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5筆目:黒色道化、正義の味方は邪悪者

 薄ら笑いを浮かべたピエロの仮面。それを被った正体不明の存在。

 姿形は人の物。されど、ソレがまとう深淵なる闇の気と、濃厚な死の臭いは、ソレが見た目通りの生物でない事を雄弁に物語っている。

 天使達はソレを見ながら息を飲んだ。道化の仮面を被った『何者か』と、対峙しているだけで身が竦みそうになるのを必死で堪えながら。足元から頭の先まで、全身を包み込むような不快感に耐えながら。

 一瞬たりとて気が抜けない。そして目も離せない。もし少しでも注意を逸らせば、それだけで命を奪われる。そんな強迫観念までが、彼女達の内には芽生えていた。それ程までの邪気を、悪意を、害意を、狂気を、ソレは内包し、大量に放射する。


「何者、ですか」


 恐怖に、強大な圧力に、ソレの雰囲気に屈しそうな心を叱咤し、強く持ち直して、翠の天使が問う。

 相手を真っ直ぐに見詰め、言葉を吐き出すのさえ苦しそうに。


「僕の名前? そうだなぁ……黒色道化、或いは道化面どうけめんと呼ばれているよ」


 見た目そのままな俗称。だがその名乗りだけでさえ、凄まじい威圧感を伴って響き渡る。

 まるで巨大な黒の波だった。ソレが自らの呼び名を口にした瞬間、言霊とでも言うべき波動が、黒の奔流と化して天使達を襲う。彼女等の全身を吹き曝し、陰鬱な御手で撫でるかのように。

 これを受けた赤と翠の天使は、揃って背筋へ怖気を走らせ、無意識に身を強張らせた。表情にとっくに硬い。


「な、なんなの? なんなの?」


 腕と背中の痛みさえ忘れる程の恐怖心、嫌悪感、それへ全身を震わせて、赤の天使が口を開く。

 喉までも小刻みに震えている為、まともな声は出なかった。

 既に元気も叛意も失われている。今はそれを胸に灯す余裕すら、相対者の圧力を前に押し潰され、磨り潰され、原形なく果ててしまい。ただただ疑問が、相手の正体に関する答えを求める衝動のみが存在した。それは未知の存在を少しでも理解する事で、底知れない恐怖を僅かでも解消しようとする、無力に等しい抵抗から来ていたのかもしれない。


「なにって、コレさ」


 ソレが、道化面が、わらいながら外套を振るう。

 蒼の大衣おおいなびき、その内側から白い手袋をめた腕が伸び出た。道化面は現した右手を胸の前に掲げ、手の甲を天使達へ向ける。彼女達の瞳に映る白布の中心には、深紅の十字架が描かれていた。


「それ、は?」


 示された紋章を見つつ、翠の天使が疑念を零す。

 それは見た事のない印だった。血の様に赤い色彩が、縦横に描かれ交わるだけの単純な作り。十字の四方先端が鉤状となり、多少の意匠は施されているものの、それ以外に特別な設えはない。


「聖十字教会。世界の守護者たる証だよ」


 道化面は右手を前へと押し出し、手袋に刻まれた文様を誇示するようにわらう。

 確かに笑声ではあるものの、その声には怒気や悲哀すら感じるような気がした。幾多の感情が滅茶苦茶によどんでいるような声。いや、そこに感情はなく、ただ言葉の形が、声調が、多数の言い様を含んでいるだけ。

 底冷えのする邪悪な哄笑を上げ、仮面の者が1歩踏み出す。


「僕はこの世界を護る権限を与えられている。世界の均衡を崩しかねない大きな力を狩り取って、世界のバランスを保つのが仕事さぁ」


 起伏が激しく安定しない語調のまま、道化面は語る。

 語りながら床を進み、天使達へ道化の仮面を向けていた。

 対する側は極度の緊張から身動きの取れない状態で、辛うじて視線だけを仮面の者へ定めている。ソレの動きに合わせて焦点をずらし、常に視界の内へ奇抜な存在を据え置いて。全神経は道化面の一挙手一投足へ集中し、その何物も見逃すまいとした。僅かでも意識を他へ逃す事は、危険極まりない選択である。

