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新小川原湖物語  作者: すけごろう
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第2話 3

3


 玉代姫たちはシババの邑の人たちに歓迎されました。都の人が珍しいこともあったし、もともと人懐っこい玉代姫のこと、エミシの人たちと直ぐに仲良くなってしまいました。邑の娘たちは都会の話を聞きたがります。若干話す言葉が違うという問題もありましたが、天真爛漫で物事を深く考えない玉代姫は身振り手振りのボディランゲージでコミュニケーションの壁をあっさりと乗り越えてしまいました。都で流行っているアバンギャルドな服装とか、ヒットしている和歌のランキングとか。ときどきは難解すぎてエミシの娘たちにも意味不明と言われることがありますが。


 ひと月以上も滞在して、とても仲良くなった玉代姫、勝世姫とシババや邑の若い衆は、今日は海辺で釣りとか海に潜って貝を採ったりして、獲物をその場で直接さばいて食べています。

「うっわー!すっごい新鮮なお刺身!都じゃこんなの食べられなかったよ!お魚も貝もプリップリだねー!お口の中でとろけて行くみたい。いくらでも食べられるよー!この近辺で獲れるアワビとかウニとかホッキ貝とか、1400年後も名物になるよ、これ。シババ、わたしここの子になって三食これ食べていたい!」

「そうじゃろう?まさに産地直送、いいや地産地消ってやつじゃな。ここで獲れたのを直接食べるわけじゃからな」

「都でも海のお魚あったけど、みんな塩漬けとか干物とかでお刺身は食べたことなかったよー。お肉もイノシシとかいっぱいいるから、イノシシステーキとか、イノシシカツとか、イノシシの角煮とか、イノシシ鍋とか、イノシシのしゃぶしゃぶとか、もうフルコースだね!うっひょー、これはまさにお肉の東京ビッグサイトのコミケやー!今度はマグロ食べてみたいよ、大間あたりで獲れたヤツで中トロのお寿司を!」


「お姉さまは腹ペコキャラでいらっしゃるのですね?」

「わたしのことはグルメレポーターと呼んでね!ん?グルメって何語だっけ?エミシ語?

それよりびっくりしたのは、クマが多いことだよ。クマは狂暴でこわいけど、クマが多いってことはそれだけクマが食べる獲物が多いってことで、それだけ自然が豊かなんだね。クマ恐いけど。クマ駄目。絶対に無理」


 各地の貝塚などの遺跡から、縄文時代以前から続く狩猟生活でも食生活の豊かさが証明されています。動物ではイノシシ、シカ、ウサギ、タヌキ、カモ。魚介ではサケ、タイ、コイ、貝。植物ではワラビやゼンマイ。木の実では栗、クルミ、ドングリなど。季節によって獲得できる食材が変わるので、生活のサイクルとして季節の移り変わりを強く感じていたのだろうと思います。

彼らは身の丈、つまり自分たちが生活を維持するための必要量を理解していて、その分だけを採取していたのでしょう。採り過ぎると食べ物がなくなってしまうことを経験上理解していたのだと思います。それに、採取できる食物に限りがあるので、無計画に人口を増やすこともなかったのではないでしょうか?


 大昔の東北北部は続縄文文化で稲作がされていなかったというのが定説でしたが、ここ最近の遺跡の発掘や科学分析の結果、はるか昔の縄文時代から稲作が行われていたことが証明されています。

しかし、現在のように品種改良が進んではいなかったので、寒冷な土地故に本格的な稲作には適してはいませんでした。


「ねえシババ。どうしてこの辺ではお米を作ってないの?稲作だと食べ物を作って貯めておけるから、獲物が取れない時とか安心だよ?寒くてもお米作れるでしょ?どうして?どうして?」

玉代姫の疑問ももっともです。

「そうだねえ。ワシらも稲作の利点は承知しておるよ。お嬢ちゃんの言う通りだね。だけど、長年狩猟生活を続けて来たワシらには稲作は面倒なんじゃよ。新たに土地を耕したりするのは。稲を育ててもヤマセという八甲田からの冷たい風が吹くと冷害になって育たないだろうし、連続で作ると土が痩せて収穫が減ってしまう。虫や病気、台風の大雨にも気を遣わなければならない。まあ、それらに気を遣ったとしても自然の力の前には無力だから結局やられてしまうんだけどね。なによりも管理するための人数が必要だね」

