表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

1筆目:執筆完了、新世界

イラストが基礎となっているキャラの性格・容姿表現等は作者の感性に強く依存しておりますので、実際のそれと異なる可能性が。

 青い空は広がっている。何処までも、何処までも、永遠と思えるまでに広大。

 蒼穹は果てし無く、当て所なく、始まりもなく、終わりも無い。

 雲も何も浮き非ず、見渡す限りの青。在るのは空だけ、ただ青だけ。


 さらさらと、筆が走る。

 ガラスで出来たみやびなペンが、何も無い虚空へと文字を刻む。

 描かれる一文字に、乗るのは想い。

 紡がれる一文字に、秘めるは願い。

 綴られる一文字に、宿るは世界。

 金の髪をなびかせて、空色の衣を振るわせて、その人は筆を振るう。

 軽やかな腕運わんうんで、時に激しく、時に優しく。宙を駆けるきらきが、次第に全てを染め上げる。

 空へたゆたう文字の海、そこから滴る、夢の音。



「始まるね、始まるね。主さまが新しい物語を書き上げたよ」


 今では空間全てを埋める途方も無い文字、文字、文字。それを見上げて、赤い衣の天使が目を輝かせる。

 薔薇色の髪を左右で2つに結わう、それは少女。あどけなさの残る顔に、見えるは緋色の瞳。

 金の首飾りを巻き、紫の肌着と、青のハーフパンツを身に付けて。その上から赤い衣をまとう者。背中からはカーディナル色の翼が生える。

 期待と興奮に彩られた双眸を、静かに波打つ文章群へ注ぎ。彼女は片手を天へ向け、満天の文字列を撫でようとした。


「今度は、どんなお話かしら」


 同じ様に空を見詰める緑の衣を着た天使。彼女は微笑みながら息を吐く。

 髪の色はアップルグリーン、揉み上げ部分のみが肩を越える程に長く伸び。髪に隠れた耳辺りから、緑の小さな翼を生やす女性の姿。

 首には金の首飾りを巻き、着込むはコバルトグリーンの薄手なローブ。ゆったりとしたそれは、彼女の線を浮き彫りにする。穏やかな面上にかれた、たおやかな微笑と相まって、彼女を落ち着きある大人な女性と感じさせ。

 澄んだ瞳に映り込む、浮かび漂う文字の道。それは彼女の吐息を受けて、波紋のように揺れ動いた。


 2人の天使が見守る中で、金髪揺らすその人は手を止める。

 最後の一字を書き終えて、指の上でペンを回した。それは、己が仕事の終了を告げる合図。

 次の瞬間、宙空を満たす文字という文字全てが、一斉に黄金の輝きを放ち出す。一文字ずつがまばゆい光を周囲へ飛ばし、見遣る天使の目を閉じさせた。

 咄嗟に額へ手をかざし、降り注ぐ金光を防ぐ乙女達。それに反して、直視に辛い黄金の斉射を、金髪のその人は笑みさえ浮かべて受け止める。実に楽しそうな、喜悦に満ちた快笑かいしょうだった。

 不思議な3者の様子に構わず、宙を埋める文字の変化は続く。激しい光をそのままに、文字達はまるで水に浸された墨が如く、静かに滲んで消え始めた。

 溶けて、消えて、無に帰す文字。全てを照らす明光残し、次々失せる文字また文字。

 天使達が目を開ける。揃って空をまた眺める。

 彼女達の瞳の中で、文字の走っていた空が歪む。輝き湛えた虚空がたわみ、渦巻くように動き出す。

 回る、廻る、まわる、マワル……文字が果て、宙が螺旋を作り上げ、その巡りは今や数えられぬ程。


「さぁ、作品おまえの鼓動を聞かせてくれ」


 金の髪のその人が、空に向かって高らかに叫ぶ。

 直後、渦の、歪みの、螺旋の中心が、音も無く弾けた。

 瞬きの間さえ超える脅威の猛速で、空は瞬時に黒へと変わる。渦の中心から広がった黒は全てを包み、2人の天使と金髪の人以外、何かもを染めてしまった。後には何も残らない。ただ只管ひたすらに黒。まったき黒。


「わくわく。どきどき」


 赤の天使が口を動かし、自らの胸中を言葉に変える。

 無音と化したその場には、彼女の声が大きく響いた。


「感じます。確かな響きを」


 緑の天使が胸に手を当て、受け取る事実を小さく囁く。

 鈴音すずねに近しい可憐な声が、黒の世界へ染み渡った。


 そして始まる新たな変化。

 延々と広がる黒の中に、突如として亀裂が走る。最初は1本の線。だがすぐに分化し、統一性のない無数のひび割れが生まれた。それは黒の出現と同じ程の速度で、空間の果てまで急速に拡がる。