 ソレは抜き身の刀剣か、はたまた何時爆発するとも知れない不発弾、しくは今にも壊れそうな吊り橋と同じ。少しでも目を離せば、誰もが恐れる最悪の状況を引き起こしかねない危険分子なのだ。否が負うにも動向へ注意が深まる。ソレへ抱く根源的な恐怖心・警戒心も相まって、天使達は道化の声へ耳を傾け、逐一動きを監視し続けた。


「其処に転がってる小娘はね、この世界にとって危険な存在なんだ。そいつの先祖は昔、とてつもない魔力を振るって世界を混乱させた一族だ。その末裔は力を失って久しいけれど、何の拍子で戻るか判らない。危険だろぉ?」


 天使達の不信感みなぎる視線を受けても、道化面に堪えた様子は皆無。

 そんな事はお構いなしと、意にも介さず舌を動かす。仮面の奥から放たれる変質的が特徴の不可思議な声は、笑いを含みながら続けられた。何が可笑しいのか、天使達にはさっぱり判らないが。


「だから、消さないといけない。これは僕の御仕事なのさぁ。全てはこの世界を護る為だ。僕等は正義の味方だからねぇ」


 言いながら歩く道化面は、翠の天使の真正面に立つ。

 天使が笑顔の仮面を強く睨んだ時、ソレは滑るように床上を駆け、殆ど一瞬で彼女へと肉薄した。

 ピエロの仮面が、天使の顔のすぐ傍にある。それこそ、互いの息が掛かる程の近くに。そんな至近距離で、道化面は上体を屈めるようにし、翠天使の耳元へ顔を突き出した。

 彼女はまるで金縛りにあったかのように動けない。濃厚な闇と死臭をまじかに感じながら硬直する。その様子を、赤の天使は姉妹へ対す心配と、道化への怒りという双方の感情から見遣っていた。彼女にも、見続ける以外には出来ない。


「判ったら、もう邪魔をしないでくれるだろぉ? 僕の玩具を片したのは、何も知らなかったからと大目に見よう。さっきの一撃で手打ちにしてあげるから。いいね、もうお家にお帰り。おじょぉさん」


 耳元で囁かれる、闇色の声。

 吹き付けられる、死の吐息。

 翠の天使は、全身の血液が凍ってしまうような錯覚に陥った。聞こえてきたのは、それ程にくらく、冷たい声。安易に否定出来かねる、強制力を持った言葉。暗に突きつけられた要望という名の命令。

 この瞬間、天使の胸中に、葛藤とも言える思いが渦巻く。


 何も考えず今直ぐに頷けば、この圧迫感から逃げられる。どうしようもない闇から離れ、光の領域へ戻る事が出来る。それはとても魅力的な選択だった。耐え難い邪気を、狂気を、死をまとう存在から、関係を断って逃げられるのだから。思わず、本当に了承の合図を返してしまいそうになる。

 けれど本当にそれでいいのかと、胸の奥から、理性の内から、疑問の声が聞こえた。目の前へぶら下げられた選択を受け入れる事へ、警鐘を鳴らす心。彼女の強い部分が、道化面の言葉へ対し反発をする。


 もしこのまま去るならば、確かに自分達は大きな脅威から逃げられるだろう。安心と安全の世界へ返り咲き、何するでなく安寧あんねいの時間を過ごす事が出来るだろう。

 だがそれは、悲しい終わり方バッドエンドを認めた事と同じではないのか。この物語が望まれぬ形で結ばれるのを容認し、悲しみの現実から目を逸らし、仕方無かったといって自分達を護る。

 それで本当にいいと言えるのか? 恐怖に屈し、悲しみに抗う事もせず逃げ出していいのか? それで本当に自分達は本望なのか? それが1番やりたい事なのか?