「ふーん、だったら人を増やしたらできるの?子供沢山産むとか?あ、今はお受験とかなんかでお金かかるから少子化問題が・・・」

「いや、人の数だけの話ではないのだよ。西の方から稲作のエリアが進出して来ているのは知っておるよね?それと朝廷が稲作を推奨していること、権力闘争が激化していること、あちこちの土地で諍いが起きていることは無関係ではないのだよ」

「どうして稲作をすると争うの?」

「どうしてじゃろうな?ワシが思うに、極論じゃが『欲』が大きくなるんじゃないかな?この場合の『欲』というのは人よりもいい思いをしたいということじゃ。もともとは自分たちが食べる分だけの稲を作っていたはずだったのが、今や稲は富の象徴じゃからね。稲を沢山育てるために土地を多く欲しい。こうして土地の奪い合いによる争いが勃発するじゃろう。稲を育てる集団のリーダーになって威張りたい。自分の集団をよそよりも強くしたい。集団をまとめて支配したい。日ノ本の国全部を支配したい。そうすると富と権力が集中してくる。そのうちに他の集団のリーダーが、なんであいつだけいい思いをするんだ?オレが代わりになってやる。そうして争いが起こったり。ワシは大きな戦争は稲作が広まった弥生時代以降から増えて来たと思うんじゃよ。西の大和では権力をめぐって肉親同士でも殺し合いをしているじゃろ?考えすぎかな?お嬢ちゃんはどう思うね?」

「うーん、よくわかんないや。お米があるのが当たり前の生活してたし、朝廷でも権力闘争はいつも普通にあったしね・・・。むにゃむにゃ」

「そうだね。朝廷は税を納めさせるのに米が都合がいいから稲作を推奨しているだろうけど、ワシらは奴らに従うつもりはこれっぽちもないからね。どうしてワシらが顔も見たこともない関係ない奴らに税を払う必要がある?それもワシらが稲作をしない理由の一つじゃね」


そういうとシババは隣の玉代姫の方を覗いてみました。

「あらら、静かだと思ったら、ワシの話の途中で寝ちゃったよ。うーん、お嬢ちゃんにはちょっと難しかったかな?」

「う、ううーん。あれ?寝ちゃってた?わたしあんまり理論的な話に向いてないんだよねー。なんとなくわかったことは、ここは都よりもわたし向きだってことだね。特に食生活が!」

「うんうん、気に入ってもらってよかったよ。明日はお祭りだからね。魚も多めに釣っておこうね」


 そしてアラハバキの神様に感謝、海の神様に感謝、山の神様に感謝、全て食べ物を与えてくれる大自然に感謝するお祭りが開催されました。といっても、集落の人たちだけのこじんまりとしたものですが。

とりあえず音のなるものを叩いて景気づけしながら、歌ったり踊ったり、普段寡黙なエミシの人たちもこの日だけは陽気に楽しんでいました。

道忠も奥さんの早苗姫さなひめ様に無理やり引っ張られて、踊りの輪の中に入っていきました。


「ここの邑のお祭りは、春と秋の二回行うんだよ。春のお祭りは冬を耐えて生きてた、これからたくさんの獲物が獲れるっていう喜びのお祭り。秋のお祭りは秋のうちにできるだけたくさん食べ物を収穫して保存食にしておかないと厳しい冬を越せないからね、忙しくなる前にお祭りという形で一年のお疲れさん会をするんだよ。それから、来年の春を迎えられない人もいるかもしれないから、最期にお別れを言っておこうという意味もあるんだよ。わしももういい年だからね、来春はどうなっていることやら・・・」

「シババ、寂しいこと言わないでよ。まだまだ若いよ?でも何歳なの?」

「レディーに歳を聞くなんて野暮はなしだよ、マドモアゼル」


 その時、遠くから地鳴りのような音が聞こえてきました。たくさんの足音のような、そして叫び声のような・・・。

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