 金の髪の人が、不敵に笑いながらを指を鳴らした。

 小さな、けれど確かな存在感を示した音。同時に、黒が砕ける。

 叩き割られたガラスのように、無数の破片を撒き散らし、全てを包んだ黒は粉々に散った。回転しながら舞い飛ぶ破片の数々。小さな欠片は宙空で色を消し、素早く透けて実体を失っていく。天使達や金髪の人へぶつかる事も無く、互いに擦れ合う事もなく。

 崩れ去った黒の後、その背方から現れた景色は元の空。文字も、光も、存在しない、青空のみ。

 但し、異なる所が1つだけ。天使達の見上げる先に、姿を現す巨大な城が。空の彼方の虚空の先に、彼女等一同頭上の果てに、驚くなかれと佇む王城。

 数々の物語に記されてきた、ファンタジーの象徴とも言える白亜の大城。それは幾多の棟とそびえる列塔を高く伸ばし、雄々しく雄大なる威容を以って屹立していた。異常を謳うとするならば、空の真中に巨体を据えて鎮座するのと、逆さとなっている事か。

 そう。その城は天に向かって建つのではなく、その頂上点を本来とは真逆、下方へ向けて存在していた。城を見上げる天使達に、自らの頭頂を突き示し。

 尤も、そこは空以外には何も存在していない場所。どちらが上で、どちらが下か、それは判然としていない。全ては天使達を基点とし、見た場合に過ぎないが。


「お城だね。おっきいね」


 黒を割って現れた遥かなる偉状を指差して、赤の天使は楽しげに笑う。

 彼女の心を表すように、背へと生える双翼が忙しなくためいた。


「でも、仄かな悲しみが流れてくる」


 無邪気にはしゃぐ赤の天使の傍らで、緑の天使は目を閉じる。

 感じる思いを胸に受け、微かな切なさを声へと乗せた。


「物語。それは一時の夢。儚い幻。されど其処には、確かに息衝くモノがある。感じ取られようと、無視されようと、変わらず宿るモノがある。創作とは、担い手の魂を他者へ伝える思いの形。だからこそ、力だ」


 金髪のその人は、天に浮かんだ逆さの巨城を仰ぎ見て、誰とはなしに言葉を投げる。

 確信と決意にたぎる真摯な声は、空へ届いて霧散した。

 その最中、赤の天使と緑の天使は、共に背後を振り返る。彼女達の視線が先へ、何時現れたとも知れぬ卵が1つ。


「丹精込めて紡いだ物語、それはどんな物であれ、書き手の魂を反映した律動。命の片割れ。だからこそ、価値がある。そうは思わないか?」


 金髪のその人は言いながら、天使達と同様に、唐突に出現していた卵を見遣る。

 淡く、金色に光る卵。何も語らず何も返さず、ただただ静かに、薄い明滅を繰り返す。その内側で育まれる何かが、鼓動しているかのよう。


「俺は、書き続けるぞ。好きだからな。楽しいからな。誰に何を言われようと、俺は俺の書きたい事を書き続ける」


 卵から視線を外し、再び上天の城を視界に置いて。金髪のその人は、手にしたペンを腕毎で高らかに掲げる。

 天使達もの人を見た。屹然とした佇まいで胸を張り、確固とした信念で宣言する。そんな創造主へ、激励にも似た温かな視線を送り。


「さて」


 不意に、金の髪の人が振り返る。

 彼人の瞳に映り込む、赤と緑の姉妹天使。小首傾げる彼女達を捉えたまま、深い色合いの瞳が鈍く光った。


「折角だから、楽しんで来い」


 彼の口が開閉した直後、2人の天使は光の球に変じてしまう。

 片手に収まる程度の小さな球だ。それらは緩やかに浮かび上がると、次には燐光放って急上昇。風のはやさで逆さまの城へ飛んでいった。


「はわわわ〜!?」

「あ、主さま、これって……」


 天使達に抵抗する間はなく、ただ状況を受け入れる以外に術はない。

 遠く彼方へ舞い上がる光球から、驚きと困惑の声が僅かに届く。けれど、それさえ半瞬後には聞こえなくなってしまう。

 反論する機会も与えない。文字通り、有無を言わさぬ早業だった。


「後で感想を聞かせてくれよ〜」


 遠く去り行く光球を見送りながら、金髪のその人は愉快げに手を振る。

 ニヤリという擬音が聞こえてきそうな、そんな笑みを浮かべて。

 彼の背後では、空の只中に浮いた卵が無音で脈打つ。控え目な光だけを、後に残し。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