 否である。断じて否である。


 彼女の心が叫ぶ。理性でなく、思考でなく、激情の部分が咆哮を上げる。

 自らの保身が為に、自分の心を捻じ曲げ、押し殺し、認めたくない現実は目を閉ざし。何か出来る事があるのに、怯えた心に従って、何もしないで走り去る。そんな真似をしたくはないと。臆病者にはなっても、卑怯者にはなりたくないと。

 それと同時、赤の天使と共に悲しい終わり方バッドエンドを変えようとした時の思いが、胸中へ去来する。道化の迫力に圧倒され失われた熱意が、もう一度確かな温度を持って燃え上がり始めた。

 再燃する決意が彼女自身の声を導く。このままで良い筈がないのだと。

 その思いは紅蓮の炎となって駆け巡り、彼女へ怒りの感情を呼び起こした。道化面の言葉が甦り、それへ対する抵抗心が、反発心が、急速に膨らんでいく。

 心奥に灯った激熱のは、恐怖にすくんでいた天使の体に渇を入れ、見えざる抑え手を払い除けた。

 天使の両瞳に、決意と覚悟が明らかな色合いを以って宿される。それは自らの進むべき道を見付けた者特有の、確固とした輝き、信念の瞬きだった。


「いいえ、帰りません」


 翠の天使は相対者へ強い眼差しを向け、キッパリと否定する。

 それと共に左腕を振って、道化面を押し退けようとした。だが天使の腕は何にも触れず、虚空を撫でるに終わる。

 彼女が行動を起こすより半瞬速く、道化面は軽やかに1歩退いて、人1人分程度の距離を開けていた。


「おやぁ、それはどういう事かな? もしかして僕の御仕事を手伝ってくれるのかい? だったら、それには及ばないよ。あの小娘1人グチュグチョの肉塊に変えるなんて、ワケないからねぇ」


 害意をふんだんに盛り込んだ暗色のわらいを返し、道化面は外套の裾を揺らす。

 そんな相手へ、翠の天使は毅然とした態度で応じた。


「貴方の手助けをするつもりはありません。寧ろ、その逆です」

「ほほぉ?」


 真っ直ぐに天使を見る仮面の奥から、可笑しそうな声が零れ出る。

 翠の天使はそれに構わず、自らの抱いた思いを言葉に変えた。


「貴方の役割は聞きました。あの少女が、かつて大きな過ちを犯した者の血脈だとも。けれど、私達にはそれを信じる事は出来ない」

「証拠を見せろ、とでも言うのかな?」

「いいえ、例え証を前にされても、私は貴方の行動を認められない」

「ふふ、何故だろうね?」

「かつては巨大な悪だったのかもしれない。でも、今の彼女には当時のような力は無いのでしょう? それなのに昔がそうだったからという理由で、今のあの子を消すなんて」

「後悔先に立たずと言うだろぉ? 後から大変な事となる前に、不安の芽は摘み取っておくべきなんだ」

「疑わしきは罰せずとも言いますよ。彼女に力が戻るとも限らないし、悪になるとも限らない。ここであの子の命を奪うのは、早計だと思いますが」


 先までの恐怖を拭い去り、決然たる姿勢で言葉を交わす。

 依然として道化面はおぞましい気配に包まれ、それを絶え間なく放出していたが、天使が臆する事はもうない。

 自問自答の末に導き出した答えは、彼女の心へ並々ならぬ強健な意志力を芽生えさせていた。叩き付けられる邪気へ負けぬ程の覚悟が、眼前の猛悪に怯まぬ精神的強さを構築している。


 そうした姉妹天使の心構えを、表情と態度から読み感じ入る赤の天使。

 彼女のまた、似通った葛藤と結論へ至っていた。何よりも1度やると決めた事を放り出して、目的達成の為の努力もせずに、逃げ帰る事が我慢ならない。生来よりの気概が、彼女に惰弱な選択を許さなかった。その結果、駄目でも何でも最後まで抵抗し続けようという、強固な反骨精神が全面へ押し出されてくる。

 悲しい終わり方バッドエンドを回避して、望まれた終わり方ハッピーエンドを招き入れる。天使の根底にあるその一念が、重く、鋭く、熱く、真摯なその願いが、彼女を道化の恐怖から解き放った。

