだった。
「何で……?」
目の前には中国風の衣裳──ダブダブで裾も袖も引き摺っている──に身を包んだ長身痩躯の美少女がいた。
「我が名は鍾馗、不埒な疫病を退治せんとて参上した次第」
大きな瞳で見下ろすように語る彼女が鍾馗様?
いやいや、鍾馗様と言えば武骨な男性で、唐風の官人衣裳に剣を持ち、大きな瞳と濃い髭というのが定番だ。
しかし目の前の美少女は頭の両側にお団子を作ったような髪型、首には黒いスカーフを巻いていて、当然ながら髭はない。
「まあ、疑うのも仕方あるまい。近年の女体化の流れには我も逆らえなかった」
小さく溜息をつきながら彼女は語る。
「そもそも、お主ら日本人が武器や兵器を擬人化、美少女とするのは微笑ましく見物させて貰っていた」
戦艦とか刀のことかな。
「城郭や馬、獣、道具類、食べ物なども、まあ良しとしよう」
えっと、競走馬とフレンズたちは分かるけど、道具と食べ物って何だろう。
この人、詳し過ぎないか?
「だが、関聖帝君や天罡地煞の面々を女体化したのはやり過ぎじゃ」
関聖帝君、ああ、関羽のことか。確かにセーラー服の関羽はやり過ぎかも。
ところで天罡地煞って何?
「神々まで女体化した上、お主らは日本鬼子や小日本などという萌キャラまで誕生させおったからこそ、この我、鍾馗までも女体化されてしまったのだ」
そういう経緯だったのか。でも、それよりも早くあの疫病を退治して欲しい。
「……愚痴をこぼしても詮無きこと。民衆の想いこそ我らの力の源泉だ。信仰の集まる姿こそ正義よ。それで疫病の奴原は何処じゃ?」
抜き身の剣を振り回して鍾馗様は唇を舐めた。彼女の後ろから何か近づいて来る。
「多分、後ろのあれ」
「ん?」
鍾馗様が振り返る。視線の先には髑髏模様の赤い中華服に、背中には蝙蝠の羽根をつけた美少女がいた。頭の両側のお団子にギザギザ模様の飾りまでついている。
「お主ら、疫病まで擬人化したのか?」
「さ、細胞の擬人化ついでに黄色ブドウ球菌とかも擬人化されていますし、その流れかも」
いやいや、一体全体、誰があの疫病を擬人化させたんだよ?
「まあ良い、一刀両断、一気の殲滅だ」
そう言い置くと、鍾馗様は同じような外見の疫病少女に切りかかって行った。
甲高い音が響く。
見ると鍾馗様の剣は、疫病が持つ酒杯で受け止められていた。
「此奴、やりおるわい」
頑張れ鍾馗様、この地球の未来を守って!
鍾馗様の声の想定は悠木碧さんです。
天罡地煞とは、中国四大奇書の一つ「水滸伝」に登場する豪傑たち百八の魔星のことです。
天罡三十六星、地煞七十二星から成ります。
この魔星を女体化したのは曲亭馬琴(滝沢馬琴)の「傾城水滸伝」(1825~1835年刊行)という作品です。
代表作「南総里見八犬伝」(1814~1842年刊行)と平行して執筆されています。
三国志以外の女体化作品はあるのか調べていたら発見しました。馬琴先生、時代を先取りし過ぎです。