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廃花  作者: ダンボールボックス
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三話

実家への帰省が二日後に迫った明くる日、俺と輝石はクーラーの効いた部屋でなんとなしにテレビを眺めていた。今日は本来なら、笹山主催のクラス会があったのだ。しかし、ひどい豪雨に見舞われた為に俺はドタキャンし家で過ごすことにしていた。俺はテーブルに寄りかかるように座り、輝石はテーブルに突っ伏すようにして座っていた。テレビでは幼稚園や保育園に入ることが出来ないというようなニュースが流れている。

 「保育園ですか……」

 輝石が呟いた。

 「そういえば、私たち保育園とかに入園したことありませんよね」

 「まあ、そうだな。母さんもいたし、出てってからは家政婦を雇ったからな」

 「そうですねー、少し憧れますね、保育園」

 「そうか? あんな見ず知らずのガキがたむろしているような場所に魅力なんて感じないがな」

 「えー、いいじゃないですか、保育園。たくさん遊び相手がいますし、幼馴染みも出来ますし」

 「なんだよ。幼馴染みなら俺ら兄弟がいるだろ」

 「まあ、そう言えばそうなんですけど。でも、やっぱり、颯さんや優さんや刹さんは幼馴染みっていうより、家族って感じなんですよねー」

 氷とガラスの擦れる音がする。輝石が麦茶をグラスに注いだ音だ。

 「どうぞ」

 俺の分も入れて、差し出す。俺はそれを受け取ると、一口飲んだ。輝石も続いて一口飲む。よく冷えた麦茶は喉を通って、体を心地よく冷やした。テレビではコメンテイターが意見を述べている。しかしどうも、司会者を含め、ちゃんとした子育て経験があるのか怪しいメンバーである。

 「そういや、子供の頃、お前よく寝てたよな。まあ、今でもよく寝るけどさ」

 「そうですねー。みんなで鬼ごっことかしたとき私、よく疲れて寝ちゃましたね」

 帰省が苦笑する。懐かしさもあってかどこか温かい笑い声だった。

 --ピンポーン

 インターホンがなる。輝石はいそいそと立ち上がると、扉を開けた。玄関からは宅急便ですという声が聞こえる。数分のやりとりの後に、輝石が戻ってくる。手には小さな段ボールがあった。

 「なんだそれ」

 「これですか? これはですね、ライトマジックペンです」

 「なんだそりゃ」

 「えっとですね。異界に反応して、光を出すペンですね」

 「なんだ、異界試験薬か」

 「まあ、そうですね」

 輝石はそれをカバンにしまう。

 「また、なんでそんな物買ったんだ?」

 「数年前に、流行ってたんですよ。秘密の手紙とかを書くんです」

 「秘密って……。異界を展開すれば誰でも見れるだろうが」

 「何も書いていないように見えるから、秘密なんです。野暮なこと言わないでください」

 「で、なにに使うんだ?」

 「ふふ、秘密です。まあ、颯さん宛の手紙とかですかね」

 「そうかよ」

 そんなこんなで、夏の雨の日は過ぎていった。

 

 ついに、実家に帰る日が来た。今日の朝の爽やかに晴れ渡った空を俺は窓から憎々しげに見つめる。

 「行きますよ、颯さん。早く着替えてください」

 後ろからは輝石の声が聞こえる。俺は振り向いて輝石を睨む。

 「別にいいじゃないですか。颯さんのお父様はもう十年以上も帰ってきていないんですよ。すでにあそこは名実ともに、優さんのお屋敷ではないですか」

 「そんなこと、わかってる」

 そうだ、そんなことわかっている。親父はもう帰ってこなくて、妹の優があそこの主だということも。しかし、あそこの屋敷にある思いでは、自分の原点であり、なおかつ忘れ去りたいものが多すぎる。俺は、大きくため息をつくと荷造りの点検を始めた。しばらくして、俺は荷造りと、着替えを終えた。俺と輝石は荷物を持ってアパートを後にする。そして、近くの駅から電車に乗って二駅先の所で降りた。そこから、急な坂が続く道を道なりに進む。だんだんと周りには木が増えて、ついには森の中のようになった。その雑木道を進んでいくと突然、大きな門と屋敷が目の前に現れる。古びた鉄の門と和と洋が融合したような建築の屋敷だ。俺は門の前に立つと呼び鈴を押した。するとしばらくして、一人の女性が駆けてきた。二十代ぐらいだろうか、少なくとも自分よりは歳上と思われる女性だ。彼女は門の鍵を開ける。

