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廃花  作者: ダンボールボックス
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五話

早朝、いつもより早く目が覚めた。

 そこで、俺は何となく庭を散歩することにした。徐々に明るくなる庭の芝生は黄金色に輝いている。空気もいつもより澄んでいるようで清々しかった。その澄んだ空気に乾いた音が響く。その音を疑問に思った俺は、音のする方へと向かう。そしてそこには刹がいた。刹は鎖鎌を構え、それから洗練された型を繰り出した。まるで、そこに敵がいると言わんばかりの気迫だ。時に跳びはね、時に鎌が空を切り裂き、鎖の先の分銅が虚空を打ちすえ、鎖が敵を絡めて拘束した。

 刹は一通りの型が終わったのか額の汗を拭って顔を上げた。そして、俺と目が合う。一瞬の空白の後に刹は素早く鎖鎌を背後に隠した。

 その行動で俺は刹の思惑を大体察した。俺は独り暮らしをする前は、武術等を軽視する発言を度々していた。いや、武術だけでなく、全てに対して俺は魔術に及ばないと断言していたのだ。当時の俺にしてみると、全てのことは魔術の劣化や代用に過ぎないという思考があったのだ。もっとも、その思考は高校に入学し笹山という男によって粉々に打ち砕かれたのだか。

 つまり、こいつは俺に鎖鎌のことを指摘されるのが嫌だったのだろう。

 「ふーん、なかなかやるじゃないか」

 そこで、俺は兄らしく弟の努力を認めてやることとした。

 「あ、うん。ありがと」 

 それに対し、刹は目を伏せたまま暗い顔でそう言う。どうやら、刹にとっては俺の魔術至高主義者という印象はどこまでも強いようだった。

 

 朝食も終わり、朝の眩しい日差しのなか、各々は自分の活動に勤しんでいた。輝石はテレビでワイドショーを眺め、刹は部屋へと閉じ籠った。そして、優は慌ただしく身支度を始めた。

 「どっか行くのか? 優」

 俺は訊ねる。

 「ええ、これから塾なんです」

 「ふーん」

 優は塾に通っているらしい。

 「兄さん。今、そんなくだらないことやってないで、魔術の鍛練に励めって思ったでしょ」

 どうやら俺は、刹だけでなく優にまで魔術至高主義者だと思われているらしい。

 「そんなことねぇよ」

 俺はそう返答した。

 けれど、やはりどうしても優には魔術に力を入れて欲しい。なんせ氷見家の当主なのだから。俺を当主から当落させたぶん努力して欲しいと思うのだ。

 しかし、まあこの想いも恐らくは俺の身勝手な思考でしかないのだろうと考えて、俺はそれきり沈黙した。

 

 電車に乗って、隣の県まで来た。なにか、理由があったわけではない。何となく、見覚えのある駅で降りた。古びて所々錆びている無人駅は閑古鳥が鳴いていた。

 駅を出ると、そこはシャッター通りだった。昔は栄えていただろう、商店街はほとんどの店が閉店していて、看板の文字は薄れていた。なぜだか、俺は寂しく感じて立ちすくむ。そのまま、しばらく茫然としていたが、気を取り直して通りを歩く。進めば、進むほど俺の胸は生暖かいもので締め付けられるようだった。交差点を右に曲がる。そこには住宅街だ。俺は複雑に入りくんだ道を進む。

 角を曲がる。角を曲がる。角を曲がる。足が勝手に進んでいった。そして小さな公園に着く。その公園にはブランコと申し訳程度の砂場しかない。

 そして、その公園のさらに向こうの角に一人の女の人を見つけた。白いTシャツにジーパン。そのあまりに懐かしいシルエット。それは俺の母親だった。肌にピリピリとした違和感を感じる。そして、俺は気づけば元の駅へと全速力で駆けていた。

 よくわからない。何も考えられない。

 でも、わかった。この町は、母さんの実家のある町だった。あの公園は小さい頃、母さんとの遊び場だった。

 それだけが、思い出された。

 

 電車に揺られて家へと帰る。落ち着いた俺はあまりの自分の情けなさに苛立っていた。

 ただ、出ていった母親を見かけただけ。それだけのことで、俺はあんなにも動揺したのだ。

 あの事は、もう決着の着いたことだ。それなのに、未だにこんなにも引きずっている自身を見せつけられて嫌気が差した。

 車両には俺以外の乗客の姿はなく、柔らかな日差しのなか、天井に取り付けられた扇風機が羽音を立てて、風を送る。

 俺はそうして家へと帰った。

 

 屋敷に戻り、自室に篭った俺は今日の出来事を回想しそうになる。それを固く目をつぶって追い払った。

 俺はこんなこともあろうかと、書庫から持ち出した。書物を手に取る。俺はそれから、眠りに着くまで、書物のページを捲り続けた。

 

