第2話 2
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道忠さんはシババとの交渉がうまくいかず、とぼとぼと集落の外れに借りている竪穴式住居、つまり地面に穴を掘って、木で枠組みを作った上に藁をかぶせただけの昔ながらの住居へ帰っていきました。
家の中は意外と広く中央に煮炊き用の炉があって使い勝手がいのですが、単身赴任の身で荷物もなく閑散としています。仕事用のパソコンとかインターネットもないし、テレビやラジオすらない時代。もちろん電話もありません。一人でいると暇なのでついつい独り言が多くなります。
「ここの人たちは他所から来たオレにも住むとことか食べ物とか分けてくれるから助かるけど、全然働いてなくて役に立ってないからなんか申し訳ないな。まあオレなんて狩りに行ってもなんの手助けもできないんだけどな。イノシシに轢かれて怪我するのがオチだし。それにしても貸してくれた食器の土器や部屋に置いている土偶。これなんて立派な遮光器土偶だよな。ここはもともとは祈祷に使うための建屋だったのかな?これを大事に持っておくと、何千年も経つと価値が出て高く売れるんだろうな。ひょっとして国宝になったりして。一躍大金持ちになれるよな、いひひ。オレの子孫に横流しできないだろうか?冗談だけど」
道忠さん。暇すぎて邪まなことを考えています。
「シババにはなんとかするとは言ったものの、アギラがいる一族は苦手なんだよなー。前に一度挨拶に行ったときは、顔見ただけでイノシシに乗って追いかけられたもんな。話し合いなんて段階じゃないよなー。困ったなー。もうここに来て一年近く経つけど全然進展してないぞ。どうしよう、このままじゃ都に帰られないじゃないか。邑の女の子には全く相手にされないし、一人寝は寂しいなー」
道忠さんがしょうもないことで悩んでいるところへ、邑の若い男の子が訪問してきました。彼は麻の薄手の衣を着て、顔に赤い刺青を入れています。
「ミッチー、いたいた。ちょっと集落の中央に来てくれないか?」
「うーん、呼び名ミッチーでもいいけど。何か用事?シババが恭順を了承したとか?」
「いやいや。都から人が来てるんだよ。ミッチーに会いたいって。中にはきれいな着物を着た若い女の人が三人もいたぞ、結構美人の。一人でいいから紹介してくれよ!」
「まじですか?オレにもモテ期到来かな?わざわざ都から来るってどんな人なんだろう?オレがあまりにもカッコイイからお婿に来てくれとか?オレには都に残してきた奥さんがいるのになー、不倫は困っちゃうなー、だけどちょっとアバンチュールを期待するよなー、ぐふふ」
「ミッチー、ゲスって言われないか?」
道忠が髪と服装を整えて邑の中心の広場に着くと、村の人がほぼ全員集まって来ていました。ざっと見積もって百人はいるでしょう。大人も子供も老人もたくさんいて、こんなに一堂に会するなんてお祭り以外珍しいことです。みんな興味津々で来訪者を見ているようです。
人垣の向こうに都から来た人が待っているようです。
「ここの土地はオレがうまく恭順させているって言っておかないとな。美人の女の人ってどんな感じかな?第一印象が大事だからな。よーし、お嬢さん方、ようこそいらっしゃいました!初めまして、あなたの道忠です!あれれ?」
そこには都から逃げてきた道忠さんの奥さま以下七名が旅の疲れを落とすために、椅子代わりの石の上にめいめい座っていました。長旅のせいか、もともときれいだったはずのお着物も旅塵にまみれています。
「あなた、久々ですね。ところで誰ですか?お嬢様方というのは?」
「ゲ!ウソ!?早苗様?どうしてここへ?玉ちゃんと勝ちゃんも一緒?旅行なの?もしや出張なの?まさかオレが真面目に働いているか監視のお役を仰せつかったとか?オレ真面目に働いてるよ!本当だよ!信じて下さい!」
奥さまの早苗姫さんが仁王立ちになって、道忠さんをにらんでいます。
「あなた、落ち着きなさい。わたくしたちは難波の都で危ない目にあったので、はるばる四ヵ月もかけてここまで逃げてきたのです。それはそうと、お嬢様方というのは?なんですか?あ・な・た?」
「えー、えーと、そ、そう。早苗様たちが来るの知ってたんだよ!早苗様いつまでも若いからお嬢様扱いしようと思ってね!」
「ふー、まあいいです。どうせ『モテ期が来た』とかなんとかって、舞い上がってしまったんでしょう?出張先で独身気分を味わって。わかりますよ、あなたの思考回路なんて」
「ひいいー、ごめんなさい!ごめんなさい!」
道忠さんは奥さんの早苗姫さんに土下座を始めてしまいました。蝦夷の邑皆さんが見ている前で。
いつまでも道忠が土下座を続けているので、困った顔のシババが土下座している道忠の前にしゃがんで話しかけました。
「こほん。道忠よ、紹介してくれんかな?この方々はどなたじゃ?」
「えーと、シババ。この若くて天女のように美しい女性はオレの奥様で早苗姫様といいます。この二人の女の子はオレの可愛い最愛の娘の玉代姫と勝世姫。そしてむさくるしい男ども四人はオレの家臣です。以上」
「奥さんを様づけで呼ぶんだね、力関係かい?それから男の扱いがぞんざいだね。まあいいけど。それはそうと、あんたら都で危ない目にあったと言っておったが、都でなにがあったのじゃ?」
玉代姫が張り切って手を挙げました。
「はいはーい!わたしから説明するよ!えーと、大王崩御で、エロガエルが妾にするって逃げたら比羅夫が助けてくれたの」
「???うんうん。お嬢ちゃん、はしょりすぎてわからないよ?面白い子だね。だけど説明には壊滅的に向いてないね」
「お姉さまに代わりまして、わたし妹の勝世姫から改めて詳しく説明いたします。」
「・・・・そして、箱根の手前で阿倍比羅夫様とお別れして、わたしたちだけでここまで来たのです。そこからがさらに苦難の道のりだったのですけれど。もっと早く到着できたはずなのに、お母さまとお姉さまが暴走してあちこちに立ち寄るものですから・・・。箱根温泉とか、鬼怒川温泉とか、草津温泉とか、熱田神宮とか、鹿島神宮とか、伊勢神宮とか、それぞれの美味しいものがある観光名所とか・・・・・、遠回りしまくりで・・・・・、ぶつぶつ」
勝世姫から難波長柄豊碕宮であった出来事、そしてここにたどり着くまでの道程の説明が、姐の玉代姫とは天と地ほど違ってみんなにわかりやすいようにきちんとされました。しかし多少の怒りと疲れで目が死んでいます。
「このナレーター、わたしに悪意あるの?わたしちゃんと話したじゃん!ぶーぶー!
でも、比羅夫が別れ際にいってたよ。『いつか必ずお前を迎えにいく』って。
きゃー、あれプロポーズよ!わたし愛されてるね!ぐふふ、どうしよう?」
「道忠よ、おぬしの娘は個性的すぎるの?しばらくここに暮らすかい?邑が明るくなっていいかもな?」
「シババ、よろしく頼むよ。早苗様もいいかな?家族でここにしばらく厄介になるの。ほとぼりが覚めるまで」
早速翌日から玉代姫達が暮らす家の建築が始まりました。
それぞれ家族と家臣が暮らす用に二軒も竪穴式住居を建てたのですが、邑のみんなが手伝ってくれたので、意外と早く完成しました。