 「いらっしゃいませ。颯様、輝石様」

 そうして、彼女は一礼した。

 「誰だ、あんた」

 俺はそう尋ねる。

 「はい。ここで家政婦をしております、角田理恵と申します」

 「そうか」

 俺はそう答えて、門を通る。

 「ただいま、理恵さん」

 輝石はそう角田に言うと俺と後ろに続く。そして、その後から角田も続いた。

 それにしても、この場所は親父のこととか、妹に家督を奪われたこととか、あの事故のこととかを思い出してしまっていけない。俺はゆっくり頭を振ってそれらの思い出を振り払った。

 

 懐かしい玄関、廊下を通り抜けてリビングに向かう。扉を開けて、リビングの中には背筋を伸ばして椅子に座っている妹の優の姿。俺は気づかれないように深呼吸をすると部屋の中に入る。

 「お久し振りですね、兄さん」

 「ああ、ひさしぶり」

 俺は向かいの椅子に静かに座る。部屋に仄かに漂う緊張感はきっと俺だけが感じているわけでは無いだろう。

 先に口を開いたのは優だった。

 「兄さん。なぜ、家を出てから今まで帰ってこなかったんですか?」

 「…………」

 俺はとてもではないが瞬時に答えることは出来なかった。原因の一つが目の前の人物もとい自分の妹なのだから。しかし、黙り続けるわけにもいかず、俺は渋々答える。

 「まぁ、色々あったからな、この家は」

 「そうですね……」

 優はそれで納得したのか、それとも昔を思い出しているのかそのまま押し黙ってしまった。俺も特に話すことはないので、口を閉ざした。幾ばくかの時が流れて、それはとても長く感じたが、おそらく時間としては数分の後に優は

 「ここまで来て、お疲れでしょう。部屋は片付けてありますから、よかったらお休みになってください」

 と言った。俺はその言葉にうなずくと席を立って自室に向かった。

 俺の部屋は出たときのまま、しかし長年の埃を感じさせないほどに綺麗に片付けられていた。

 俺はベットに腰かけると、両足を伸ばす。妹の前だというのに妙に緊張してしまった。だが、それは当たり前。

 妹の優は魔術師としてここの跡取りとしての俺の地位を根こそぎ奪った天敵と言ってもいい存在なのだ。

 それゆえ、接するときはどうしても虚勢を張らざるおえない。流石にもう恨みの感情はないが、嫉妬、妬みの感情はある。俺がそんな、幼い頃から結論の出ている負の感情についてつらつらと考えていると。扉の開く音が聞こえた。俺はいつの間にか寝てしまっていたのか、ふらつく頭を回して扉へと視線を向ける。するとそこには輝石の姿があった。

 「なんだ、お前か」

 「なんだは酷くないですか」

 そう言うと、輝石は少し不満そうに顔を歪ませた。しかし、直ぐに元の表情へと戻る。

 「颯さん、夕飯ですって」

 「もうそんな時間か……」

 時計を見ると、針は七時を少し過ぎた辺りにある。俺は体を起こすと、輝石の後に続いてリビングへと向かった。

 夕飯はどうにも緊張の中に終始した。優はもちろん、緊張や遠慮とは遠い印象のあった弟の刹までもが目を伏せて食事をしていた。輝石は一人、いつもの調子であったが、他に反応する人も居ないため結局のところ静かな夕食となった。

 そして、全員が床につくまでその空気は続き、屋敷の中は静まりかえっていた。

 

 

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