 耳元に響くコール。瞼を開けると、眩しい光が視界を覆った。手探りで、携帯を手に取る。通話に出た俺の耳に飛び込んで来たのは、笹山の声だった。

 

 「よお、颯」 

 「ああ」

 駅前で、笹山と落ち合っていた。時刻は昼前、平日のこの時間は人気もなく、静かだった。

 「で、なんのようだ」

 「ああ、これだ、これ」

 笹山が鞄から取り出したのはライブのチケットだ。そこには、聞いたことのないバンドの名前が記されている。

 「なんだこれ」

 「ライブのチケットだよ」

 「……お前、そんな趣味あったっけ」

 「いや、これは莉子の趣味だ」

 「なんでそれが俺に関係あるんだ?」

 「どうやら、このチケットと引き換えに貰えるくじ引き券による抽選でこのバンドのオリジナルグッズが当たるらしい。つまり俺達はその手伝いだ。

 ちなみに、報酬は昼食と夕食だ」

 普段なら、百パーセント断る依頼だ。しかし俺は今日一日、部屋に籠って昨日のことをうだうだと思い返しているよりははるかに生産的だろうと考える。

 「いいだろう。付き合ってやる」

 「え、マジ?」

 「ああ」

 「嘘だろ……」

 「なんだ、断って欲しかったのか?」

 「いや、絶対に断るなって思って」

 「まあ、何となくな」

 「そういえば、輝石さんは?」

 「今日は用事があるらしい」

 「マジか……」

 そうして俺は、落ち込んだ笹山に連れられながら会場へと向かうのだった。

 

 あちらこちらから歓声が聞こえる。

 暗いホールに幾つもの光の線が交錯している。周りの喧騒に揉まれながら俺は思考停止したまま、ステージの上を眺めていた。

 目を開ける。隣には笹山の寝顔がある。

 「こら、起きろ、健一」

 川上が笹山の頭を叩く。

 「うぇ」

 変な声を上げて、笹山が目を覚ました。

 「よく、二人とも眠れるね」

 「まあ、興味ゼロだからな」

 笹山は伸びをしながら、川上に返答する。

 「でも、二人ともありがとう。じゃあ、ご飯にしよっか」

 「おお、ごちそうになる」

 そう言って、笹山は川上に続いて、出口へと向かう。

 「ほら、行くぞ、颯」

 「ああ」

 そして、俺も二人に続いた。

 

 近所のファミレスで食事する。笹山は遠慮を知らないのか、食いきれるのかというほどの注文をし、軽々と平らげていた。

 そして、川上はライブと笹山の食事代で軽くなった財布を抱えて、嘆いていた。

 

