覚醒
ようやく書きたかった一番書きたかったネタが出せた。
「リディア!! リディア!!」
リディアが出て行った後の空間には出口らしきものは無く、外へ出ることができなかった。外からは音だけが伝わってくる。
魔獣の咆哮。巨大な体が地を蹴る音。リディアが駆け抜ける音。
「畜生!!! 僕に勇者の力があるなら早く目覚めろよ!! 畜生!!」
勇者の力は成人を迎えないと覚醒しない。今の僕は無力だ。
無力な自分に苛立ちを覚える。
「キャアアアアァ!!」
リディアの悲鳴が聞こえた。このままでは本当にリディアが殺されてしまう!
それは絶対に嫌だ!!
いつの間にか握りしめていた拳に爪が食い込み手のひらを朱く染めていた。流れ出た朱い雫は足元へとしたたり落ち続けた。
「畜生! 畜生! 畜生! 畜生!」
例え僕が出て行っても何もできないかもしれない。
ただそれでも何もしないよりはマシだ!
誰でもいいからここから僕を出してくれ!!
「聞こえるか。」
誰も居ないはずの空間に男の声がした。
僕は驚いて辺りを見渡したが誰も居なかった。
「気の…せい?」
もう一度見渡してみたがやはり誰も居ない。
「聞こえるか。」
誰も居ないはずの空間に再び男の声がした。
「誰?」
僕は声の主に問いかけてみた。
「聞こえたようだな。ようやく波長があったか。」
「誰?」
「俺の名前はどうでもいい。単刀直入に聞くぞ。そこから出たいか?」
「僕をここから出してくれるの?」
「ああ。出すことは可能だ。」
「じゃあ!今すぐここから出してくれ!!」
僕はすがる思いで男に求めた。
「出す前に確認しておきたいことがある。今出れば確実にお前は死ぬ。
あの女も死ぬ。それでも出るのか? あの女はお前を守ろうとしたのだろう。」
男が何故そのことを知っているのか疑問に思ったが、ここから出してくれるならそんなことはどうでもいい。
「ここから出てリディアを守る!!」
「お前が死ぬことによって多くの命が消えることになってもか?
お前がおとなしくここに隠れていればお前は助かり、その後多くの命を救うことができる。それでもか?」
「…それでも。それでも例え世界がどうなってもいい。僕は…僕は…
リディアを守りたいんだ!!!」
僕にとっては世界よりリディアが大事なんだ。かけがえのない存在なんだ。
「世界より大事…か。 その言葉…痛いな。」
男の声は寂しげだった。
「分かった。お前をここから出してやる。そして力も貸してやる。」
「力?」
「ああ、俺の剣を貸してやる。」
男がそう言うと僕の目の前に光に包まれた剣が出現した。
目の前の剣を掴んだ瞬間、体の中から熱い何かが沸き上がってきた。
「何だこれ…体が凄く熱い…」
「勇者としての力が覚醒したのさ。さぁ、行け。お前の我儘を貫け!!」
突如僕の体は頭上へと引っ張られた。そして地上に戻った僕の眼前には肩を押さえ膝をついてるリディアの姿があった。リディアの前にはあの魔獣が今にも巨大な前脚をリディアに振り落とそうとしていた。
「リディア!!!!!!!」
その瞬間、僕は一心不乱に魔獣に向かっていた。駆け抜ける速度は普段の数倍あり、あっという間に魔獣の脚下に着き驚いたが、今はそれどころではない。
振り落とされた魔獣の前脚を両手に持った剣で防ぐ。前脚を受け止めた途端にズシンと体に鈍い衝撃が走る。
普段の僕であればとてつもない質量を持つ魔獣の前脚に潰されていただろう。だが今は不思議と受け止められていた。
そのまま渾身の力で剣を振りぬき、魔獣を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた魔獣は空中で体勢を整え、10メートル程離れた位置で着地した。
想定外であったのか、魔獣はすぐさま次の行動に移らずゴロゴロと唸り声を上げ僕の様子をうかがっている。
「リオ!! 貴方どうやって…」
「後で話すよ。まずはこいつを何とかしなくっちゃ。」
とりあえずリディアの窮地を救うことはできたが、魔獣にはダメージすら与えられていない。普段の数倍の力を出せるようになってはいるが果たして倒せるかどうか不安だ。
まずはリディアの安全確保が先決だ。もっと魔獣から引き離す。
僕は再度魔獣へと駆け出した。駆け出した僕に反応したのか、魔獣はその場で天高く舞い上がった。
高い! なんて跳躍力だ!
先ほどは地に脚をつけての攻撃だったから何とか耐えられたがあれ程高く跳躍した魔獣の攻撃は先ほどの比では無い。受け止められるかどうか怪しい。
その時ふと僕の脳裏にムガン先生との習練の記憶が浮かんだ。
「いいか。リオ。世の中にはどうしても自分より力の強いやつらがいる。魔獣なんて大抵人間より力が強い。そんなやつらと戦うことになった場合、力で競り合っても必ず負ける。だから力を力で受け止めるな」
「どういうことですか先生?」
「口で説明するよりやってみたほうが早いだろう。思いっきり打ち込んで来い。」
「では失礼します。」
僕はムガン先生に向かって思いっきり横から薙ぎ払った。
その剣がムガン先生の剣に触れた瞬間、僕の体はムガン先生に対して背を向けていた。
コツン
「痛ッ!」
そして剣の柄で頭を殴られた。
「力を力で対抗するのでなく、受け流す。これが流転だ。」
流転!!
空から振ってきた巨大な前脚を先ほど同様に頭上で受け止める。
先ほどとは桁違いの重圧。このまま受け止め続ければ確実に潰される。
僕は左手の力を少しだけ緩め、少しだけ剣を傾かせる。
それ同時に体を反時計回りに回転させ、魔獣の前脚を横へいなす。
流転によって魔獣は大きく体制を崩し倒れこんだ。
そこに回転力を加えた強烈な下からの切り上げを魔獣の顔目掛けて放った。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
痛みに耐えらず魔獣は顔を上げ、雄たけびを上げた。
今だ!!
がら空きになった魔獣の喉元に渾身の突きを放った。
ズブ! ズズズ! と魔獣の喉に剣身が埋まっていく。
剣身全てが喉元に埋まるのを確認してから手首を捻りながら剣を抜いた。
魔獣の喉元から大量の血飛沫が舞い上がり、僕の体を朱く染めた。
喉が潰れたのだろうか、苦しみもがく魔獣からは先ほどのような咆哮は聞こえず、ただひたすらに何度もブシュブシュと血が噴き出していた。
数十秒後、魔獣は動かなくなった。そして、僕もとてつもない疲労感に襲われ眠りに落ちていった。
眠り行く中でリディアが僕を呼ぶ声が何度も何度も聞こえていた。
良かった。リディアは無事だ…