night.1 -2
春人が最初に認識したのは頭部と頸部に走る痛みだった。
無意識のうちに痛むそこをさすりながら目を開ける。
「…えぇ?」
間抜けな声が漏れた。それもそのはず、先程までいた場所ではない。
「………何だこれ」
そこはかなり広い部屋だった。
だが春人が今寝かされていたベッドと部屋の中央に置かれたテーブルセット、それから備え付けの洗面所、二枚のドア以外は何も見当たらない。
換気扇が回されているような音がする。
慌てて周りを見回すが、ベッドの下に履いてきたスニーカーがそろえられている以外に荷物も何も見当たらなかった。
「何があったんだ…?」
記憶を辿る。
学校が終わったその足でまた違うローカル路線に乗って、駅で降りて、道なりに進んで写真を撮って、それからあの洋館を見つけて、はしゃぎながら何枚も写真を撮って、
―――困りましたねぇ
そんな声が聞こえて振り返ろうとしたら視界が暗転した…
多分意識を失ったのだろう。目覚めたらベッドに寝かされていた、ということは誰かに連れて来られた以外にありえない。
「はぁ……」
肩で溜息をつき、立ち上がって周囲を確認する。
部屋を歩き回って確認できたのは外鍵であることと、二枚めのドアがトイレであったくらいだ。
そして驚いたことに部屋のどこにも窓も時計も無い。
途方にくれて、何時間経ったことだろう。
ここには最低限のものがあるしまだ腹はそこまで減らないからまだ良いのだが、荷物は何処にも見当たらないし連絡はおろか今は何時なのかここがどこなのかさえ窺い知ることは出来ない。
このままどうなってしまうのだろう、という不安を抑えつけながら春人はいたしかたなくベッドの上にいるしかなかった。
「!?」
外鍵のドアからガチャガチャと音がした。
反射的に立ち上がって身構える。ドアは音も無く、するりと開いた。
ドアの向こうには男がいた。
それも同性であっても眼を奪われるほど恐ろしく綺麗な青年だった。
余りにも整いすぎて逆に中性的な顔立ちに、陶磁のような白い肌。流れる金糸のような髪と青い水晶のような透き通った色の眼。
身長はどう見ても180センチはあるだろう。纏う服はどうやら黒のスーツのような仕立てだが、胸元にはネクタイではなく真紅のヒモのリボンが結ばれている。
「…初めまして。ひとつお伺いしたいのですが」
鼓膜に響くテノールの声に至るまで美しい。
そして青年はにこやかに微笑んだが、そこにはまるで温かみのようなものは無く薄皮一枚で微笑んでいるかのようだ。
その雰囲気に圧倒され、ドアまで歩み寄ることが出来ない。
「は、…はい」
「橋本春人様、でしょうか?」
「…そうですが」
「では不躾ながら、年齢と学年、学校名をおっしゃっていただけますか」
「…17歳、高校2年、××××高校です」
は手元のメモのようなものを見てひとつずつ確認しながら青年は頷き、確認し終わったのかまた春人に顔を向けた。
「間違いないですね…」
何のことだかさっぱりわからない春人を無視し、青年はドアの隣に呼びかけた。
一言二言会話を交わし、青年がドアから遠ざかる。
入れ替わるように現れたのは青年より小さな人影。
春人は言葉を失った。
それは春人のよく知る少女だったから。