 「じゃあ、私こっちなんで。さよなら」

 「おお、じゃあな」

 「ああ」

 川上と途中で別れる。そして、夜道には笹山と俺だけになった。

 しばらく、進んで俺達は顔を見合わせ、振り向いた。

 「出てこいよ」

 笹山が暗がりに呼び掛けた。

 そのとたん、今まで感じていた気配の濃度が一気に濃くなる。そして、こちらに夜空を切り裂いて迫る一つの人影。

 その影を俺は魔術で迎撃する。打ち出したのは、真空弾。

 敵に着弾すると同時に大気中で維持していた真空状態を解除し、敵の身体を抉る空気弾の一種だ。

 空気であるが故に、不可視である。

それを氷見家の魔術を利用することで、空気弾の専門家をも凌ぐ準備速度で射出する。

 故に、それを華麗に回避した敵の姿を見て、俺は驚愕のあまりに硬直した。迎撃、魔術による障壁等での防御等は予測していた。

 しかし、まさか回避されるとは。

 俺の一瞬の隙を突いて敵はさらにこちらへと詰め寄る。それに対して、笹山がうって出る。

 敵の拳が大気を震わせながら笹山に迫る。

 そして、次の瞬間、笹山の身体は敵の突き出された腕の内側にあった。

 笹山の拳が敵の影のように黒い身体に突き刺さる。

 しかし、影は微動だにしない。

 敵は笹山に次々と攻撃を繰り出した。それを笹山はステップと両腕、両脚のガードで防ぐ。

 「颯、こいつ、人間じゃ、ない」

 笹山が敵の連撃をいなしながら叫ぶ。

 「蓮」 

 俺は人でないため、弱点が不明であるのならば、それを炙り出すのみであると考えて炎を打ち出した。

 『蓮』は大気中の酸素と窒素がとても反応しやすい世界の法則を適用させることで繰り出す魔術だ。

 適用範囲は俺の右手から三センチの地点を起点として直線上に伸びていく。

 そして、それは敵の身体を貫かんと突き進む炎の槍となる。

 しかし、それは敵を目の前にして虚空の中で消失する。

 敵が俺が先ほど使った真空弾を盾のような形状にして炎を受け止めたのだ。

 よって、大気中に酸素と窒素が存在しないため炎は発生せずに消えたのだった。

 しかし、敵は『蓮』を相殺するのに、一瞬気をとられていた。

 そして、その隙を笹山が見逃す筈がなかった。

 敵はぶっ飛び、街灯の柱にに激突する。街灯が揺れて光が点滅する。

 敵はゆっくりと立ち上がった。

 笹山が追撃を仕掛ける。

 それをまるで、先ほどの焼き直しのように敵がいなした。

 少なくとも、武術においては笹山が上だ。そう俺は確信する。

 笹山と敵では明らかに笹山の攻撃の方が人間で言う急所に当たっている。

 しかし、疲労、ダメージの蓄積が感じられるのは笹山の方だ。

 それこそが敵が人ではない証拠に見えた。

 俺は矢継ぎ早に『凍』を繰り出す。

 これは冷却系の魔術だ。これで動きを封じようと試みる。

 単純に熱を奪うことに特化したこの魔術。敵は笹山の猛追を捌きながらギリギリのところで熱系統の魔術により相殺する。 

 俺は敵の弱点を炙り出そうと、胴、脚、胸、頭と狙いを変えながら魔術を撃ち込む。

 そして、魔術が敵の顔面の右側を凍てつかせようと迫り、笹山の蹴りが首を撥ね飛ばさんと振り抜かれた瞬間に俺は敵の弱点を見つける。

 コンマ四秒、俺の魔術に対応するのが今までより早かった。

 かくして、俺の魔術は見事に相殺され、笹山の蹴りは敵の首元に食い込んだ。

 敵は大きく後ろに跳んで笹山の蹴りから逃れる。首はぐらぐらと揺れ、半分近く千切れていることが分かる。

 「これで、死なないのかよ……」

 笹山が呟く。俺はさらにストックしている魔術を片っ端から敵に叩きつける。

 戦闘が開始して十分弱、道路のアスファルトは所々剥げ、焼け焦げたり、凍結したりしている。

 されど、それはつまり俺の魔術が粗方回避されていることを示していた。

 「眼だ、右眼を狙え」

 俺が叫ぶ。

 笹山はそれを聞くか聞かないかのタイミングで敵へと突撃する。

 右拳による稲妻のような突き。

 しかし、敵は己の右眼を右腕で守る。

 笹山の拳が敵の右腕に突き刺さる。

 それによって、笹山は瞬間、動きを止められた。

 敵は痛みを感じないのか、自身の右腕ごと笹山の腕を捻り上げる。

 笹山の脇腹に蹴りが叩き込まれた。

 それは音速を突破したのか爆発音と骨を砕く耳障りな音を立てた。

 笹山が吹き飛ぶ。

 俺の視線は敵の影のような姿に注がれた。

 笹山を蹴り飛ばした左足は人ならば粉砕骨折と言うのも馬鹿馬鹿しいほどに砕けている。

 ならば、それは幻か。

 敵の速さは疾風の如く、地を滑るようにこちらへと迫る。

 激しい頭痛。神経は今にも焼き尽きそう。それを意思で抑え込んで、

 俺は有らん限りの魔術をその影へと撃ち込んだ。

 それを闇世の中、舞うようにかわす影。

 影は左腕を振り上げる。

 拳は俺の前頭部に叩きつけられた。

鋭い痛み、しかしそれは生きていている証拠でもあった。

 俺前頭部と敵の拳は今だ、離れずくっついたままだ。

 それもそのはず、俺は自身の頭部を中心に『凍』を発動させたのだった。

 凍りつき、動きが止まる敵の左腕。

 俺は敵の胸に向けて魔術を発動させる。しかし、術が完成するより速く振り上げられる敵の右脚。

 けれど、それらより速く鈍い鉄の光が影を貫いた。

 光の正体は槍だった。

 鉛色をしたその槍を持っているのは輝石。

 槍は敵を腹から胸へと貫いている。

 影が槍から逃れんと横へ転がる。その際、強引に腕と額を引き離したため、俺の額から流血する。

 俺は堪らず、地面へと倒れ込んだ。

 目の中に流れ込んでくる血を拭いながら、敵の姿を追う。敵は五メートル先ほどに立っていた。先ほどの一撃が効いたのか、胸を押さえている。 

 それに対して、こちらはどう見ても素人である構えをした輝石と、精も根も尽き果てた俺のみ。

 ゆらりと影が揺れて、敵の姿がぶれる。

 敵が俺に迫る。

 俺は立ち上がることも、魔術で迎撃することも出来なかった。

 唐突に、一つの疾風が敵の前へと立ち塞がった。

 それが、笹山だと俺が認識した頃には、笹山の拳は敵の右眼へと突き刺さっていた。

 敵が驚愕の叫び声を上げる。

 それは人のものではなく、生き物ですらないような、そんな叫びだった。

 敵はアスファルトの地面へと崩れ落ちる。そして、敵は全身の力を失い、軟体動物のように、全身がぐにゃぐにゃに潰れた。

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