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廃花  作者: ダンボールボックス
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六話

輝石が警察と救急に連絡している間、俺はただ呆然と座り込んでいた。

 幸い、俺の外傷は額の傷のみで、後は魔術の連続行使による疲労のみだ。

 笹山は重症で、肋骨が折れ、全身に打撲を負っている。

 敵は死んだのか、少しも動かない。

 一応、確認したが身体は機械のような金属のパーツで出来ていた。

 足音が聞こえた。

 俺は、慌ててそちらを見た。

 そしてそこには、刹の姿があった。

 手には鎖鎌が握られている。

 「なにしに来たんだよ、お前」

 「いや、助けようと思って」

 そう言った刹は、サッと鎖鎌を自身の背に隠した。

 「……別に、悪くないと思うぞ、鎖鎌」

 俺はそれを見て、刹にそう言った。

 しかし、刹は曖昧に微笑むだけだった。

 

 俺と笹山は病院に担ぎ込まれた。

 笹山は重症のため、しばらく入院生活が続くものの、俺は軽傷で済んだため翌日に退院した。

 そして、退院した俺は優と共にリビングにいるのだった。 

 目を伏せて、紅茶を楽しんでいた優は向かいに座る俺に唐突に話し出した。

 「昨晩兄さんを襲った犯人の正体が分かりました」

 「そうか、で、誰なんだ」

 「お父さんの古い知り合いで、荒牧という人です。八ヶ月前に事故で大脳と右眼を残して全焼、それであのような姿に成っていたそうです」

 「親父関係かよ……」

 「残業ながら目的はまだ調査中で分かってはいません。今は警察と協力して調査中です」

 「親父への復讐とかは?」

 「ええ、それも考えて、お父さんに連絡したのですが、心当たりは無いと仰られたので、それは無いかと」

 「ふん、加害者側は大概覚えてないもんさ、そう言うのは」

 「そうですね……」 

 そこで、優は再びうつ向くと、紅茶を口にした。そして、何かを決意したように顔を上げて、こちらを真っ直ぐに見つめてきた。

 「兄さん、お母さんに会いに行きましょう」

 「え……」

 「えっとですね、兄さん。実は荒牧は兄さんを見つけるためにお母さんに探知魔術を取りつけたようなんです。

 もしも、それが呪いの性質も持ち合わせていたなら一般人のお母さんが危険なんです。そこで、魔術師の名門である私たち氷見家と警察とが連携して明日、お母さんの除術を行うことになりました。だから、明日、兄さんも一緒にお母さんのところへ行きませんか?」

 一気に捲し立てる優。

 「兄さんがあの時のことで傷ついていることは分かっています。でも……」

 「…………分かったよ。行くよ」

 「はい」

 優はティーカップを手に取り立ち上がった。その間、俺は床のカーペットの幾何学模様を見つめていた。

 

 次の日、雲に覆われ薄暗い空の下俺たちは母のもとへと向かった。

 「颯さん、颯さん」

 「なんだよ、輝石。うるさいな」

 タクシーを待つ間、輝石は俺の肩に触れながら話しかけてくる。

 「颯さんのお母様って、どんな方なんですか?」

 「ああ、そういえば輝石はあの頃小さかったからな。覚えてないか」

 俺はどう説明したものかと、上を見上げる。しかし曇り空が見えるばかり。

 「昔のことだからな……。まあ、弱い人だったよ」

 「そうなんですか。そういえば再婚したって聞きましたけど」

 「そうらしいな」

 そのまま、俺たちはタクシーが着くまで終始無言だった。しばらくして、タクシーが家の前に現れる。

 「じゃあ、私はお留守番してますね」

 輝石は玄関の前で手を振る。

 「行ってくる」

 俺はそれに手を軽く挙げて、タクシーに乗り込んだ。

 タクシーの運転手がなにやら話しかけてきたようだが、俺は答える余裕もない。刹も同様なのか終始無言だ。結局、優が応対した。しかし、それもあまり気乗りしていないようで、すぐに車内は沈黙に包まれた。そして、聞こえるのはウィンカーの音だけとなった。

 

 白塗りの家の前にタクシーが止まる。

 「着きましたね」

 優は誰に言うまでもなく呟く。優は凛とした姿で玄関のインターホンを押す。しかし優の指は小刻みに震えていた。

 インターホンが響いて数分にも感じる静寂のあと玄関の扉が開いた。そして一人の老婆が出迎える。

 「よくいらっしゃいましたね。颯くん、優ちゃん、刹くん」

 「お邪魔します。藤村さん」

 「あら、他人じゃあるまいし、お祖母ちゃんと呼んでくれてもいいのよ」

 「はは……では、お祖母さんと」

 「あら、そう。まあいいわ。どうぞ上がって上がって」

 優が俺たちを代表しての挨拶を終える。

 居間にはテーブルとその回りに、椅子が七つある。

 そこには、祖父と俺たちを案内してくれた祖母、そして母の姿があった。

 優は祖父のテーブルを挟んで向かい側に座り、俺たちも隣へと倣って座った。

 「もうしばらくすれば、警察の方も到着すると思います」

 最初に口を開いたのは優だった。

 「そうか」

 それに祖父の茂は重々しい声で答える。母は俯いたまま、少しも音を発せず置物のように佇む。

 祖母はいそいそとお茶とお茶うけを運んでくれる。

 「みんなは紅茶とかの方がいいのかしら」

 この静寂のせいなのか、祖母はひっそりと問い掛ける。

 「いいえ、緑茶でいいです。ありがとうございます」

 それに静かに優が応対する。

 テーブルに六人分のお茶が並ぶ。

 しかし、祖母と優が最初に一口、口をつけただけで、あとは誰も手を出さない。後に聞こえるのは六人分の吐息だけ。重苦しい沈黙が漂う。その時、インターホンの音が響いた。祖母はいそいそと玄関へ向かう。

 玄関の方から話し声が聞こえる。ほどなくして、スーツ姿の女性が祖母に連れられ入ってきた。

 「こんにちは。私は警部補の池田と申します」

 「これはこれは、ようこそいらっしゃいました」

 それに対して対応する祖母、優も直ぐに立ち上がり、対応へ回る。

 どうやら直ぐには検査が出来ないようで、池田とか言う女と優はあらかじめ用意してあった奥の部屋へと籠った。再び訪れる静寂の時間。皆、彫刻のように固まっている。唐突に祖父席を立った。祖母もお茶汲みにと部屋を後にする。そのため、部屋には俺、刹、母の三人となった。ふと三人の視線が重なり、空気がさらに重くなる。

 お茶汲みに行った祖母はまだ戻らない。俺は必死に唇を動かす。

 「母さん、今、幸せか?」

 言えたのはこれだけ。

 「ええ」

 返答の声は小さくて、しかしはっきりとしたものだった。その一言で俺の何かが砕ける。

 「親父を憎んでないのかよ。あんたをさんざん傷つけて、女と出てったような奴だぞ」

 「そうね。あの時は確かにボロボロに傷ついたわ。でも、終わったことなのよ。それに、私は新しく人生を始めることにしたの」

 「……再婚したんだってな」

 「ええ。とてもいい人と」

 「そうか」

 それだけのやり取りで、俺は思い知らされた。俺の心に刻まれた傷は、本当にどうでもいい、たわいもない古傷だと言うことを。俺だけが過去にこだわり、囚われていたということを。十年という歳月はすでに俺以外の全てを歪ながらも癒していたのだ。

 「くそ……。なんだよ」

 知らず知らずに声が漏れる。俺は帰るまでそこを離れはしなかった。

 

 

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