 少女天使の覚悟も、翠の天使と殆ど同じタイミングで決まる。再起した面貌から、それを探り知る事は容易だった。


「ふふ、ふふふ……」


 2人の天使達、それぞれの在り様を見遣り、道化面がわらう。

 両肩を小刻みに上下させ、僅かに顔を俯かせ。


「ふはははは、はァーはっはっはっはっはっはっはっはっは!」


 怪訝な顔で鋭い視線を突き込む天使達を前に、道化面は盛大な歓笑かんしょうを上げる。

 仮面を自らの右手で押さえ、腰を曲げ、或いは天井を仰ぎ、激しく上体を揺すりながら笑い続けた。音程狂いの甲高い笑い声である。気が触れたと思える程の豪笑で、彼人かじんの馬鹿笑いは空間中に響き、異様なまでの反響を繰り返した。

 そのあまりの異常さに天使達は瞬間、顔を見合わせる。互いにどうすべきか判らない、そんな顔で。


「はーはっはっはっは! ハッハァッ!」


 腹がよじれるかと思える大爆笑の最中、道化面が右腕を振り上げる。

 次いで、それを思いっきり、翠の天使目掛けて振り下ろした。

 異変を察知した天使は咄嗟に飛び退き、道化面との距離を取る。直後、彼女がそれまで立っていた床面へ巨大な爪跡が刻まれ、続け様に同位置が砕け散った。床を形成していた硬材が崩れ、跳ね上がり、無数の切片を撒き散らしながら、平面に陥没部を作る。


「あれは?」


 後退する最中に天使は見た。

 自分を狙い打ち下ろされた道化面の腕が、一瞬だけ巨大な鋭爪を備えた異形のソレとなる光景を。その腕が、爪が、床を抉り砕いた瞬間を。

 それは有るか無いかの時間に起きた、人ならざる魔性の現出様。道化面がやはり、姿通りの人に属する存在ではない事を示した事実。


「嬉しい事を言ってくれるじゃないかァ〜。いいね、いいね、そーいうの。邪魔する君達、殺しちゃオ!」


 道化面が右腕を正面へ伸ばし、手袋に包まれた五指を素早く順繰りに動かしていく。

 まるで彼女達が抵抗するのを期待していたかのような口調。さも愉しげにわらう声には、舌打ちや苦味は存在しない。ただただ喜悦が滲み出るのみ。


「やはり貴方は正義の味方なんかじゃない。邪悪なるモノよ!」


 険しい表情で歓喜の仮面を睨み付ける翠の天使。

 彼女は床へ降り立つと同時に右腕を伸ばし、碧の弦へ左手を掛けた。


「邪悪が世界護っていけないという、ルールはナぁぁい。ヒャッハー!」


 天使が弦を引くより早く、道化面の外套が蠢く。

 内側で何かがのたうつ様に覆いが揺れ、膨らみと凹みが衣の随所で起こった。かと思えば、蒼の外套が勢い良く開く。突風を受けたが如く大きく流れ、なびいた蒼套の下から、闇色の触手が飛び出した。


「なっ!?」


 天使の目が驚愕に見開かれる。

 道化面の外套から溢れ出した触手は夥しい数。太さは成人男性の腕程も。透明な粘液に包まれたそれらは、ぬらぬらと濡れた不気味な光沢を放ち、激しくうねりながら翠の天使へ襲い掛かった。

 視界に映った予期せぬ異形が、天使の判断を一瞬遅らせる。生じた刹那の間が、彼女の明暗を別った。

 獲物を狙う空腹の肉食獣さながら、俊敏に、的確に、獰猛に、不気味な触手達は空を駆け、あれよと言う間に天使の体へ巻き付く。腕へ、手首へ、脚へ、腿へ、胴へ、触手は驚異的速度で絡み付き、弾力のある皮膚体で翠の衣の上から這い回り、天使の体を締め上げた。


「うぐ……あぁぁ……」


 抵抗する間もなく自由を奪われた翠の天使。彼女の口から零れるのは苦悶。

 徐々に拘束力を強めていく触手、逃げられない現実的な圧迫感にさいなまれ、軋むのは心と体。

 なにより辛いのは、不快感の極みともいうべき醜悪な異形群に触れられ、あまつさえ全身にまとわりつかれているという現状。それだけで天使の端整な顔が嫌悪に歪み、清廉な魂が悲鳴を上げた。

 だが無論、触手共がそんな事を気にして、彼女へ掛ける力を緩める筈もなく。寧ろ、彼女の精神的苦痛を感じ取った事で、嬉々として締め上げる力を強める程。更なる苦渋を与え、更なる苦鳴を漏らさせんとして。


「どの道、僕の玩具を可愛がってくれた君達は、危険な存在として認知していたからねぇ。帰ると言っても、後ろからバッサリ殺るつもりだったけど。ふふふフ」


 外套の下から溢れ出させた触手に捕えられ、身動きも出来ずに苦しむ天使。その様子を眺めながら、道化面は悪意に染まった哄笑を木霊させる。

 慈悲の心など欠片もなく、憐れみや情けは彼方に捨てた、邪念のみに特化した言葉。聞く者の絶望感を煽る独特の風調を当てた、暗色の宣告。


「お約束な展開だろぉ? お粗末なのは、ご愛嬌〜」


 尚もわらい、翠の天使へ掻けた拘束を強める。

 その言動からかんがみても、心底から今の状況を愉しんでいるのは明らか。可憐な天使が醜い触手になぶられる様へ、黒く穢れた喜びを感じているのだ。


「や、止めろぉぉぉッ!」


 全てを揺さぶる怒号を上げて、赤の天使が床上を駆ける。

 憤怒の感情に双眸を染め、顔全体を烈火の如く紅潮させて、少女天使は道化面へと挑みかかった。おぞましい触手に襲われる姉妹天使を目にして、怒りの炎が爆発した事は言うまでもない。

 両手に握る緋色の巨大戦斧を振り上げ、敵対者との間合いを走力で詰める。進行上に散ばる黒鎧の残骸を踏み砕き、道化面へ一気に迫った。

 少女の攻撃範囲に奇抜な格好の邪悪が入る。その直後、赤の天使は両腕を斧毎に振り下ろした。渾身の力を込めた一撃。双刃が揃って高速度から宙を滑り降り、佇む諸悪へ打ち込まれる。

 頑健な鎧を容易く寸断した重撃。その直撃を受け、道化面の半身が無惨に切り裂かれた。


「うっ!?」


 大気に染み入る呻き。

 くぐもった短声が低く漂い空気へ溶ける中、少女天使は自らの導いた結果を見て硬直した。


「な、なんで?」


 怒りの形相から驚きへ代わり、次いで戦慄を浮かべる。

 彼女の両腕は斧を握ったまま止まり、硬い物を打ち据えたまま動かない。

 赤天使の斬撃は、道化面の半身を無惨に切り裂いた。その筈だった。少なくとも彼女は、そうなるだろうと思っていたし、それだけの力を込めて打ち込んだつもりだった。

 にも関わらず。


「どうして!?」


 狼狽した少女の叫びが響く。

 天使の振るった2つの戦斧は、道化面がかざした左腕に激突したまま止まっていた。緋色の巨刃は天使と同じ程度の細い前腕で、1mmとて皮膚を裂けず、完全に進行を阻まれている。

 道化面の半身を切り裂いたというのは、天使の幻視した架空の映像に過ぎなかった。そうなって欲しいと願う、切望の感情が網膜に映した偽りの光景だった。

 実際には、彼女の刃は標的へ届かず、傷付ける事すら出来ていない。


「ロリっ子にデカイ武器かぁ。萌えるね♪」


 ピエロの仮面が奥から、調子外れの笑声が零れる。

 同時、道化面が左腕を払った。たったそれだけの簡単な動作。しかしそれは得物握った少女天使を、遥か後方へと吹き飛ばす。

 驚愕の表情を浮かべたまま、少女はとてつもない力に弾かれて、来た道を空中から逆進させられた。

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